本しゃぶり

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マッチ売りの少女が知っておきたかったこと

マッチ売りの少女に欠けていたのはマーケティングスキルではない。
必要なのは適切な「問い」である。

クリエイティブな解決策は異なる視点から生まれるのだ。

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Helen Stratton / Public domain, Link

増田の視野は狭い

こんな記事を読んだ。

マッチ売りの少女はマーケティングの観点が不足していたために死んだという内容である。彼女が優れた営業を行っていたのなら成功していただろう、と。成功への道筋の例として「巧みなプレゼンを行う」「マッチの種類を増やす」「人を雇う」といったことが挙げられている。

しかしこれは少女に対して適切なアドバイスと言えるだろうか。プレゼンはともかくとして、残りの2つは彼女の状況を考慮に入れていない。彼女は貧困にあえいでいる。靴はサイズの合わない母親のお下がりで、家のひび割れは藁とボロ布で塞ぐような家庭の子どもだ。なぜ商品を増やしたり人を雇うような投資ができると思うのか。マッチ売りという薄利多売の商売でこれをやるには、多くの資本が必要である。19世紀*1のデンマークに彼女が利用できるマイクロファイナンスは無いのだ*2

俺が思うに、少女も増田も同じミスを犯している。それは、問題を狭く捉えすぎているということだ。両者ともマッチに意識を向けてしまったことで、他の可能性を考えられなくなっているのだ。

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herval / CC BY, Link

だからより広い視点でこの問題を捉えなおそう。そうすればよりクリエイティブな解決策を思いつける。もっとも、俺の言葉だと信頼性が無いと思うので、スタンフォード大学の威を借りことにした。

スタンフォード大学集中講義

封筒に入った5ドル2時間以内にどれだけ増やせるか。これがスタンフォード大学でティナ・シーリグが学生たちに出した課題であった。あなたならどうするだろうか。

【ルール】

  • 課題期間は水曜日の午後から日曜日の夕方まで
  • 封筒に入った5ドルが渡される
  • 封筒を開封したらスタートで、2時間以内にできる限りお金を増やす
  • 課題期間中ならば、計画を練る時間に制限は無い
  • 翌週月曜日にやったことを発表する

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手持ち金

レモネードスタンドなど、5ドルを元手とする販売事業をしたチームの収益は微々たるものだった。傘を売ろうとしたチームにいたっては、販売の直前に雨が止んだので0ドルとなった。その一方で600ドル以上を稼ぎ出したチームもある。いったい何が違ったのだろう。

高収益を叩き出したチームが違うのは、自分たちのリソースを「5ドルのみ」と考えなかったことにある。メンバーの「労力」もリソースであることに気がついたのだ。あるチームは人気レストランを予約し、その権利を並んでいる人たちに転売することで稼いだ。また別のチームは無料で自転車の空気圧をチェックし、空気を入れるなら有料というサービスを行った。これで両チームとも数百ドルを稼いだのである。

だが最も稼いだチームは、全く別のものをリソースとした。それは月曜日に行われる「発表時間」である。スタンフォードの学生を採用したい会社に、チームの発表時間を650ドルで売ったのだ。彼らは会社のコマーシャルを上映することで発表とした。

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強いチームはルールのどこに注目したか

この課題は翌年以降も形を変えて続けられることになる。初回こそ与えられるのも成功の尺度も「金銭」であったが、以降はよりバラエティに富むものとなった。「クリップ」「ポストイット」「ゴムバンド」といった取るに足らない物を渡され、2時間で「価値を最大化」するように言われるのだ。

ポストイットを使って「心臓病について啓蒙するキャンペーン」を行ったチームがある。クリップをポスター・ボードに交換したチームは、「スタンフォートの学生売ります」と書き、最終的にPCのモニター3台を手に入れた。あるゆるものをリソースとし、創造的に取り組めば、価値を何倍にも高めることができるのである。

マッチ売りの少女や増田に不足していたのはこれである。マッチを商品としてしか捉えていないため、思考の幅が狭まってしまったのだ。ではどうしたらもっと創造的になれるのだろうか。それは「問いの立て方」によって決まる。

フレームを広げろ

人は「問いというフレーム」の中からしか答えを見つけることはできない。創造的な答えとは、問いを工夫するところから始まるのである。増田の問いは「路上販売で売上を上げるにはどうするか」であった。だからマッチの売上を伸ばすという狭い答えしか出てこなかったのだ。俺ならこう問う。

