あなたは冴えない一般人か?
あなたはトラックが走っているところを見たことがあるか?
もし両方ともYesであるならば、これから紹介する本を読んだ方がいい。
異世界に転生してもおかしくないからだ。

近年、異世界に転生・転移するという話をよく聞く。最初はネットの中だけであったが、ここ最近はテレビでも放映されるようになった。異世界へ行くのは冴えない一般人であり、そのきっかけはトラックと衝突、というのが多いとのこと。つまり、このイベントは誰にでも起こりうると考えた方がいい。
ネットを見ていると「なぜ異世界転生が起きるのか」については様々な人が意見を述べているが、その一方で「異世界転生への備え」について書いている人は全然いない。原因を探ることも大切だが、まずは暫定でもいいので対策を取るというものだ。そこでこの記事では、異世界転生に備えて読んでおくべき本を紹介する。外に出るのは読んでからにするべきだ。なお、この記事では「転生」と「転移」は特に区別しないことを先に述べておく。
生き延びろ
異世界では様々な危険が待ち受けている。冒険もいいが、命あっての物種だ。そこでこの本を紹介する。
この本には様々な危機への対処法が書かれており、異世界で起こりうるものとしては以下が載っている。
「ワニに襲われたとき」

近づかないことが一番だが、咥えられた時は拳で鼻先を叩け。
「剣で戦わねばならぬとき」

後ろに下がらず、むしろ踏み込んで防御に徹しろ。そして相手がミスをしたところで打ちのめせ。
「パンチを食らいそうになったとき」

パンチから身を引こうとせず、歯を食いしばれ。
また、続編の「この方法で生きのびろ! 旅先サバイバル篇 (草思社文庫)」や「この方法で生きのびろ!―究極サバイバル編」は一部被っている内容もあるが、これらも実用的な内容となっているので読んでおきたい。
「高層ホテルが火事になったとき」

ドアが触れないほど熱くなっていたなら、まずタオルやシーツ濡らして呼吸の確保を。
「鉄砲水に巻き込まれそうになったら」

まずは浮力を与えてくれるものを見つけて確保しろ。最初から泳いで逃げ切ろうとしてはならない。
異世界は技術が遅れていることが多く、たいてい治安も悪い。そんな環境で生き抜くために必要なのは、生きるための知識である。
解読は神から
日本を離れたらつきまとうのが、言語に関する問題である。異世界においては以下の3パターンのどれかであることが多い。
- 言葉が通じて文字も読める
- 言葉は通じるけど文字は読めない
- 言葉が通じないし文字も読めない
このうち"1"なら気にする必要はない。副作用で頭がパーになってさえいなければ。そして"3"の場合も大抵はなんとかなる。なぜならこのケースだと赤ん坊として転生している可能性が高いからだ。成長に合わせてゆっくりと学んでいけばよい。問題は"2"の場合である。都合よく読み書きを教えてれる人物がいればいいが、現地の人間を信用出来ない状況だと困ったことになる。アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんが正にこれであった。
そこで読んでおきたいのがこの本である。
これには様々な古代文字がどのように解読されていったかが書かれている。残っている手がかりによって解読方法は異なるため、複数の方法を学べるのがよい。解読する際に一番欲しいのはロゼッタ・ストーン、つまり同一の内容が複数の言語で書かれているものだが、これは異世界で望んでもしょうがないだろう。となると使えそうなのは神や王に頼る、というものだ。これは楔形文字などの解読で使われた。
神や王を頼ると言っても、神に直接尋ねるという意味ではない。文章の中から神や王の名前を見つけるところから始める、というものだ。神や王の名前は特別な書かれ方をしていることが多い。また、布告分や書類などで度々登場するのでわかりやすい。そして神や王の名前は現代にも伝わっていることが多いので、読み方が分かるのだ。他に重要な要素としては、その文字を使っている文化を知っているということ、文字記号の数を把握するということが挙げられる。
以上のことを踏まえた上でこの文字を見てみる。

