スマートホーム化する価値とは、家が賢くなることではない。
住居者が愚かでなくなることだ。
システムの一部になることが快適な生活を送るカギである。
使って初めて分かる価値
Amazonのスマートスピーカー、Echo Dotを使い始めて約10ヶ月が経つ。
買う前は音声コントロールに対して疑問を持ってた。今のAIの賢さで本当に便利なのかと。しかし今は違う。スマート化されていない生活など考えられないし、何より俺の行動が変わった。日常生活で生じるささいなミスが減ったのである。
やっていること自体に新鮮味は無いが、実際に使っているからこそ語れるというものはある。ただスマートスピーカーの紹介をするのではなく、俺の考え方がどのように変化したか書いていきたい。
キッチンの照明を消す技術
Alexaを導入し、まず行ったことの一つが照明のコントロールである。1Kに住む俺の場合、Echoでコントロールしたい照明は洋室とK (キッチン) だった。特にキッチンの照明は使い勝手が悪い。スイッチが一箇所にしかないからである。
玄関で操作する時はいいが、困るのは洋室側にいる時である。照明を点けるにしろ消すにしろ、必ず暗いキッチンを歩かなければいけないクソ設計である。そこでSwitchBotをキッチンのスイッチに取り付けた。Echo Dotは洋室に配置。これで洋室にいながらにして、キッチンの照明をコントロールできる。
これでマシになったが、完璧な解とは言えなかった。問題は2点ある。1点目はドアが閉まっているとキッチンからEchoに声が届かないということ。もう1点は洋室にいるとキッチンの照明を消し忘れるということだ。
特にやっかいなのは消し忘れである。それは問題が発生していることに気が付かないからだ。Echoに声が届かないという問題は、すぐに気がつく。照明が点かない→困るという形で問題を認識するからだ。対して照明の消し忘れは、すぐに困ることはない。だから問題が発生していることに気が付かず、放置されてしまう。そして何かの用事でキッチンに向かった時、つけっぱなしの照明を見てショックを受けるのである。
そこで2点の問題を一挙に解決するため、Echo Flexを導入した。Flexにはモーションセンサーを取り付けることができる。これによって動きを感知した時に照明を点け、誰もいない時は消えるようにしたのだ*1。キッチンにいても声が確実に届くし、照明は勝手に消える。完璧なソリューションだ。
この経験は俺に学びをもたらした。日常生活のささいな問題はAlexaで解決できる、と。
それからというもの、不便を感じたらEchoで何とかできないか考えるのが習慣となった。例えば朝スムーズに起きるためにAlexaで行っている対処を見せよう。
しかし、Alexaも万能ではない。問題によっては他の手段の方が有効だ。俺の場合、食料の在庫管理がそれだった。
食料の在庫管理問題
帰宅中、ふと思う。「スーパーで何か買わなくてはいけなかった気がする。確かトマトを切らした記憶がある」。実はトマトを切らしたのは昨日の朝の出来事であり、昨日の帰宅時にトマトは購入していた。だがトマトを購入したという記憶が失われ、トマトが無くなった記憶だけが残っていたのだ。このことに気がつくのは帰宅後、トマトを入れようと冷蔵庫の扉を開けるまで待つことになる。
このような何を買う必要があるか、既に何を買っているかということは、問題として繰り返し生じていることに気がついた。繰り返しているならそれは「必然」であり、対処する必要がある。しかしどうやって?
最初は在庫管理の発想でいた。各食材の在庫を全て入力し、それを管理していくのである。そのためのAlexaスキルも複数存在する*2。しかしこれは明らかに手間がかかる。何かが増減するたびに入力する必要があるからだ。しかも音声だと正しく入力されているとは限らない。
そこでゼロベースで考え直す。俺が本当に求めていることは何か。それは購入すべき物を知ることである。それならば「かんばん方式」がベストではないか。
在庫がレッドゾーンを切ったら、在庫補充の指示を出し、指示が出ているものだけ購入する。これならば作業は最低限で済む。かんばん方式の始まりは、トヨタ自動車一行が見たスーパーマーケットでの在庫補充作業である。スーパーでの買い物に最適なのは当然だ。
結果、以下のように運用している。
上流も下流も俺。かんばんとしてApple Watchとリマインダーを使う。Apple Watchの利点は常に身につけていることと、入力時に文字による視覚情報のフィードバックがあること。これで在庫がレッドゾーンを切ったタイミングで正確に入力することが可能となった。また、MacやiPhoneからテキストでも入力できるので、音声では難しい名称も問題ない。
この経験もまた俺に学びをもたらした。目的を達成できるのならAlexaに拘る必要はない。全自動が望ましいが、無理なら自分がシステムの一部になれば良い。何も考えず、リマインダーやカレンダーの指示に従えばいいのだ。
こうしてリマインダーを多用するようになった結果、ついには専門に特化したリマインダーも使うようになる。その一つが「スライド式バルブ開閉札」である。
スライド式バルブ開閉札を買うに至るまで
つい最近、スライド式バルブ開閉札を購入した。仕事のためではなく、家で使うためである。理由は防災だ。
今年の3月は東日本大震災10周年ということで、防災・耐震ネタがネットでもよく見られた。何度も目にすると、さすがに自分も見直そうという気になる。そこで家庭における防災・耐震ネタを調べると、「洗濯機の蛇口の栓は、 使用中以外は締めておく」と書いてあった。開栓状態でホースが外れると、水があふれ出すからである。
