本しゃぶり

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女性は数学が苦手という「結果」に対して試験をどうするか

ステレオタイプに負けじと頑張る人は立派だ。
しかし意識することが、逆にステレオタイプ的結果を生じさせることがある。

試験を実施するには、この問題を考えなくてはいけない。

2020/12/01 追記

本記事は『ステレオタイプの科学』という本を参考に書いたが、最近の研究では再現性があまり無いとのこと。それを念頭において読んでもらいたい。

女性は数学が苦手なら

ちょっと前に「理系の女子が増えない大きな理由の一つは、女子は数学の難問が苦手だから」というツイートが軽く炎上していた。

既にツイートは消されているし、俺は死体蹴りをしたいわけではない。だが話を進めるためにあえて全文引用させてもらう。

理系の女子が増えない大きな理由の一つは殆どの女子は数学の難問が苦手だということ。別に日本だけじゃなくて数オリ代表はどこの国も殆ど男子。理系の中で数学の難問が不要な分野は入試から外すとかしないと改善しないだろう。

この文章を整理すると以下となる。

  • 問い:理系の女子を増やすにはどうしたらいいか
  • 解:理系の分野でも不要なら数学の難問を入試から外す
  • 理由:(男子と比較して) 女子は数学の難問が苦手であるため

なぜこのツイートが炎上したのか。それは理由の「女子は数学の難問が苦手」にある。これは以下のように読み取れなくもない。

「女性は数学ができない」

性別によって能力を決めつけている、それも劣った側としている。だから差別的だと批判されたのだ。

この手の可燃性の高い複雑な話は、字数制限のあるTwitter向きではない。このツイートが炎上したのも仕方ない。ただし、この人の意図はともかく、「男女間の公平さ」という観点からすると、この主張はある程度は正しいのではないかと考える。

数学の難問を入試に使わないことが、理系の女性を増やすことに繋がるから分からない。しかし、数学の難問を選別に使わないことで、優秀な女性を採れることはありえるのではないだろうか。

能力のある人を選びたい

俺だって無駄に炎上はしたくないので、先に本記事でとりあげる範囲を明確にしておこう。本記事で問題にするのは「個人の能力」だ。個人の能力をステレオタイプの影響を受けずに測ることの難しさについて語る。

男女で「生物学的に理系の能力差がある」と考える人でも、男女それぞれ一人を選びだした時、「女性の方が能力が高い場合がある」ということは否定しないだろう。

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個人を比較したら女性の方が優秀だった場合

この二人の内どちらか一人を採用するのであれば、試験結果が良かった右の女性を選ぶであろう*1。ここでの「試験」とは、その分野で求められる能力を測定する試験だ。ある理系分野の入試があり、そこで求められる能力は右の女性の方が高かった。そういう話である。

しかし、試験の設計が不適切だったらどうだろう。「理系なら数学の能力は高い方がいい」と考え、試験に難易度の高い数学の問題を盛り込んだ。結果、二人の点数差が逆転したとしよう。

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数学の難問を試験に入れた結果

求められる能力が高いのは右の女性である。しかし、試験の成績が高いのは左の男性の方なので、こちらを採用すべきとなる。これは右の女性だけでなく、採用側にとっても問題である。

本記事で問題とするのは上のような状況だ。試験は本来求められる能力を測定するべき。そのためにどうしたらいいか、という話である。

問題については同意できるが、上記の例については批判したい人はいると思う。「数学の難問を入れると女性の成績が落ちるというのは、あまりにもステレオタイプな見方であり、差別的だ」と。そう、これは紛れもなくステレオタイプな例である。なぜ典型的なステレオタイプを例に出したのかというと、有名なステレオタイプだからこそ起こりうるからだ。なぜなら負のステレオタイプには「予言の自己成就」の側面がある。

意識したら弱くなる

「女性は理系が弱い」と言われがちだ*2。これは日本に限った話ではなく、アメリカでも同様らしい。大学においてでさえ、上級数学を選択した女性たちは冷ややかな視線で見られるという。本気度を疑われ、将来のキャリアに疑念を持たれる。女性なのに、理数系の世界で成果を出せるのか、と。困ったことに、それを裏付けるかのような「結果」もある。

スタンフォード大学の社会心理学者クロード・スティールらは、ミシガン大学で数学を得意とする男子学生と女子学生を集め*3、数学と英語のテストを受けさせた。

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TeachAIDS from Stanford, California, USA, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons, Link

試験の難易度は高い。被験者である学生の大半が1年生か2年生であるのに対し、受けさせるのは大学院進学適性試験の科目別テストである。テストは学生に大きなフラストレーションを感じさせた。

結果はステレオタイプの通りである。英語では男女ともに同水準の結果であったのに対し、数学は男子学生と比較して女子学生は低い成績を取ったのだ。

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数学と英語の結果

もし「ここまでの結果だけ」で語るなら、やはり「女性は数学に弱い」は真ということになる。だがこれは下準備にすぎない。スティールがこの実験で確認したかったのは、研究室で現実世界を再現できるかであった。理由はどうであれ、優秀な女子学生でも困難な数学の問題では男子学生と差がつく。それを知るための下準備だ。

