ウイルスが弊社にTeamsをもたらした。
環境が変化すると、組織も急速に進化するのである。
結果、俺は「先生」となった。
Teamsの導入
弊社にMicrosoft Teamsが導入された。
もともと導入に向けて動いていたようだが、ここにきて一気に展開された。おそらくコロナの影響だろう。通常時ならば、もっと時間がかかったのではないかと思う。既に多くの人が言っているように、「ウイルス進化」という言葉が頭に浮かぶ。与えられる「新しい生命能力」が、弊社の場合はTeamsであるのか、と*1。
だがツールというものは、使われてこそ価値がある。しかもTeamsのようなグループチャットの場合、一部の人間だけが使っている状態では意味がない。「メトカーフの法則」によれば、ネットワーク通信の価値は、接続されているシステムのユーザ数の二乗に比例する。組織の全員が利用してこそ真価を発揮するのだ。
だから俺は社内関係者の間にTeamsを普及させようと、積極的に働いている。全ては社内広報を見た時から始まった。
錦の御旗
俺は就業時間中に社内広報をよく見る。はてブを見るわけにはいかないからだ。弊社には、少なくとも俺の所属部署には、就業時間中にニュースサイトやSNSを会社のPCで閲覧するような文化は無い。もし見ているのがバレたら、間違いなく叱責を受けるだろう。だから気分転換したい時は、ニュースの代用として広報を見るのだ。
ある朝、広報を見たら「Microsoft Teamsを全社展開」とあった。早速開き、本文を読む。「ついに……!」と思う一方で、果たして広まるのかと考えてしまう。これに先駆けて数年前にSkypeが導入されたが、俺の観測範囲では活用されなかった。それなりの人が学習コストという初期投資をしたくなかったからである。しかもオフラインメッセージが実装されていないクソ仕様*2。結局、メモリを無駄に使うだけで終わっていたのだった。
Skypeの前例があるので喜ぶのはまだ早い。そう考えて社内のTeams特設サイトに書かれている内容を確認する。まずオフラインメッセージは使える*3。他の基本的な機能も普通に使える。これならば喜んで大丈夫だ。やったぜゲイツ。
Teams特設サイトを見ていると、「コミュニケーションツールの使い分け」という図表があった。それによれば、メールは外部の会社との連絡に使うものであり、社内でのやりとりはTeamsに集中させる、とある。また、コロナ対策で会議室の使用が実質的に禁じられたことから、会議もTeamsでやれ、と。
その図表は「錦の御旗」である。Teamsを使うものこそが正義なのだ。長短はあるにせよ、メールよりもチャットツールの方が便利であることはよく知っている。プライベートではSlackを2016年から使っているし、Skypeに至っては10年以上前からだ。Teamsを使わない理由は無い。
朝礼で誰もTeamsについて触れなかったので*4、俺から言い出した。「広報に載っていた通り、これから社内でのやりとりはTeamsを使うことになったので、皆さん入れてください。これは上位方針です」と。錦の御旗を全力でブン回す。
さすがに上位方針なので、部長・課長も入れるよう指示を出す。おかげでツールを導入する上で最も大変な「全員にインストールさせる」はすんなりいった。だが問題はこれで終わりではない。ここから象の群れに山を越えさせるのだ。
象の群れを動かす
前回の記事にも書いた通り*5、人は新しいことを始めることを困難に感じる。初めての事は一つ一つに注意力を払う必要があり、判断を求められることが多いからだ。何より学習が求められる。
バージニア大学の心理学者ジョナサン・ハイトは、人間の思考システムを「象」と「象使い」の比喩で説明した。
曰く、感情が「象」で、理性が「象使い」である。象は基本的に思うがままに動き、象使いがその行き先を必要に応じてコントロールする。しかし、いったん象が暴れ出すと、象使いはコントロールを失う。また、象が動こうとしなければ、象使いにはどうすることもできなくなる、というように。『ファスト&スロー』の読者に対しては、システム1が象で、システム2が象使いと言ったほうが分かりやすいだろう。
この比喩を借りるなら、新しいツールを使わせるというのは、「象に山を越えさせる」ようなものだ。おそらくこんな感じの「山」を。
越えてしまったら楽になるが、越えることこそが難しい。それが問題なのだ。
象使いはこの山を越えなくてはいけないことは分かっている。しかし象の多くは、特に体力の落ちた高齢の象にとって山を越えるのは大変なことなので、なかなか登ろうとしない。だからといって、一部の象だけ山を越えても仕方がないのは、前述したとおりである。ゴールは部内全ての象を山の向こうに連れていくことだ。
このミッションが俺に与えられた*6。
やっていること
