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【書評】アオイホノオ GAINAX編 / “アニメの教科書”

まずアオイホノオ見るだろ。
無料だったお試し版を読むだろ。

そして上下巻をまとめて買って読んだ。完全に岡田斗司夫の思惑通り。

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アオイホノオ(8) (ゲッサン少年サンデーコミックス)より

各所でクリエイターの傷を青春だからとえぐり続けたドラマもいよいよ次回が最終回。もっとアオイホノオの世界を知りたいという人はどうするべきか。
原作はむろん… 常識ですが… ガイナックスならむしろ「遺言」!!

アオイホノオはあくまでも島本和彦の青春時代を描いた作品であるため、ガイナックス組については取材を通じてわかったことしか描けない。なので疑問が当然出てくる。あのDAICONⅢのOPはどのような流れで作られたのか。山賀は何となくいるだけなのか。その答えがこの本に書かれている。あだ名が放送禁止用語であった岡田斗司夫による、ガイナックス創成期を通じて作品作りの裏側が分かる本。

そしてこれを読むとガイナックス作品を見返したくなることは間違いない。そして自分も何かしたくなる。とりあえずやってみるかと。

アオイホノオの裏と後

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こいつらの話 / アオイホノオ(7) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

原作のアオイホノオがこの後のガイナックスをどれだけ書いていくか分からないが、ホノオが大学を中退したら接点は殆ど無い。そこで岡田斗司夫の出番だ。作品内でも庵野たちが授業に出なくなる頃から付き合いが始まった*1ので、ちょうど補完できる立場にいる。そしてガイナックス設立後は言うまでもないだろう。

特に興味深いのがドラマ最新話でもやっていた『DAICONⅢオープニングアニメ』のテーマ解説だ。この記事読むような人はすでに見ているはずだが貼っておく。


DAICON III 1981 (Remastered audio y video) HD ...

アオイホノオを読んでいてもこのアニメは「好きなモノを高い技術で動かした」ぐらいにしか理解できない。その一つ一つの表現についてテクニックの凄さは分かるのだが、なぜそれを描いたのかという意味まではわからない。俺も「単に女の子が飛んだりするシーンを書くためにそれっぽいストーリーにしたんじゃあないの」程度にしか考えていなかった。

ところが岡田斗司夫に言わせるとそうじゃない。

のちのち、自分が作品作ることでわかってくるんですけど、そういうイメージだけの作品だと、せいぜい十五秒から二十秒しかもたないんです。三分間なんて、絶対に無理ですね。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

何かしら伝えたいことを核にしないと作れないというのだ。そしてこのOPについて一つ一つこのシーンにはどのような意味が込められているのかという解説が始まる。この後の『DAICONⅣオープニングアニメ』も同様に解説される。そしてさすがに全てはムリだが、全体的なテーマやいくつかのシーンをピックアップして『王立』と『トップをねらえ!』も解説されていく。そのためこの本は外出先で読むのはおすすめしない。実際の動画を見ながら読むべき本だ。

テーマの話以外にもその時の会社の状況や『電脳学園』や『プリンセスメーカー』といったPCゲーム関連の裏話がこれでもかというくらい詰め込められている。気に入った作品の制作秘話なんかが大好きな人にとってはたまらない内容だろう。

人を見る目が変わる

アオイホノオは当然だが島本和彦の目線で書かれている。そしてこっちの『遺言』は岡田目線で書かれている。同じ人物でも二人の立場の違いによって描写のされ方が違ってくる。そのため『遺言』を読んでからアオイホノオを読み直すと、「こんなこと言っているとけど将来ああなるんだよな……」とか「確かによく読んでみるとそういう描写がされているな」なんて再発見があって面白い。

山賀

とくに顕著なのが山賀だろう。

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終始こんな扱い / アオイホノオ(6) (ゲッサン少年サンデーコミックス)より

