本しゃぶり

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早く始めなければ意味がない、なんてない

早く始めなければ意味がない。
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

その呪縛から解き放つ。

私がとらわれていた「しなきゃ」

早く始めなければ意味がない。特別お題キャンペーンを見て真っ先に思い浮かんだのがこれだった。

なぜそう思うようになったのかは覚えていないが、子供の頃の俺はそう考えていた。より正確に言えば、「前からやっていた人には勝てない。勝てないならやらない方がいい」である。

一つ印象に残っている例を挙げよう。昔、コロコロに『K-1 ダイナマイト』という漫画が連載されていた。小学5年生の主人公が空手を始め、様々なライバルたちと戦いながら成長する物語である。

俺はこの作品が好きだったが、その一方で「現実的ではないな」とも思っていた。主人公は空手に憧れがあったが、親の方針でずっと空手をさせてもらえなかった。小学5年生にて親の元を離れ、ようやく空手を始めるのである。入った先の空手部主将は小1から空手をやっている。この差が埋められるはずがない。当時の俺はそう思っていた。

この思い込みはスポーツに限った話ではなく、趣味にも適用された。例えばトレーディングカードゲームがそうだ。TCGはスキルも大事だが、メインの遊び方である構築戦はカード資産が重要である。以前からやっていてカード資産が多いやつには勝てない*1、だからやるべきではない。そう思い込んでいた*2

では成長したらどうなったか。この思い込みは俺の中に根強く残り、様々な場面で反射的に出てくる。例えばTwitter*3はその一つで、始めた時は「今更Twitterを始めるか?」と迷っていた覚えがある*4。だがそれを理性で打ち消すようになった。

確かに早くから始めた方が有利な分野があるのは事実である。しかし、多くのことは後から手を出しても意味がない、なんてない。むしろ早さより重要なことがあるし、後から手を出すしかない状況もある。そういった理屈で反射的な思考を捻じ伏せて、今では「今更なこと」にも手を出すようにしている。

この記事では俺が自分自身を説得するのに使っている理屈を紹介しよう。

早さよりも大事なこと

早くから始めることを重視してしまうのは、それこそが他人より卓越した存在となるために重要だと考えているからである。この考えを否定する方法は2つある。1つは「卓越しなくてもいい」とすること。これはこれで正しいが、価値観を否定するのはだいたい説得に失敗する。そこでもう1つの方法である「卓越する上で早さよりも重要なこと」を使う。これならば価値観はそのままに、合理的な選択として早さを捨てることができる。

卓越する上で、早くから始めることより重要なことは何か。それは適性だ。ノースウェスタン大学の経済学者のオファー・マラッドは、専門特化のタイミングに関する研究を行い、イギリスの大卒者を調査した*5

当時、イングランドとウェールズの大学は入学前に専門を決める仕組みとなっており、入学後は専門分野に特化して学ぶことになっていた。対して、スコットランドの大学では、最初の2年間は様々な分野の学習が求められ、それ以降も多くの分野の学習ができた。

大学の仕組みが異なる

イングランドとウェールズの学生は早くからスタートを切ることができる一方で、卒業後に専門と全く異なる分野の仕事に就く可能性が高かった。早期に専門特化することは自分に何が合っているか知る前に選ぶことになり、就職してから「これじゃない」と気が付くことが多いということが分かる*6。結果的に、大学の専攻とは別のルートをたどることになり、早い段階で専門特化することのメリットを失うことになってしまうのだ。

一方、スコットランドの学生は大学で様々な分野を試すことにより、自分の適性にあった分野を見つけることができた。そのため、卒業後には自分に適した分野に集中できることができ、スキル習得の遅れを帳消しできる成長が可能となる*7。つまり、適性に合った分野を選ぶことの方が、長期的に見てプラスとなるのだ。

ではこの「適性」とは何だろうか。

モチベーションと強み

「適性」とは「モチベーション」「強み」のことであり、自分自身が何に興味を持ち、何を得意としているかを理解することが重要だ。

ハーバード大学の「心と脳と教育プログラム」のディレクターであるトッド・ローズと計算論的神経科学者のオギ・オーガスは、「ダークホース・プロジェクト」という調査を行い、非常に曲がりくねったキャリアパスを持つ人々を調べた。ダークホースたちは、最初から一本道で現在の仕事をしているのではなく、様々な分野に手を出し、最終的に成功を掴んだ人々のことである。

