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本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

「おでん屋」こそが道徳の教科書にふさわしい

文科省はくだらない指摘をするわりに、徹底さが足りていない。
なので俺が文科省が求める道徳の教科書について、あるべき姿を提示したいと思う。

友達の家は「おでん屋」にしなさい。

小麦より小豆

今週末に話題のニュースといえばこれだろう。

小学校の道徳の教科書に対する初の検定が行われたというものである。文科省の求める道徳観がろくでもないと言われており、中でも次の修正内容が取り上げられている。

小学1年生のある教科書では、申請段階では、物語に友達の家のパン屋を登場させていましたが、「国や郷土を愛する態度」などを学ぶという観点で不適切だと意見がつけられ、教科書会社は「パン屋」を「和菓子屋」に修正しました。
「道徳」教科書の初検定 8社すべてが一部修正し合格 | NHKニュース

この修正について、戦時中よりもひどいと批判意見が続出した。しかし文科省の説明としては職業の問題ではないらしい。

文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。
パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に 道徳の教科書検定:朝日新聞デジタル

なので教科書の内容も、パン屋から和菓子屋へと単純に変えたのではなく、ちょっとした文言も加えられている。

修正前と後を比べると、ただ「パン屋」から「和菓子屋」に変更されただけでなく、「これはにほんのおかしで」というくだりや、「きれいなわがしのことを、もっとしりたい」と言った付け足しから、より「我が国の郷土の文化」に近づけた内容だということがわかります。
道徳の教科書の「パン屋」は不適切なのか、道徳のマニュアル化 - ネットロアをめぐる冒険

上記の変更をおこなった結果、この教科書は無事に検定を通ったという。しかし俺はこれに疑問を持つ。この程度の修正でOKとなるなら、元から指摘するべきではなかったのではないか、と。自分の思うとおりに動いてもらいたいならば、最初にはっきりと方針を示すべきだ。

そこで俺が文科省に代わって示す方針が「おでん屋」である。「おでん」こそが道徳なのだから。

日本のパンの歴史

「おでん」について語る前に、まずパン屋が本当に不適切であったのか考えてみる。

教科書会社がパン屋を変更したのは、パンが日本古来からの食品ではなく、外国からもたらされたものだからだろう。Wikipediaによればパンが日本にやってきたのは安土桃山時代であり、ポルトガルの宣教師によるものだという。しかし日本に広まることはなかった。日本で最初にパンを焼いたのは江戸時代末期江川英龍である。そのため彼は日本のパン祖と呼ばれる。

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By 江川英龍 - 相賀徹夫 編『日本大百科全書 第3巻』 小学館、1985年4月20日、401頁, パブリック・ドメイン, Link

日本でパンが広まるきっかけとなったのは、1874年木村安兵衛あんパンを発明したことによる。これが日本人に好評で、以後これに倣って様々な菓子パンや惣菜パンが発明され、パン食は普及していった。その結果、今では1世帯当たりの購入金額ではパンがコメを上回っている

日本のパンの歴史は、どの時点から考えるかによって変わるが、あんパンの誕生を日本パン歴元年とするならば、まだ150年も経っていないことになる。教科書会社が変更したくなる気持ちも分からなくもない。ちなみに最近よく耳にする教育勅語1890年(明治23年)10月30日発布なので、あんパンより新しい。したがって、何か説明を加えればパン屋のままでも合格できたはずだ。足りていなかったのは郷土愛よりも、パンにアンを加えるような発想だったのではないか。

和菓子の歴史

では対して和菓子の歴史はどうなのだろうか。まず前提として、和菓子は洋菓子が入ってきたことで誕生した概念である。そのため、開国以前から日本にある菓子は和菓子であるということを頭に入れておいてもらいたい。

ここでもまたWikipediaからの受け売りとなるが、和菓子の原型は遣隋使の時代に中国大陸との交流によって整えられた。そして704年遣唐使唐果物を持ち帰り、それまで日本になかった菓子の製法が伝わった。その後も饅頭や羊羹など、メジャーな和菓子の原型は中国大陸から伝来し続けてきた。残念なことに和菓子ですらその発祥は、日本ではなく、海外から輸入したものなのである。

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By nesnad - 投稿者自身による作品, CC 表示 3.0, Link

中国大陸以外から受けた大きな影響としては、室町時代に伝わった南蛮菓子が挙げられる。もちろんここで言う「南蛮」とは中国南方の異民族のことではなく、スペインやポルトガル、それにオランダといった国のことである*1。南蛮菓子で有名なものとしてはカステラや金平糖などがある。これらが和菓子の製法に影響を与えたということは言うまでもない。

従って、パンに比べれば和菓子の歴史は長いと言えるが、その実態は伝来の比重がとても大きい。なので文科省は「日本のお菓子というが、その発祥は海外にあり、パン屋と変わりないではないか」とケチつけるべきであった。

「おでん」という日本史

では満を持して「おでん」について語ろう。なぜ「おでん」が郷土愛にふさわしいのか。それは「おでん」こそがコメ以上に日本の伝統だからである。

「おでん」の歴史は一般的に14世紀の豆腐料理「田楽」から始められることが多い。語源という意味ではそれが正しい。しかし、現在の「おでん」の本質、すなわち様々な食材を入れた煮物料理という観点から捉えると、より昔に遡ることができる。15,000年前までに。日本の煮炊きの歴史というのは、世界最古級なのである。

北海道や福井県の遺跡から出土した1万1千~1万5千年前の縄文式土器の焦げ跡に、サケなどの魚を煮炊きしたとみられる脂質が含まれていることを日英などの研究チームが見つけ、11日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。チームは、料理に使われた世界最古の土器としている。
料理に使った最古の土器 縄文人がサケ煮炊きか  :日本経済新聞

これよりも古い土器というと、中国で発掘された約2万年前の土器片*2くらいしか見つかっていない。この中国の土器片には焦げた跡があるため、調理に用いていた可能性はある。なので煮炊きが日本発祥であると言うつもりはない。それでも日本の煮炊きの歴史が世界的に見ても古いものであるというのも、また事実である。ゆえに「おでん」から日本史が見えると言っても過言ではないのである。

さらに「おでん」のポイントとしては、その名前は稲作と深く関わり、出汁は鰹節昆布からと、和食要素の塊であることも見逃せない。その上ロールキャベツやソーセージといった海外起源の食品も取り込むことから、文化の多様性までも語れる。そして何より、現代においてもコンビニで一番目立つところで販売されているという人気の高さ。これほど道徳的な料理があるだろうか。

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By Hykw-a4 - Taken from the japanese wikipedia, URL follows [1]., CC 表示-継承 3.0, Link

今回の検定は道徳のみならず、社会の科目でも政府の主張が随所に盛り込まれたらしい。「おでん」は道徳だけでなく歴史や地理を語ることもできる。あまねく教科書に「おでん」が載る日も近い。

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