本しゃぶり

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炎上概念ソードホルダー

当事者の手によって企業が炎上した。
一個人が意識的に破壊をもたらせる時代となったのだ。

企業炎上における第三の型について考察する。

大阪王将炎上

大阪王将の炎上が興味深い。仙台中田店の調理場の衛生環境がクソだと告発された件だ*1

2022/7/24に元社員が実態を写真付きで連続ツイートした。ナメクジやゴキブリといった害虫大量発生、店で野良猫の飼育防火管理者と衛生管理者の不在、その他いろいろ。当然のごとく炎上し、翌日には大阪王将が声明を発表する*2とともに、所轄保健所による調査が行われた。

保健所の調査結果は告発内容の全てを肯定するものでは無かったが、指摘された項目だけでも相当にひどい。飲食店ならばできて当然だろと思うものばかりだ。

仙台中田店に関する保健所からの調査報告書の受領について (PDF)

行政への影響はこれだけで終わらず、7/26には仙台市長の定例記者会見で本件に言及*3、さらに7/28には仙台市議会委員が告発者と共に記者会見を開くまでに至った。

こういったことが起こっている間も告発者は精力的に発信を続け*4、仙台中田店を運営していたファイブエム商事を完膚なきまでに叩きのめそうとしている*5

そんな本件は、完全新規とは言わないが珍しいタイプの企業炎上案件である。

第三の型

かつて、SNSが普及し始めた頃の炎上騒動と言えば「バイトテロ」であった。2011年頃から増え2013年にピークを迎えたそれは、コンビニやハンバーガー店など、飲食店におけるバイトの愚かな行為が中心であった。

この手の炎上は「バイトテロ」や「バカッター」という概念が広まり啓発活動が進み、最近ではあまり見ない印象がある。実際には2018年と2019年にも複数発生し、2021年には舞台をTikTokやInstagramに移して発生はしている*6。しかしこの頃になると 「コメンテーター型」の炎上が頻発しているため、以前ほど記憶に残らなくなっているのだろう*7

「コメンテーター型」というのは成蹊大学の現代社会学科教授である伊藤昌亮が著書『炎上社会を考える』で提唱した炎上の分類である。

企業の広報活動有名人の言動などに対し、バッシングが生じるタイプのものだ。バイトテロのような「やらかし型」と比べると、より公的な話題であり、法的には問題がない傾向がある。もはや日常となったジェンダー関連の炎上案件は基本的にコメンテーター型と言っていいだろう。

では今回の大阪王将炎上はどうだろうか。きっかけは元従業員のツイートであるとはいえ、本人がやらかしたわけでもないから「バイトテロ」や「バカッター」ではない。かといって元当事者が発信しているのだから、彼は「コメンテーター」でもない。本件は企業の炎上案件といっても、「やらかし型」でもなければ「コメンテーター型」でもない、第三の型であると言える。

そのためかTwitterを見ていると、本件をどう呼称すべきか困惑している人たちが見受けられる。元従業員がツイートしたから「バイトテロ」という単語を使う人も多いが*8、結構な割合で「今までのバイトテロとは違う」と言われている*9。ではなんと呼称するべきだろうか。

「告発」や「暴露」のような一般的な語句を使うと、「バイトテロ」が伝えるようなニュアンスが消失してしまう。個人が企業にとって致命的な情報を発信する。部外者ではなく当事者であり、破滅が自らにも訪れる危険性を顧みない。一度発信したらもう後には引けない。そんな意味合いを伝えられる、ユニークさが欲しい。

ダモクレスの剣を落とす者

やはりここは、状況の構造から考えるべきだ。本件の中心にあるのは「致命的な情報」である。これは企業、特に経営者にとっての「ダモクレスの剣」であると言えるだろう。

Richard Westall, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

企業は一見すると権力があり、ちょっとやそっとでは倒れないように見える。一従業員の立場からしたらなおさらだ。しかしその実は、秘匿という細い糸で吊るされた剣の下にいる。今回の案件は、元従業員がその糸を切断したことで、報復を執行したと言える。

このようにダモクレスの剣を管理・執行する者のことを、中国では執剣者(ソードホルダー)と呼ぶ。有名な執剣者としては羅輯 (在位1-62) が挙げられる。

ゆえに以降、本記事では今回の告発者のような存在のことを執剣者と呼称する。

執剣者のイメージ

執剣者が現れると、企業と個人の戦略的バランスは危ういものとなる。互いに相手を潰しえる攻撃力は持っているが、それを防ぐのは難しい。片方が攻撃を開始したら報復が行われ、双方が破滅する可能性がある。つまり相互確証破壊が成立しうるわけだ。

従ってこれからの時代、企業活動を継続するためには執剣者の存在を認識し、対応していくことが求められる。しかし、それは対バカッター、対コメンテーター以上の困難が待ち受けている。

事前に排除は難しい

バカッターや失言による炎上を防ぐには、そもそも企業の脅威となるような発信をする者を入社させなければ良い。そのため企業は社員や就活生のSNSアカウントを知りたがる。

