この『物語』は 著者が走り出す物語だ
肉体が…………という意味そのまんまだ……
著者の名前は『クリストファー・マクドゥーガル』
最初から最後まで 本当に謎が多い男『カバーヨ・ブランコ』と出会ったことで………
今週のお題「運動会とスポーツの秋」とのことなので、スポーツの中で最も走るスポーツである「ウルトラマラソン」の本を紹介する。これを読めば『STEEL BALL RUN (SBR)』に登場するサンドマン*1の存在を空想の産物と笑い飛ばせなくなる。
ジョジョの奇妙な冒険 第7部 カラー版 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)より
俺がコンテンツを評価するとき、一つの指標がある。それは「俺がそれによってどれだけの行動をしたか」というものだ。「感動」という言葉があるが、本当にいい作品というものは心だけでなく体も動かす。結果としてあんなことやこんなことをやっている。その上でこの本は良いコンテンツだと言える。休日は一歩も外に出ないことがザラにある俺が、読んだ次の日に30km近く動いたのだから。もちろん自らの脚で。
最初に言っておくと今回の記事は比較的長めだ。しかし100マイル走るのに比べたら大したことはない。
超長距離走
日本人は駅伝を始め、人が長距離を走るのが大好き*2だが、この本は正にそういう人向けの本だ。なにせ一度に100km以上走るスポーツの本だからだ。
ウルトラマラソンとは
まずウルトラマラソンについて簡単に紹介する。Wikipediaにはこう書かれている。
ウルトラマラソンとは42.195kmを超える道のりを走るマラソンのことである。一般のマラソンのように一定の距離を走るタイプと、一定の時間を走り続けるタイプ(その時間内に走った距離が最も長い者が優勝となる)がある。
ウルトラマラソン - Wikipedia
通常のマラソンですら十分長距離なのにそれ以上の距離を走る過酷なスポーツだ。“それ以上”というのは100kmがスタンダードだが、アメリカでは100マイル(161km) が基本に、135マイル(217km)や150マイル(241km)などがある。マラソンの起源はマラトンの戦いでギリシャの勝利をアテナイに伝えるため、フィディピディスが約40km走った後に死んだというものだが、160マイル走るということはフィディピディスの命があと3つもいることになる。しかもそれらはただのロードを走るのではなく、標高4,000m以上で走るものや気温が50℃を超える中を走る場合もある。
さらに「ジャーニー・ラン」と呼ばれるレースは少なくて1,000km、中には約6,000kmというものもある。そんなわけでSBRの設定はそこまで非現実的というわけではないようだ。
馬に人が勝つ
ジョジョの奇妙な冒険 第7部 カラー版 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)より
数あるウルトラマラソンの中からレースを一つ紹介するなら『ウェスタンステイツ・エンデュランスラン』だ。通称『ウェスタンステイツ100』と呼ばれるこのレースは世界で最も古く最も権威のある100マイルトレイルレースと言われ、米国ウルトラマラソン4大大会(グランドスラム)に数えられる。既に大陸横断6,000kmという数字を見た後だと100マイルというのは短く感じるかもしれないが、このレースこそ正にSBR的と言わざるをえない。なぜなら馬のレースに人間が挑むのだから。
馬術競技の一種に「エンデュランス・ライド」というものがある。50マイル以上を一人の乗手と一頭の馬で走り切るというものだ。ウェスタンステイツ100は元々この馬術競技だった。事の始まりは大陸横断鉄道の開通によって消え去ろうとしていた西部開拓時代に活用されていたルートを残そうという運動に始まる。1931年に政府指示の下、ルートの調査・確認が行われて懐かしのウェスタン・ステイツ・トレイルが復活。そして1955年には初のエンデュランス・ライドが開催された。目標は100マイルを24時間以内だ。
そして1974年、ゴーディ・エインズリーという男が暴挙に出る。彼はもともと馬でこのレースに参加していたが、これ以上馬を酷使したくないという理由で代案を考えた。それが「自らの脚で参加する」というものだ。上りで5,500m、下りで7,000mの標高差、累積高度は11,400mと馬でさえ半数が脱落するこのコースを彼は23:42で走破する。さすがに1位というわけではないが、この時点で既に何頭かの馬より速かったそうだ。
