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【ご注文はうさぎですか??】ココアに見るフレンズの遺伝子

ココアはなぜ「ココア」なのか。
その疑問の先にはフレンズの存在があった。

これは歴史を舞台とした宝探し(シスト)である。

『ご注文はうさぎですか??』12話より

三大嗜好飲料の名を冠する者たち

『ご注文はうさぎですか?』のキャラクターは、三大嗜好飲料*1、すなわちコーヒー・紅茶・ココアに関係する名前が付けられている*2。しかし「三大」とは言っても、その地位は平等ではない。明らかに他二つよりランクが下のやつがいる。そう、ココアだ。

栄養価や味についてはココアは劣ってなどいない。しかし自販機を見れば他との差は一目瞭然だ。コーヒーや茶は必ずあると言っても過言ではなく、複数の商品が販売されているのも珍しくはない。しかしココアは一種類あるかどうかだ*3。「三大」と言われつつも、そこには紛れもない格差がある。

にも関わらず、『ごちうさ』の主人公の名はココアである。なぜココアが選ばれたのか。それは『ごちうさ』を「お仕事アニメ*4として捉えると見えてくる。なぜならココアこそ理想的な労使関係の象徴なのだから。その起源は19世紀のイギリスで活躍していたフレンズにある。

『ご注文はうさぎですか??』8話より

始まりはコーヒーハウスから

まずイギリスにおけるココアの導入から始めよう。17世紀、海外貿易で優位にあったオランダに対抗するため、イギリスは重商主義の道を進んだ。植民地との貿易活動を国家が管理するこの政策は、後にイギリスを覇権国家へと押し上げる。カカオはこのような時代における、植民地の産物の一つとして輸入されるようになった。

クロムウェルの時代が終わり王政復古期となると、裕福なジェントリ層や市民層の中にも嗜好品を嗜む習慣が生まれた。そこで誕生した店がコーヒーハウスである。名前こそ「コーヒー」とつくが、お茶やタバコ、そしてココアといった様々な新しい嗜好品が提供される場所であった。イギリス市民におけるココアの歴史はコーヒーハウスから始まったのだ。『ごちうさ』においてココアがラビットハウスにやって来るところから物語が始まるのは、これが元になっている。

『ご注文はうさぎですか?』1話より

ライズ・オブ・フレンズ

このようにしてココアはイギリスに入ってきたのであるが、社会に浸透するには時間がかかった。カカオの値段が下がらなかったためである。その理由は大きく分けて二つ。一つにはカカオのプランテーション経営が安定しなかったということ。もう一つは先に挙げた重商主義によって、他国植民地からのカカオには重い関税がかけられていたからであった。

状況が変わり始めたのが19世紀。新たな社会層、産業資本家層が台頭してきたのである。そしてその中核を成していたのが震える者(クエーカー)であった。

AssemblyOfQuakers.jpg Public Domain, Link

クエーカーはイギリス発祥のプロテスタントの一宗派である。なお「クエーカー」は俗称であり、本人たちは「フレンズ」と自称している。この記事では彼らの意思を尊重してフレンズと呼ぶことにする。

フレンズは英国国教会*5に属していなかったため、17世紀の頃は迫害を受けていた。歴史上、迫害される者たちは同じような道を進むことが多い。内部の結束を固め、ネットワークを構築し、相互に協力し合うのである。また、既存の権力の手が及びにくい分野に活路を見い出し、商業や手工業を営むようになった。ココアもまた、そんなフレンズによるビジネスの一つであった。

商工業者となったフレンズは、そのネットワークを使って師弟の職業教育を効率よく進める。集会において徒弟を希望する子供と徒弟を必要とする店主のマッチングが行われ、フレンズの店主の下で徒弟として信者として修行を積むのである。