ダークホースは普通じゃない道を走る

ダークホースたちを研究したローズとオーガスは、彼らが自分自身の小さなモチベーションを重視していることに気付いた。これらの人々は、自分が何に興味を持ち、何を得意としているかを理解し、それに基づいて自分のキャリアを形成している。例えば、音楽が好きで工学技術にも興味があるスーザン・ロジャースは、まず音響技師になることを目指し、独学で学び、見習い音響技師、プリンスの録音技師、音楽プロデューサーとステップアップを重ね、そして今ではバークリー音楽大学で教授をしている*8。スーザンは、自分が音楽、工学技術、そして裏方として感謝されることに興味を持っていたため、それらを組み合わせたキャリアを選択したのだ。

モチベーションを満たせる仕事で卓越した結果を残すために、ダークホースたちは自分の強みを生かす。同じ職でも戦略は人それぞれ異なる。例えば、合格率3~8%と言われるCMSのマスターソムリエの試験*9に合格するために、それぞれが自分だけの戦略を用いて試験に臨む。ある人は生理的な反応を用いてワインを的確に見抜き、またある人はワインに関する学術論文を大量に書くことで専門知識を身に着けた。これらの戦略は最初から見つかるようなものではない。発見修正を何度も繰り返し、試行錯誤することで見つかるものである。

強みとは内的要因よりも外的要因によって決まるものだ。ある個人的資質が適性になることもあれば、逆にハンディキャップとなることもある。ゆえに実際に経験し、自分に適性があるか確認することが重要と言えるのだ。

そして強みは外的要因によって決まるからこそ、人は今から始めることを余儀なくされる。

今からやるしかない時代

今後は社会環境の変化が速まり、一生同じ技術で食べていくことは難しくなるということが言われている。長寿化テクノロジーの進化により、変化に対応できる能力が求められるようになった。

まず、長寿化によって、社会環境が変化する回数が増える。人生100年時代と言われる現在、平均寿命がますます延びている。2007年に産まれた日本人の半数は107歳より長く生きるとも言われているほどだ。これにより社会環境が変化する回数も増え、自分自身も何度もキャリアチェンジを求められる可能性が高くなる。

© PROFESSOR LYNDA GRATTON 2017 ® SLIDE 2 / Source: Human Mortality Database, University of California, Berkeley and Max Planck Institute for Demographic Research, Germany, Link

また、テクノロジーの進化によって、社会環境がより速く変化し、頻度が増していく。一つの技術が発展すると同時に、その技術を組み合わせることで、より大きな可能性が生じるためだ。これにより身に着けた技術が陳腐化するスピードは速まり、新たな技術を習得する必要性が増大してしまう。現代社会では、デジタル技術を活用することが求められるようになり、これまでの常識やスキルだけでは対応できない問題が生じていく。例えば、去年の夏頃から流行っているジェネレーティブAIの登場はその一例だろう。

そうした技術には、数年前にはまだ一般的でなかったものが多数ある。若い頃に身に着けたスキルだけでは、現代社会で求められる技能や知識に追いつくことが難しい。こうした状況において、自身のキャリアを形成するためには、新たなスキル習得が必須であると言えよう。

こんな状況で「早く始めなければ意味がない」なんて言って、新しいことに手を出さないのは間違っている。自身の認知能力は衰える一方であり、技術はどんどん複雑になっていく。今が一番キャッチアップしやすい時期である。言うべきは「今始めるか」だ。

終わりに

俺は今でも反射的に「今更始めてもな」と思うことがある。だがそう考えて良かったことはほとんどない。ビットコインでさえ、あの時買っておくべきだったと思うくらいである*10。なので今ではそのような考えが頭に浮かんだ時は、本記事で書いたようなことを考える。そして「今更というのは理由にならない、やった方が得なら今からでもやるべきだ」と。

