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アニメ『けものフレンズ』は人類史600万年を探求する

獣を知ることは、人類を知ることである。
今こそ人類史を探求する時だ。

2017年はサバンナから始まる

サバンナにて、休息していた肉食獣が目を覚ます。単独でさまよっている人間を感知したのだ。
肉食獣は猛然と人間に襲いかかる。狩りの始まりだ。
気がついた人間は懸命に逃げるが、脚力の差はどうしようもない。為す術もなく捕まり、押し倒され、哀れな獲物は死への恐怖から叫び声を上げる……

これは太古の話ではない。『けものフレンズ』の冒頭である。

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『けものフレンズ』1話より

この記事では2017年冬アニメで、最も闇が深いと言われる作品『けものフレンズ』について考察する。

真の美少女動物園

『けものフレンズ』とはどのような作品か。一言で説明するならば「美少女動物園」である。

「アニマルガール」と呼ばれる、萌え擬人化された野生動物たちが集まる架空の動物園・「ジャパリパーク」を舞台にした作品群によるメディアミックスプロジェクト。
けものフレンズ - Wikipedia: フリー百科事典(2017/01/21 14:32 JSTの最新版)

本来「美少女動物園」は美少女キャラが多く登場する作品を揶揄する言葉である*1。しかし『けものフレンズ』の場合、この言葉こそ本質を表している。舞台が紛れもなく動物園であり、登場するキャラは基本的に動物を美少女化したものなのだから。例えば主要キャラの《サーバル / Serval Cat》(ネコ目ネコ科ネコ属)はこのようになる。

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『けものフレンズ』1話より

一見するとコスプレにしか見えない。毛が生えているのではなく服を着ているし、動物の耳とは別に人間の耳まで付いている。そのため一部のケモナー界隈からは「こんなのは擬人化ですらない」という声が聞こえてくる。だがその判断は早すぎる。なぜならばフレンズ (擬人化されたキャラのこと) は外見こそ人間であるが、その行動は獣そのものだからである。

わかりやすい例が2話に登場した《アクシスジカ / Axis deer》(偶蹄目シカ科アクシスジカ属)だろう。

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『けものフレンズ』2話より

彼女は登場した際、土を舐めていた。正確に言えば土に含まれる塩分を摂取していたのだ。この人間にしか見えない姿で。もしフレンズの見た目が『ズートピア』並に動物そのものであったらどうだろう。動物の擬人化ではなく、ただの会話する獣としか認識できない。フレンズの見た目が人間そのものであるのは「あえて」なのである。

さらにアニメ『けものフレンズ』ではリアル飼育員による解説コーナーまで設けられている。

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『けものフレンズ』1話より

かつてここまでやるアニメがあっただろうか。『けものフレンズ』の本気さが伺える。

これほどまでに徹底して動物園であろうとする『けものフレンズ』は何を描こうとしているのか。それは人類である。獣を知ることで、人類とは何かを探求していくのだ。

獣としての人類

アニメは主人公が記憶喪失でサバンナをさまようところから始まる。

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『けものフレンズ』1話より

視聴者は主人公が《ホモ・サピエンス / Homo sapiens》(サル目ヒト科ヒト属)であることを知っている。しかしながら作中では誰も主人公が何のフレンズであるか分からない。単純に彼女らは人類を知らないというのもある。だがさらに問題なのは、このジャパリパークにおいて人類は特徴の無い存在であることだ。

人類の特徴を考えてみよう。まず挙げられるのは「直立二足歩行」である。脚と脊椎を垂直に立てて行う二足歩行は、現存する生物で人類のみが行える。しかしフレンズもみんな行える。また、ホモ・サピエンスは頭脳が発達しており「賢い」存在である。しかしフレンズも人類と会話できる程には賢い。このように人類の特徴はフレンズも所持しているため、ジャパリパークにおいて人類は特徴を持たざるものとなった。

さらに厄介なことに、フレンズは体型こそ人類と同じであるものの、特質はモデルとなった生物から引き継いでいる。サーバルならば聴力や脚力に優れ、鳥類のフレンズならば空を飛ぶことさえもできる。こうなるとサバンナで孤立した人類に、強みはあるのだろうか。人類はフレンズの下位互換でしかないのか。