そこから人による挑戦が後を絶たず、とうとう1977年に人間のレースとして分岐した。今のコースレコードは2012年にTimothy Olsonが出した14:46:44だ。これは同じ年にあった馬の1位にも勝っている。つまり100マイルという長距離レースならば人の身で馬に勝つというのも十分にありえるのだ*3。
ララムリ
ウルトラマラソンというマジキチ競技に専念しているランナー達と競うのがララムリ(タラフマラ族)だ。メキシコのチワワ州に住む先住民である彼らは、長距離走の能力がやたらと高い。この本で書かれるララムリが行うパーティー後のレースについての説明を読むだけで分る。
タラウマラ族はそんなふうに一晩中パーティをしたあと、翌朝にはむくむくと起きだしてレースをはじめる。それは二マイルでも二時間でもなく、まる二日にわたってつづけられるものだ。メキシコの歴史家、フランシスコ・アルマダによれば、タラウマラ族のあるチャンピオンは四三五マイル〔約七〇〇キロ〕を走ったことがあるという。これはニューヨーク市内から走りはじめ、ノンストップでデトロイトの手前まで行ったに等しい。三〇〇マイル〔約四八〇キロ〕を一気に走ったタラウマラ族のランナーたちもいると伝えられる。立てつづけにフルマラソンをほぼ一二回、昇った日が沈み、また昇るまでに走破したというわけだ。
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”
俺の視点からすればどう考えてもおかしい。しかも一族の中で特別な奴がというわけでなく、皆が走れると言うわけだ。さらにコースは狭く険しい峡谷の中。そしてレースのための準備もしない。
練習の合間にプロテイン・バーで体力の回復に努めることもない。それどころか、たんぱく質はほとんど口にせず、もっぱら好物の焼きネズミで味つけした挽きトウモロコシを常食としている。レース当日にいたるまで、トレーニングや調整はしない。ストレッチや準備運動もしない。ただ、ふらふらとスタートラインにつき、笑って冗談を言いあい……そしてつぎの四八時間は鬼のように走りまくる。
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”
そんな走る事に特化した彼らは自分たちのことをこう呼ぶ。「ララムリ(走る人)」と。彼らのその優れた脚力は侵略者から身を守るのにも役立った。サンドマンを始め、インディアンのイメージで有名なアパッチ族は驚異的な脚力を持つと共に好戦的であったが、ララムリは逃げることにその力を使った。そして誰も立ち入ることはできないバランカ・デル・コブレ(銅峡谷)へとその身を隠した。
そして彼らが身内でなく、外の世界の人間と競うレースに参加するのは家族を食わせるためである。勝てば家族が1年間食べていけるだけの金と食料が手に入る。一方ウルトラランナー達はその伝説の民族に勝つという名声を求めてレースにやってくる。この日常では絶対に交わることのない人間たちが、単純に走って競うために集うというこの展開。そりゃこの本が売れるわけだと言いたくなる。
読む前に読みたい本
内容的に普通に読んでも面白いこの『BORN TO RUN』だが、この本を読み始める前にぜひ読んでもらいたい本がある。
『BORN TO RUN』に登場するウルトラランナーたちの中で、生ける伝説的な扱いとなっているのがこの『EAT&RUN』の著者、スコット・ジュレクだ。なぜ先に読んだほうがいいかといえば簡単な話だ。こうすることで時系列にそって物語を楽しむことが出来る。というわけでまず『EAT&RUN』の14章まで読もう。これで準備は整う。そして『BORN TO RUN』を通しで読む。その後『EAT&RUN』の15章以降を読む。
『BORN TO RUN』は単体で400ページあり、結構長い。さらに『EAT&RUN』の368ページが足されるのだから読むのには時間が掛かるし、体力も使うから大変だろう。だがそれがいい。こっちはただ読んでいるだけなのに一緒に走っている気分になれる。