言われてみればもっともだ。外出中にホースが外れたら悲惨なことになる。地震によるものかは不明だが、旅行中に洗濯機のホースが外れたことで100万円以上の支払いをすることになった事例もあるらしい*3。洗濯機の蛇口は閉めた状態をデフォルトとすべきだ。
しかしこの運用方法は現実的だろうか。洗濯機の蛇口を開け閉めする習慣の無い俺がやると、絶対に忘れる。開け忘れて洗濯を開始し、逆に洗濯を完了しても閉め忘れる。特に前者は日常的に起こりうることで、帰宅後にエラー表示を見て崩れ落ちる姿が目に見える*4。そんなことを繰り返したら、きっと俺は蛇口を開けっ放しにするだろう。そしてブラック・スワン*5が訪れる。
そこでスライド式バルブ開閉札である。これを洗濯機の前にぶら下げておけば、蛇口の存在を必ず思い出し、何をすればいいかも分かる。カリフォルニア大学サンディエゴ校の認知科学者ドナルド・アーサー・ノーマンは、リマインダーには「シグナル」と「メッセージ」という2つの側面があると言った*6。スライド式バルブ開閉札はシンプルながらも、その両方の役割を果たす*7。
洗濯機の水道、耐震の観点だと水漏れ防止のために普段は閉めておくのが良いのだけど、そうすると洗濯の際に開け忘れることがある。だからスライド式バルブ開閉札を付けた。ヨシッ。 pic.twitter.com/pJKnsmi3xf
— 骨しゃぶり (@honeshabri) March 28, 2021
この洗濯機と蛇口の問題は、IoTで解決するのは難しい。それも我が家のように洗濯機と蛇口の両方がIoTに対応していない場合は特に。人をシステムに組み込めば機能はするが、信頼性は低い。スライド式バルブ開閉札は、低い信頼性という人の欠点を補ってくれる。システムはアナログではあるけれども、生活はよりスマート化したと言えるだろう。
終わりに
スライド式バルブ開閉札という解に至った理由の一つは、職場で使われているのを見たことがあるからだ。だがそれ以上にEcho Dotを購入したことの方が大きい。仕組みを構築する手段を手に入れたことで、「ミスを防ぐためにどうするか」と日常生活でも考えるようになった。そしてシステムを構築し、自分もその一部となることでミスは激減したのである。
こうして俺はプライベートでもリマインダーやカレンダーを多用するようになった。特にAlexaの定型アクションで指示を喋らせると「やらなくては」となって良い。例えば朝起きた後ダラダラと過ごさないように、行動を促す定型アクションを設定している。
あなたもEcho Dotでスマートな新生活を始めよう。
参考書籍
今回は本記事を書くというより、仕組みを構築するのに参考にしている書籍を紹介する。
『誰のためのデザイン』
本記事に登場したドナルド・アーサー・ノーマンの本。本書において優れたデザインとは見た目の美しさではない。簡単に間違うことなく使えることだ。それは「可視性」「よい概念モデル」「よい対応づけ」「フィードバック」の4要素からなる。逆にテプラまみれになるようなデザインを「たぶん賞でもとっているんでしょう」とこき下ろす。
引用した通り、本書にはリマインダーの話も出てくる。そこでは理想のリマインダーとして「電話やコンピュータに接続でき」「キーボードと十分なサイズの画面を持った」「ポケットサイズの」ポータブルコンピュータがあれば良いのにと述べている。本書が出版されたのは1988年だ。現在は理想のリマインダーが手元にあるのだから、存分に使うべきである。
『スイッチ!』
本ブログで繰り返し紹介している、自分や他人の行動を変化させるための方法を示す本。重要なのは判断を減らすこと。人は頭を使いたがらないので、行動に判断が必要だと動けなくなる。だから予め何をすべきか具体的に決めておき、その時が来たら迷わず行動するのが良い。リマインダーやカレンダーはその助けとなる。
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
人はなぜ失敗をするのか、いかにして失敗から学ぶのかを書いた本。本書だけは読んでいる最中で、より生活をスマート化するためにはどうすればいいか考え、手にとった。様々な失敗の事例と原因、そして対策が紹介されるので参考になる。
だが何よりも大事なのは個々の事例ではなく、失敗から学ぼうとする姿勢だろう。失敗してしまったことを認め、要因を追求し、対策を講じる。仕事ではよく言われることであるが、日常生活にも取り入れていきたい。
機械に支配されるタイプの記事
*1:感知する間隔を狭くするのはおすすめしない。頻繁にON/OFFするとSwitchBotの電池の消耗が激しくなる上、グローランプの寿命も短くなる。これなら照明をつけっぱなしにした方がマシだ。
*3:洗濯機の蛇口を開けっ放しにして大事故発生!? | レスキューラボ
*4:はてブに入り浸っているだけあって、俺はドラム式洗濯乾燥機を使っている。だから洗濯は「出社前にスタートし、帰宅したら完了している」という運用なので。
*5:めったに起こらないが、壊滅的被害をもたらす事象。古代ローマの風刺詩人デキムス・ユニウス・ユウェナリスは、『風刺詩集Ⅵ』の中で「良い妻とは黒い白鳥のように稀な存在だ」と書いたことが始まり。そして1697年、オランダ人探検家ウィレム・ドゥ・ヴラミンが、オーストラリア西海岸の川で黒い白鳥を発見する。
*6:「シグナル」は何か思い出さなくてはならないことがあるということを知らせるもの。「メッセージ」はいったい何を思い出すかを知らせるもの。
*7:もっとも、スライド式バルブ開閉札も完璧ではない。伝えられるメッセージは間接的なものだからだ。伝えられるのは作業者が行うべき行動ではなく、蛇口の状態にすぎない。