失敗を後悔する「恥」としてはならない。
学習する機会と捉え、次に活かせばいいのだ。
そのためのスキルが品質管理だ。
失敗から学んでダブルチェックだと
ちょっと前にこのツイートが流れてきた。
失敗を成功に変える唯一の方法https://t.co/0rF2myVk5I pic.twitter.com/9o88CNqSgj
— ゆうきゆう/マンガ心療内科/セクシー心理学 (@sinrinet) June 27, 2021
基本的な主張は賛成だ。失敗から学ぶのはコスパが良い。複雑で全てを理解することができない世界において、対処すべき問題を明確にしてくれるからだ。失敗には特定のパターンがあり、対策しなければ未来にも同じ失敗が発生する。だから失敗から学び対策することは、未来の成功を助けてくれる。そして最も学習効率が高いタイミングとは、記憶が新しい失敗した直後だ。
また、失敗を精神論で終わらせないのも正しい。人の精神はシステムとして脆弱で、そこに頼ればまた失敗は起きる。ツイートの画像では失敗の要因に「集中力が切れた」を挙げているが、人は集中力が高すぎても失敗する。一つのことに気を取られると、人は時間感覚を失い、認識力が激しく低下する。こうなると自力で復帰することは難しい。それなのに気合で失敗を防ぐことができるだろうか。
しかしこのツイートには引っかかる点がある。仕組みの例だ。
この流れで真っ先にダブルチェックを挙げるか?
トリプルチェックの弊害 #現場猫 pic.twitter.com/jVkujwrphV
— からあげのるつぼ (@karaage_rutsubo) August 2, 2019
この現場猫案件は、実際の数字に現れている。厚生労働省主催のセミナーで発表された『ダブルチェックの有効性を再考する』には、やみくもな確認の多重化が無意味である研究が紹介されており、そのグラフはなかなか衝撃的だ。
しかもダブルチェックは、倍の作業者が必要というコストの問題がある。本来なら一人で済む作業なのに、ダブルチェックするためにはもう一人必要だ。これは悪循環を引き起こしかねない。
この図に書かれている通り、ダブルチェックはあくまでも「確認」でしかなく、エラー発生要因を潰すことにはならない。この問題はもう一つの対策例である「一定の時間をおく」も同じで、失敗する確率を低下させることはできるかもしれないが、根本的な解決とはならない。
あらゆる場面でダブルチェックが無意味とは言わないが*1、失敗を防ぐ仕組みとして真っ先に提示するものではない。ではどうしたら適切な仕組みを考えることができるのか。そこで「品質管理」である。
日常に品質管理の思想を
品質管理 (Quality Control) とは、顧客の要求を満たす品質の製品あるいはサービスを効率的に提供するための管理技法である。歴史的経緯からか、品質管理は製造現場で使われる技法と思う人もいるが、それは視野が狭い。総合的品質管理 (Total Quality Management) と言って、その対象は市場調査からアフターサービスまで、さらには人事や教育まで含めた企業活動の全段階にわたっている。
その幅広い活動を対象に何をしているのか。これは大きく2つに分けられる。品質を一定以上の水準に保つ「品質保証」と、品質および業務効率を高める「改善」である。つまり失敗を防ぐ・減らす活動だ。つまり先のツイートは「人生に品質管理を持ち込め」と主張していたわけである。
しかし残念なことに品質管理の思想、「QC的考え方」ができていなかったため、対策が残念な結果になってしまったのだろう。そこで俺が代わりに手本を示す。
QC活動の事例は企業活動にまつわることが多いが、元のツイートの趣旨を踏まえ、今回は日常生活に沿ったものとしたい。そこでハンバーガーの品質管理を考えることにした。
ハンバーガーのヒヤリ・ハットでQCストーリー
今回採用した事故の型は「飛来、落下」である。
出来ました。不安定なとこにものを置く癖があるハンバーガーちゃん日記が。 pic.twitter.com/Fsz2zy3fO2