とりあえず言いたいことは『アベンジャーズ』を見る前に『キャプテン・アメリカ』を見ろということだ。そして『ウィンター・ソルジャー』は後に見ろ。
走るためには
この本は訳者あとがきに書いてあるが、3つの主題が入り混じった構成となっている。1つがメキシコの銅峡谷でカバーヨ・ブランコを見つけ出し、ララムリの秘密を探る話。2つ目がそのララムリとウルトラランナー達の対決。そして3つ目が「くたばれナイキ」だ。
「かかと」で着地しない
ララムリが長い時間、そして長い距離を走っても故障しないでいられるのはその走り方に秘密がある。彼らは「かかと」でなく「つま先」で着地する。これによってヒザへ衝撃がほとんど行かず、脚の負担が踵着地に比べると圧倒的に少ない。
ジョジョの奇妙な冒険 第7部 カラー版 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)より
つまりSBRであったこの解説シーンも1/3くらいは正しいわけだ。踵からヒザへ衝撃が伝わらないように走るという点は正しいが、ララムリの連中はそもそも踵がまず地面に触れるわけではない。そしてもう一つ重要なのがこのつま先着地の走法は我々でも練習すればできるようになるということだ。現につま先着地を用いた裸足によるランニング、「ベアフットランニング」は日本でも広まりつつある。この走り方を広めただけでもこの本に価値はある。
このつま先着地の効果について気になる人はこの本も読むといい。
ララムリだけではなく、東アフリカのマラソンランナー達の秘密であるつま先着地のメカニズムや効果について色々と書かれている。
故障して来た…………靴を脱げ
ではなぜララムリや東アフリカのランナー達はつま先着地なのに我々日本人やアメリカ人達は踵着地をして脚を痛めるのか。著者によれば答えは簡単だ。なんもかんもナイキが悪い。
「現在われわれを苦しめる足や膝のけがの多くは、じつは靴を履いて走ることに原因があります。靴はわれわれの足を弱くし、オーバープロネーション〔踵が内側に傾くこと〕を招き、膝に問題を生じさせる。一九七二年にナイキが現代的なアスレティックシューズを発明するまで、人々はきわめて薄い底の靴を履いて走っていたが、彼らの足は強く、膝の負傷率ははるかに低かったのです」
ランニング障害の蔓延を巨悪のナイキのせいにするのは安易すぎるように思える――が、気にしなくていい。大部分は彼らの責任だからだ。
この会社を設立したのは、何でも売ろうとするオレゴン大学のランナー、フィル・ナイトと、何でも知っていると自負するオレゴン大学のコーチ、ビル・バウワーマンだった。このふたりが手を組むまで、現代的なランニングシューズは存在しなかった。現代的なランニング障害の大半もしかりだ。
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”
マジかよナイキ絶対に許さねぇ!
とは言いつつも疑問が残る。踵にクッションがあるランニングシューズを作ったのはナイキかも知れないが、走り方までナイキによるものなのか。
バウワーマンが上手かったのは、自身の新型シューズでのみ可能な新たな走法を提唱したことだ。コルテッツによって、人はそれまでは安全におこなえなかった走り方ができるようになった。それは骨ばった踵で着地することだ。
バウワーマンには考えがあった。重心より前に足を着地させれば、若干距離がかせげるのではないか。踵の下にゴムの塊をつければ、脚を伸ばし、踵で接地して歩幅を長くすることができるだろう。著書『ジョギング』で、ふたつのスタイルを比較した彼は、時の試練をへた「扁平な」着地の場合、「広い面積が着地を支え、身体は安定する」と認めていた。にもかかわらず、こう信じてもいた。「踵からつま先へ」式のストライドが「長距離ではいちばん疲れにくい」それ用のシューズを履きさえすれば。
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”
これはもうバウワーマンにひとっ走り付き合ってもらうしか無い。さらっと本文を抜粋したが、このあたりはナイキをボロクソに罵っていて面白い。これは著者自身が何度も脚を故障しているので私怨が入っているからだろう。