そんなことはない。『けものフレンズ』はちゃんと回答を用意している。

持久力

人類が最初に獲得した優位性、それは持久力である。人類は陸上生物の中でも極めて長く走り続けられる存在なのだ。

例えば走るのが得意な動物の例として《ウマ / Horse》(ウマ目ウマ科ウマ属)と比較してみよう。

一般的に馬が全力で走ったときの速度は、毎秒七・七メートルである。そのペースを維持できるのは約一〇分間で、その後は毎秒五・八メートルに減速しなくてはならない。だが、一流のマラソン走者は毎秒六メートルの速さで何時間もジョグできる。デニス・プールヘコがマン・アゲンスト・ホース・レースで学んだように、スタートで馬に引き離されたとしても、忍耐力と距離さえあれば、徐々に差をつめることは可能だ。
BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の”走る民族”

さらに距離が長ければ、差を詰めるどころか人類が馬にレースで勝つことも可能だ。米国ウルトラマラソン4大大会の一つに『ウェスタンステイツ・エンデュランスラン』がある。元々は馬術競技としてのレースであり、一人の乗手と一頭の馬で100マイルを24時間以内に走るというものだ。高低差が激しく馬でさえ脱落するこのレースに1974年、一人の男が自分の脚で参加してみごと完走。以来、人類の挑戦が増え、1977年に人類のレースとして分岐。現在のコースレコードは2012年の14:46:44であり*2、同年に行われた馬の1位よりも速い

この強みは『けものフレンズ』で真っ先に語られる。頭の良さや手の器用さよりも早くだ。長距離を移動した後に主人公とサーバルは木陰で休憩する。人類である主人公はすぐに回復したのに対し、サーバルは倒れたままハアハアと呼吸が荒いままだった。

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『けものフレンズ』1話より

この時にサーバルは主人公の息がすぐに整ったことを指摘した。獣にしてはいい着眼点である。毛皮に覆われた動物は排熱に呼吸を使うしかなく、体温調節は肺に頼るしかない。その呼吸さえも走行中は、一歩につき一呼吸という制限が伴う。したがって一定以上に体温が上昇した場合、獣は動くことをやめ、排熱に専念する必要がある。一方人類は、知っての通り体毛が薄く、大量の汗腺により気化冷却が可能だ。

人類の持久力を支えるものはこれだけではない。まずは何と言っても直立二足歩行。種として近い《チンパンジー / Chimpanzee》(サル目ヒト科チンパンジー属)の歩行と比べるとエネルギー効率は4倍にも達する。

実験室で、チンパンジーに酸素マスクを装着させてルームランナーを歩かせてみたところ(二足と四足のいずれかで)、その消費エネルギーは、人間が同じ距離を歩いた場合の四倍(!)にも達していた。
人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病

直立二足歩行は膝を曲げ続ける必要がなく、姿勢が安定していることから成り立っているため、筋肉の収縮によって消費するエネルギーが少なくて済む。

その他にも、バネの役割を果たす土踏まずとアキレス腱、長いストライドなど、長距離を移動し続けるのに必要な要素を持っている。これらの要素は長距離を移動するために獲得したものであるかは断定できないが、長距離を移動することに向いているのは間違いない。

投擲

『けものフレンズ』で次に人類の特質が発揮されたのは、大型セルリアン*3との戦いであった。主人公はセルリアンの気を引くため、紙飛行機を飛ばしたのである。

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『けものフレンズ』1話より

これは何の特質を示しているのだろうか。手先の器用さ、それとも戦術を組み立てられる頭脳か。いや、それ以上に重要なのは投擲能力である。

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By Djh57 - 投稿者自身による作品, CC 表示 3.0, Link

チンパンジーを始めとする霊長類も石や汚物を投げつけることはあるが、目標に向かって速く正確にものを投げつけられるのは人類だけだ。これはおよそ200万年前に獲得した身体構造によって可能となっている。

そのいくつかはアウストラロピテクスで最初に進化しているが、すべてが揃ってあらわれているのはホモ・エレクトスからである。可動域の大きい腰、幅広ななで肩、垂直ではなく横向きになっている肩関節、かなり伸びる手首などがその例だ。おそらくホモ・エレクトスの狩猟者は、人類初の優れた投手だったことだろう。
人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病

