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1台の電動車椅子を持ち運ぶのに何人の駅員が必要か? ただし労働基準法に従うものとする

答えは3人以上。
電動車椅子の重量が80kgで、駅員の全員が満18歳以上であるならば。

ただし重量制限以内だからといって、安全配慮義務違反にならないとは限らない。

例の件は労働基準法に違反するのか

もちろんこの件である。

これについての記事やまとめを読んでいると、気になるコメントを見た。曰く、「電動車椅子を人力で運べというのは、労働基準法違反である」と。似たようなコメントは複数回見た。しかし、労働基準法にどう違反しているのか言及しているコメントは見ていない*1。弁護士ドットコムを含め、大半の人が言及している法律は「バリアフリー法」と「障害者差別解消法」である*2

仕方がないので自分で調べてみることにした。

前提条件の確認

伊是名夏子のブログ・発言を元に、前提条件を確認する。

  • 電動車椅子の重量は約80kg
  • 駅員が運んだのは電動車椅子単体で、彼女自身はヘルパーにおぶってもらっている
  • 彼女は電動車椅子を持ち運ぶのに駅員が3,4人必要と言った

まず電動車椅子の重量だが、これはJ-CASTニュースの取材での回答で分かる。同じ回答で駅員が持ち運んだのは電動車椅子のみで、彼女自身は乗っていないことも分かる。

――伊是名さんが使っておられる電動車イスは、何キロあるのでしょうか?

伊是名: 私のは、普通の電動車イスですが、80キロあります。ですから、申し訳ないので、私としても持っていただきたくないです。怖いですし、駅員さんの体のことももちろん心配ですので、本当にやりたくないです。私の場合は、ヘルパーさんに抱っこしてもらって、私が乗っていない状態で持ってもらいました。人が乗ると、100キロは超えるのが普通です。
なぜ彼女は「JRに乗車拒否された」と訴えたのか 波紋ブログの真意、伊是名夏子さんに聞いた: J-CAST ニュース【全文表示】

また、電動車椅子単体を運んだというのは、ブログでの記述および写真からも言える。

f:id:honeshabri:20210411172145j:plain 駅員4人で車いすを持ってもらい、階段を運んでもらう。私はヘルパーさんに抱っこしてもらう。
JRで車いすは乗車拒否されました : コラムニスト伊是名夏子ブログ

そしてこの80kgの電動車椅子を持ち運ぶの必要な駅員の数を、彼女は3,4人と見積もった。

私「いえ、私は30分前には来ていて、どうしてもこの電車に乗っていきたいです。駅員さん3,4人集めてもらい、階段を持ち上げてください」
JRで車いすは乗車拒否されました : コラムニスト伊是名夏子ブログ

本件関連のコメントで「電動車椅子の重量は約120kg」だとか、「本人を乗せた状態で運んだ」というのを見かけるが、これは本件に関して言えば誤りである*3

とはいえ80kgでも相当に重いと言っていい。対して労働基準法にはどう書かれているのか。

職場における腰痛予防対策の推進について

労働基準法で重量物運搬について規定しているのは平成25年06月18日基発第618001号である。

また、女性や年少者についてはそれぞれ女性労働基準規則(◆昭和61年01月27日労働省令第3号)年少者労働基準規則(◆昭和29年06月19日労働省令第13号)で規定されている。

これらで定められている重量の制限は「継続作業」「断続作業」で異なる。

「継続作業」とは荷物を積みこむ時などに継続して行われる作業です。
「断続作業」とは宅急便の配達などのように、荷物を運ぶ、運転するということを繰り返す作業を言います。
重量物運搬に関する安全対策と労働基準法について - 成人男性が運べる重量は? - DriverAgent [ドライバーエージェント]

上記の情報をまとめると、重量制限は以下となる。

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当然のことながら、長時間筋肉を使う必要のある継続作業の方が、より厳しい制限となっている。本件は階段での運搬ということで断続作業の方が適切だと思われる*4。そうすると男性は制限なし女性は30kg以下というのが制限となる。

「義務」で制限するなら男女問わず3人

電動車椅子の重量と労働基準法の制限が判明したので、持ち運ぶのに何人の駅員が必要か算出できる。

上記の通り、法令上では男性は明確な重量制限が無い*5ため、極端なことを言えば1人でも可となる。女性の重量制限は30kgである*6ため、3人以上となる。なお、基発第618001号の「作業態様別の対策」では「各々の労働者に重量が均一にかかるようにすること。」と明記されているため、複数人で持ち運ぶ場合は重量が均一となることを前提に計算した。