一方ララムリはランニングシューズではなく、ワラーチと呼ばれるサンダルで走っている。ワラーチは古タイヤを足の形に切り取り、それを1本の紐で脚に固定するという非常にシンプルな構成のサンダルだ。単純に足の裏を保護するだけの存在で衝撃は吸収してくれない。そのため自然とつま先着地で走るようになり、膝を痛めることも無くなる。読んだ後はこのワラーチが欲しくてたまらなくなることは間違いない。
今まで俺は「ランニングを始めるならいい靴を買わないとな」と思っていたが、今となっては「いかに裸足に近いものを履くか」と考えるようになった。完全にパラダイムシフトが起きている。今まで見てきたものの価値観が逆転するのだ。例えばこのシーンも犯罪が行われていると思っていたが……
故障の原因となるシューズを脱がせるだけじゃなく、ワラーチ用に古タイヤまで用意してくれるとかなんていい人達なんだ。一方こっちは逆のパターン。
いいひと。―For new natural life (2) (ビッグコミックス)より
もう“いいひと”が“わるいひと”にしか思えない。
というわけでサンダル作った
この本を読んでじっとしていられる奴はまずいない。もちろん俺も走ることにした。そうなればやることは一つ、ワラーチの作成だ。ググってみるとワラーチを自作している人は日本でも結構いる。ベストセラーを数年経ってから読むと情報が揃っていて便利だ。ネットでは入手や加工のしづらい古タイヤよりこれを使っている人が多かった。
というか見た限り靴の修理よりワラーチの材料として買う人のほうが多いみたいだ。しかしこれ結構いい値段する。もちろん高級なランニングシューズに比較すれば圧倒的に安いのだが、ララムリの連中はタダみたいな値段で作っている。それを考えると俺も出来る限り安く済ませたい。
そこでもう一つの手段、安いサンダルを改造することにした。これならば足の形に加工する手間も省ける。というわけで早速100円ショップに行って買ってきた。
コイツはEVA素材*4なので加工も簡単。さっそく上部を切り取る。
そして穴を開けてヒモを通す。ヒモはなぜか転がっていたこれにした。
長さは片側1.5mぐらい。そしていい感じに結んで完成。
履くとこんな感じ。1本のヒモとは思えないほどガッチリ固定されていて簡単には脱げなさそう。
ペラッペラなサンダルなので柔軟性も高い。普通のサンダルとしてはダメな要素も、つま先着地のためにはむしろいい。
というわけで近所の山に行ってきた。特に走るためのコースというわけではないがララムリだって適当なところを走っているのだから問題ないはず。
……
少々考えが甘かった。走れる気がしない。古タイヤで作ったワラーチは銅峡谷を走るのには向いているかもしれないが、100円ワラーチもどきは日本の山を走るのには向いていない*5。そう実感した。
草やべえ。もし山を走ろうと想うのなら、とりあえず何か足全体を保護してくれるものを履くべきだ。それでいて裸足のような感覚でいられるもの。そういうシューズが必要だ。
ファイブフィンガーズはわずかなゴムにベルクロストラップをつけたものでしかない。それでも、トニーは興味を引かれ、みずから試してみることにした。「軽く一マイルのジョグでもしようと思っていた」と彼は言う。「結局七マイルを走っていたよ。ファイブフィンガーズをランニングシューズとして考えたことはなかったが、それ以後はほかのものをランニングシューズと思ったことはない」
BORN TO RUN 走るために生まれた ―ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”
なるほど。
*1:「サンドマン」…………? それは白人が勝手に聞き間違えて読んだ名前。直訳は「サウンドマン」。おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……。
*2:どっちかというと長距離を「走らせる」のが大好きな気がする。
*3:SBRでサンドマンが勝ったのは15,000mの“短距離スプリントレース”なので、さすがにこれはフィクションと言わざるをえない。
*4:Ethylence-Vinyl Acetate(エチレン酢酸ビニルコポリマー)というエコな素材。サンダルによく使われているが濡れるとよく滑るので、雨ならEVAにだけは乗らんといてくださいよ。
*5:走ることはできなかったが歩く分には底まで問題なかった。少なくとも足がズレてどうこうみたいなことは無い。この固定方法はかなり優れている。