我々は前情報として、このカードに「アクア」という駄女神のステータスが表記されていることを知っている。また、RPGの文化も把握している。そしてこの程度の文字量であるのに同じ文字記号が何度も出てくることから、音素文字でないかと予想できる。
そこから考えていくと、まず左上にひときわ大きく書かれているのは神の名前、すなわち「AQUA」であると分かる。次に左下にある表に注目する。左列と右列で文字の種類が異なること、そしてRPGの文化から、この表にはステータスが書かれており、右列は数字であると分かる。その流れで横顔の左下にあるのも数字であり、レベルであると仮定すると、この文字は「1」となる。そうするとアクアは幸運が最低レベルであることから、表の一番下は「LUCK」となる。
このように、ある程度の情報があれば文字を解読していくことができる。ここで紹介した以外にも解読の方法はあるので、調べておくといい。
異なる生活様式
世界が異なるのだから、生活様式も異なると考えておいたほうが良い。そして生活様式を知らないとショックを受けるだけでなく、様々なトラブルを引き起こすことになる。日本人が海外のトイレで紙を詰まらせるように*1。そこで読んでおくべき本がこれだ。
異世界の生活様式は中世ヨーロッパと現代日本の間であることがほとんどなので、中世ヨーロッパの生活様式を知っていれば一番極端な場合を知ることができる。
現代人が予想外に思うであろうことの1つに、時間感覚がある。中世ヨーロッパにおいては現代と比較して、活動時間帯が大幅に前倒しされていた。540年の聖ベネディクト修道院を例に挙げると以下のようになる。
時間帯 | 行動 |
---|---|
02:00 | 起床 |
02:00 - 08:15 | 読書と奉事 |
08:15 - 14:30 | 労働と奉事 |
14:30 - 15:15 | 昼食 |
15:15 - 16:15 | 読書 |
16:15 - 16:45 | 軽い夕食と読書と奉事 |
16:45 - 17:15 | この間に就寝 |
一般庶民にしても早いことには変わりなく、夜明け前には仕事の準備を始め、日没後には早々に店じまいをした。日が昇りきっても寝ている者は、怠惰にもほどがあると言わざるをえない*2。

ちなみに中世ヨーロッパにおいて、ベッドは男女共同の雑魚寝で、しかも寝るときは全裸であったという*3。カズマがジャージのまま寝ているのはいかにも転生者らしい*4。
他にも食事や衛生関係などにおいても異なる点は多いため、中世の生活は把握しておくべきだ。ホームシックになったところで日本に戻れる可能性は低いのだから、今のうちに覚悟しておくのが利口というものである。
貧者のパンと文化英雄
多くの異世界は現代日本と比較して、大幅に文明が遅れている。これは転生者にとって頭痛の種であると同時に、大きなアドバンテージでもある。だからこそ我々は現代知識で無双することを夢見て、文化英雄として君臨することを目指す。しかし多くの人はハンク・モーガン*5のような知識も無ければ技術も無い。そこでこの本だ。
異世界だけでなく火星でも大活躍のジャガイモの本である。異世界と似ている中世ヨーロッパにはジャガイモが無かった。それは食糧は不足しがちで、飢餓が続発していた世界である。そんな所に持ち込むべきは火薬でも電気でもなく、ジャガイモであるべきだ。何よりジャガイモは作るのに失敗しても爆発しないのがいい。
異世界で求められる作物というと、イネ、ダイズ、そしてジャガイモであるが、もしどれか一つ用意できるとなれば、俺は間違いなくジャガイモを選ぶ。ジャガイモの強さは栄養価もあるが、やはりその栽培のしやすさにある。痩せた土地でも育ち、赤道直下から北極圏に至るまでどこでも作られている。そして作付面積当たりの生産高が非常に高いのだ。だからこそ「貧者のパン」と呼ばれる*6。
ジャガイモを褒め称えたところで、あなたは疑問に思うだろう。南米原産のジャガイモがヨーロッパ的な異世界で手に入るのか、と。これについては問題なく手に入ると断言しよう。まずはこちらの食事を見ていただきたい。

同じく南米原産のトマトがある。さらに女神アクアは生計を立てるためにコロッケ*7を売っていた*8。したがってあの世界にはジャガイモが存在する*9。
では他の異世界なら、と心配になる人のためにある事実を教えよう。異世界の起源をたどると中つ国に着くと言われている*10。現在のエルフやゴブリンはあそこから広まっていったのだ、と。その中つ国にはジャガイモがあるのだ*11。つまり、エルフやゴブリンが生息しているような世界にはジャガイモがあると思っていい。その世界で食べられていなければ、まだ見つかっていないか知られていないだけなのだ。
ジャガイモの育て方ではなく、歴史の本を紹介したのも意味がある。それは新しい物の拡め方を学べるからだ。ジャガイモが優れた作物であり、あなたがその利点をどんなに語ったとしても、異世界の住人はすぐに育てようとしないだろう。なぜなら平民というものは、いつもと変わらない生活を送れることを願う者である。そして猜疑心というものがあるから、実際に旨い汁を吸ってみないことには信じられないのだ。マキャベリもそう言っている。
そのため新技術を拡めようというのであれば、飴と鞭を使って行わなければならない。時にはジャガイモを拡めるために法を作って強制し、従わない者は処罰する必要すらある。最初の一歩に必要なら極悪非道な行為すらも肯定すべきだ。マキャベリもそう言っている。もしジャガイモを拡めることができたら、あなたは「大帝」と呼ばれるだろう。
史実の異世界転生者
これまでこの記事では、異世界転生で起こりうる4つの問題とそれに対する本を紹介してきた。
- 命を脅かす問題
- 言語の問題
- 生活様式の問題
- 現代知識活用の問題
最後に紹介するのは、実際の転生者がこれらの困難をどのように乗り越え、成功していったかを知れる本である。現実に異世界転生する者などいないと思うかもしれないが、少し視点を変えると見つけられる。ひょんなことから唐突に異世界へ投げ出された者達、それは漂流者*12である。
特に転生者と状況が近いのは、江戸時代の漂流者だ。江戸時代は大漂流時代でもあった。鎖国によって国内貿易が活発な一方で、海外貿易の機会はほとんど無くなった。そのため、海運は盛んになったが航海術の低下が起き、嵐などで遭難する船が増えたのである。漂流者達は時に異国へたどり着き、時に異国の船に助けられた。言葉は通じず、文化も異なる中での生活を余儀なくされた漂流者達は、正に異世界へ転生したと言っていいだろう。
その中でも、まるでテンプレ主人公のような人生を送った漂流者がいる。ジョン=マンこと、中濱万次郎である。
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この本はジョン万次郎の子孫が豊富な資料を元に、その波乱万丈な人生を書いた伝記である。彼がいかに主人公的か、その人生をかいつまんで紹介しよう。
万次郎は貧乏な生まれであった。無学で読み書きも出来なかったが、機敏で活発な少年であったという。全ての始まりは14歳の時、大人たちと共に漁に出て漂流、5日半後に無人島へ流れ着く。143日間に渡るサバイバル生活が幕を開けた。アホウドリの生肉を海水で洗って食べ、それが無くなると木の芽や海草で命を繋いだ。そして食糧がそこを尽きる頃、運良くアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助されたのである。
航海の最中に手伝いをしていた万次郎は、片言ながら次第に英語を習得していく。そんな一生懸命に働く万次郎を見ていた船長は一つの提案をする。私とアメリカに来ないか、と。

