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本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

俺が本を読めないのは時間が無いからではない

起きたこと 読書

よく読書ができない理由として「時間が無いから」が挙げられる。
そして「時間が無いというのはウソ」という反論も必ずと言っていいほどに出る。
このことについて、俺自身が体験したことで真実がわかった。

無かったのは時間ではない、精神の方だ。

2016年の読書状況

以前、こんな記事を書いた。

この記事で俺の年間読書量について書いている。Kindle購入以前は年間40冊程度だったのが、Kindle購入後は100冊を超え、去年は113冊であった。

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画像はブクログより

では、まだ11月が始まったばかりだが、今年2016年の読書量はどうなのか。

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明らかに減っている。1~10月の平均は月に7.2冊。Kindle購入以前より多いとはいえ、去年と比較すると35%も低下している。短い期間ならば、その時読んでいる本の厚みや内容によって冊数は変動するだろう。しかし、年間を通して考えるならば、それほど読んだ本によって変わるものではない。この低下は単純に読書量が減っていると考えていいだろう。

まず読書量を晒したのには理由がある。それは俺に読書習慣があるということを示すためだ。俺の読書量を多いと捉えるか少ないと捉えるかは人それぞれだろう。ただ一般的に考えるならば間違いなく多い方だ。平成25年度の「国語に関する世論調査」によれば、月に7冊以上読む日本人は上位3.6%に入る*1

つまりこの記事は、もともと読書をしない人間がその理由を語るのではなく、読書をしている人間が自身の読書量低下について語る記事なのである。

仕事で失ったのは何か

なぜ俺の読書量は減ってしまったのか。直接的な原因は単純なものだ。仕事が忙しくなったから。これしかない。

これまでも忙しいと思っていたが、今年はボージョレ・ヌーボーを表現するがごとくの忙しさである。年間を通じて忙しさに波があると言っても、それは津波。高い波が切れ目なく続いている。

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津波とは (ツナミとは) [単語記事] - ニコニコ大百科より

ならばその仕事により時間を失ったから読書量が減ったのかというと、それはちょっと違う。忙しいとはいえ電通のアレほどではなく、休みもまだある*2。問題はその自由な休みの時間に読書をしていないことなのだ。これは、仕事で読書の分まで精神を使い果たしたからだと俺は思っている。

エネルギーとU分布

仕事で精神を使い果たすということは何なのか。それは、以前にもこのブログで何度か紹介したこの本が参考になる。

この本に興味深い話が載っている。それは人間が一日に使えるエネルギーの総量と配分の仕方は、法則によって制限されている、というものだ。重要なのは「エネルギー配分の仕方」も、という点にある。人間は何の制約も無い場合、エネルギー配分を自由にできる気がする。しかしそれは間違いだというのがこの本に書かれている話なのだ。

人間の身体運動を1日分測定し、その運動の激しさと発生確率でグラフ化すると以下のようになる。

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『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 』図1-1 より

激しい運動であるほどその発生確率は下がり、片対数プロットすると直線になるのだ。そして人間はこの直線から逃れられない。どういうことかと言うと、激しい運動を増やすことは当然として、減らすこともできないのだ。人によって直線の傾き、つまり運動の激しさに対する発生確率は異なる。しかし、各自の直線から外れるような行動をとることができないことに変わりはない。もし外れるような行動を無理でもとろうとすると、必要以上に活発に動いたり、逆にヤル気が入らず動きが低下してしまうのだ。

これは身体活動の話であるが、脳の活動、精神においても同じことが言えるのではないか、と俺は考える。より脳に負荷がかかる、精神を消耗することは一日の中でわずかしかできず、それ以上の時間を気楽なことに費やさなければいけないのだ、と。そして仕事量が過剰な状況では、読書で消費する分の精神も使ってしまうのだ、ということだ。なので今年の俺は読書ができていない。

代わりにやっていること

このエネルギー配分の考えに至ったのは、俺の自由な時間の使い方に傾向があるからである。

動かずに何かを読むという点では、上記3つは共通である。ただし俺にとっての負荷は上のほうが高く、下のほうが低い。そのためか仕事が忙しい時ほど下の割合が増える

もちろん同じ行動でも、その内容によって負荷が異なるのは言うまでもない。例えばアニメはそれが顕著に現れる。精神に余裕がある時はシリアスで難しい作品を見ることができるが、余裕が無い時に見る作品は気楽なものが多い。社会人に日常系が支持されるのもそのためであろう。ちなみに俺が現在見ている中で、最も精神に負荷がかかる作品は『ヘボット!』である。

終わりに

以上の理由で今年の俺は本を読めていない。読書量が減ったことぐらいで何を長々と書いているのか、と言われる気がする。しかしこのブログは読書ブログということになっている。それなのに読書ができていないということであれば、それなりに言い訳を書くのが正しいというものではないだろうか。

読書量が減ってしまったとはいえ、それでも全く読んでいないというわけでもない。なのでこんな状況下に読んだ中から、おすすめの本を紹介して終わりにしようと思う。


Togetterでちょっと話題になった*3本。弱音を吐く吐かないというのはメインの話ではない。それよりも「まだ頑張れる」と思えるうちに行動を起こすのが大事と言える。ウルトラマンが欲しくなった時は手遅れなのだ。


文章の無いところに現象は無い。記録の大切さを教えてくれる本。思うのだが、労働組合は会社と交渉するよりも、この本の内容を社員に伝えることに力を入れた方がいい気がする。


乳房の神話学 (角川ソフィア文庫)

乳房の神話学 (角川ソフィア文庫)

どのような乳房がいいかというのは文化によって異なるが、乳房の人気は変わらない。