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80kgを持ち運ぶのに必要な駅員の数

上でも述べた通り、伊是名夏子は「駅員さん3,4人集めてもらい、階段を持ち上げてください」と依頼している。集められた駅員の中に女性が含まれていたとしても、重量制限に引っかからないと言える。

しかしこれで納得する人は少ないだろう。いくら男性に制限が無いとはいえ、1人に80kg持たせていいものなのか、と。

さすがに労働基準法もこれで終わりはしない。義務ではなく「努力義務」としてなら、より厳しい重量制限の目安が示されている。

男性なら体重の40%以下、女性なら24%以下

基発第618001号の「作業態様別の対策」では人力による重量物 (人を除く) の取扱いとして以下のように書かれている。

満18歳以上の男子労働者が人力のみにより取り扱う物の重量は、体重のおおむね40%以下となるように努めること。満18歳以上の女子労働者では、さらに男性が取り扱うことのできる重量の60%位までとすること。
職場における腰痛予防対策の推進について(◆平成25年06月18日基発第618001号)

男性は体重の40%以下女性は体重の24%以下とするべきなのだ。女性が男性の60%というのは「一般に女性の持上げ能力は、男性の60%位である」*7ことから来ている。

なお、労働基準法における重量物運搬について調べると、ときおり「成人男性が一人で持ち運ぶのは55kg以下にすること」と書いてある記事を見かける。この情報は古い。これは基発第547号に記されている努力義務なのだが、基発第618001号にて廃止されている。現在は「体重の40%以下」が唯一の重量制限指針である。

体重の40%以下というのはどの程度の制限なのか。俺の場合、体重が約55kgなので、一人で持ち上げるのは22kg以下にすべきとなる。つまりペットボトル2箱を一度に持ち運んではいけないということだ。

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一箱ずつ運ぼう

ではこの努力義務を果たした上で電動車椅子を持ち運ぶなら、駅員は何人必要だろうか。

全員男性なら4人でいいが

男性は体重の40%以下女性は体重の24%以下という制限の下、80kgの電動車椅子を持ち運ぶのに駅員は何人必要か。

日本人の平均体重を調べたところ、満18歳以上の男性は60kg以上満18歳以上の女性は50kg以上らしい*8。そこで男性駅員の体重は60kg、女性駅員の体重は50kgとする。

すると80kgの電動車椅子を持ち運ぶの必要な駅員の数は、全員男性なら4人以上*9女性を含むなら7人以上*10となる。

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無理なく80kgを持ち運ぶのに必要な人数

この場合、伊是名夏子の依頼は「条件付きで労働基準法に従っている」と言える。派遣できる駅員が4人とも男性で体重が50kg以上ならば、体重の40%以下を満たすからだ。あるいは全員体重が67kg以上の男性ならば3人でも問題ない*11。写真からは断定できないが、おそらく本件でも駅員は全員男性だろう。だとしたらJRは努力義務を果たしていたと言えそうだ。

しかし、駅員に女性が含まれると話は違う。体重50kgの女性は一人あたり12kgまで。この場合、80kgの電動車椅子を持ち運ぶには7人必要だ。しかし電動車椅子は7人で均等に持てるほど大きくはない。従って作業者に女性が含まれる場合、人力のみで運搬することは避けるべきだと言える。

つまり労働基準法に従うのであれば「体重67kg以上の男性駅員3人か、体重50kg以上の男性駅員4人を集めてもらい、階段を持ち上げてください」と依頼すべきとなる。

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労働基準法に従った依頼

もしエレベーターの無い駅における電動車椅子ユーザーの対応が人力前提であるのなら、JR東日本ステーションサービスは、新卒採用の適性検査に体重測定を加えた方が良いのではないだろうか*12。もちろん男性を優先的に採用すべきなのは言うまでもない*13

体重のある男性にやらせれば安全配慮義務違反とならないか

ここまで、体重のある男性なら80kgの電動車椅子を持ち運ばせても問題ないという書き方をしてきた。しかしここまで触れてこなかった要素がある。それは本件のシチュエーションが階段であるということだ。

労働基準法では、通常の平らな場所での作業を前提としている。発第618001号の「職場における腰痛予防対策指針の解説」では、「足下について視界が遮られたり、両手がふさがるような体積のかさばる物や重量物を持った階段昇降はできるだけ避け、エレベータ、クレーン、階段昇降機等を利用する。」と記されている。

本件の作業は「足下について視界が遮られ」「両手がふさがるような」「体重の30%以上の重量物を持った」ものであるのだから、まさに階段昇降を避けなければいけない事例である。もしこれで腰痛の発生や転倒災害が生じたら、安全配慮義務違反となっても不思議ではない。