アメリカへやってきた万次郎は、小学生に混じってABCを習うところから勉強を始めた。勤勉な万次郎は熱心に学び、その後も学歴を重ね、最終的にはバーレット・アカデミーで首席となる。
卒業後は下っ端として捕鯨船に乗り込んだ。ところが船長が発狂、追い打ちかけるように大時化に巻き込まれた。絶体絶命の危機の中、指揮をとったのが万次郎である。この功績が船員達に認められ、万次郎は一躍副船長に選ばれたのであった。

航海の後、日本に帰ることを決意した万次郎は、帰国資金を稼ぐためにゴールドラッシュに沸く金鉱へ行く。この時より万次郎は護身用として二丁拳銃を装備するようになる。そして稼いだ万次郎は、かつての漁師仲間とともに日本に戻ったのであった。万次郎24歳の時のことである。
万次郎の行きて帰りし物語はいったんここで終わる。だが彼の人生はこれからだ。次は日本に英語や航海術など、様々なアメリカの技術を伝え、教えていくという第二期が始まるのであった。
以上が万次郎の人生である。いかに主人公しているかというのが分かっただろう。万次郎については史実の他に、小説もいろいろと出ているので読んでみるといい。
終わりに
異世界へ転生の前に読んでおきたい本の紹介は以上である。これらを一通り読んでおけば、だいたいの事態に対処できるだろう。これで安心して道路を渡れるというものだ。
もしこれらを読んでも心配だ、というのであれば最後の手段がある。
転生するのではなく、転生させる側になろう。
似たような記事
*1:トイレで紙を流せるのは世界的に見ると、むしろ少数派である。海外のトイレで知っておくべきこととしては、これを読んでおくといい。トルコでトイレに行くならこれを持て - 本しゃぶり
*2:しかし冒険者ギルドの描写を見ていると、明かりが常に灯っている。あの世界では明かりが普及していて、活動時間帯が今とほとんど変わらないのかもしれない。それでもアクアは寝すぎだが。
*3:ただし聖職者だけは着衣して寝ていたそうなので、アークプリーストであるアクアが全裸で寝ることは無い。
*4:一方で『灰と幻想のグリムガル』は中世ヨーロッパの生活とかなり近いと言える。
*5:コネチカット州ハートフォード出身の技師。6世紀のイギリスで産業革命と社会改革を行った。トウェイン完訳コレクション アーサー王宮廷のヤンキー (角川文庫)
*6:他にも栄養価の高さから「大地のリンゴ」と呼ばれ、生産性の高さからジャガイモ畑は「怠け者のベッド」なんて呼ばれる。
*7:コロッケの起源とされている、フランス料理のクロケットにはジャガイモが使われていないが、アクアが売っていたのはあくまでも「コロッケ」である。
*8:5話のセリフより。
*9:あの世界には人間を丸呑みするようなカエルがゴロゴロ存在している。つまりあれだけの生物が存在できるほど、食料的に豊かなのだ。俺が思うにジャガイモがそれを支えている。
*10:『このすば』の世界は一見すると中つ国の影響はほとんど無いように見える。しかしデュランの目を見たらそこに面影を感じるはずだ。
*11:ホビット庄で7度庄長になったサムワイズ殿の父親はジャガイモ栽培の権威である。
*12:もちろん読みは「ドリフターズ」