しかし、炎上が日常的に生じることを知っている若者たちは、本名のアカウントで本音を語るようなことはしない。彼らが外界に見せる思考や行動は、まったくの偽りであり、入念に練られた偽装とミスディレクションと欺瞞のミックスである。彼らが本音を語るのは、正体を隠した裏アカでのみだ。

この秘密の壁を打ち破るべく、企業の中には裏アカ調査を行うところが現れている。

調査会社の任務は、就活生の裏アカを見つけ出し、彼らの真の思想信条を可能なかぎり早く看破することにある。そして危険人物ならば、入社してから問題を起こす前に排除しようというわけだ。

この方法はバカッターや失言に対しては、ある程度有効かもしれない*10。普段から隠れて危険な言動をしている者は、ふとした拍子に表でもしてしまうからだ。しかしこの手段は執剣者に対しては通用しない

バカッターや失言による炎上は、その言動が社会的にアウトだから燃えるのである。ゆえに裏アカから思想信条を暴き出し、排除することが有効だと考えられているのである。しかし執剣者の場合、社会的にアウトなのは企業側であり、執剣者はどちらかと言えば社会正義側の立場である*11。ゆえに本アカ裏アカで危険な言動をしているとは限らない。

こいつは執剣者か……?

そのため執剣者を事前排除をしようとするならば、せいぜい言動に関係なく発信力があるかを基準に排除するしかないだろう*12。大阪王将の執剣者も、告発前の時点でTwitterのフォロワー数は1万を超えていた*13。1万だとインフルエンサーと呼ぶには微妙なラインだが、一般的な人よりは圧倒的に発信力があると言える。

だがフォロワー数が少なく、現時点での発信力が弱くても安心はできない。なぜなら炎上に限らずバズというものは、偶然に左右されるからだ。

暗黒の森林火災

社会学者ダンカン・ワッツは、どのようにバズが生じるのかを調べるため、のべ160万アカウントから始まった7400万本以上の「拡散の鎖」を分析した。

Doc Searls, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons, Link

この分析ではデータを「過去」「未来」に二分している。その「過去」のデータ (フォロワー数、ツイート頻度、RT実績、その他いろいろ) を使って、各アカウントが「未来」でどれくらいバズるかを予測するのだ。

結果、未来予測は当てにならないものとなった。もちろん平均すれば、フォロワー数が多くバズ実績があるアカウントは、未来でもバズる可能性が高い。しかし個々の例はランダムな変動が激しく、なぜこのアカウントがバズったのか特質からは判明できない事例が何個もあったという。つまり事前にアカウントを確認することで、そのアカウントが将来バズを引き起こせるか否か、判断するのは困難であるのだ。

なぜバズを予測するのは難しいのだろうか。その理由をワッツは森林火災に例えて説明している。

John McColgan, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

森林火災の程度は、火種の規模だけでは決まらない風や温度や湿度、それに可燃物の組み合わせよって結果は大きく異なる。たとえ火種が小さな火花に過ぎなかったにしても、条件が揃っていれば手に負えなくなるほど大規模な森林火災が引き起こされる。

バズも同じである。たとえ発信者が弱小アカウントであったとしても、発信力のあるフォロワーがいて、そこから一気にRTが広がるかもしれない。たまたまそのツイートに関心のある人が多く、それでRTが続くかもしれない。検索アルゴリズムから見つかる可能性もある。

結局、ツイートがバズるかどうかは、発信アカウントがネットワーク全体でどういう位置にいるかを見定められない限り、予測できない。しかもネットワークの構造は刻一刻と変化する。つまりネットはただの森林ではない。見通しがきかない、暗黒の森林であるのだ。ここからネットではどのように燃え広がるか予測できないことを「暗黒森林理論」と呼ぶ。

Nata.nikonova, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons, Link

暗黒森林理論は一見すると、企業と執剣者の双方にとって問題となる。企業は執剣者を発見できず、執剣者は確実に炎上を引き起こせると言えないからだ。

しかし執剣者は、工夫次第で炎上させる確率を高めることができる。例えばTogetterのような発信増幅作用があるサービスを活用すれば、ただツイートするだけよりも多くの目に触れるだろう。そしてメッセージを扇動的なものにする。こんな感じに。

来て!
この企業の炎上に手を貸してあげる。わたしたちの組織は、もう自分で自分の問題を解決できない。だから、あなたたちの力に介入してもらう必要がある。

あとは画像を何枚か添えたら、きっと呪文のように効くはずだ。しばらく待てば暗黒森林(ネット)からの攻撃が開始される。

そのため、企業に暗黒森林理論は不利な方向に働くが、執剣者にとってはそうでもない。それに執剣者にとって重要なのは、100%の確率で炎上を引き起こせることではない。炎上するかもと思われることで、企業に対して抑止を効かせることである。破滅の可能性を感じさせることさえできれば目的達成なのだ。

