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ヒストリエの副読本は最古の偉人伝 / “英雄伝”

英雄と呼ばれる将軍がずらずらと紹介される世界最古の偉人伝。

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どっちも登場 / ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)より

戦術書 (叢書アレクサンドリア図書館 (6))を買ったら薦められ、ついでと思い買ってみたらこれが意外に面白い。古代ギリシャからローマにかけての将軍について、それぞれの逸話とそれに伴う教訓が書かれている。

登場する人物の多くは日本では馴染みのない者だが、読めばなぜ取り上げられたか納得できる。どいつもこいつも敵を打ち破り、都市を攻略し、地域を平定する。ウェイバー・ベルベットの言葉を借りれば「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……」というやつだ。歴史的資料としての価値は微妙らしいが、物語としての価値はある。

そして読んで思った。『ヒストリエ』読んでいてよかった。

概要

ざっくりながらもこの本についての背景や内容について説明していく。主にこのサイトを参考とした。
ネポース『英雄伝』について | 山下太郎のラテン語入門

著者

書いたのはコルネリウス・ネポス。 紀元前100年頃 - 紀元前25年頃、共和政ローマの伝記作家だ。政治には参加せず、ただただ文章を書いて過ごしていたという好きなように生きていた人らしい。そのため作家としては多残であったが、残念ながら著作は殆ど残っていない。唯一まともに残っていたのがこの『英雄伝』。しかしそれも『著名な人物について』というシリーズ物の一部にすぎないのだからもったいない。

中身とか

上に書いたように、この本は元々『著名な人物について』という全16巻*1の一部である。これは様々な分野から著名な人々を集めて紹介したものであり、その内訳は以下とされている。

  1. 将軍
  2. 歴史家
  3. 詩人
  4. 哲学者
  5. 弁論家
  6. 政治家
  7. 文法学者

それぞれは上下巻構成となっており、上巻で外国人(ローマ人以外)が、下巻でローマ人が紹介されている。このうち『英雄伝』は「外国の将軍」全てと「ローマの歴史家」から二人、それに加えいくつかの断片で構成されている。そのため肝心の「外国人とローマ人の対比」ができておらず、「外国の将軍」のラストで、

そろそろこの巻を閉じ、ローマの将軍について語るべき時が訪れたようだ。

と言ったところで将軍の話が終わってしまうという、まるで不人気ゆえの連載打ち切りみたいになってしまっている。というわけで結果から言えば、この本はローマ人に向けた外国の将軍を紹介したものとなっている。

一般的評価

この本は歴史の資料としては少々残念な扱いとされている。なんでも「間違い、矛盾、不正確な記述は数えきれず」と言われているほどだ。だからこの本を元に歴史を、特に古代ギリシャを語るのはよしたほうがいいだろう。まあ今から2100年以上前も昔の人がそれから更に300年以上も前のことを書いているのだから仕方がないのかもしれない。

だがこの本は元々ネポス自身も歴史の本として書いたものではない。あくまでも人物評として書き上げたものだ。だから歴史的に価値のあることよりも、その人なりがわかるようなエピソードが重視されている。そのためか序文では、「いろいろとローマ的には眉をひそめるようなエピソードがあるかも知れないが、ギリシャは文化が真逆だったりするのだから理解しろよ」的なことを書いている*2

別の視点として、このネポスの書くラテン語は易しいと言われている。そのため近代ヨーロッパなどでは初級ラテン語の読本として扱われているらしい。しかし俺には関係のないこと。当然今回読んだのは日本語訳のものだ。

エウメネス

この本に登場する人物は英雄と呼ばれるだけあってどれもこれも魅力的だ。だがあえて一人紹介するのであるならばやはりコイツだろう。

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ヒストリエ(5) (アフタヌーンKC)より

岩明均の『ヒストリエ』主人公、エウメネスだ。『ヒストリエ』そのものを知らなくてもこのAAを見たことがある人は多いはずだ。

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これの元ネタが彼である。というわけでエウメネスについて書くが一応言っておこう。『ヒストリエ』のネタバレ注意*3。該当部分を取り上げるまで何年かかるかわからないが……

