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フォロー外から失礼する技術

「フォロー外から失礼する技術」こそ現代人が会得すべきものである。
その一言で世界を変えるために。

SNS時代に求められる能力

一億総SNS時代と呼ばれる現代、日本では数あるSNSの中でもTwitterが人気である。しかしその使い方は人それぞれだ。見知らぬ人と積極的に繋がる人もいれば、リアルの知り合いとしか関わろうとしない人もいる。そんな混沌とした環境の中で生まれたのが「フォロー外から失礼」という概念だ。

繋がりが無い相手にリプライを飛ばすことの何が失礼になるのかよくわからないが、8年以上も使われている*1ことから完全にマナーとして定着してしまったと言っていいだろう。そのためか、フォロー外から失礼することをためらう人は多い。だが、適切に行うことができれば、それは大きな力となる。

先月話題になった「映画『Hidden Figures』の邦題問題」を覚えているだろうか。

なぜマーキュリー計画の映画なのに、関係ない「アポロ計画」の名前を入れるのかと批判が続出。その結果、タイトルが変更されるという異例の事態になった*2。その騒動の中で、特に注目を浴びたのがこのTweetである。

監督の発言が変更の決め手になったかは分からない。しかし、これにより監督の意図したものではない、という大義名分を反対派が得たのは事実である。反対運動を大いに後押しすることになったのは言うまでもない。

このように一つのリプライが大きな意味を持つことがある。そしてそのリプライすべき相手が自分のフォロー外である方が多い。だからこそフォロー外から失礼することが求められるのだ。一度のリプライが世界を変えるのかもしれないのだから。

先人に学ぶ

フォロー外から失礼することの意義は十分に分かってもらえたと思う。では、どのように行なえばいいのだろうか。同じような内容で何度もリプライするのは避けたいため、一回で目的を達成する必要がある。一回のリプライを最大限に利用する技術を、我々は知らなければならない。

ここはやはり先人の行動を参考にするのが一番だ。となれば学ぶ対象はこの人しかいない。フォロー外から失礼したことで教科書に載っているほどなのだから。

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By Unknown - Japanese book Kodoku Jiken no Shinso to Tanaka Shozo Ou (鉱毒事件の真相と田中正造翁) This image is available from the website of the National Diet Library This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information. English | 日本語 | +/− , Public Domain, Link

足尾鉱毒事件について明治天皇に直訴した、田中正造である。

1901年12月10日 午前11時20分。その瞬間までに彼は何をしたのかを紐解いていく。

気運を作る

まずは気運を作り上げておかなくてはならない。直訴という行為が正義である必要があるからだ。もし世論がバックに無いまま直訴を行えば、それはただの迷惑行為として処理されて終わる。

田中正造が直訴に決起したのは半年前の1900年6月8日のことである。その前に起きた川俣事件によって直訴することを考えていたが、この日に偶然、石川半山と出会い話し込んだことで直訴は現実化した。後に「政界ゴシップの天才」と言われるようになるこの男こそ、正造の背中を押し、鉱毒被害民救済の気運を作り上げた張本人である。

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By 不明 - 衆議院事務局『衆議院要覧(乙) 大正13年6月』、1924年, パブリック・ドメイン, Link

この時の石川半山は毎日新聞社の経営責任者であった。彼はその立場をフルに活用する。毎日新聞において連載記事『鉱毒地の惨状』を、11月22日から翌年3月29日までの4ヶ月間のべ59回にわたり掲載した。さらに直訴直前の12月5日より社説欄にて『咄々怪事とは鉱毒問題の顛末なり』を連日掲げている。結果、毎日新聞の記事は他の新聞社に対しては鉱毒事件記事を書く上での軸となり、世論の形成と支援活動の拡大にも大きな影響を与えることになった。

したがって直訴リプを考えている人は、まず自らのフォロワーに向けたTweetを積極的にするのが良い。そしてTweetはモーメントTogetterなどでまとめておくといいだろう。こうすることで自分は何について問題としているのかを表明し、それに興味を持つ味方を作っておくのだ。

石川半山が連載記事を始めたのは直訴1ヶ月前からであったが、Twitterで行う場合は早くても5日前から、拡散させる自信があるのならば2日前ぐらいがいいだろう。ネットのニュース消費スピードは速いため、先走りすぎると直訴リプをする時にはみんな忘れている。一番盛り上がっているタイミングで事件を起こしたい。