山賀の扱いについて赤井はこう語っている。

赤井:だからほら、庵野と僕は学生時代、もうアニメとか作ってたじゃないですか。
岡田:あぁ。
赤井:絵とか描いてるから、おそらく彼の世界観に入ってるんですよ。で、彼にとって山賀はずっと謎の人だったんで。やっぱりその距離感が出るんですよ。
この「距離感が出るんですよ」って島本君のこう、心を勝手に言うワケですけど。
岡田:はいはいはい(笑)
赤井:で、多分その距離感が、あの絵柄に出てる。写実的な人程、ちょっと距離感を感じて描いてるはず。
【レポート】アオイホノオ・島本先生の絵はいい加減? - 岡田斗司夫なう。

そんな口だけのやつ扱いされる山賀だが、岡田目線ではそんなことは無い。なにせ弱冠24歳で監督デビューした男だ。無能なわけがない。

『遺言』における山賀の扱いは庵野、赤井に引けをとらない天才となっている。

ところが、そういうアイデアとかストーリーよりもずっと大事な部分、『トップ』のキモの部分、一番面白い「泣かせ」は山賀くんなんですよ。僕の中には、キャラやお話はあるけど「泣き」の要素がないんです。それを泣きの方へ持って行ったのは山賀君の力量です。  当時、山賀君は『王立宇宙軍』の評価もイマイチで、周囲から、ガイナックス内部からさえ才能を疑われていて、それが僕には悔しくてたまりませんでした。実績ゼロの時代でも、山賀君の才能は図抜けていたのになんで、と思っていました。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

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確かに気に入られてる / アオイホノオ(8) (ゲッサン少年サンデーコミックス)より

正直ここまで読み進めても俺は疑っていた。本当にこの人って凄いのかと。が、この次の説明で脱帽する。

僕が考えていたのでは、お父さんは昔ノリコと別れて、いつも宇宙にいるんだけど、誕生日には帰ってくるんです。「お父さんは誕生日に光の速度で帰ってくるよ」って約束して本当に光の速度で帰ってくる話なんだって言ったら、もうその場にいる人間大爆笑。


これを山賀は泣かせるように作ったんです。当時の彼は間違いなく日本で一番上手い脚本家でした。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

もともとギャグみたいなアイデアからこれができたのかよ。

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2話の感動シーン / トップをねらえ!より

ついでに言っておくとこの辺の『トップをねらえ!』解説は非常に危険である。今までは何も考えずに見ていたので素直に感動できていたのだが、この本を読んでから見ると「本当だ!よく考えるとここおかしい!!」といちいちおかしく思えて仕方ない。当然上記シーンも爆笑してしまった。

庵野

庵野の方はアオイホノオで格上の存在となっているため意外性は少ない。読んだ感じを一言でまとめると「ニヤニヤしながらやっちゃう人」だ。

庵野はニヤニヤニヤニヤ笑いながら「このままやっちゃいましょう」ってやっちゃうわけです。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

アオイホノオでもよくニヤニヤしているのが印象に残るが、誰が見ても同じなのだろうか。

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この不敵な笑み / アオイホノオ(4) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

ただ全く同じように描かれているかというとそうじゃない。『遺言』で何度か取り上げられるのは庵野が名言好きということ。

これだけでめいっぱいなのに、庵野秀明が「いいセリフ」を乗せたがるんです。彼が好きなのはいいセリフなんですよ。だから「一人一人は小さな火だが、二人合わせると炎になる!」みたいなもので、秒数やたら取るんですね。ストーリーが入らないんですよ。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

これはまともな台詞のあるアニメがアオイホノオ内で作っていないからだろう。こういうちょっとしたところを知れるのがいい。

赤井

アオイホノオにおける赤井は完全にシンジくんポジで、技術はあってもメンタルが弱いキャラとなっている。それに対し『遺言』では軍師キャラだ。

赤井君は赤井君で「やって勝てそうだったらやります」と、完全に軍師なんです。諸葛孔明のようなタイプですから。勝てる戦だと判断したらやるんだけども、勝てない戦を引き受けて、自分共々損害を被るのは得策ではない、と考えるタイプです。最悪、岡田さんだけ死ねばいい。(笑)
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

