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脳にステロイドを射たれたテミストクレス / “300 〜帝国の進撃〜”

「司令官」と一口に言っても、戦士と政治家では役割が大きく違う。
それなのになぜ同じ描き方をしてしまったのか。

これは『歴史』の原作レイプだ。

『300 〜帝国の進撃〜』がクソすぎる。

ネタバレ注意と書いておこう。これは『歴史』を知っている人にも当てはまる。なぜなら前作以上に史実とかけ離れているからだ。

原作

この『300シリーズ』は史実を元にしたグラフィックノベルが原作だ。

300

300

『300 〈スリーハンドレッド〉』(原題: 300)は、2007年のアメリカ映画。フランク・ミラー原作のグラフィックノベル『300』を元にペルシア戦争テルモピュライの戦いを描いた作品。
300 〈スリーハンドレッド〉 - Wikipedia


『300 〈スリーハンドレッド〉 〜帝国の進撃〜』(原題: 300: Rise of an Empire)は、ノーム・ムーロ監督による2014年のアメリカ合衆国のファンタジー・アクション映画である。2007年の映画『300 〈スリーハンドレッド〉』の続編であり、前作の出来事の前後の物語が描かれる[6]。原作はフランク・ミラーが執筆し、2014年3月時点では未出版となっているグラフィックノベルの『Xerxes』である。
300 〈スリーハンドレッド〉 〜帝国の進撃〜 - Wikipedia

だから基本となる部分は実際にあったことだが、かなりフィクションが含まれている。そんな作品にいちいち「史実と違う!」なんてツッコミを入れるのはアホらしい。

しかしそれでも俺は言いたい。テミストクレスはそんなことしない。

劣化した

一作目の『300』を見た時は別に嘘だらけでも気にならなかった。たとえ重装歩兵が胸当てよりも腹筋を重視し、ペルシャモルドールから兵力を調達していてもだ。なぜかと言えば、史実である「テルモピュライの戦い」の美味しいところを抽出した内容となっているからだ。つまり圧倒的な数*1で攻め入るペルシャ軍に対し、ギリシャ最強のスパルタ軍がわずか300人で迎え撃つ。そして300人が全滅した*2ことでバラバラだったギリシャがまとまり、強大なペルシャに立ち向かう。これが押さえられているから面白かった。

それに対して「サラミスの海戦」の美味しいところはどこなのか。人によって異なるだろうが、やはりここはテミストクレスの戦略だろう。船を揃えるところから始まり、闘う場所を決め、そしてクセルクセスをアジアへと追い返す。しかも立派な演説でまとめ上げるのではなく金や嘘を使い、そうせざるを得ない状況へと持っていく。ギリシャペルシャもみんなテミストクレスの口車に乗せられた、というのがこの戦いだ。

だが『300 〜帝国の進撃〜』でそれは描かれない。描かれるのは「勇者テミストクレス」がキャプテンアメリカよろしくラウンドシールド*3で敵の攻撃を避け、弾き、そして槍と剣で討ち取っていく。途中でラブシーンもあった気がするが、敵同士だしアレはパンクラチオン*4だろう。結局のところアテナイ人を主人公にしたが、やることは劣化スパルタ人である。

そうなるとキャラが前作の劣化なら当然ストーリーも前作の劣化となる。多数のペルシャに少数のギリシャが挑む。ただそれだけ。違うところといえば舞台が船の上になったということと、最近流行りのやたらと強い女性が出てくるということ。全くもってお粗末としか言わざるをえない。強いて優れた点を挙げるとしたらギリシャ人と観客が同じ気持になれるということ。「スパルタ軍よ早く来い」

テミストクレス

では実際のテミストクレスとはどのような人物だったのか。『300 〜帝国の進撃〜』で描写された時代のテミストクレスを簡単に説明する。その優秀さゆえに様々な本で紹介されているが、主に『英雄伝』の記述から引っ張ってくる。以前紹介したネポスのやつではなく、プルタルコスの方だ。おそらくこっちのほうが有名だろう。

英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

彼は確かに「マラトンの戦い」や「サラミスの海戦」で重要な役目を果たしている。だが戦士としてではない。司令官として、そして政治家としてその名を歴史に刻んでいるのだ。

マラトンの戦い

『300』ではダレイオスに致命傷を与え、若きクセルクセスを取り逃がしたことを悔やむ一戦士であった。史実では特に活躍したとの描写はない*5が、またペルシャが攻めてくることを恐れていたと書かれている。皆がペルシャを撃退したと浮かれている中、一人不安で夜も眠れなかったらしい。そしてここから彼はアテナイの戦力増強に務めることになる。

海戦準備

テミストクレスは手始めに軍艦を増やすことにした。資金源としてラウレイオン銀山からの収益を当てることにし、議会で提案。この収益は本来市民に分配されるものであるが、これを国防に当てようというのだ。しかし、対ペルシャと言えば誰も賛成しない*6。そこで当時もめていたアイギナとの戦争に備えるためとした。アイギナは数多くの船を持ち、海を制していたため市民たちは賛成した。「サラミスの海戦」においてギリシャ艦隊の半数はアテナイだったと言われているが、それはこの時に大量生産したためである。

