AppleのMagic TrackpadとLogicoolのG700を比較してみる。両方とも俺が愛用しているポインティングデバイスだ。どちらがシンプルか。
見た目通りAppleと答え、Logicoolは複雑だと答える人は多いだろう。この本はそういう本だ。俺はそう思わない。どちらもかなり複雑だと思っている。
なぜなら俺のMagic TrackpadはBetterTouchToolによって多ボタンマウス以上のショートカットが詰め込まれているからだ。
『シンプル』という言葉はAppleを説明する時によく使われる。この本ではAppleがどのようにシンプルを製品や経営に取り入れ、活用しているか書かれている。ジョブズの仕事の進め方や他企業との比較もあってなかなか面白い。だがあまりにもジョブス礼賛本になりすぎている。本当にApple製品はシンプルなのか。それにシンプルになることの弊害は無いのだろうか。その辺の視点が抜け落ちているとしか思えない。
せっかくなので俺も可能な限りシンプルに書いてみる。
この本の主張
少ないほどいいというので1つにまとめた。
ジョブズが正しい
さすがにアレなのでもう少し書く。シンプルなのが好みの人は次の見出しまで読み飛ばせばいいと思う。
- 少ないほどシンプルで素晴らしい
- シンプルに出来ないのは覚悟が足りない
- Appleは製品も経営もシンプルだ
シンプルなボタンの数とは
ボタンの数の多さは複雑さの象徴とされやすいが、それは本当だろうか。見た目だけならそのとおりだろうが、使い勝手まで言えば話は違ってくる。
ホームボタンの機能
俺がこの本で最も気になったのはiPhoneのホームボタンについてのくだりだ。
実際に、このひとつだけのボタンは、アップルが見せるシンプルさへの献身の象徴とも言えるのだ。
あのボタンがシンプルだと?そんなはずはない。あのホームボタンはApple製品の複雑さの象徴とも言っていい。あのホームボタンにはこれだけの役割がある。
タイミング | 押し方 | 効果 |
---|---|---|
スリープ | 押す | ロック画面になる |
スリープ | 2度押す | iPodのコントロール |
ホーム画面 | 押す | ホーム画面の1ページ目に移動 |
ホーム画面の1ページ目 | 押す | iPhone内検索*1 |
iPhone内検索 | 押す | ホーム画面の1ページ目に移動 |
アプリ起動中 | 押す | アプリを終了して*2ホーム画面に戻る |
着信 | 押す | 呼び出し音を消す |
着信 | 2度押す | 留守番電話サービスに転送 |
起動中 | 2度押す | マルチタスクが開く |
- | 長押し | Siriが起動 |
- | 電源ボタンと同時押し | スクリーンショットを保存 |
- | 電源ボタンと同時に長押し | 強制再起動 |
書いてみてあらためて多いと思う。これがシンプルといえるのか。とくにアプリの完全な終了なんか複雑な手順となっている。ホームボタンを2度押し、マルチタスクから目的のアプリを探し出し、それを長押しして×ボタンが出てきたらそれを押す。まったくもってシンプルでも直感的でもない。
ボタンが多い≠複雑
以前この記事で紹介した本に興味深い例が載っている。
著者が買った車には112個のコントロールスイッチが搭載されている。シンプル信者が聞いたら発狂するような数だ。しかし車の使用者を混乱させるようなことはなかった。その内の25個がラジオ関係で7個が温度調節関係。11個が窓とサンルーフ関係となり、トリップコンピュータに14個割り当てられていた。これだけで全体の50%以上を占めることになる。そして重要なのは1つのコントロールスイッチは1つの機能だけを持っていた*3ということだ。間違っても1つのスイッチに10個も機能がついているなんてことはない。
ボタンが複数あれば1つのボタンに割り当てられる機能は減るし、似た機能のボタンはまとめて配置することでわかりやすくも出来る。しかし機能の数はそのままで、ボタンをむやみに減らすと大変なことになる。見た目はシンプルだが、操作方法は複雑怪奇となってしまう。
Magic Trackpad 対 多ボタンマウス
