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本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

読書習慣が皆無なまま京大に入る奴に薦める本

本の紹介 読書

英雄的な偉業は正しい教育のたまものである*1
自らを教育するならば読書するのが一番だ。

しかし今まで読書をしてこなかったお前は、何から読めばいいか分からないだろう。
この記事はそんなお前のために書いた。

はじめに

タイトルそのままのとおりの相談を受けた。全くと言っていいほど読書をしなくても入れるとは京大もチョロいなと、自分が入ったわけでもないのに思ったが、それは置いておく。

今からでも読書をしようというのは悪くない。成功するには力量幸運が必要であるが、中には幸運だけで成功してしまう人もいる。ただ幸運によって到達した者は、その頂点に留まり続けることが難しい。なぜならば到達するまでに苦労することが無かったため、そこで必要となる基盤を築いていないためである*2。なので成功した後でも、それを維持するために力量を付ける必要はあり、今回は読書すべしということになる。

というわけで、この記事は特定の個人に向けたものである。しかし俺は他の人にも役立つと考えている。なぜならば一つの目的を完璧に遂行できるようにつくられたシステムは、他の目的にも転用は可能になるからである*3。特に中学生あたりには参考になるのではないかと思う。

リスト

説明はいいから紹介する本のリストだけよこせという人のため、最初にリストを載せておく。

ブログ程度の文章を読めずに本を読めるのか疑問であるが、俺は寛容であるのだ。

一歩目

読書習慣の無い者に薦める最初の一冊。それは『よいこの君主論である。

よいこの君主論 (ちくま文庫)

よいこの君主論 (ちくま文庫)

この本は、小学生がクラスの支配者になるためにはどうあるべきか、マキアヴェッリの『君主論』を元にした物語形式のマニュアルである。各章ごとに賢いフクロウの先生が解説をしてくれるので、『君主論』で実際はどのように書かれているかも知ることができる。

このブログで何度も紹介しているが、なぜ最初に読むべきはこの本なのか。カエサルに倣って箇条書きにしてみれば以下のようになる。

まず何よりも「面白い」ということは重要だ。最初から快楽を得ることができなくては続けようとは思えない。中世のユダヤ人社会の一部では、子どもが読み書きを学ぶ前に、石板に蜜で書いた文字をなめさせたと言う。こうすることで学問は甘いものであると教えるのである。始める者には後ではなく、今すぐ良いことがあると分からせるのだ。

次に読みやすさについて。どんなに面白いことが書いてあっても、読みにくい本であっては意味がない。読書の習慣が無い者は、文字を完璧に読むことができても、文章を読むことは難儀するからだ。本文を読まずにタイトルだけを見てコメントする者が多いことからも分かるだろう。その点この本は小学生向けに書かれているため、容易に読むことができる。

そして最後のリトマス試験紙について。この本は俺の好きな要素で構成されている。そのため読み終えて次の本を求められる時、この本のどこが良かったか知ることで、次に読むべき本を教えることができる。もしこの本が合わないということは俺とセンスが合わないということであり、そもそも俺に訊くのが間違いであったということだ。

というわけで、まずはこの本を読むところからべき。俺は初心者に物事を教える際、選択肢を一つに絞ることが肝心だと思っている。まず一つのことをやり切り、それから他のことに目を向ける。上達の近道とはこのようなものだ。なので俺はベストと信じる一冊を紹介した。

分岐

次に読むべき本を要素別に紹介する。それぞれ『よいこの君主論』と関連している要素が異なるため、自分の好みにあったものからとりかかれば良い。

マキアヴェッリ

マキアヴェッリに興味がでたのなら『わが友マキアヴェッリ』だ。

マキアヴェッリは冷酷な人間であると思われがちであるが、これを読めば意外に愉快な人物であることがわかる。彼が現代の日本でネットをやったならば、バズるのではないかということは、以前にも書いた通りである。

伝記というのはハズレが少なく若い内に読んだほうがいいジャンルである。なぜならば賢者はいつも偉人の踏み固めた道を辿り、至高の人のマネをする。そうすれば、たとえその能力がそうした偉人に匹敵するものでなくても、少くともその風味を身につけることができるためだ*4。そしてそのためには、まずどのように振る舞うべきか知る必要がある。

従ってマキアヴェッリという人物に興味を持ったのであれば、すぐにでも読むべきだ。ページ数があるので読書に慣れていないと大変かもしれないが、そこは好奇心で補え。

サクセスストーリー

クラス内で成り上がっていくサクセスストーリーに惹かれるタイプは、自分も実践して君主を目指したくなる。しかし今から他国を征服するのは現実的ではない。もしもカエサルがもう一度生まれ変わり、カエサルの時代を真似しようとする者を見たならば、それはやめろと思うだろう*5

そこで読むべきは『フェイスブック 若き天才の野望』である。現代の君主の姿がここにある。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

