今週のお題は「最近おもしろかった本」ということで、こいつを取り上げる。
最新刊が発売された『ヒストリエ』の主人公にしてアレクサンドロス三世の書記官である、カルディアのエウメネス。とは言っても今回紹介するのはマンガではない。お題のとおり、俺が読んだエウメネス関連の本をつらつらと紹介していく。ただ何でもかんでもというのは面白く無いので縛りを2つ設けた。
- 俺が読んでいる
- 古典である
9巻を読み終えて10巻が待ちきれないという人向けにオススメだ。なお、ヒストリエの先の展開が含まれるかも知れないが、問題はないだろう。なにせ今から2300年以上も前の話だ。気にするほうがどうかしている。
エウメネスが登場する本
まずはエウメネスが登場する本である。基本的に彼のことについてはディアドコイ戦争以前、特にマケドニアに来る前のことについては不明な点が多い。そして今回紹介する本はどれもヒエロニュモス著『後継者史』を元にしているとされている。したがってどれも似たり寄ったりな内容になっていると予め言っておく。
将来エウメネスに仕え、その後アンティゴノスに仕える人 / ヒストリエ(5)より
『英雄伝』(プルタルコス)
まずは『対比列伝』ことプルタルコスの『英雄伝』である。今回紹介する中でもエウメネスについて知りたいのであれば、この本が一番オススメだ。単純に書いてある量が多く、後述の『英雄伝(ネポス)』と『戦術書』を合わせた以上の内容が書かれている。特にアレクサンドロスが生きていた頃のエピソードも少し入っているのがいい。
この本の特徴として『対比列伝』の名が示す通り、ギリシャ人とローマ人で似たものを二人一組セットで紹介していくというスタイルをとっている。エウメネスのペアはセルトリウスであり、どちらも外国人の立場で軍を率い、最後には味方に裏切られて死ぬという共通点がある。基本的にヒエロニュモスのを元にしているためか、賢い敵わないエウメネスとして書かれている。しかし、セルトリウスとの比較では地位を求めなければこのようなことにはならなかったのにと、欲望によって死んだ感があってヒストリエファンとしてはちょっと文句を言いたくなる。
本人にとってはよろしくない / ヒストリエ(7)より
今回この記事を書くきっかけになったのはこれを読んだからだ。正直な話、この西洋古典叢書でエウメネス伝を読めるとは思っていなかった。というのもこれの1~3巻を訳していた柳沼さんが亡くなってしまったというのがあり、2011年に3巻が出てからずっと音沙汰がなかったのだ。それが今回ヒストリエ9巻とほぼ同時に4巻が発売、しかもエウメネス伝が収録されているということでこれは書くしかないとなった。アレクサンドロスとカエサルの話も早く読みたい。
『英雄伝』(ネポス)
こちらは別名『著名な人々*1』の英雄伝である。「英雄伝」という名前では上記のプルタルコスのほうが有名であるが、実はネポスのほうが先。というか残っている中では最古の偉人伝とすら言われている。『対比列伝』に比べるとエウメネスについての情報は少ないが、ヒストリエ関係本として優っている点もある。それは他の登場キャラもいくつか紹介されているということだ。例えば9巻の重要人物であった彼なんかはエウメネスの次に書かれている。
農作業のおじいさん / ヒストリエ(9)より
なお、この本は以前に取り上げたことがあるため、これ以上のことはそっちを読んでもらいたい。
『戦術書』(ポリュアイノス)
ローマ人の書いた「戦術書」というと『フロンティヌス戦術書』も有名であるが、あっちにエウメネスは出てこない。両者の戦術書を比較すると一般的にはフロンティヌスのほうが評価は高い。これは両者のまとめ方による。このポリュアイノスの方は人物を基準にまとめられており、ある人物が使った戦術がまとめて紹介され、また次の人物の戦術が、というようになっている。一方でフロンティヌスのはシチュエーションが基準となっており、ある状況で彼はこうやった、また別の人はこうした、というようになっている。戦術を学ぶ上でどちらが適したスタイルかは言うまでもないだろう。
しかし、ポリュアイノスの方が優れている場合もある。それは俺のように特定の人物について知りたい場合だ。例えばハンニバルの戦術について知りたいと思った時、ポリュアイノスのはハンニバルの章を見ればいいだけだが、フロンティヌスの場合だとひと通り目を通す必要がある。もっとも、純粋にヒストリエの登場キャラについて知りたいという目的に対しては、少々コストパフォーマンスが悪い本だと思う。