スティールは数学の成績で男女差が生じるのは「スティグマ」によるものだと考えていた。女子学生たちはこれまでの人生で「女性は数学に弱い」という烙印を与えられてきている。困難な数学の問題に接すると、彼女たちはスティグマと戦うことになる。「自分は数学に弱いなんてステレオタイプに当てはまるような存在ではない」と。これは数学において男子学生には無いプレッシャーだ。このプレッシャーの有無の差が、成績の差となって現れる。スティールはそう考えていた。

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数学の問題を解く時に考えること

スティールは実験の第二段階として、女子学生から数学に関するスティグマを取り除いた状態でテストを受けさせることにした。基本的な方法は前回と同じである。違ったのは女子学生を2グループに分けたことだった。

各グループには試験の開始時に「ちょっとした説明」を行う。スティグマを取り除く側のグループにはこう言った。

「みなさんも、『難しい数学の標準テストでは男性のほうが女性よりも点数が高い』といった説を聞いたことがあるでしょう。しかし、これから受けてもらう標準テストは違います。これから受けてもらうテストでは、女性の成績はいつも男性と同じです
クロード・スティール. 『ステレオタイプの科学「社会の刷り込み」は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか』 (p.58). Kindle 版.

比較対象となるもう片方のグループには、「このテストの結果には性差がある」と伝えられた。

たったこれだけなのに、結果は明確である。「性差がある」と伝えられたグループの女子学生は、前回と同様に男子学生よりも成績が悪かった。対して「このテストでは性差が無い」と伝えられたグループの女子学生は、男子学生と同レベルの成績をとれたのだ。

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スティグマ除去実験

これと似たような実験は、この後もスティール本人や他の研究者によっても行われている。基本的には「女性は数学に弱い」のような負のステレオタイプがある場合、被験者に自分がその集団に当てはまることを意識させると成績が下がり、そうしないと下がらないというものだ。中でも面白いのは、アジア系女子学生を被験者として行った実験である。

日本に住んでいると意識したこと無い人が多いと思うが、アメリカでは「アジア系は数学に強い」というステレオタイプがある。それではアジア系女子学生はどちらなのだろうか。

属性 ステレオタイプ
女性 数学に弱い
アジア系 数学に強い

この矛盾のような設定の実験をハーバード大学の研究チームが行った。彼らはボストン地域のアジア系女子大学生を集め、カナダ数学コンペティションで出題された難度の高い数学の問題を解かせる。この実験のポイントは、テストを受けさせる前にアンケートを行ったことだった。

  • グループ1:自分の性別を意識させる内容のアンケート
  • グループ2:使っている携帯電話会社のような、どうでもいいアンケート
  • グループ3:自分の民族 (アジア系) を意識させる内容のアンケート

アンケートの内容によって正答率は変化した。性別を意識した場合だと正答率が下がったのに対し、民族を意識した場合は正答率が高まったのだ。

アンケートの影響 テストの正答率
グループ1 女性であることを意識 43%
グループ2 特にアイデンティティを意識しない 49%
グループ3 アジア系であることを意識 54%

女性は自分の性別を意識すると、数学の難問を解くのに苦労してしまう。このように自らのアイデンティティに付随するステレオタイプによってプレッシャーを受ける苦境のことをスティールらは「ステレオタイプ脅威」と呼んでいる。

ステレオタイプ脅威

元のツイートが「女性は数学に弱い」という話だったので、これまでは女性と数学の話だけをしてきた。しかし、ステレオタイプ脅威の影響受けるのは女性に限った話ではない。例えばアメリカでは白人と黒人にそれぞれ負のステレオタイプがある。

  • 白人:運動神経が悪い
  • 黒人:頭が悪い

誤解のないように書いておくが、これは俺が思っていることではない。あくまでもアメリカに存在する悪しきステレオタイプの例だ。そしてこれもまた先程のアジア系女性の話のような、興味深い実験がある。

プリンストン大学のジェフ・ストーンらのチームは、白人学生と黒人学生にミニチュアゴルフを行わせた。例によってプレイ前に余計な説明が入る。

  • パターン1:君たちの運動神経を測定する
  • パターン2:君たちのスポーツ・インテリジェンスを測定する
  • 比較対象:特に説明無し

結果は予想のとおりだ。白人は運動神経を意識すると平均3打多く打つ必要があり、黒人はインテリジェンスを意識すると平均5打も多く打つことになった。

ステレオタイプ脅威は、性別や分野に関係なく襲いかかる。自分のアイデンティティに負のステレオタイプがあると意識すると、予言の自己成就のごとく自らそれを証明してしまうのだ。