一代で財を築き上げた起業家というものは、誰も彼もが君主的な行動をとっている。現代において『君主論』の世界を見たければ、起業の世界を覗くのが一番だ。中でもザッカーバーグを選ぶのは、成功者の中の成功者であると同時に、大学生であるうちに起業しているからである。読むのなら今の自分より少し上の年で成し遂げた人であると、やる気が湧いて良い。これが年上すぎるとまだ先かと思ってしまうし、自分以下であると「彼の年齢に達したのにも拘らず何もなしえていない」と涙することになる。

目指すはザッカーバーグと言うと、例によって意識が高いなどと言ってくる奴が出てくるだろうが、無視した方が良い。賢明な射手というものは、あまりにも遠くの的を射ようとする時、的よりも高みを狙うものだ。目標よりも高みを狙うことで、射たい的に当てることを可能にするわけである。人生においても同じように振る舞うべきだ*6

雰囲気

とりあえず『よいこの君主論』の雰囲気やノリが性に合っている。そう思ったのなら次に読むべきは、同じマニュアルシリーズから『完全教祖マニュアル』を薦める。

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

これを読めば宗教というものがどのように機能しているか、わかった気になれることを保証する。

現代の日本において「宗教」と聞くと、うさん臭く、あまり関わりを持ちたくないというのが一般的かもしれない。しかし、宗教は文化を備えた社会を維持していくためには必要不可欠である*7。少なくとも人民がきわめて凶暴であったヌマ・ポンピリウスの時代はそうであった*8。宗教家は生活一般における指導者の役割を果たすものであり、指導者のいない群衆とは、三文の値打ちも無い*9のだから当然のことだ。

それに宗教を信じる気が全くないとしても、宗教関係の知識は無駄にならない。荒唐無稽な内容である聖書でさえも、頭を働かせて読むことができれば、アニメの解説以外にも役立つものである。例えばモーゼは自己の法律と制度を確立するために、嫉妬のために反対した人間をやむなく殺している。これは君主としてあるべき行動である*10

この本の著者は他にも宗教関係の本を出しており、そちらもお薦めだ。例えばキリスト教ならばこれを読め。

仁義なきキリスト教史

仁義なきキリスト教史

複雑なキリスト教史もこれで一発だ。

すべての道は

上記のどれを読んだにしろ、次に読むべきジャンルは決まっている。ローマだ。マキアヴェッリは『君主論』にしろ『政略論』にしろ、手本としてローマを出す。ザッカーバーグは『イリアス』を古代ギリシア語で暗唱できるほどの古代地中海世界オタクで、当然ローマ関連の発言もする。そして、キリスト教とローマは切っても切り離せない関係だ。

というわけで満を持して『ローマ人の物語』に手を出せ。

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

ローマ人の物語 (1) ローマは一日にして成らず

別にローマにこだわる必要は無いが、何か一つでも歴史について知っていた方がいい。なぜならば知性の訓練のためには歴史を読み、傑出した人物の行動を研究し、見倣うことが大事である。カエサルアレクサンドロス大王を、アレクサンドロス大王アキレウスを真似し、スキピオハンニバルキュロスを真似した*11

こう書くと、はるか昔のことだから参考にならないのでは、と思う人もいるだろう。それは違う。以前に誰かがやりおおせたことは、今日ではもう通用しない、などとゆめ思ってはならない。なぜならば人間とは、いつの世でも同一のルールに従って生まれ、生活し、そして死んでいくものだからである*12

なので歴史を学ぶべきであり、中でもこれまで読んだ本によって興味を持ちやすいローマを知るべきなのだ。もちろん『ローマ人の物語』だけでローマをわかった気になるのはあまりよろしくないが、ローマ入門としてなら一番おもしろい。

おわりに

紹介は以上である。ここまで読めば読書の習慣は身についているはずなので、後はそこらへんに転がっている「読むべきリスト」から適当にチョイスしていけば良い。

この記事で紹介されている本について、一般的なリストと異なっていることに戸惑う人もいるだろう。だがこうなるのは必然である。一般的に読むべき本を知りたいのであれば、もっと権威のあるリストがいくらでもある。であれば俺が書くのだから、一般的ではない俺の考えるリストを出した方が意味があるというものだろう。

これは本の紹介に限らない。戦う時は借り物ではなく、自分の物を使うべきなのだ。ダビデゴリアテと戦う際、サウルから武具の提供を提案されたがそれを断り、自分の投石器と短剣で戦うことを申し出た。他人の武具というものは体に合わず、動きを縛るだけでしかないからだ*13。 だから俺は迷いなくこのようなリストを作った。文章は借り物で構成されているが。

君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

本の紹介記事

*1:ニコロ・マキアヴェッリ

*2:マキアヴェッリの発言だ。

*3:これはマキアヴェッリじゃない。

*4:マキアヴェッリが言った

*5:少なくともマキアヴェッリの中のカエサルはそうだ。

*6:とこれもマキアヴェッリが言っていた。

*7:マキアヴェッリはそう思っている。

*8:マキアヴェッリが言うには。

*9:マキアヴェッリが言うのだからそうなのだろう。

*10:と言ったのはやっぱりマキアヴェッリ

*11:もちろんマキアヴェッリからだ。

*12:マキアヴェッリの頃はそうだったのだから今でもそうだろう。

*13:マキアヴェッリはこのように聖書を読んだ。