文章を練る

直訴の文章は目的が何かはっきりと書く必要がある。直訴状はあくまでも手段にすぎない。表現にこだわるよりも、目的や要求が分かりやすくなることを追求するべきだ。

田中正造の直訴状は、自身の手によって書かれたものではない。『萬朝報』の記者、幸徳秋水*3の手によって書かれたものである。

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パブリック・ドメイン, Link

田中正造は文章を書くのがそれほど得意ではなかったため、幸徳秋水に直訴状を書いてもらった。しかし正造はその直訴状をそのまま使いはしなかった。要求事項として重要な「銅山の鉱業停止」が抜けているのを始め、求めている内容と異なる部分が少なからずあったからである。そのため田中正造は、下書きとして渡されたものを添削して使ったのである*4。例え天皇に渡すものであろうとも、見てくれより内容を重視したのだった。

Twitterでリプライをする時は、他人に文章を考えてもらうということはまず無いだろう。しかし丁寧さを心がけるあまり、何を言いたいのか分からなくなっていることはないだろうか。文章の基本は簡潔・明瞭である。Twitterは文字制限が厳しいのだからなおさらだ。もちろん「フォロー外から失礼します」なんて枕言葉を入れるのは、目的を果たす上で邪魔でしかない。

機会を知る

カエサルが言うように、成功は機会を上手くつかむことで手に入る。最適なタイミングを予め調べておくのが肝心である。

田中正造が直訴を行ったのは午前11時20分である。だが彼が家を出発したのは7時半頃であった。決行まで4時間ほどあるが、彼は何をしていたのか。それは実行場所を選ぶための下見である。まだ人通りが少なく、警備を行われていない時に、彼は場所選びに専念していたのだ。

結果、選ばれたのは西幸門前交差点の付近である。

この日は貴族院で帝国議会開院式があった。現在「サブウェイ経済産業省本省庁舎店」がある辺りである。開院式を終えた天皇は貴族院を出た後、西幸門前交差点で左折するコースを取る。地図で言えば、左下から出発し、左上に抜ける形となる。田中正造はメトロのC1口付近で待ち構えた。コーナーの出口ならば馬車のスピードは落ちているため、駆け寄ることが可能だと考えたのだ。

さらに正造は往路の時も、チャンスがあれば決行しようと待ち構えていた。実行したのは復路であったが、この時に馬車の窓が開いていることを知り、直訴状を渡せる希望が持てたという。予め確認していたことで、その時に飛び出すことが出来たのだ。

Twitterで行う場合は、場所を気にする必要はない。しかし、タイミングは重要である。リプライを送ったところで、相手がすぐに確認するのが望ましい。特に有名人が相手だと、数多のリプライの中に埋もれてしまうおそれがある。また、相手から返事が来た時に、自分が対応できないとチャンスを逃してしまうかもしれない。そうならないよう、相手がどのようにTwitterを使っているか調べておき、ベストのタイミングで送るよう心がけたい。

おわりに

これであなたも「フォロー外から失礼」を成功させることができるだろう。何か世間に訴えたい事がある時、ぜひとも試して欲しい。田中正造は直訴する上で命を捨てるつもりでいたが、今なら自分の部屋から一歩も出ずにすることができるのだから。

余談であるが、以前紹介した『データの見えざる手』という本に、運の定量化という話があり、その指標として「2ステップ以内の到達度」が使えるとあった。

ここで、「運」を「人生や社会で確率的に起こる好ましい出来事」と定義してみよう。すなわち、人生やビジネスにおける「望ましい確率現象」と捉えるのである。


運を「確率的に起こる好ましい出来事」と定義したが、これをビジネスの上でのことについてより詳しく定義しなおすと、「確率的に、自分が必要とする知識や情報や力を持っている人に出会うこと」といってもよいだろう。
データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

フォロー外から失礼という行為は、既存のネットワークを越える行為である。つまりこの理論の下で「運」という観点から言うならば、運を手繰り寄せる行為となるだろう。諸君らも自らの手で運命を変えてほしい。

参考文献


誰かから学ぶ系の記事

*1:「フォロー外から失礼します」という危険思想について

*2:「ドリーム 私たちのアポロ計画」邦題変更 「ドリーム」に - ITmedia ビジネスオンライン

*3:ちなみに彼を田中正造に紹介したのも石川半山である。

*4:添削した内容を清書したのではない。下書きに添削したそのものを使ったのだ。