本しゃぶり

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【雑記】平和を望むならやり返せ

読んだ。この手のことには言っておくことがある。

16歳の女の子が語った「勉強することの意味」 - いつか電池がきれるまで16歳の女の子が語った「勉強することの意味」 - いつか電池がきれるまで

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「やられてもやり返すな」
すごくきれいでいい言葉だ。でもこれだと平和にはならない。平和を望むならやり返すべきだ。

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こんなのはダメだ / 北斗の拳 12 (ジャンプコミックス)より

攻撃にリスクを

もし平和を望むなら、攻撃や搾取に対してはやり返さなくてはならない。自分だけが耐えればいいと、反撃しなかったらどうなるか。そしたら更にやられるだけ。なぜなら加害者側にとって何のリスクも無いからだ。リスク無しに利益を得られるなら繰り返しやるのが賢い。じゃあ反撃をせずに逃げたらどうだろう?やられた自分はそれで終わりだからいいかもしれない。だが残った人達はどうなる?この場合も加害者にとってリスクは無いわけで、他の人を新しいターゲットにするだけだ。そしてまた被害者が生まれる。その環境は何も変わらない。

逆にキッチリとやり返したらどうなるか。こうすると加害者にも反撃されるというリスクが生じる。そうすれば攻撃するというのが割にあわない行為となり、攻撃を躊躇うようになるだろう。そうすればそこには平和が生まれる。新しい被害者が出ることもない。仮に出たとしても長くは続かない。長い目で見ればその環境は平和だ。

連鎖はやり返さないから

こう言うとよく言われるのは「やり返すと新たなやり返しが生まれて終わらない。だから自分のところで止めろ。」なんて言い出す人がいる。この手の例として出されるものとして、部活動等における新人イビリがある。流れとしてはこうだ。

  1. 自分が先輩にイビられる。
  2. 自分が先輩になった時、自分もやられていたから後輩にやり返す。
  3. その後輩がさらなる後輩にやり返す

このようにやり返すことで悲しみの連鎖が続くってやつだ。だからやり返さず、自分のところで止めるべきだと。おい、ちょっと待て。この場合「やり返して」はいないだろ。ここでやっていることは、やられてる時は「耐え」て、別の人を対象に「やっている」だけじゃあないか。決して自分を攻撃してきた相手に「やり返し」てはいない。

もしこの例で正しく「やり返す」ならどうなるか。

  1. 自分が先輩にイビられる。
  2. 先輩に仕返しする。
  3. 手を出す理由が無いので後輩との関係は良好

ほら、悲しみの連鎖は生じない。重要なのは反撃すべき相手は攻撃してきた相手ということだ。ここを勘違いする人が多くて困る。

歴史に学べ

他の意見で、「やり返さず耐えていればそのうち終わる。」というものがある。確かに永遠に攻撃され続けることはない。だが攻撃が止むまで自分が耐えきれるという保証もない。もしかしたら相手はこちらが「潰れる」までやろうと考えているのかもしれない。攻撃ではなく搾取ならなお質が悪い。上に書いたようにコストゼロで利益が出る場合は、利益が無くなるまで続けられる。反撃せずにいたら骨の髄までしゃぶられることになるだろう。これは歴史が証明している。

例としてアステカを挙げよう。かつてアステカはメキシコで強い勢力を持ち、周辺の部族を支配していた。だが、この部族は16世紀に忽然と姿を消してしまう。石仮面のせいではない。コンキスタドールによってだ。征服に来た白人を神と勘違いしたアステカの王は戦うことを最初っから諦め、黄金を差し出すことで許しを得ようとした。その結果、黄金に目が眩んだコンキスタドール達によってアステカは滅びてしまった。始めから抵抗しようとしていればなんとかなったかもしれないが、一度無抵抗でやられたら終わりだ。荒らされてからイーグルウォリアを生産したって手遅れなんだよ!

漫画でも結果は一緒。最初に貼った北斗の拳のジジイがこの後どうなったかは皆も知ってのとおりだ。

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一方的にやられて終わり / 北斗の拳 12 (ジャンプコミックス)より

話し合いは抵抗の意思があってこそ

そしてある意味一番厄介な「まず話しあえ」とかいう主張。これ自体は間違っていない。だがコレには肝心な部分が抜けている。相手が話し合いに乗ってこなかったらどうするのかという点だ。俺が攻撃側の立場なら、反撃の意思がない相手と話し合うことはまず無いだろう。なぜなら全部ぶんどってしまえばいいだけで、俺にとって話し合いに応じるメリットはないからだ。仮にあるとすれば、この先ずっと貢物をもらえるような提案ぐらいか。

だが話し合いに応じないなら反撃すると言うなら、交渉の余地が生まれる。お互い血みどろの戦いを続けるのは損だからだ。従って話し合いするのが双方にとって得となり、平和への一歩が始まる。これは「やり返さない」なんて日頃から宣言していてはできないことだ。

法に従え

じゃあ何かされたらまずやり返すべきなのか。それは違う。まずは法に従え。そもそもあらかじめ刑罰が定められているのは終わらない「やり返し」を生じさせないためだ。だからやられたらまずは訴えて、しかるべき罰を相手に与えさせるのだ。それが法治国家における正しい振る舞いだ。

従って俺がさんざんやり返せと言っているのは、法の手が及ばない場合においてだ。この日本でも小さい揉め事の場合、法律が適用されない場合がある。学校の中とかな。だから基本的なスタンスとしてやり返さないことを選ぶのではなく、やり返すことを選ばなくてはならない。そうすれば平和へと近づく。

こん棒

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