断面図を見ると人は興奮する。
12億年かけて進化した有性生殖というシステムを、ポルノはどのようにハックしたのか。
この壮大な謎を解き明かすため、性欲システムの内部を覗いていく。
By ayustety from Tokyo, Japan - Flickr, CC BY-SA 2.0, Link
素朴な疑問
断面図という表現がある。
断面図とは、
1. 立体物を切断した時の切断面を図としたもの。内部構造を図解するために用いられる。
2. 2次元のアダルト向け作品で使われる、性器の結合状態を表現する手法。本項で記述する。
断面図とは (ダンメンズとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
もちろんこの記事で対象とするのも後者である*1。有名な例を一つ挙げるならこれだろうか。
By Leonardo da Vinci - http://www.drawingsofleonardo.org, Public Domain, Link
断面図はレオナルド・ダ・ヴィンチも描いた由緒正しい表現であるが、冷静に考えれば奇妙な話である。なぜこのような表現が当たり前のようにアダルト向け作品で使われているのだろうか。
言うまでもなくアダルト向け作品、すなわちポルノはユーザーを性的に興奮させることを目的に作られる。断面図の役割も医学書とは違って、人体の知識を与えるために用意されたわけではない。あくまでも性的に興奮させるためにあるのだ。
だが断面図のような光景を実際に見ることはまずない。童貞は知らないかもしれないが、女性の体は性行為中に透けるような仕組みとなっていない。「透き通るような肌」は比喩に過ぎないのだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチですら正しく描けていないほどに、断面図は実物で見ることの無い表現である。にも関わらず、見た者を性的に興奮させる*2。それはなぜだろうか?
本記事ではこの疑問について考察していく。
この本を使って。
男は見て楽しむ
バナー広告の傾向からも察しがつくように、男性には見ることで性的に興奮するという性質がある。「いや、女性だって見ることで興奮する」という反論があるかもしれない。この手のことには個人差があるので、誰もがそうだと言うつもりはない。その上で全体的な傾向としては、明らかに男性の方が「見る」ことによって興奮すると言っているのだ。
男女別に人気の高いエロチックサイトをAlexa*3で調べた結果の表が以下となる。
見ての通り男性と女性で傾向がはっきりと違う。訪問者数*4の差に目を奪われるが、ここで見てもらいたいのはサイトの種類である。男性は映像 (視覚情報) を好み、女性はストーリーを好むのだ。
視覚情報で男性が興奮するのは脳活動からも確認が取れている。性的興奮に関与しているのは扁桃体*5と視床下部*6という二つの部位だ。ポルノを見せた時の脳の活動変化を男女で比較した実験では、女性よりも男性の方が強く活性化した*7。
また、男性の性的興奮対象にはもう一つ特徴がある。それはパーツで興奮するということだ。
By Leonardo da Vinci - Web Gallery of Art: Image Info about artwork, Public Domain, Link
画像共有型のアダルトサイト「ファンタスティ*8」の画像ランキング上位100位のうち、23枚が女性の身体のパーツがクローズアップされたものだった*9という。白色レグホンの雄鶏が「赤いトサカ」に対して求愛行動を行うのと同じように、男性は特定のパーツを見るだけで性的興奮するのだ。
この「何を求めるのか」という男女の差は、時として文化摩擦とも言える悲劇の元となる。ポルノにおける描写の仕方によって。
パーツを求める男性のために作られたポルノは、パーツを魅力的に描写することが主となる。一方で登場人物の心象は不純物であるため、「快感」を除くとほとんど描かれない。そのため男性向けポルノを見た女性の中には次のような感想を抱く者もいる。
「空っぽの人間」「女を物のように扱っている」「女性蔑視」「消費される性」
一方、同じものを見た男性はこう考えている。
女性は自分と同じ性別である女優の扱いに目が行きがち*10だが、実は男優の扱いも似たようなものである。いや、それよりもひどいかもしれない。男性器の付属物でしかないからだ。また、ゲイポルノにおいては男性のパーツがクローズアップされる。結局あの批判は、求めるものが異なることによる拒絶反応なのだ*11。ポルノが一つの目的のために完璧につくられたがゆえの代償と言えるだろう。
