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本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

世界へアニメの教えを説く

かつて、日本は布教される立場であった。
今はこちらが教えを説く番である。

文化の拡散

日本のアニメ文化が中東に広まりつつある。

企業のネットが星を被い、 電子や光が駆け巡っているこの時代、アニメ文化においても日本と世界のタイムラグは無くなってきている。その早さは正規ルートの準備が追いつかず、海賊版しか選択肢が無いという状況だ。日本の制作側に金が入らない状況は問題であり、修正すべきことではあるが、それでもアニメ文化が受け入れられているということ自体は望ましいことだ。

グローバル化と言われ始めて久しい現代においては、人種や居住地よりも文化を共有していることが重要である。文化の共有とは言うなれば価値観の共有であり、価値を共有するということは分かり合えるということなのだから。そして、その文化の発信源には権威が付与される。権威は権力とは違う。人を従わせる力でありながら、そこに強制はない。武力を使うことを嫌い、経済力も落ちつつある日本にとって、権威の獲得こそが生き延びる道である。そのためには日本の文化を世界に拡めなくていはいけないのだ。

異なる文化背景への対処

しかしながら、文化を世界に拡める上で壁がある。異なる文化背景だ。

日本のマンガ・アニメは世界で人気だ、クールジャパンだ、と言ってもある一定以上に広まらないのは、国によって文化背景が異なるためだ。日本では誰も気にしないようなことでも、文化背景が異なれば時には違和感を生じさせ、時には禁忌ともなり得る。上記記事では、二頭身演出、露出度の高いファッション、恋愛シーンなどが例として挙げられている。

問題となるのが特定のシーンや演出ならばまだいい。大筋はそのままに細部だけローカライズすればいいのだから。しかし、これが物語の展開そのものが問題であったらどうなるか。展開を変更してしまったら、それは全くの別物と言っていい。この場合別の手段が求められる。それは教育、である。変えるのは物語ではない、受け手の意識のほうだ。

アナロジーで教えを説く

教育と言ってもどのようにすればいいか。まずは、なぜそれが受け入れられないを突き止めるところから、である。その物語が禁忌に触れるから、であれば諦めた方が利口だ。マイナスの状況を無理にひっくり返そうとするのはコストがかかるし、リスクもある。一方で単純に理解ができない、というのであれば問題ない。相手がすでに理解しているものと対比させ、解説してやればよい。アナロジーを使うのだ。

幸いにも、物語の構造には世界的な共通点を見つけることができる。「行きて帰りし物語」はその典型例だろう。世界各地に伝わる英雄神話には「出立→イニシエーション→帰還」という一貫した共通パターンがある。テンプレートと言ってもいい。そしてそれは昔だけでなく、現代においても『スター・ウォーズ』のように通用するものなのだ。

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

したがって、異なる文化背景を持った相手に物語を解説しようと思うのならば、相手の知っている物語と対比して行くのが近道である。一見ユニークに思える展開も、解きほぐしてやれば共通点は見つけ出せるはずだ。

世界の半分を悟らせる

そんな解説すべき、つまり理解し難い展開の一つに、ラノベ原作アニメにありがちなテンプレ展開、もとい石鹸枠というものがある。
石鹸枠とは (セッケンワクとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
近年急速に発達したジャンルであり、海外のみならず、我が国においても正しく理解されづらい物語である。そのため俺は以前これの解説記事を書いた。

幸いなことに多くの人々に読んでいただいたこの記事であるが、この度MANGA.TOKYOで英訳された。

この記事は石鹸枠を旧約聖書を用いて解説している。現在、世界の宗教人口を見てみると、キリスト教徒とイスラム教徒で世界人口の約55%を占めている*1。よって世界の過半数の人が今回によって石鹸枠を理解できるというわけだ。これによって世界で日本文化がより理解されるようになるのなら、望外の喜びである。

石鹸枠解説記事

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