『歴史叢書』(ディオドロス)
この本でエウメネスが登場するのは18巻と19巻である。残念ながら日本語で書籍化されているのは1~6巻だけなので、買って読むことは出来ない。しかし、嬉しい事にこの18巻と19巻は日本語のものがネットにアップされているのだ。先に挙げた3冊はどれもそれなりの値段がするのだが、これならば無料である。当然このリンクを踏んでも俺に1銭も金は入らない。嫌儲でも安心して読める。
ディオドロス『歴史叢書』
この歴史叢書は上3冊とは構成の点からも異なる。対象の18,19巻はディアドコイ戦争を書いており、誰か特定の人物を主役にするのではなく、その時その時に起こった出来事を書いている。そのためエウメネス一人に着目して読むというのには向いていないが、ディアドコイ戦争全体の流れがわかるようになる。そして他のもそうであるが、これを読んでからミエザの話を読み返すと、こいつらみんな殺しあうんだよなとなって楽しい。
エウメネスが読んでいた本
以下に紹介する本は作中でエウメネスが読んでいた本である。嬉しい事に2300年が過ぎた現代においてもエウメネスが読んでいた本は結構ある。しかも日本語に翻訳されたものがだ。これらの本を読むとあのシーンにおけるエウメネスはこの箇所を読んでいたから思いついた*2のだろうか、などと想像できて楽しい。また逆に後のエウメネスが取った行動についても、あの本が元だな*3、などと想像できる。
そういうヤツだからネタも豊富 / ヒストリエ(5)より
『歴史』(ヘロドトス)
最初に紹介するならばこの本しか無いだろう。ヘロドトスの『歴史』である。アリストテレスとの会話でも出てきたし、ボアの村でエウメネスが提供したのもこれだ。そして何よりこのシーンの元ネタが書かれている。
主人公よりも有名 / ヒストリエ(1)より
作中で何度も名前が登場するだけあって、エウメネスの話すネタは結構この『歴史』由来のものが多い。例えばスキタイ人に関しての知識は間違いなくこれの中巻から知ったものだろう。実際この『歴史』は雑学的な内容が多く、ヘロドトスが見聞きした様々な国の文化が書かれている。その一方でメインにペルシャ戦争が書かれており、これを読むとペルシャの強大さやアテナイが海戦に強いということを実感できる。そしてスパルタについて知りたいのならば下巻で、映画『300』を見たのならば必読といえる。
この『歴史』はどれも記事にした。というかこのブログの最初の記事がこの『歴史』である。今となってはほとんど黒歴史だ。
『馬術の書』(クセノフォン)
最近というか今日読み終えたのがこの『馬術の書』である。ヒストリエでの登場シーンはこれ。
鐙に気がつく直前 / ヒストリエ(6)より
この本は作中ではさらっと書かれているだけであるが、馬術の世界で代表的な本を挙げろと言われたら必ず出てくるような本である。なにしろ現存している中で最古の馬術書であり、2000年以上にわたって使われ続け、調教技術や管理方法の基礎と言えるものなのだ。クセノフォンの偉い所は馬を調教する上で力づくではなく、馬が自ら望むようにしろと、馬のことを第一に考えている点にある。彼は馬だけでなく、部下や奴隷に対しても褒めることを忘れなかったというので、それが指揮官として重要であると経験から分かっていたのだろう。
エウメネスがいろいろと参考にはなると言っているだけあって、本当に様々なことが書いてある。馬など一度しか乗ったことのない俺ですら、読み終えた後はなんとかなる気がしてくるほどだ。まず最初に馬の購入から解説は始まる。ちゃんとどのようなところを確認するべきか懇切丁寧に書いてあるのだ。そして後半には騎兵隊長としての心構えや騎兵を用いた戦術まで書いてある。今の時代にも馬術の本は色々とあるだろうが、購入から戦術まで書かれている本がいったいどれほどあるだろうか。
個人的に面白かったのはクセノフォン考案の蹄を硬くするための方法だ。蹄鉄が無かったこの時代において蹄が硬いというのは必須であった。それには石の道を歩かせるのがいいのだが、毎回歩かせるのは大変である。そこでクセノフォンは馬繋場の土を掘り、そこにこぶし大ほどの丸石を撒き、馬をそこに立たせるようにした。こうすることで櫛を当てられたり蝿にたかられるたびに馬は足踏みをし、石道を歩いた時と同じ効果を得ることができた。
