本しゃぶり

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イエス・キリストが異世界転生の主人公に見える

「さすがイエスだ!」
福音書を読んでいると、弟子達がそう叫んでいる気がしてならない。

もちろん俺がその手の作品をいくつも見ているからなのだが。

Yelin-bergpredigt-ca1912.jpg
By Rudolf Yelin d. Ä. (1864–1940) - Unknown, Public Domain, Link

ヤンを卿ならそう思う

こんな記事を読んだ。

そしてこうコメントした。

ヤン・ウェンリーが「なろう小説」の主人公に思えて仕方がない - シロクマの屑籠

聖書を読んでいても「これ、なろうっぽいな」と思うことがあるので、なろう小説の構成が古典的なだけでないかと考える

2018/05/07 20:09

これについて解説しようというのが本記事の目的である。

イエスの物語

聖書には異世界転生の主人公っぽいキャラがいくつかいるが、やはり一番わかりやすいのはイエス・キリストだろう。それにイエスの話ならば多くの人が何となく知っている。なので異世界転生作品に馴染みがある人間にとって、イエスがどのように見えるか紹介したいと思う。

今回は新約聖書の第一部とでも言うべき「マタイによる福音書」を中心に紹介する。ただし必要があれば他の福音書の話も取り上げる。当然、聖書のネタバレ多数あり。

神によって始まる

転生者は大きく三つのタイプに分けられる。前世の姿のまま転生する者、ゲームのキャラクターの姿となる者、そして異世界人の人生に割り込む形で始まる者である。イエスは三つめだった。それも赤子からという、まさしく新たな人生を歩むことになったのだ。

Gerard van Honthorst - Adoration of the Shepherds (1622).jpg
By Google Art Project, Public Domain, Link

このような転生は神の力によって起きるのが通例である。もちろんイエスの場合も例外ではない。それどころか受胎そのものが一つの奇跡であった。イエスの母マリアは聖霊によってイエスを妊娠したからである。イエスの特別さを生まれる前からアピールする手法だ。

帝国に支配された世界

ここで舞台設定について説明しておこう。転生先のユダヤは帝国の支配下にあった*1

Rome Statue of Augustus.jpg
By Alexander Z. - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

とりあえず「帝国は悪」というのが常識である。実際、帝国の歴史を紐解けばそう言いたくなるのもうなずける。まだ「帝国」と呼ばれる前、かの国は敵対した国家を一つ地上から完全に消し去った。また、北方には森と共に生きる人々が暮らしていたが、侵略されて100万人が殺され、さらに100万人が奴隷とされたという。

その上、帝国は宗教的にも許されざる存在であった。恐れ多くも皇帝を神とし崇めるよう、属州に暮らす人々にも求めていたのである。イエスが誕生したユダヤの人々は、皇帝を崇めることこそ拒否できていたけれども、そのかわりに神殿で皇帝へ供え物を捧げなくてはいけなかった。

このような状況であったため、人々は帝国を打倒し、神の国を建設してくれる救世主を求めていたのである。転生者には倒すべき相手がつきものだが、イエスの場合はそれが帝国だったのだ。

他の転生者との出会い

猫も杓子も異世界転生へ転生するため、転生先が被ることは珍しい話ではない。イエスもまた先輩転生者との出会いを果たしている。というより、この出会いからイエスの物語が始まったと言ってもよい。その転生者とは洗礼者ヨハネである。

Joachim Patinir - The Baptism of Christ - Google Art Project 2.jpg
By Joachim Patinir - uAGvf3-QiHlj4g at Google Cultural Institute, zoom level maximum, Public Domain, Link

ヨハネはイエスに洗礼*2を行うのだが、なぜこの人物が特別なのかは、この時点ではよく分からない。彼が転生者と判明するのは第三部『ルカによる福音書』まで待たなくてはいけない*3。また、ヨハネはイエスが来ることを知っていたのだが、その理由が分かるのも先のことだ。

さて、先輩転生者は主人公ではないためか、扱いが悪いことが往々にしてある。ヨハネもその呪縛から逃れることはできなかった。領主に対して余計なことを言ったばかりに捕らえられた。そしてヤンデレヒロインのサロメの目に留まって殺されるのである。

Vecelli, Tiziano - Judith - c. 1515.jpg
By Titian - Web Gallery of Art:   Image  Info about artwork, Public Domain, Link

ヨハネは死んでしまうが、イエスは孤独にはならなかった。彼にはパーティーがあるからである。

パーティー結成

イエスは単体で悪魔を撃退するほどの実力を持っているが*4、やはり仲間がいたほうが何かと都合がいいため、パーティーを結成した。メンバーがことごとく男性なのは新鮮に感じる。

Ghirlandaio, Domenico - Calling of the Apostles - 1481.jpg
By Web Gallery of Art:   Image  Info about artwork, Public Domain, Link

パーティーメンバーの社会的地位が高い作品と低い作品があるが、イエスの場合は後者であった。彼は転生者らしく、その社会の常識や地位に縛られない人物である。低所得者や奴隷、犯罪者にも別け隔てなく接する。メンバーはそういった一般庶民で構成されていた。

とはいえイエスの仲間になったのだから雑魚ではいられない。イエスの手によって状態異常回復のスキルを与えられた。そう、スキルである。この回復能力こそイエスのチートスキルである。