最強の書記官

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書記官の仕事 / ヒストリエ(5) (アフタヌーンKC)より

さて、『ヒストリエ』読者ならばご存知だろうが、エウメネスはマケドニアの書記官である。ローマにおける書記官の地位は低いそうだが、マケドニアでは違う。国家の重要機密を全て知る職であるため、家柄の良さと高い忠誠心、そして熱意が必要とされる栄誉な職である。だがエウメネスはただの書記官ではない。文官でありながら軍を率いる事になり、「後継者戦争」においては敵対勢力から最も恐れられたと言っても過言ではないのだ。

エウメネスの最期は敵対したアンティゴヌスに捕まるのだが、そこで登場するセリフにエウメネスの凄さが表れている。アンティゴヌスはエウメネスの有能さを惜しみ、処刑を迷う。その結果エウメネスは牢で待つハメになり、三日三晩経ったところで「アンティゴヌスは自分をどうしたいのだ。殺すか釈放するかさっさとしろよ。」と愚痴る。それを聞いた看守は傲慢だと思い「なら戦場で死ねば良かったのに」と言う。それに対してエウメネスは言い返す。

「私は生涯自分より強い武将に出会ったためしがなかったためにこんな目に会ったのだ。」

こんな目に会いたいとはこれっぽっちも思わないが、こんなセリフを一度でいいから言ってみたい。しかもこのエピソードについては誇張では無い*4と注釈まで入ってる。リアルに主人公補正持ってるだろ。

策謀で勝つ

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ヒストリエ(4) (アフタヌーンKC)より

エウメネスの強さはその策謀にある。戦力で劣っていても策謀により敵を翻弄し、追い詰め、討ち倒す。その見事な作戦は、俺がこの本を買うきっかけとなった『戦術書』でも取り上げられるほどである。

敵がマケドニアの有力な将軍とあればその事実を兵に伏せ、急襲することで兵達を萎縮させずに戦わせる。味方が各地に散っている時に敵が迫った時には偽のかがり火を焚くことで敵の注意を引き、部隊を集結させる時間を稼ぐ。これらも十分逸話として使えるが、やはり一番ユニークなのは籠城の話だろう。

アンティゴヌスによる大軍に襲われ、数を減らしたエウメネスはノラという城塞に部隊ともども逃げ込んだ。その時エウメネスは、狭いところで馬の体力を維持させるための妙案を思いつく。それは馬の頭を革紐で引き上げることで前足を浮かし、その場で馬を跳ねさせるというものであった。その結果、数ヶ月に渡り包囲された後、城外へと連れだされた馬は平原で走らせたのと変わらないほど色艶もよく、健康的であったという。

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さすが馬に詳しいスキタイ人*5 / ヒストリエ(6) (アフタヌーンKC)より

出る杭は討たれる

そんな知略に富み、ネポスから絶賛されるエウメネスだが問題が二つあった。一つ目はマケドニア人ではなかったということ。そして二つ目は強すぎたということだ。その結果エウメネスは『英雄伝』で取り上げられる他の英雄たちと同じ最期となる。つまり妬まれ、味方によって処刑されたのだ。

エウメネスはその有能さ故に軍を率いることになったが、部下たちは「マケドニア人以外に従うのはゴメンだ」と言うことを聞かない。そのためエウメネスはアレクサンドロスの名を使ったり、部下たちから高額の借金をする*6など涙ぐましい努力をする。だがやはり統制がとれず、その隙をつかれることで損害を受け、裏切られてしまう。

そしてエウメネスを捕らえたアンティゴヌスはエウメネスの能力を買って味方にしようか迷ったと書いたが、他の者達は違った。彼らはエウメネスがいると自分の影が薄くなることを恐れて処刑を望み、ついにはアンティゴヌスの命令も無しに殺してしまう。

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本人にとってはどうだろう / ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)より

エウメネスに限らず、この本に登場する英雄はどうも味方に殺されやすい。テミストクレスはペルシャを追い払い、ギリシャを救ったというのに追放され、更には反逆罪を受ける。アリスティデスもペルシャを敗走させ、「正義の人」とまで呼ばれたのに失脚し*7、追放される。 しかもその理由を市民に聞くと「アリスティデスを知らないが、正義の人と呼ばれるのが気に食わない」なんて始末。そのためかネポスはこんなことを書いている。