一方でこれまでのキャリアを振り返ってみると、俺はダークホースとは真逆の道を歩んできたと言える。始めの方でイギリスの大学の話を書いたが、俺は高専出身*11なのでもっと早い段階で専門に特化した教育を受けてきた。幸いなことに、高専は俺に合っていたし、就いた仕事もまだ続いている。ただ、こういう話を読むと、もっと若い内に自分の可能性を探っても良かったのではないかとも思う。

そんな俺にとって、このブログを始めたことは悪くない選択だったと言える。本しゃぶりの開始は2013年なので、当時としても「今更ブログか」と思っていた。だが何だかんだで10年近く続いているし、それなりに読んでもらえてもいる。それに本しゃぶりを始めなかったら、今ほど人文科学の面白さに気がつくことは無かっただろう。

今回の記事もつい意識高い方向で書いてしまったが、「今更始める」というのは趣味としても悪くない選択だ。これを機会に、これまで気になっていたことを始めてみたらどうだろうか。俺のメンバーシップに入るとか。

noteでは色々と新しいことに挑戦した話も書いている。何かしらの参考になるだろう。メンバーシップなら過去のマガジン記事が全て読み放題なので、今更入っても意味がない、なんてない。

参考書籍

この記事を書く上で参考にした本。

『RANGE 知識の「幅」が最強の武器になる』

「早さよりも大事なこと」は主に本書から。著者は、世の中は専門化やスペシャリストを求めているように見えるが、実は幅広い知識や経験を持つ人が多くの分野で成功しているという事実を紹介している。この本では、早期の専門化が向いている分野とそうでない分野があること、個人の中に多様性がある価値などを、豊富な事例や研究をもとに説明する。この本は、自分の可能性を広げたい人やキャリアの選択に迷っている人におすすめ。

『Dark Horse「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』

「モチベーションと強み」は主に本書から。自分の充足感を追求するために標準化されたシステムから抜け出した人たちの成功ストーリーを紹介する本である。この本では、学歴や経験に関係なく、自分の好きなことや得意なことを見つけて活かすことで、新しい分野で成功した人たちの事例が紹介されており、遅くからでも行動次第では新しい分野で成功できる勇気を与えてくれる。成功への道は本当に人それぞれなので、やはり積極的に挑戦して試行回数を増やすのが一番だと、読んで思った。

『LIFE SHIFT2 ―100年時代の行動戦略』

「今からやるしかない時代」は本書から。人生100年時代における新しい働き方や生き方について提案する本である。2017年に設置されて9回にわたって議論が行われた「人生100年時代構想会議」*12は本書の著者の一人であるリンダ・グラットンの見解が多く含まれている。そのため今後の日本がどのような対応を取っていくのかは、本書を読むと方向性が分かるだろう。

本書からもってきた内容について、何か似たような文章を読んだ覚えがあるという人もいるかもしれない。おそらくそれは以下だろう。

どうしたら変化に対応できるか知りたい人向けの記事

似たような内容なので本も被る。

*1:MTGのようにメインのフォーマットが近年発売したパックのみというゲームならば、過去パックのカード資産はそれほど重要ではない。今ならそう知っているが、当時はやっていないのだから知らなかった。

*2:この思い込みはデュエルマスターズを始めたことで消えた。俺がデュエルマスターズを始めたのはDM-06 闘魂編であり、今から見れば初期もいいところだが、当時の主観としては遅い。そんな遅いタイミングでカード資産が貧弱な状態でもやってみたら面白かったので、TCGは途中からでも楽しめることに気がついた。そしてMTGに乗り換える。

*3:2月上旬から絶賛凍結中。→ 3/17に解除。

*4:ちなみに俺がTwitterを始めたのは2010年3月だ。

*5:Discovering One's Talent: Learning from Academic Specialization | NBER

*6:When to Specialize?

*7:Breadth vs. Depth: The Timing of Specialization in Higher Education | NBER

*8:Susan Rogers - Wikipedia

*9:24歳・最年少で世界最難関「マスターソムリエ」になった高松亨。次なる頂へ | DIG THE TEA

*10:2017年末の話。あの後に一度バブルが崩壊したが、それでも今よりは安かった。

*11:高専出身であることは既に書いたことがある。高専における過去問引き寄せの法則 - 本しゃぶり

*12:「人生100年時代」に向けて|厚生労働省