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意識したら襲われる

とはいえ負のステレオタイプがある分野でも、必ずステレオタイプ脅威が発動するわけではないらしい。「自分のアイデンティティを意識する」以外に条件が2つある。

  • そのパフォーマンスを気にしている
  • 自分の限界に挑戦している

前者の条件が満たされないのは、最初から諦めているような人だ。ミケル・ジョレットは貧困地区の高校で、ステレオタイプ脅威があるかを確認した。成績上位グループの黒人生徒は有名大の学生と同様、自分の人種を意識すると成績が下がった。対して成績下位グループの黒人生徒は、人種を意識しても成績は変わらなかった。元から成績を意識していないので、ステレオタイプに動揺することは無いのである。

後者の「限界」については、カンザス大学で行われた実験が教えてくれる。これでは「三桁の掛け算を多く解く」というような簡単な数学のテストを行った。最も成績が良かったのは「性別を意識した女性」だったのだ。「ステレオタイプが自分に当てはまらないことを証明してやる」という意識は、人を頑張らせる。だから簡単なタスクではむしろプラスに働くのだ。

しかし、本記事で問題にしているのは入試のような試験の話である。この場合、「数学の難問」は女性にとってのステレオタイプ脅威の条件に当てはまる。

  • アイデンティティに負のステレオタイプがある
  • パフォーマンスを気にする
  • 自分の限界に挑戦する

後は自分の性別を意識するだけで、ステレオタイプ脅威が襲いかかるというわけだ。

試験の設計

もう一度このイメージ図を貼っておこう。

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数学の難問を試験に入れた結果

ステレオタイプ脅威を考えると、試験でこのような結果となるのは十分にありえる話だ。繰り返しとなるが、これは女性だけでなく、採用側にとっても問題である。どうしたらいいだろうか。

中・長期的には教育現場を中心に様々な施策が考えられる。だがここでは試験の話に限って進めよう。目的は優秀な人材を採ることだ。

まず一つ言えるのは、性別や人種など個人のアイデンティティを意識させないようにすることだろう。例えば答案用紙に性別の欄を設けないとか、面接は試験の後に行うなどである。そうすれば確実とはいかなくても、ステレオタイプ脅威が生じる確率を減らすことができる。

そしてもう一つが例のツイートにあった主張、つまり不必要なら数学の難問を除外することである。数学の難問は女性に負のステレオタイプがある分野で、限界に挑戦させるタスクだからだ。別に数学を出すなと言っているのではない。また難問を解く能力が必要ならば出すのが正しい。しかし必要以上に難度の高い数学の問題を出すのは、合理的な選択だろうか。

終わりに

一般的な考え方としては、ステレオタイプに関係なく個人レベルで判断すれば公平であるとされる。だがステレオタイプ脅威を考慮すると、必ずしも公平とは言えない場合もある。また選ぶ側にとっても損失となりえる場合もあるのだ。

それにしてもステレオタイプ脅威は難しい。解決するのが難しいのもそうだが、そもそも前提を共有することが困難である。現象が直感と異なるため、理由をすっ飛ばして結論だけ述べると差別的に思われるのだ。これは字数制限のあるTwitterで語るべき話ではない。内容を試験に絞っても、これだけの文量を費やす必要があるのだから。

だが文章が多ければいいというものでもない。ネットには作者の気持ちが分からないくせに、逆に書いてないことを読み取る人も多い。なので念の為に、この記事で「言っていないこと」も書いておこう。

  • 発端のツイートは差別的である
  • 発端のツイートは差別的でない
  • 女性は生物学的に数学ができない
  • 男女で数学の能力に差は無い
  • 試験を適切に設計すれば理系に進む女性が増える
  • 試験は女性に配慮すべき
  • 理系に数学の能力は不要

キリがないのでこの辺にしておく。

参考書籍

本記事は全て本書を元に書いている。本書で紹介される様々な研究結果を知ると、アファーマティブ・アクションにも一理あると思う。少なくともこの制度を批判するなら本書の内容を知った上でするべきだろう。とはいえ、優れた成績を残したのに属性で落とされるというのも納得がいかないのも事実。やはりなるべく試験は性別や人種といった属性を意識しない形で実施するのが望ましいように思える。

著者クロード・スティールはアメリカの社会心理学者なので、紹介される事例はアメリカでのステレオタイプになる。ただステレオタイプは日本にもあるわけで、いくつかの事例はステレオタイプ脅威が関わっているように思える。例えば女性棋士がまだいない理由の一つはこれだろう。あとはTogetterとかを見ていると、地方出身者が大学進学で何かしらのステレオタイプ脅威を感じている気もするが、何か言えるほどではない。

今回は試験に焦点を絞ったため、語らなかったことも多い。例えばステレオタイプ脅威とワーキングメモリとの関係や、健康への影響など。気になる人は本書を読んで欲しい。

続き

*1:ここでは話を単純化するため、純粋に能力が高い方を選ぶことにする。女性は結婚で辞めるとか、男性には前科があったとか、満点取れないなら論外みたいなことは考えない。

*2:理系と言っても分野によっては女性が多いこともあるので「理系」と一口で括るのは乱暴すぎるが、それは主題ではないのでこれ以上突っ込まない。

*3:SATの点数が同期生のトップ15%以内で、2つの微積分のクラスでB以上の成績を取っており、将来において数学が重要だと考えている学生。