乳・男性器・ケツ
男性は視覚情報で性的興奮を得る。この知識を得た上で断面図を見ると、非常に合理的な表現であることがわかる。本来であれば体に隠れて見えないものでさえ、透けることによってあらゆる性的な要素を同時に見せることができるからだ。これこそが断面図が性欲を掻き立てる直接の要因である。
断面図をポルノに拡めた直接の要因は、乳房・尻といった女性のパーツ、男性器から放たれる大量の精子、結合状態、そして子宮を使ってまでのオーガズム描写などである。本見出しの『乳・男性器・ケツ』は断面図が二次元ポルノ界隈を征服した直接の要因を凝縮して表現したものである。
By Peter Paul Rubens - The Bridgeman Art Library, Object 33380, Public Domain, Link
ここまで断面図によって興奮する直接の要因を考察したが、性的な要素を見るとなぜ性的興奮が生じるのかという根本的な疑問は依然として謎のままである。もちろん全ての源である究極の要因は明らかである。「子孫を残すため」これだけだ。なのでこの記事で探求するのはその間を繋ぐものである。なぜアレを見て興奮することが子孫を残すことに繋がるのか、と。
これは書籍ではなくブログ記事なので要点を絞ろう。男性が女性の乳房や尻を見て興奮することに疑問を持つ人は多くないと思う。伴侶を選ぶ上でその出産能力の指標となるものに注目するのは、自然に思えるからだ。また、視覚情報で興奮することは、女性に比べて「性行為のコストが低いため」だと知っている人も多いだろう。低コストなら数をこなした方が良く、すぐに反応できる必要があるからだ。
では男性が男性器や精子を見て興奮する理由は? 性行為の対象となるのは女性なのに、男性に付属するものを見て男性が興奮するのはなぜだろうか。この疑問の答えこそが断面図における究極の要因と直接の要因を繋ぐミッシング・リンクである。
競争と嫉妬
『エロマンガ先生』において木戸衣吹は 神野めぐみはこう言った。
あたしと同じくらいの歳の女の子はみんなおちんちん大好きです!
彼女は分かっていなかった。男性の方が男性器をもっと好きだということを。
視線追跡装置を使ってポルノではない写真を見た時の指標を記録した実験がある。男が映っている写真を見せた時、男女の差がはっきりと出た。男性の被験者は決まって股間に視線を向けたのに対し、女性は股間をほとんど見なかったという。
またある論文*12によれば、大脳の側頭頭頂接合部が性的刺激に反応するとして、被験者が生殖器を見た時の反応を調べた。するとヘテロセクシュアルの女性は男性器には反応するが、女性器には無反応だった。対してヘテロセクシュアルの男性は女性器のみならず、男性器に対しても反応したのだ。
この男性の男性器好きは、ネット上にも表れる。先にファンタスティの画像ランキング上位100位以内に女性のパーツのクローズアップが23枚あったと書いた。では男性器は? その数21枚である*13。女性のパーツが乳房や尻など様々なパーツの合計に対し、男性器はただそれだけで同程度の人気を集める。男性に最も人気なパーツは男性器なのである。
By Jacques-Louis David - http://davidderrick.files.wordpress.com/2010/11/david-thermopylae.jpg, Public Domain, Link
男性器の人気を示したところで本題に入ろう。男性が他者の男性器や精子を見て興奮する理由、それは「精子競争」によるものである。
オスは自分の精子で受精させるために、他のオスに打ち勝たなくてはいけない。そのための身体機能を獲得したり、勝利に向けた行動をとったりする。そういった要素はまとめて「精子競争」と呼ばれるのだ。
身体機能における精子競争の例を一つ挙げるなら、まさしく人間の男性器がわかりやすい。人間の男性器は霊長類の中でも最大の長さをほこり、先端に球根状の返しがついているのが特徴である*14。これは先に入っていた他の男の精子を掻き出すために獲得したものだと、多くの生物学者は考えている*15。
一方で行動面における精子競争は、種を問わずに似た戦略をとっていることが観察されている。イヌやシカなどは、メスが他のオスと交尾しそうだと察知すると、射精を急ぎ、突きを激しくし、そして射精の回数を増やしたりする。また、ネズミやフクロウ、それにカブトムシなどは競争相手の数によって放出する精子の量と勢いが増すという。
人間の男が男性器を見て興奮する理由も、同じではないかと思われる。イギリスの心理学者ニコラス・パウンドは、男性は「勃起した男性器」と「射精シーン」を見るだけで精子競争により興奮すると言っている。まさに断面図によって可視化されたものだ。