船が整ったところで次は人である。テミストクレスは事あるごとに市民を海へと連れ出し、訓練を行った。当時は重装歩兵が市民の義務であり戦力の中核であったので、「市民から槍と盾を取り上げ、民衆を船の漕手と艫に引きずり下ろした」などと言われた。しかしこのおかげでアテナイは海戦最強の座へと進み、ペルシャを打ち破るのである。

クセルクセス進発と神託

ついにクセルクセスがギリシャへと侵攻を開始した。例によって神託を伺うアテナイ人。だがその内容は絶望的だったため、思わず「もう少し良いことを言ってくれ」と要求する。すると新たな神託がくだされた。「木の砦を作れば救われる」と。

この神託ついてテミストクレスは「木の砦とは船を指し、海で迎え撃つべし」という解釈を行い、アテナイの人々の説得に成功した。これによってテミストクレスは自ら用意した艦隊を使うことが神の真意ということにしたのだった。

アルテミシオン

海戦一回目のアルテミシオン。ギリシャ艦隊を率いるのは当然テミストクレス…… ではなくスパルタ人のエウリュビアデス。戦力的にはアテナイが率いてもおかしくないが、同盟諸国の反対による結果である。そんなわけで実際は最初からスパルタ軍はいた。戦力にしてアテナイの18分の1にすぎないが。

さてアルテミシオンで迎え撃つとしたのだが、ペルシャ軍との圧倒的戦力差にギリシャ連合は怯え、撤退しようという話が出てくる。勇敢なるスパルタ人のエウリュビアデスも例外ではない。近隣の住人が「避難が完了するまで留まってくれ」と訴えても聞く耳持たず。そこで住人たちはテミストクレスに依頼する。ここで戦ってくれれば30タラントンの謝礼を払うと。

そこでテミストクレスは艦隊司令官エウリュビアデスを説得する。「ここで戦えば“俺から”謝礼として5タラントン払おう。」このようにテミストクレスは撤退派の主要人物を金で懐柔。あたかも自腹を切ったがごとくである。当然余った金を自分の懐に入れた。こうしてアルテミシオンで海戦が行われることになったのだ。

サラミス

テルモピュライで300人がやられたことでサラミスまで撤退したギリシャ艦隊。だがペルシャ艦隊が近づくに連れまたもや撤退しようということに。ここで撤退したら各国は自分たちの国を守るためにバラバラとなる。せっかくサラミスというギリシャが有利の狭い場所に戦力を集結しているというのに。

そこでテミストクレスサラミスで戦うことを説得することにした。だがそれは仲間のギリシャではなく敵のクセルクセスを相手にしたものだった。「今がギリシャ艦隊を一網打尽にするチャンスである」と。この誘いにクセルクセスは乗り、ギリシャ艦隊は包囲された。そしてテミストクレスは言う。

「これで脱出不可能だ。一丸となって戦うしか無い」

その後

サラミスの海戦」で敗北したことでギリシャを恐れたクセルクセスに「橋を壊される前に逃げろ」と助言し、スパルタを騙して防壁を建造したりとテミストクレスの活躍はまだまだ続く。しかし結局は他のギリシャの英雄と同じ扱いを受ける。陶片追放である。そして反逆罪を受けて地中海世界を逃げまわり、ついには宿敵ペルシャに亡命する。そしてペルシャ王から客としての待遇を受けるが、最期は自ら毒を飲んで死ぬ。

テミストクレスは子供の頃から指導者の地位を目指していた。そんな彼に対し、父親は打ち捨てられた軍艦を見せて言う。

「民衆指導者というものはこの船と同じで、使い途がなくなったとみたら民衆はこれと同じ態度をとるのだ。」

原作が歴史なら

それなりの金を払って見たというのにつまらなかったので、思わず長々と書いてしまった。歴史物の作品を見るたびに思うのだが、変更するなら物語として意味のあるものにしてもらいたい。フィクションなのだから変更するのはいい。女性の活躍を増やしたり、黒人の俳優を登場させる必要があるというのもわかる。だが名前を使っておいてまるっきり別物にした挙句、物語としても駄作というのは気に食わない。

とりあえず失敗の要因は『300』としてシリーズにしたことじゃないだろうか。主人公が1作目で死ぬことになるから代役が必要となってしまう。だからクセルクセスを主人公にして作りなおそう。ペルシャ王の行きて帰りし物語として。

テミストクレスに興味を持ったなら

歴史(中) (岩波文庫 青 405-2)

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歴史 下 (岩波文庫 青 405-3)

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英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

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ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

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*1:『300』では100万だったが、ヘロドトスによれば陸上部隊は総勢170万に上る。

*2:正確に言えば2名が陣地を離れている

*3:あれはホプロンと呼ぶ。

*4:古代ギリシャの格闘技。目潰しと噛み付き以外なんでもあり。

*5:少なくとも俺の手持ちの本にはない。

*6:もう終わったことだと考えられているため。