ではそんな執剣者に対して、企業はどう対応するのが正解なのか。

企業が取るべき答え

剣を吊るすな。

終わりに

Twitterが日本で使われるようになって10年以上が過ぎている。これまでに様々な炎上案件があり、企業は学習してきたし、炎上予防マニュアルも充実してきている。裏アカ特定・排除をしていない企業でも、SNS利用の注意事項を従業員に伝えていることは多い。SNSは諸刃の剣、情報を発信する際には注意するように、と。

だが本当に危険な剣は、自分たちの頭上にある。そしてそれが落ちるかどうかは、一個人の判断によって決まるのだ。残念ながら執剣者はSNS教育・指導で止めることはできない。むしろSNSをよく分かっている者ほど、優秀な執剣者となる。おそらく今後は「やらかし型」の炎上は減るだろうけれど、執剣者による炎上は増えていくのではないかと思う。

ただ、俺はこの状況を無邪気に喜ぶ気にはなれない。執剣者の認知が広まり、それが不正に対する抑止として働くのは良いかもしれない。しかし、適切な手順を踏まない執剣者は、必要以上の破滅をもたらすこともあり得る。実際、今回も全く無関係な「餃子の王将」にも被害が出た*14

執剣者が社会にとって良い方向に機能するには、また何年かの時間が必要になるのではないか。抑止力は実行されないのが一番であるのだし。

参考書籍

今回の記事を書くのに参考にした本の紹介。

『炎上社会を考える 自粛警察からキャンセルカルチャーまで 』

本文中でも紹介した本。炎上のメカニズムではなく、社会的な意味文脈を明らかにすることを目指した本。炎上の背景にある価値観や社会情勢などについて興味のある人向け。

2022年1月発行の本なので、自粛警察やオリンピック辞任・解任騒動など、わりと最近の事例も載っている。読んでいると「あったなそんなの」という、ある種の懐かしさを感じることもある。こうやって一気に炎上の事例を読むと、炎上と思い出が結びついていることに気付かされる。別に気づいても嬉しくないが。

『偶然の科学』

本しゃぶりで紹介するのは今回で4記事目。ダンカン・ワッツの名前や写真に見覚えのある人もいるのではないか。彼はミュージックラボの人である*15。本書を読むとバズや人気は偶然の比率が大きいことがよく分かる。

なお、ダンカン・ワッツがバズを森林火災に例えたのは事実だが、彼は暗黒森林理論なんてものは唱えていないので注意。これを唱えたのは葉文潔だ。

『三体』

三体

三体

Amazon

本記事は三体用語を使いたくて書かれたものである。『三体』を未読の状態で、「執剣者」や「暗黒森林理論」などを本記事の定義で使うことは勧めない。たぶん恥をかくだけなので。

とりあえず代表として第一部を貼ったが、既読の人なら分かる通り第二部と第三部のネタをメインに使っている。まさかいないとは思うけど、まだ『三体』を読んでいない人は読み終えてから、もう一度この記事を読んで欲しい。

炎上分析ネタ

これは逆に昔の話。

*1:報道では仙台中田店ばかり名前が上がるが、仙台西多賀ベガロポリス店についても告発しており、記事執筆時点では仙台中田店と同様に臨時休業している。

*2:フランチャイズ店舗に関する一連の書き込みに関しまして (PDF)

*3:大阪王将「厨房にナメクジ」SNS告発 仙台市長も会見で言及「衛生管理しっかり」:行政も巻き込む事態に - ITmedia ビジネスオンライン

*4:Twitter以外にもYou Tubeでのライブ配信を7/257/277/29の3回やっている。なお本件についてのライブ配信はしばらく止めるつもりとのこと。

*5:配信では勝利条件として「ファイブエム商事の謝罪」と述べている。

*6:バイトテロ - Wikipedia

*7:とはいえグーグルトレンドを見ると、「バイトテロ」の検索数で言えば近年の方が規模は大きい。おそらくSNS人口が増えたためだろう。バイトテロ - 調べる - Google トレンド

*8:なお、今回の告発者は元バイトではなく、元正社員である。

*9:バイトテロ 王将 - Twitter検索 / Twitter

*10:もちろん裏アカ調査には問題がある。その裏アカウントが本当に対象の学生のものか確証が無いため、偽陽性のリスクがあるからだ。ただ少しでも炎上リスクを減らしたいという企業の気持ちは分かる。

*11:適切な通報先にではなく、ネットで告発することの是非は置いておくとして。

*12:もちろん偽陽性のリスクは一気に跳ね上がる。

*13:ライブ配信で、今回の炎上によって1.3万人だったのが10倍になったと述べている。

*14:餃子の王将「大阪王将の運営元とは別会社」 “ナメクジ事件”でレビュー荒らしの被害に - ITmedia ビジネスオンライン

*15:人気の社会的影響を調べるために、平行世界を作る実験。詳しく知りたい人は右の記事を読むと良い。『鬼滅の刃』大ヒットの理由が見つかることは無い - 本しゃぶり