また精子競争の効果は競争相手が脅威に感じられるほど、より強く働くという。つまり男らしい存在を見るほど興奮するというわけだ。ポルノにおける男性器が肥大化し、精子が溢れんばかりに放たれるのはそのためだろう。断面図においては、男性器が子宮内にまで到達することで長さを、中を精子で満たすことで量をアピールし、より強い精子競争を引き起こそうとしている。
この精子競争を狙った手法は断面図の専売特許というわけではない。NTRや輪姦物なども同じ理屈である。なぜ女性をレイプするような連中がわざわざ外に出すのか。あれは避妊をしているのではなく、視界に映る精子の量を増やしているのである。『アオイホノオ』においてホノオ君は、なぜ不良は集団で女の子に声をかけるのか、と疑問に感じていた。
今なら言える。それは精子競争による興奮を求めてのことなのだ。
とはいえNTRや輪姦物に対して嫌悪感を抱く男性も多い。彼らは精子競争による性的興奮よりも、性的ジェラシーによる拒否反応が大きいのだろう。これは男性が自分で子供を産めないことに起因する。
子供が自分の体の中から出て来ることを確認できる女性と違い、男性はその子供が本当に自分の血を継いだ存在なのか確認する術を持たない*16。そのため男性は、女性が正直者で自分に忠実であることを常に望んでいる。だから男性は自分の技で女性が快感を感じていると喜び、演技されることを嫌うのである。
そんな背景の下、断面図はイノベーションを起こした。それは子宮に感情を持たせたことである。既存のポルノにおける女性の快感は、主に表情と言動、それに潮吹きによって表現されていた。しかしどれも演技することが可能である*17。 対して子宮は演技できないと考えている男性は多い。断面図は女性の内面を見せることを可能にしたのだ。
断面図は余計な競争相手を登場させずとも精子競争を引き起こし、女性からのフィードバックもダイレクトに伝えてくれる。繊細な人にも優しい表現なのだ。まさにイリュージョンと言うしかない。
フェチの作り方
以上のように断面図は、性的興奮を高める要素がさながらオーケストラのごとく組み合わさっている。視覚情報を重視する男性に対し、あるゆるものを同時に見せる。精子競争を煽り立てる一方で、女性の反応により安心感を提供する。 元は医学的な表現であったにも関わらず、断面図とポルノはベストマッチな関係だと言えるだろう。
そのため初めて断面図を見た人でも十分に興奮することができるが、もう一つの要素を忘れてはならない。それは「フェチ」である。断面図という表現そのものがフェチの対象となれば、ただそれがあるだけで興奮するようになる。
ではフェチはどのように形成されるのだろうか。その過程がわかりやすい1コマがある。
青年期における性的な体験、これによってフェチは形成される。
これは元々、多彩な環境に適応するための機能と考えられている。例えば生まれながらにして巨乳にしか興奮しないように本能がセットされていた場合、周囲に巨乳がいないとその個体は生殖活動をせずに終わることとなる。これを防ぐためにはある程度は興奮する対象を限定しつつも、周囲に存在するタイプに興奮する仕組みとするのが良い。男性が通常性的に興奮する場合というのは、目の前に女性がいる可能性が高いのだから、それに興奮すればいいのである。ようは刷り込みと同じ理屈だ。
そして鳥の雛が最初に目にした存在を親と思い込むように、男性の場合もこの「誤認識」は起こりうる。それがフェチの本質なのだ。例えばビリー・シューというアメリカ人は、19歳の頃に睾丸瘤の検査を受ける時に勃起してしまった。女性の検査技師に生暖かいジェルを塗られ、超音波検査器で睾丸を撫でられたのだ。以来彼は、診察室に入ると興奮し、簡易ベッドに寝ればその瞬間に勃起するようになったという。
By Paula M Wolter - Own work, CC BY-SA 3.0, Link
このような観点から考えると、現在断面図が普及している理由も説明がつく。断面図の歴史はレオナルド・ダ・ヴィンチほど遡らなくても、「昔からあった」と言われる程度には存在していた。
エロマンガの断面図についての話、とか - マンガLOG収蔵庫
上記リンクでは、少なくとも1982年の時点はエロマンガにおける断面図は存在しているが「性器を描写する上での苦肉の策」という面が強く、そして2004〜2005年頃にジョン・K・ペー太の作品がきっかけで広く受け入れられていったと書いている。