回復のチートスキル

転生者はチートスキルを所持するものである。イエスの場合、それは状態異常回復であった。

イエスは触れるだけで相手を状態異常から回復させる。仲間の家族を救うのは当然として*5、行く先々で見知らぬ人を治癒することになる。その度にイエスの名声は高まるのだった。

Christ Healing the Mother of Simon Peter’s Wife by John Bridges.jpg
By John Bridges (England, 1818–1854) - http://www.artsbma.org/pieces/christ-healing-the-mother-of-simon-peters-wife/1978-2274/, Public Domain, Link

また、イエスにとっては死でさえも状態異常の一種である。死んでしまった少女の手をイエスが取ると、彼女は眠りから覚めるように起き上がった*6

このような回復系スキルは異世界転生ではよくあることだが、イエスの凄いところはこれが生物に限った話ではないということである。天候に対して使えば、暴風という状態異常は一瞬にして消え去るのだ*7

しかし圧倒的な力を持つと、敵対者を作ってしまうのが世の常というものだ。イエスの行為は、聖職者ギルドを敵にまわしてしまうのである。

聖職者ギルドとの対立

イエスのスキルは聖職者のものである。ゆえに彼の名声が高まるごとに、旧来の聖職者達は心良く思わなかった。そしてついに聖職者ギルドが動き出すのである。

聖職者ギルドのメンバーは総じて「ダブル・バインド」の使い手である。まず彼らは安息日を利用してイエスを倒そうと画策した。安息日ならばスキルを行使できないだろう、と。しかしイエスは転生者なので現地の規律に縛られたりしない。「安息日だろうと人を助けて何が悪い」そう言って回復スキルを使ったのである。転生者とは総じて口が良く回る。

聖職者ギルドが敵対したと分かるや、イエスは自分から動くことにした。聖職者ギルドの本拠地「エルサレム」へ攻め込んだのである。

Luca Giordano - Christ Cleansing the Temple - WGA09000.jpg
By Luca Giordano - https://www.bjumg.org/wp-content/uploads/_image/8333-f2365e88.jpg, Public Domain, Link

その後また聖職者ギルドはダブル・バインドによる攻撃を仕掛けるが、これをイエスは対抗呪文《カエサルのものはカエサルに / Render unto Caesar》を使って撃退。打つ手が無くなった聖職者ギルドは、事もあろうに帝国の力を借りることにしたのだった。

予知と処刑

これまで数々の苦境に打ち勝ってきたイエス。しかし彼は戦士ではない。戦力の無い今のイエスに帝国を撃退するだけの力は無かった。加えて仲間に裏切られてはどうしようもない。結果、彼は罪人として処刑されてしまうのである。これでは何のために転生させられたのか分からない。

「なぜ俺を見捨てた!」

イエスが神に叫んだのも無理はないだろう。

Mantegna, Andrea - crucifixion - Louvre from Predella San Zeno Altarpiece Verona.jpg
By The Yorck Project (2002) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., Public Domain, Link

とはいえイエスには回復スキルがある。ほとぼりが冷めたころ、復活して抜け出した。

さて、ここからイエスの新たな冒険が始まると思いきや、第一部はここで終わる。なぜこんな中途半端なところで終わるのか。読者は首を傾げるしかない。

他にも妙な点がある。イエスは帝国に捕まる前から、自分が処刑されることが分かっていたようなのだ。それどころか仲間が裏切ることまで予言している。なぜそんなことができたのか、これまでの話の流れでは説明がつかない。

実はこれらの疑問は第二部『マルコによる福音書』によって解き明かされる。

Re:ゼロから始める救世主伝説

第二部も引き続きイエスが主人公の物語である。

開幕、イエスの頭に水がかけられる。ヨハネから洗礼を受けいてるのだ。

ヨハネ?

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[Public domain], via Wikimedia Commons

そう、死んだはずのヨハネから再び洗礼を受けているのである。それだけではない。まるで第一部をなぞるように物語が進んでいく。そこで読者は気がつくのである。

これ、ループものだったのか、と。

イエスの救世主伝説はまだ続く。

終わりに

「クソッ また処刑された!」
福音書を読んでいると、そんなイエスの叫びが聞こえてくるようだ。

以上のように聖書の内容はまるで「なろう」のような異世界転生作品の仲間に見えて仕方ない。もちろん順序を考えれば逆である。なろう作品が聖書の影響を受けているということだ。そんな感じの記事は以前にも書いたことがある。

これは西洋文化の影響を受けているからというものあるだろうが、それよりも収斂進化みたいなものと考えたほうがいいかもしれない。ようするに人気の出る物語というものはある程度決まったパターンを持つということだ。実際、世界中の神話には似た構成のものがあるので、そう考えたほうがしっくりくる。

まあ、似ていると言えばどうにでも言えるだけかもしれないが。イエスの物語は異世界転生ではなく、「ヤクザもの」と言うこともできるのだから。

イエスについてもっと知りたい人は

*1:マタイによる福音書では、イエスが誕生した時はヘロデ大王の統治下にあったためローマの同盟国と言えるが、イエスが活動を始めたのは皇帝属州となってからである。ただし、活動の中心地であるガリラヤは属州から外れていた。

*2:スキルを与える儀式。

*3:ルカによる福音書 1:5-25

*4:マタイによる福音書 4:1-11

*5:マタイによる福音書 8:14-15

*6:マタイによる福音書 9:18-26

*7:マタイによる福音書 8:23-27