もちろんこの投擲能力は、両腕が自由に使えることが前提なのは言うまでもない。人類は立ち上がった事によって短距離におけるスピードを失ってしまったが、それにともなって距離を埋める手段を獲得したのである。

フレンズを縛るもの

上で挙げた人類の特質はどちらも人類の身体構造によるものである。そのため「人類と同じ体型であるフレンズに対する優位性にならないのではないか」と考える人もいるだろう。フレンズが実在し、現実の物理法則に縛られるのであればそのとおりであろう。

しかしフレンズは人類と同じ体型をしていながら、元の動物の特質を持っている。これはいいことばかりではない。元の動物が苦手ならことや、できないことも受け継いでしまうからである。そして物理法則ではなく、このルールによってのみフレンズの能力は制限される。ゆえに先に挙げた人類の特質は、ジャパリパークにおいてもフレンズに対して優位性を保つ。投擲能力を持たないサーバルが持つ紙飛行機は紙クズも同然なのだ。

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『けものフレンズ』1話より

楽園追放と野性解放

このようにアニメ『けものフレンズ』は一見すると動物アニメでありながら、その実態は人類を描いている。なぜこのような作品となったのだろうか。それはフレンズが楽園を追放された存在だからである。

元々『けものフレンズ』はアニメの前にソシャゲーが存在した*4。しかし2015年3月に開始されたそれは、一年後に完全無料化となり、そしてアニメ放映直前である2016年12月にサービスを終了してしまった。これによってフレンズは帰るべき故郷を失った。もう生き残るためにはアニメとマンガしかないのである。あたかも環境変化により、人類が森林からサバンナへの進出を余儀なくされたように。

だがそれは悪いことばかりではない。それは新たな可能性が開かれたことでもあるからだ。ゲームが続いていたら、アニメはゲームに人を呼び寄せる内容にする必要があった。しかしゲームの無い今、フレンズは自由を手にした。純粋にアニメだけを考えて、物語を紡ぎあげることが出来るのだ。野生は解放されたのである。

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By Haplochromis - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

フレンズの向かう所

束縛の無くなった『けものフレンズ』はどこへと向かうのだろうか。人類とフレンズの付き合いは長い。その歴史を紐解けば、確認できるだけでも約32,000年前にまで遡れる。

ここまで生き延びたフレンズのことだ、アニメという淘汰圧の強い環境においても適応できると考えていいだろう。

2話で主人公は「しんりんちほー」を目指すことが判明した。森は人類を生み出したが、後には恐れる場所であると同時に征服対象となった。人類最古の物語において、ギルガメッシュは森の番人フンババに挑んだ。古代メソポタミアでは、木材は貴重な資源であるが、森へ入るのはきわめて危険な行為だったからである。アニメはこの道をなぞろうとしているのだ。

以上の内容を踏まえると、向かおうとしているところが見えてくる。そう、ソシャゲー地方へのレコンキスタだ。

アプリ『けものフレンズ』は復活する。

2017/02/11追記
【ネクソン決算説明会①】TVアニメ『けものフレンズ』が人気だがアプリ版のサービス再開の可能性を否定、新作も予定なし | Social Game Info

2017/03/30追記
「けものフレンズ」アプリ再開「可能性はある」 運営元ネクソンに聞く - ITmedia NEWS

2017/04/24追記

もっと知りたい人へ

人類の身体がどのように進化したのか知りたければ、記事で引用したこの本がお薦めだ。


一方、フレンズについて知りたいのであれば、これしかないだろう。

このガイドブックにはBDが付属している。これによりアニメ『けものフレンズ』を永久に楽しむことができるのだ。

『けものフレンズ』を見たくなった人へ

『けものフレンズ』を見た人へ

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*1:美少女動物園とは (ビショウジョドウブツエンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

*2:Records – Western States Endurance Run

*3:よくある都合のいい謎の敵。たぶんネウロイの親戚。

*4:『けものフレンズ』はメディアミックスプロジェクトであり、ゲームが原作というわけではないことに注意。