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ヨシ!じゃないが

ちなみに過去には、体重75kgの作業者が荷降ろしで20kgの化粧箱を運ぼうとして腰痛を発症、会社に対して安全配慮義務違反による損害賠償を求め勝訴した事例がある。

信濃運送事件 (労働判例967号79頁) / 労働基準判例検索-全情報

上の事例は睡眠不足や長時間運転労働も考慮した上での判決である。ここで重要なのは安全配慮義務違反に問われるかどうかは、体重と荷物の重量だけでは決まらないということだ。悪条件が重なれば、男性でも体重の30%未満の荷物で腰痛を発症するし、会社は責任をとらなくてはいけない。

さらに今回の電動車椅子は80kgだったから男性4人で運べたが、もっと重たい車種だったらどうするのだろうか。

一口に電動車椅子と言っても、重さはかなり幅がある。軽量タイプならわずか21kgしかないものもある*14一方で、総重量が120kgを超える車種も存在する。例えば最大30km移動でき、フルリクライニングからスタンディングまで可能なFoldawheelの "Draco" は、総重量が132kgにもなる。

Dracoを男性4人で運ぶには、体重が82.5kg以上必要だ。やはり今回の案件は男性4人で何とかなるレベルであったが、人力で何とかしようとするのは仕組みとして無理があるように思える。

終わりに

平成25年 (2013年) に通達された基発第618001号の冒頭には以下のように書かれている。

職場における腰痛予防対策については、平成6年9月6日付け基発第547号「職場における腰痛予防対策の推進について」により「職場における腰痛予防対策指針」を示し、当該業務従事者に対する腰痛予防対策の指導に努めてきたところである。

この間、腰痛は、その発生件数が大きく減少したものの、依然として多くの業種で業務上疾病全体に占める割合が最も大きい疾病であり、一方、社会福祉施設をはじめとする保健衛生業においては、最近の10年間で発生件数が2.7倍に増加していることから、引き続き、腰痛予防対策の推進は重要な課題である。

現在も腰痛は労働災害において大きなウエイトを占めている。厚生労働省の業務上疾病発生状況等調査によれば、2019年における業務上疾病(休業4日. 以上)の発生件数は8,310 件ある。腰痛はそのうち 5,165 件*15であり、全体の62%にもなる*16

障害の有無に関わらず自由に行動できるのは大事だが、労働者の安全はより重視すべき事柄だと俺は思う。JRには安全を最優先とした上で、障害者に対して必要かつ合理的な配慮を行える業務設計をしてもらいたい。

なお、基発第310001号「危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」では、リスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置を講ずることが事業者の努力義務として規定されている。そして作業行動等から生ずる有害性の中には腰痛が含まれている。

参考書籍

今回は基本的に発第618001号を元に記事を書いたが、その前段階として『労働実務解説7 安全衛生・労働災害』を買って読んだ。

本書の良いところは労働基準法や労働安全衛生法の解説だけに終わらず、関係する裁判例についても記載されているところにある。実際、本記事で紹介した「信濃運送事件」は本書を読んで知った。

これまで安全衛生に関しては会社で散発的に習った程度で、法令をちゃんと読んだことは無かった。一度ちゃんと本を読んで体系的に学ぶのも悪くない。

他の現場感の漂う記事

*1:本記事を書くために調べ始めたことで見つけたが。「JR車椅子乗車拒否事件」で「乗車拒否された方が乗っていた車椅子は電動車椅子で重量は約80kg」だった等の話 - Togetter

*2:「JRで車いすは乗車拒否されました」伊是名夏子さん明かす 法律はどうなってる? - 弁護士ドットコム

*3:なお、120kg前後の電動車椅子は実在する。本人を乗せた状態で運んだことがあるかは調べていないので不明。

*4:あくまでも素人である俺の判断だけど。

*5:満18歳以上の場合。

*6:満18歳以上かつ断続作業の場合。

*7:基発第618001号「別紙 作業態様別の対策について」に記されている。

*8:日本人の平均身長・体重 : 統計 - Paroday

*9:一人あたり24kgまで。

*10:一人あたり12kgまで。

*11:30〜50代の日本人男性の平均体重は67kg以上なので、決して無理な条件ではない。

*12:マイナビ2022を見た感じでは、性別と体重による優遇制度は無さそうだ。

*13:ここだけを切り取って俺を性差別者扱いするのはやめてね。

*14:世界最も軽い折り畳み電動車椅子、1秒折り畳み、Foldawheelシリーズ PW-999UL|電動車椅子専門店88

*15:負傷によらないものを含む。

*16:業務上疾病発生状況等調査(平成31年/令和元年)