象に山を越えさせる手段は大別して2つある。「モチベーションを高める」か「山を切り開く」かである。
何ができるかを説明する
山を越えるモチベーションを高める一つの方法は、「山を越えた先の景色」を教えることだ。つまり「何ができるか」を語るのである。
こういう時は、相手が既に知っている概念、心理学用語で言うところのスキーマを利用するのが手っ取り早い。なので「Teamsで何ができるの?」という問いに対しては、いつも「まずPCでLINEみたいなことができます」と答えている*7。おそらく全国の会社で同じセリフが発せられたはずだ*8。もう少しPCが得意な人には「Skypeの上位互換です」と説明している。
俺がTeamsの機能について新たに学ぶと、それも噛み砕いて説明する。「ファイル共有が簡単です。複数人で同時に編集できるので、他の人が閉じるのを待つ必要がありません」「画面共有できるだけでなく、共有相手の画面を操作することもできます。離れた相手に説明する時に便利です」など。何ができるかだけでなく、どのようなシチュエーションで便利なのか付け加え、できる限り具体的なイメージが湧くように心がけている。
チーム作成代行
とりあえずチームを作らないと始まらないので、俺がチーム作成代行をしている。枠を用意するだけならそれほど手間ではないし、いろんなチームの管理者権限を持っているのも面白いかと思ったので。それにチームとグループチャットの違いを知らない人が大半なので、チームを用意しないとグループチャットが乱立することになるのが目に見えていた。
また、チーム作成代行をすることで、様々なチームに「Teamsの使い方チャネル」を俺が作成できるというメリットがある。
Teamsの使い方チャネルの設立
俺が作成したチームには、「Teamsの使い方チャネル」を用意した。名前の通りTeamsの使い方や、Teamsの質問などを投稿するチャネルである。
もちろん会社の方でマニュアルを用意しているし、誰でも入れるQ&Aチャネルは存在する。しかし、苦手意識を持っている人ほどマニュアルを読まないのが人間世界の現実で、質問するなら知らない人よりも知っている人にする方が安心だ。なので部内でTeamsに関する様々な質問が、俺のもとに来ることになった。
多数の人から質問を受けていると、同じ質問をされることが多い。なのでよく訊かれる質問に対しては簡単なマニュアルを作成し、各チームの「使い方チャネル」に投稿するようにしたのである。最初はマニュアルをスクショして貼れば終わりかと思ったが、マニュアル作成時のバージョンが古いようで、現在のUIと違うことがよくある。仕方がないので自分で操作画面のスクショを撮り、コメントを書いてる。
また、この手のツールに慣れていない人は、「何ができるか」が分かっていない。例えばスレッドの概念を知らないため、返信も新規にポストしてしまうというように。なのでよく使うけど知らない人が多そうなことについても、簡単な使い方と目的を書いて投稿している。
こうすれば呼ばれる回数も減ると思うが、苦手な人ほど直接話したがるのが悩みの種だ。
終わりに
こんな感じで先週は完全に「Teamsの先生」をやっていた*9。とはいえ俺もTeamsに関しては完全に初心者である。なかなかスムーズにはいかない。
なので先人の知恵はぜひとも欲しい。「うちの会社はこうやってTeamsを広めた」とか、「こんな感じで運用すると楽」というような情報を募集している。他には「この記事が教える上で参考になった」とか。コメント欄やブコメなどに書いてくれると嬉しい。とりあえずタイミングよくいい感じの記事があったので*10、「使い方チャネル」に内容を分割して投稿しようと考えている。
参考書籍
前回の記事でも紹介した本。「象」と「象使い」の比喩はここから*11。どうやったら人を動かすことができるか、という本。これからも俺のブログで使えそうな気がする。
チャットツールの記事
*1:ウイルスが無かったとしても導入自体はされただろうが。
*2:なんでこんな仕様で導入されたのか、今でも謎。
*3:当然だ。
*4:たぶん誰もTeamsの広報を見ていないのだろう。そもそも広報を俺ぐらい頻繁に見ている人がまず少ない。仮に見ていたとしてもTeamsが何かしらなければ、記事を開こうと思わないはずだ。
*5:幸福になるためにネットラジオを始めた結果 - 本しゃぶり
*6:部内では相対的に詳しい方なので。Teamsを触ったのはこれが初めてだけど。あと「山の向こうの景色」が見えているため、導入のモチベーションが部内で一番高いから。
*7:なお俺は宗教上の理由でLINEを使ったことが無い。
*8:Slackの導入でも使われた実績がある。 アナログ地獄だった職場にSlackを導入するまでの一部始終 - ジゴワットレポート
*9:実際にそう呼ばれ始めている。