— ハンバーガー (@HundredBurger) June 25, 2021
この災害は、台所の流しで発生したものである。被災者ハンバーガーちゃんは、「カップまぜそば」を調理するため、容器をシンクの縁に仮置きした。高菜を入れたところで容器がシンクに落下した。中に入っていた高菜を全て外に出てしまい、「高菜まぜそば」は「ただのまぜそば」となった。
俺がこれを採用した理由は、日常生活でありがちなことであると同時に、重大事故につながる危険性があるためだ*2。1件の重大事故・災害の背後には29件の軽微な事故・災害があり、さらにその背後には300件のヒヤリ・ハットがあるという。こうした軽い事故は、このままだと重大事故が起こりうることを暗示している。
今回はシンクの方に落ちたが、もし手前に落ちていたらどうだろうか。さらにお湯を入れた後だったら? 熱湯が脚にかかり、火傷を負っていた危険性がある。また、カップ麺ではなく重量物だった場合はどうか。おそらく安全靴を履く習慣は無いだろうから、落ちたら足を骨折する危険性がある。したがって仮置き時の落下は無くさなくてはいけない*3。
ではどうしたら本件のような事故を回避できるだろうか。QCストーリーでは、「現状の把握」と「要因の解析」に力点を置く。対策を立てる前に、なぜ事故が起きたのかを追求するのだ*4。
事故の原因は本人が漫画内で書いているように、不安定な場所に置いたことである。しかしそれで終わりではない。なぜハンバーガーちゃんは不安定な場所に置いたのだろうか。
要因解析の手順は3つのステップで構成される。
- 原因候補の洗い出し
- 原因候補の絞り込み
- 真の原因の確認
まず考えられる原因をリストアップし、次に可能性が高いものを選択する。ここまでは基本的に仮説となるため、本当に原因であるかは分からない。最後に調査や実験を行うことで、絞り込まれた原因候補が本当の原因であるかを確認するのである。
本来であれば、「5ゲン主義」*5に従って現場へ向かい、「作業環境の観察」と「当事者にヒアリング」するのが望ましい。しかし今回は現実的ではない上、手間を取らせるわけにもいかないので推測のまま話を進めさせてもらう。
あらためて不安定な場所に仮置きした原因を考えてみる。これまでの経験からすると、作業場の付近に「安定した場所が無い」ことが多い。そもそも「作業台が用意されていない」とか、作業台が「資材置き場になっていて仮置きできない」などである。近くに置く場所が無いから*6、代わりに不安定な場所に仮置きするのだ。
今回の事故の場合、この「作業台が無い」という可能性は高い。漫画を見る限り、ハンバーガーちゃんの住まいはボロくて小さいアパートである。こういった物件の台所は狭いことが多いためだ。
台所が狭く、安定した場所がほとんど無いのが原因だとしよう。いよいよ対策の立案と実施に移る。原因への対策は「原因を除去する対策」と「原因の影響を遮断する対策」に分けられる。今回だと原因の除去、すなわち安定した場所の確保が適切だろう。
対策はまず複数の案を出し、いくつかの観点から総合的に判断して決定する。観点の例としては「効果の大きさ」「費用」「実現性」「安全性」「副作用」などがある。対策として、例えば「台車を用意する」というのはどうだろう。
この場合、「効果の大きさ」や「実現性」は良いだろう。「費用」はハンバーガーちゃんの懐次第なので無視すると、問題は「副作用」にある。台車があると、ただでさえ狭い台所がさらに狭くなる。そうすると台車に体をぶつけるリスクがあり、「安全性」にも疑問が生じる。労働安全衛生規則第五百四十三条によれば、機械や他の設備との間に設ける通路は幅80cmを確保しなくてはいけないとなっている*7。また、JISでも最低60cm、できれば80cmは通路幅を確保しろとなっている*8。それだけの幅を確保できないなら、台車はやめたほうがいいだろう。
そこで対策としてお勧めしたい商品がこちら。