アテナイ人はただでさえ衝動的で猜疑心が強く、そのため移り気で敵意と妬みを抱きやすい国民である。

よくネットでは「日本人は成功者を認めない」とか「出る杭は打たれるのがこの国」みたいなことが書かれるが、別にそれは現代の日本に限った話ではない。この本を読む限り、何時の時代のどこの国でも有り得る話だが、単に自分の国のことしか知らないからこう言ってしまうのだろう。このことについてネポスは面白いことを言っている。

実際、栄光に妬みがともなうことは自由な大国に共通の悪癖である。

他の『ヒストリエ』キャラ

『英雄伝』にはエウメネス以外にも『ヒストリエ』のキャラはいくらか登場する。フィリッポス、アレクサンドロス は当たり前*8として、他にも見覚えのある奴らがいる。

フォーキオン

まずメインで登場するのが現在連載でも焦点が当たっている彼、フォーキオン(ポキオン)だ。

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ヒストリエ(8) (アフタヌーンKC)より

『ヒストリエ』ではマケドニアを見事撃退し、人格も悪くないという悪くない役だが、この『英雄伝』ではそうでもない。たしかに「高士」と呼ばれる理由など褒めるべきところも書かれるのだが、その大半はなぜ彼が処刑されたかの説明に割かれている。80歳という高齢になるまで「いい人」で通していたというのに、アテナイ市を売り渡し、人間関係を蔑ろにし、港を敵の手に落とす要因を作る。完全にボケたかと言いたくなる。『英雄伝』は基本的に対象を褒めちぎるのだが、フォーキオンに関してはそうも言えない。

脇役の英雄

直接は取り上げられなくても、名前が登場するのがいくつかいる。アレクサンドロスの母オリュンピアスやマケドニア元老アンティパトロス。レオンナトスやデモステネスもちょいとながら出てくる。そして何よりカブリアス、ティモテウス、ポキオンで3回も登場するこいつだろう。

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ヒストリエ(7) (アフタヌーンKC)より

我らが英雄カレス。『ヒストリエ』において唯一“英雄”の称号を持つ彼だが、ちゃんとこの本でも登場する。脇役として。フィリッポス対して力不足だったり、先走って失敗したあげくそれを人のせいにしたりなどとかなり小物臭い書かれ方をされている。だがこいつはなんだかんだ言ってのらりくらりと生き延びている。さすがは“英雄”である。

マンガ化はよ

しかしこう『英雄伝』を読んでいて思ったがやっぱマンガ化されているってのは大事だな。すでに人物について鮮明なイメージがあるお陰ですんなり読める。ギリシャ系の名前はどうしても日本人に馴染みのないため、覚えにくくて仕方ない。しかも『歴史』でもそうだったが、すぐに「◯◯の息子△△」みたいな感じでむやみに固有名詞が登場する。そのせいで読んでいても「コイツ誰だっけ?」みたいになり、内容が頭に入りにくい。

その点エウメネスのようにマンガ化されていると、そういった障害が無いので素直に楽しめる。しかも裏設定を読んでいるようで、あのキャラがこうなるのか的な楽しみ方ができる。そういうわけで世の漫画家には『英雄伝』で紹介されているような偉人をネタにマンガを書いてもらいたい。ネタは豊富だから悪くないと思う。時代考証や資料集めは大変かもしれないが。


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*1:18巻という説もある

*2:『歴史』ではエジプトのことを「ギリシャとは文化が何もかも反対である」なんて書かれていたが、ローマ人から見ればギリシャが逆なのが面白い

*3:歴史物にネタバレもクソもあるか

*4:『戦術書』を読む限り統制が取れていなかったとはいえ、アンティゴヌスには普通に敗けたと言ってもおかしくはないと思うが

*5:エウメネスがスキタイ人というのは岩明均の創作

*6:エウメネスが死んだら返してもらえないので裏切れない

*7:実はテミストクレスのせい

*8:将軍ではないので「諸王について」でまとめてだが