計算高さについては武田の思い出でも書かれている。

赤井は最初、そんなわけのわからんやつと会わなくてもいいやと思っていたらしいけど、具体的な話を聞いてみて、言葉は悪いけど、大学でチマチマ勉強してるよりこの連中が金をもってきてくれるなら、請け負って仕事したほうが自分にとってプラスになるという判断をしたらしい。
第6回「正式立候補」「ダイコン3開催決定」「庵野、山賀、赤井との出会い」 | GAINAX NET

そんな感じだったのかと思って読み返す。リスクを減らすのが軍師ってやつか。

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本当はどっちが大事なのか / アオイホノオ(9) (ゲッサン少年サンデーコミックス)より

そんな軍師である彼が提案する「オーストラリア征服理論」*2は知っておいて損は無いだろう。ビジネス書なんかでよく聞く「ブルーオーシャン戦略」より探索コストがかからない分だけこっちのほうが優秀な気がする。この提案シーンは完全にこれ。

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大陸=オーストラリア / 三国志 (21) (希望コミックス (74))より

とまあこんな感じで各キャラ*3の描かれていなかった一面が見れるだけでも十分に読む価値はある。

『王立』症候群

この本はKindle版で『アニメの教科書』としているようにアニメの作り方を監督、プロデューサーの立場から書いている。この内容はその立場故かアニメに限らず、他の表現形式にも十分使えると思う。なにせガイナックス自身がアニメに限らずPCゲームもやっている*4わけだし。そしてその作り方についてだが、主に「テーマ」の重要性と使い方について書かれている。だがあえて言わせてもらえば、重要なのはそこではない。重要なのは『王立』症候群のほうだ。

僕も山賀君も『王立』をやっちゃったから、次はもっと凄いことやんなきゃいけない、という呪いがかかってたんです。  何年か後に河森正治君と話すことがあって確かめたんですけど、やっぱり同じ症状でした。河森君も『マクロス』の後、『マクロス』をやった俺だから次もなにかやらなきゃいけないって思っちゃってました。


「何々をやった俺だから次もなにかやらなきゃいけない」という呪いは強力なんです。


今になれば、はっきりわかる。あれは『王立』症候群だったんだ。
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

これな。おそらく本気で作り手になろうって奴はテーマ云々の話とかは知らなくても何とかなる。そしてふとした拍子にそれなりの成功を手にすることが出来る。それより問題はこっち。自らの成功に縛られて失敗してはならないと思い込む。その結果何も作れぬまま時は過ぎていく。

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止めるんだジョウ / アオイホノオ(10) (ゲッサン少年サンデーコミックス)より

この本がクリエイターにとって価値がある点はこの沼地の存在を警告するとともに、脱出方法が書いてあるということだ。

『王立』という、大した作品をやったつもりだから『トップをねらえ!』みたいに、明らかにリラックスできる作品でなかったら、一二〇%の力が出せなかったんです。『王立』の次の作品と考えると、一二〇%どころか、どんな企画も、作り始めることすらできなかったんです。 『トップをねらえ!』は、自分たちの「本当の作品」とは思ってないから、作り始めることができた。*5
アニメの教科書 上巻: 岡田斗司夫の『遺言』より

このように「別に本気じゃないし」と言い訳を用意して作ることに取り掛かれというのがその特効薬だ。とりあえず作り始めれば何とかなる。原作には無いシーンだがドラマ版アオイホノオで最初の実習制作の時、ホノオは内容を適当に決めるなと憤慨する。それに対して岡田はこのようなツイートをしている。

これはアマチュアだけでなくプロにも言えるようだ。とにかく取り掛からない限り先には進めない。それでも作れない人がいるならば炎尾先生の言葉を送りたい。
君に足りないのは勇気だ!駄作を作る勇気だ!!

*1:というかコイツが元凶

*2:オーストラリアのように最強の生物が犬であるようなヌルい分野に行けばそこで自分が最強になれるという理論。

*3:実在の人物だけどな

*4:やっているどころか一時期はゲームで稼いでアニメで消費する状況だった。

*5:なおその後『トップをねらえ!』も「本当の作品」になってしまったため、『王立』と同じく症候群となったもよう。