この折りたたみ水切りラックは、シンクに架けることで52cm×33cmの作業台として機能するから「効果の大きさ」はOK。「実現性」は俺が実際に使っているので当然クリア。耐荷重が18kgあり、耐熱温度が250℃あるため、熱い鍋を置いても大丈夫な程度には「安全性」も問題ない。使わない時は丸めてコンパクトにできるため、「副作用」も最小限で済む。「費用」はわずか1,980円と、台車の約5分の1しかない*9。これにしよう。
対策を実施したらあとは「効果の確認」となるのだが、さすがにこれは実施しないと分からないので飛ばす。ただ俺の推測が正しければ効果は期待できるだろう。少なくとも家の台所では機能としている。ただちょっと心配なのは、ハンバーガーちゃんは安定した場所があっても落下させている点である。
できました、不安定なところにものを置く癖があるハンバーガーちゃん日記が pic.twitter.com/cuJjqRktAf
— ハンバーガー (@HundredBurger) May 13, 2021
せっかく対策を講じても、正しく運用してもらわなくては意味がない。そのためQC活動では最後のステップとして「標準化」を設けている。手順とポイントを記した標準書を作成し、それを元に作業者の教育や訓練を行う。そして標準が守られているか、日々管理していく。こうして失敗を撲滅していくのだ。
終わりに
日々の失敗はストレスを生じさせ、対処に認知資源を消費すると新たな失敗を引き起こすリスクが高まる。より良い丁寧な暮らしを送りたいなら新しいことに挑戦するよりも、まず失敗を防止し余裕を作るところから始めたほうが良い。
その時に品質管理の手法が役に立つ。失敗は学びのチャンスと言っても、学び方を知らなくては活かせない。品質管理は長年に渡って渡り、多くの人たちの手によって磨き上げられてきた手法だ。これを企業活動だけに留めておくのはもったいない。日常生活にも取り入れるべきだ。
参考書籍
失敗から学ぶ上で参考になる本を紹介する。
『ビジュアル 品質管理の基本<第5版>』
本記事を書く上で一番参考にした本。品質管理の基本がコンパクトにまとまっている。ゼロから品質管理を学びたい人にお勧め。
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
人が失敗するメカニズムと、失敗を活かす組織のあり方について書いた本。もちろん失敗の活かし方は個人にも当てはまる。失敗のパターンを知りたい人はこれを読もう。そして成長するために検証とフィードバックの習慣を生活に取り入れよう。
『ハンバーガーちゃん絵日記』
事例集。
カイゼン活動事例の記事
*1:『ダブルチェックの有効性を再考する』では認知的作業においてはダブルチェックが有効だとしている。例えば「インスリン20単位は2mlだっけ?」というような場面である。この場合、他の人が確認することで、失敗を防ぐ確率が高まる。一方で「インスリン投与量が2mlになっているか」を確認するには向かない。このような単純作業では単純に見過ごすリスクが有る。また、ダブルチェックは各作業者が独立して確認ことで効果を発揮する。
*2:QC活動におけるテーマの選定にあたっては、複数のテーマ候補をあげた後、「効果の大きさ」「緊急性」「実現性」などの観点から評価し、総合的に判断して決定する。
*3:問題解決活動は大きく3つの局面に分けられる。その第一歩として解決すべき問題を明確にする。
*4:今回のように事故という結果から原因を追求していくアプローチは「解析的アプローチ」と呼ぶ。また、このアプローチに適した問題を「原因指向形問題」と呼ぶ。
*5:「現場・現物・現実」をよく観察することを重視する「三現主義」に「原理・原則」を加えたもの。
*6:ここでは「付近に」が重要である。離れた場所に作業台があってもそれは無いのと同じだ。作業者は面倒だとルールを無視するようになるので。それに動線が伸びることは、新たな事故発生の確率を高める。
*7:労働安全衛生規則 第2編 第10章 通路、足場等|安全衛生情報センター
*8:JISB9713-2:2004 機械類の安全性-機械類への常設接近手段-第2部:作業用プラットフォーム及び通路
*9:上で紹介したルミナス木棚付きワゴンとの2021/07/04時点における比較。