『ご注文はうさぎですか?』1話より

修行を終えた後も、この関係は技術や情報を交換するものとして機能し、フレンズのネットワークは拡大していく。そうして時は流れて19世紀、フレンズの中には新興産業ブルジョアジーとなっていた者も現れた。こうして力を付けたフレンズは、労働者のために立ち上がる。

貿易に自由を、労働者にパンを

フレンズのビジネスは、農村から都市へとやってきた労働者を活用することで成り立っていた。このことが既存の勢力と対立する要因となる。

国内の地主は、国産の穀物価格を維持するために穀物法を始めとする各種の輸入関税をかけさせていた。また、植民地のプランテーション経営者たちは、他国の植民地からの輸入品に高い関税をかけるよう働きかけていた。これによってイギリス国内の食料品価格は、他国と比較して高く、労働者階級の家計において重い負担となる。当時のイギリスには深刻な貧困が蔓延していた。

『ご注文はうさぎですか??』OPより

一方フレンズにとっては物価は安いに越したことはない。労働者の生活費が下がれば給与を安く抑えることができるからである。そこでフレンズは穀物法の廃止保護貿易を終わらせるために動き出した。まずプランテーション経営層の力を削ぐために奴隷制*6を批判し、1807年に奴隷貿易が廃止される。続いて1846年には穀物法が、1849年には外国船を締め出す航海法が廃止された。このようにしてイギリスは保護貿易から自由貿易へと移行し、工業を推進するようになったのである。

この結果、フレンズの目論見どおりイギリスの食料品価格は下落した。価格が下がれば消費量は増える。例えば関税の下がったカカオのイギリスにおける消費量は、1831年から1891年の60年間で約32倍にも増加した。また、砂糖と小麦粉の価格も下がったことで、パンジャムを塗って食べる習慣が労働者階級に広まった。こうしてココアの実家はパン屋となった。

『ご注文はうさぎですか??』1話より

ラウントリー社は意欲を求める

フレンズのココア・メーカーの中でも『ごちうさ』を語る上で重要なのが、ラウントリー社である。あの「キットカット」のオリジナルメーカーだ。

ラウントリー社の特徴は労働者の「意欲」を重視したことにある。

100%ピュアなココア*7である「エレクト・ココア」がヒットし、経営規模を拡張したラウントリー社は、家内工業的マニュファクチュアから工場生産の時代に突入する。そこで新たな問題が発生した。離職者の増加である。中でも14,15歳の少女たちが群を抜いていた。

入って間もない少女たちは、仕事を覚えたころに辞めてしまった。まだ働くということに慣れておらず、失敗をしやすい。それが続くとやる気や自信を失い、労働意欲は下がってしまう。このことは彼女たちにとっても、そして会社にとっても良いことではない。何か対策をとる必要があった。

『ご注文はうさぎですか??』4話より

そこでラウントリー社は教育プログラムを整備した。社内に学校を用意したのである。さらに新人のための指導員が用意された。同じ女性の先輩である指導員は、新人に仕事の手順を教えると共に、良き相談相手としての役割も果たしていた。困った新人に対して彼女たちはこう言うのである。「お姉ちゃんに任せなさい」*8

『ご注文はうさぎですか??』5話より

他にもラウントリーでは労働者の意欲を高めるために、様々な施策が取り入れられた。例として経営者が労働者の代表と協議しながら運営の方針を決める「工場評議員会制度」、標準時間よりも早く作業が終わればボーナス給が支払われる「プレミアム・ボーナス制」など。ラウントリーにおける「効率の良い働き方」とは、労働者の意欲も考慮されていた上での「効率」である。それは社内に「産業心理学部門」を設置したことにも表れている。何よりも労働者の自主性を重んじ、充実感を得られることを目指していたのだ。

ゆえにラウントリーのエートスを継いでいるココアは、高い意欲を持って労働に励む。それを何よりも表しているのが、「仕事のやりがいは何か」という問いに対する彼女の回答だ。

「お客様の笑顔です」

『ご注文はうさぎですか?』12話より

主人公の名が「ココア」である理由はここにある。

片輪を失う時

企業というものは経営者と労働者、どちらが欠けても成り立たない。前に進むためには両輪が必要なのである。『ごちうさ』においてチノとココアの関係はそのようなものなのだ。

ところがその調和的関係が崩れる時が来た。

今年もチノたちと、たくさんの思い出を作りたいココアですが、
神妙な表情で、キャリーケースを持って駅のホームにたたずんでいます。
ココアはいったいどこへ……?