そういうわけで冒頭のMagic Trackpadと多ボタンマウスの比較だが、どちらも複雑なのに変わりは無いのがわかるだろう。むしろMagic Trackpadのほうが複雑と言ってもいいかもしれない。マウスの方は機能とボタンが対応しているので視覚的にわかる。しかしMagic Trackpadのほうはジェスチャーで機能を実現させるので、Magic Trackpadそのものには何のヒントも無い。
見た目だけならMagic Trackpadの方がはるかにシンプルだが、使い方まで考えるとそうは言えなくなる。はたして「シンプルな製品」と言った場合ボタンを減らすことが本当にシンプルへと進むことになるのだろうか。
複雑さ保存の法則
ある程度のバリエーションや役割を用意する場合、無駄を省いていっても必ず一定量の複雑さが残る。問題はこの複雑さをどのように分配するかだ。上のボタン数の話しも結局はこれ。
製品の種類
「選択肢が多いのは悪」「製品を絞り込む必要がある」Appleの製品群を説明される時によく使われる言葉だ。この本ではDellやHPのノートパソコンは無駄に種類があって悩むからクソと言っている。一方でAppleの場合MacBook ProかMacBook Airの2択*4で後は好みにカスタマイズするだけだから迷わないと言っている。本当にそうだろうか。
確かにDellやHPのサイトを見るとあまりの種類の多さにそっ閉じしたくなる。でもここで深呼吸してどう違うのか比較してみる。すると実はメモリの容量やプロセッサーが異なるだけだったということが多い。そしてApple Storeへ行き、Macの購入へと進んでみる。すると同じMacBook Airという名前でもディスプレイとSSDの容量で4択を迫られ、その後にカスタマイズで何度も選択を迫られる。これパターン数で考えるとAppleもDellやHPとほとんど変わらないんじゃあないか。
Apple方式とDell・HP方式どちらがわかりやすいかと聞かれたらAppleだろう。コレについては俺も同意する。でもこれで「製品の種類を絞り込んでいる」というのは朝三暮四的なものを感じざるを得ない。
もしガチで絞り込んだらどうなるか。それについてはフォードが教えてくれる。かのヘンリー・フォードは黒のT型フォードのみを販売することを強制していた。しかしGMが「すべての財布(purse)と目的(purpose)にあった車」を戦略として用意し始めると、顧客たちはそれぞれ自分に最適な車をGMのラインナップから選び始めた。これによってフォードの売上は低下し、フォードもまたバリエーションの用意を迫られることになったわけである。
1×12と12×1は同じか
結局この本では1×12を正義とし、12×1を悪としているに過ぎない。全体的な複雑さ(数の多さ)そのものは同じだというのにだ。大事なのは目的や状況に応じて2×6や4×3など最適な分配とすることであり、頭の数を減らすことではない。もし頭の数を減らすことが正義というのであれば日常的に2進数を使うことをオススメする。10進数と比較すると使う数字の種類が1/5に減る。0と1だけのシンプルな方法だ。
締め
というわけでこの本はAppleについての本としては面白いが、シンプルについては少々残念なものとなっている。Appleについて語るか、シンプルについて語るか、焦点を絞ったほうが良かったのではないかと思う。
俺の書評は基本的に肯定的なものだが、今回は少々批判気味になった。第1章にちなんで容赦なく書いた結果だ。でも俺だってAppleは好きだし、書いている内容も結構同意する部分も多い。特にチームの人数についての第2章や、プロセスよりアイデアを重視するといった事については俺も前々から感じていたことでもある。また第9章の「不可能を疑う」は思い当たる事があり、読んでいて気まずい感じもした。そういうわけでAppleファンならわりと面白く読めるといった感じの本だ。買って後悔しないだろう。特にKindle版は500円もしないのでおすすめだ。
だがAppleに特別興味が無いのであれば勧めない。そういう本だ。
しかし、シンプルに書くと宣言したが全然できた気がしない。やっぱ難しいなコレ。
電卓ってボタン多いけどシンプルだと思う。