これを読んで俺はエウメネスがノラでアンティゴノスに包囲された時の逸話を思い出した。この時エウメネスは籠城中に馬が衰えないよう、馬を釣り上げてその場で運動できるようにしたという。このクセノフォンのアイディアが元になっていると考えると面白い。
『イリアス』(ホメロス)
エウメネスよりむしろアレクサンドロスのほうが好きな作品。イリアスそのものを知らなくてもトロイの木馬ぐらいは知っているだろう*4。それぐらい有名なトロイア戦争の末期を書いているのがこの本だ。読んでおけばギリシャ人にこれだから蛮族は、とバカにされずに済む。とりあえず知っておくべきことは神を味方にした方の勝ちということだ。
この本も以前取り上げているで後はそっちで。
『オデュッセイア』(ホメロス)
エウメネスが憧れるオデュッセウスの物語。位置づけは上で紹介したイリアスの続編である。
家に帰るまでが戦争 / ヒストリエ(2)より
内容的にはオデュッセウスがなんとか家に帰ろうとするのだが、漂流&漂流という感じでなかなか帰れないというものだ。そしてONEPIECEよろしく、行く先々の島で何かしらのトラブルに巻き込まれるというのが物語の構造だ。読んでいると広い海原をあっちこっちと漂流していつになったら帰れるんだという感じになるが、実のところ海と言っても地中海だけである。ローマ人の言うところの「我らの海」でフラフラしているというのが実情だ。
ぶっちゃけると上巻は読み終えたのだが、下巻は半分も読めていない。というのもフィクション要素が強すぎて、あまり「知りたい」という感じにならないからだ。そのうち読むかも知れないが、やはりエウメネスのこの言葉に賛同する。
トゥキュディデスは未読 / ヒストリエ(2)より
『アナバシス』(クセノフォン)
この記事を書くなら読んでおこうと思って注文したけどまだ届いていない。まあ、エウメネスもまだ読めていなさそうなのでまた今度。
俺のところにはまだ届かない / ヒストリエ(1)
追記
2015/08/30 読み終わったので書いた
エウメネスがなかなか最終巻を読めなかった本。アナバシスはギリシア語で「上り」という意味の他に、川を上って行くということから「内陸部へ行く」という意味や「侵攻」という意味もある。なのでこのタイトルはペルシャへの侵攻に行ったというところから付けられたものだ。だがこのタイトルは全体の20%も当てはまらない。全7巻の内、アナバシスをしていたのは1巻だけであり、2~4巻はカタバシス(下り・撤退)であり、5~7巻はパラバシス(沿って行く)となっている。Wikipediaのあらすじはちゃんと全体を書いているけれども、説明の比率はだいぶ偏っている。
この本を読んでいてまず思ったのは「ギリシャ人、マジに迷惑」だった。これについてはWikipediaを編集した人も同じ気持だったようで、長い長い撤退時の内容をうまくまとめている。
手持ちの食料が乏しいため、各地の村々で焼き討ち、大掛かりな略奪、奴隷狩り、虐殺を繰り返し、メスピラにおいて住民の大半を虐殺。当然行く先々で敵視され、略奪の際の抵抗も強くなる。クセノポンをはじめとする傭兵軍団は、苦労を乗り越え無辜の民衆へ甚大な被害を与え続けた後、小アジア北西部のペルガモンに辿り着く(紀元前399年3月)。
これがあの「文化が違う」というやつなのか。相手が市場を開き、金で食料を調達できるなら購入していたが、相手が反抗的であった場合は容赦しない。1万人のギリシャ傭兵は神謡(バイアーン)をうたって略奪を開始する。前述の市場から購入するときの支払いは、この略奪で得たものからであることは言うまでもない。とはいえ敵方のペルシアも休戦協定として「ペルシア内を通過する際に、市場が開かれていない時は食糧と飲料を奪って良い」と言っているので、この時代としては当たりまえの事なのだろうが。
著者であり主人公でもあるクセノポンは、もともと大した地位ではなかったが、ペルシアの策略によって主な指揮官が処刑されてからはこの傭兵団のトップに立っている。何か問題が発生するたびに的確な指示を出し、兵士たちが反抗的になっても見事な演説で黙らせる。また客観性を付与するためか、クセノポン自身のことをガリア戦記のように*5三人称で書いているけれども、自画自賛すごいと言いたくなる。だとしてもアレだけの人数をまとめて撤退に見事成功したのだから、誇りに思って当然だろう。『馬術の書』で偉そうに指揮官の心得を書いていたのも納得だ。