「ご注文はうさぎですか?? ~Dear My Sister~」公式サイト

『ご注文はうさぎですか?? 〜Dear My Sister〜』2017年11月11日より劇場上映が開始される。

その行方は、自らの目で確かめてもらいたい。

終わりに

『ごちうさ』は「お仕事アニメ」としても優秀な作品である。一見すると可愛さしか無いように見えるが、注意深く観察すると、そこにはビジネスのヒントが数多く隠されていることに気がつく。まさしく戦略は1杯のコーヒーから学べるのだ。

honeshabri.hatenablog.com

以前書いた記事では経営側に注目し、いかにして後継者を育てるべきか、ということについて論じた。しかし繰り返すように、企業は経営者だけで成り立つのではない。実際に現場で働く労働者がいてこそ、企業は存続し、発展する。ゆえに今回は前回の記事を補完するということで、『ごちうさ』における労働者を取り上げることにした。これを読んでから見直せば、より深く『ごちうさ』を楽しむことが出来るだろう。

興味を持った人に勧めたい本

今回の記事のネタの多くは、この本からとっている。マヤ文明でカカオが「神の食べ物」であった時代から始まり、産業化されたチョコレート業界までの歴史を知ることができる。特にフレンズであるラウントリー社についてはページが割かれており、この記事では省いたエピソードも多々ある。興味を持った人は読むと良い。ちなみにこの本で登場する固有名詞で一番気に入ったのは「宮廷ココア担当官」。


『ごちうさ』はコーヒーがメインの物語である。なので同じく中公新書からコーヒーの本を。今でこそイギリスは紅茶の好む国であるが、その前はコーヒーが流行した国であった。コーヒーハウスは単純にコーヒーを楽しむだけでなく、様々なサービスが生まれた場所でもある。そんな歴史の流れとコーヒーがどのような関わりを持っていたのかを学ぶ事ができる。


ココア、コーヒーときたらお茶についても知っておきたい。これもまた中公新書である。中公新書は飲食物関係の歴史を書いた本をいろいろ出していて助かる。

お茶は他二つと違って、我が国でも古くから栽培している嗜好飲料である。この本ではヨーロッパにおける茶の話がメインであるが、初っ端から日本が登場する。なぜなら茶は日本の茶道によってヨーロッパに伝わったのだから。ヨーロッパにおける茶はアジアのイメージを反映した飲み物となる。そのイメージがどのように変化していったのかが、茶の歴史から見えてくる。


原作最新6巻は2017年11月09日に発売。

ココアの記事

*1:マテ茶派は異端。

*2:メインキャラの一人であるチヤは宇治抹茶から来ているが、原料は紅茶と同じなのでセーフ。

*3:ホットとコールドぐらいはあるが。

*4:原作はマンガ。

*5:『HELLSING』でおなじみ。

*6:奴隷と言えば、コーヒーやカカオの生産には欠かせないものだった。そのためコーヒーは「ニグロの汗」とも言われ、チョコレートは「カカオ豆を炒って砂糖と牛乳、それにアフリカの子どもたちの汗と血と涙を加えたもの」と生産地で言われたと聞く。「チマメ隊」の名は、ただのダジャレではない。

*7:当時は脂肪の分離を抑えるため、ココアに媒介粉末を混ぜるのが当たり前だった。ラウントリーはフレンズのネットワークを通じて、オランダの脱脂技術を導入したのである。

*8:たぶん。いや、そうに違いない。