この情報から考察するに、当初は苦肉の策であった断面図であったが、それに青年期で触れた人のフェチ対象となり、今度は断面図フェチの人が自らの作品に使うことで広まっていったのではないだろうか。断面図は説明した通り、性的興奮を引き起こす引き金として優秀である。適応度の高い遺伝子のごとく、二次元ポルノに広まっていったのだろう。フェチという需要が増えれば供給も増え、また新たなるフェチを生み出す。このような性のフィードバックによって断面図は普遍的な表現となったのだ。
まとめ
「なぜ断面図は性欲を掻き立てるのか?」という問いかけは、まさに人類史、いや有性生殖以降の生物史、そしてポルノ表現の核心をついてるといえる。男性の性欲の仕組みについて駆け足でたどってきた今、我々はどのように答えるべきだろうか。
俺ならこう答えるだろう。性別が男女に分かれ、常に競争の圧力にさらされていたからである、と。そして断面図が性欲を掻き立てる究極の要因と直接の要因とを結ぶ因果連鎖を図式的に表したのが以下となる。
全ては必然だったのである。
参考資料
最初に紹介したが、この記事のソースの大半はこの本によるものだ。タイトルの通り、人間の性欲について科学的な分析を展開していく本である。これを読めば断面図のみならず、「なぜ上の口では嫌がっていても下の口は正直なのか」や「乙女ゲーに吸血鬼が多すぎる問題」なども解説することができる。また、この本はアメリカで書かれた本であるが、訳者が「私こんな日本語知らない」と言うほどに日本の文化についても詳しい。「ふたなり」「やおい」「絶対領域」といった単語が当たり前のように飛び出してくる。
今回は題材の都合上、男性の性質を主に紹介したが、この本には女性の性質についても同等にページが割かれている。プロ・アマ問わず、そしてジャンル関係なしに成人向けの作品を書いている人には必読の書ではないかと思う。
今さら紹介するまでもない名著。そして内容ではなく書き方を参考にした本。読んだときから一度はネタにしてみたかった。
断面図を描きたい人へ
この記事を読んで自分でも断面図を描きたくなった人もいると思う。しかし、既存のマンガを参考に描くのは勧めない。かつてマンガの神様こと手塚治虫は言った。
「マンガからマンガを勉強するんじゃないよ」
「一流の芝居を見なさい、一流の本を読みなさい」
By Unknown
Scanning and editing was done by Ogiyoshisan (Last edited Desember 27, 2013) - "Showa Day by Day" volume 9, Kodansha Co., 1989.
『昭和 二万日の全記録 第9巻』講談社、1989年、p.239, Public Domain, Link
というわけで本物を知るためにこれを見ると良い。
性交中の男女をMRIで撮影したリアル断面図である。日本語訳もちゃんとある。
似たような記事
男性器がメインの記事。
ごめんなさいジャレド・ダイアモンド博士な記事。
*1:トンカツの画像はサムネ用。
*2:「見た者を」なんて書いたが、誰もが当てはまるわけではない。男性向けポルノの話であることからわかるように、これは男性に対しての話である。また、男性でもこれで興奮しない人もいるだろうし、逆に女性でも興奮するという人がいてもいい。だからと言ってこれ以降に書く内容が間違っていることにはならない。あくまでも一般的にそういう傾向があるという話だからだ。
*4:訪問者数のソースは https://www.quantcast.com/
*5:感情的に強く反応する役割。
*6:性的興奮を引き起こす役割。
*7:被験者の自己評価では女性の方が高かった場合でも、活性化の度合いは男性の方が上だったという。
*8:18禁注意 http://fantasti.cc/
*9:2009年5月10日の結果。
*10:男性は女優のパーツしか目に入っていない。
*11:もちろん命の危険に晒すようなプレイなどはまた別の問題である。
*12:Nielsen & Pernice (2009). Ponseti ら
*13:2009年5月10日の結果。
*14:ゴリラの場合は腕力で獲得する一夫多妻制であるため、交尾するタイミングでは勝負が既についている。その結果、ゴリラの男性器は勃起しても3センチていどしかない。
*15:乱婚型という人間より精子競争の激しいチンパンジーは別の戦略をとっている。メスは1日に何十回も様々なオスと交尾するため、前のオスの精子を掻き出すということはあまり意味がない。なのでチンパンジーのオスは睾丸を大型化させ、精子の製造能力を上げて数をこなすという方針をとった。
*16:現代ならばDNA鑑定ができるが、人類の形質を作り上げたその歴史においては無かった。