「なぜ少女はマッチを売らなければいけないのか」

「なぜ」という問いかけは非常に強力である。それは物事の根源へと向かう問いだからだ。「なぜならば……」と答えようとすれば、問題を深く掘り下げるしかない。仮説を立て、それが正しいか検証する。するとまた新たな「なぜ」が生じるので、仮説を立て確認を行う。そうやって問いの連鎖を生み出すことで、問題を様々な角度から見ることができるのだ。

この「異なる視点」が創造的な答えを見つけ出す。だから「なぜ〇〇は△△なのか」というタイトルは強い。

あらためて「なぜ少女はマッチを売らなければいけないのか」を考えてみよう。端的に言えば生活のためである。生きるためには金が必要であり、貧困で金が無いから少女は働いているのだ。しかし金は手段にすぎない。本当に彼女が求めているものは何か。それは「飢え」「寒さ」から逃れることである。

デンマークの冬は寒い。首都コペンハーゲンの1月の平均気温は0℃である*3。しかも日照時間が短く、マッチ売りの少女が死んだ大晦日は午後4時前に日没となる*4。そんな環境であるため、彼女は低体温症で死んだのだ*5

なぜ少女は低体温症になったのか。貧困に苦しむ少女の身体は、筋肉も体脂肪も少なく、熱を溜め込むことができない。防寒具も貧弱で、頭に被るものは無く、靴さえも途中で無くしてしまった。一日中歩き回ったことで、エネルギーは枯渇している。彼女のあらゆる境遇が低体温症へと向かわせた。

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Hans Tegner / Public domain, Link

このように考えると、路上でのマッチ販売というのは得策ではないように思える。仮にプレゼンスキルを駆使して完売したとしても、収益はわずかしかない。ずっと外にいるのだから寒いし疲れる。しかも帰ったところで家の中も寒く、暴力を振るう父までいるのだ。

なので「飢えと寒さから逃れるにはどうするか」という観点で少女が取るべき行動を考えるのだ。

少女の行くべき先

少女が行くべきは温かい室内である。そうすれば仮にマッチが売れなくても、寒さから逃れることはできる。さらに言えば食事があるといい。そうすれば飢えなくて済む。

以上を踏まえて考えると、彼女の身なりでも許されるレベルの食堂はどうだろうか。もちろん物乞いしに行くのではない。「お客様を楽しませるからここに置いて欲しい」と交渉するのだ。

今日は大晦日、特別なディナーを食べるためにお客がやってる*6。料理を待つお客は暇である。なにせスマホどころか携帯ゲームも存在しない時代だ。やることが無い。そんな暇している客のテーブルに少女はやってきて、こう言うのだ。

「マッチを5本取り除いて、正方形を3個にしてください」

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Attila Terbócs / CC BY-SA, Link

上手く行けば客からチップをもらえ、店を閉めた後に賄い料理を食べられるかもしれない。

終わりに

人は、いともたやすく固定観念に捕らわれる。これはこういうものだ、と。これは脳が省エネを求めるからである。あらゆることを毎回ゼロベースで考えていてはきりがない。古来、生き残れるのは反射的に行動できる者であった。蛇らしきものが視界に入ったなら、まずその場を離れるべきなのだ。

しかし、問題解決の場においては、この特性が仇となる。反射からは創造的な答えは生まれない。クリエイティブに成りたければ、まずは適切な問いを立てるところから始めるべきだ。そして物事をちょっと違った視点から眺めるのである。

脳トレ対戦ゲーム マッチ棒

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  • メディア: おもちゃ&ホビー

参考書籍

スタンフォード大学の工学部でスタンフォード・テクノロジー・ベンチャー・プログラムを行っているティナ・シーリングの本。スタンフォード大学でどのように起業家精神を育てているかを紹介している。これを読むと、自分もいろいろと挑戦したくなって良い。俺が『20歳のときに知っておきたかったこと』を読んだのは21歳の誕生日の前日だった。Twitterでこのタイトルを知って、すぐ買って読んだことを覚えている。


マッチ売りの少女

マッチ売りの少女

この記事における『マッチ売りの少女』は、本書を元に書いている。無料がいいならweb版を読むと良い。少女は誰も買ってくれなかったから亡くなったのだけど。

自己啓発な記事

*1:マッチ売りの少女が死んだのは1830年から1845年の間だと思われる。彼女はマッチを壁に擦り付けることで点火していた。これほど簡単に点火できることから、このマッチは1830年にフランスのソーリアが発明した「黄燐マッチ」であると考えられる。また、アンデルセンがこの童話を執筆したのは1845年である。内容的に近未来を舞台にしているとは思えないので、1830年から1845年の間ということになる。

*2:19世紀ヨーロッパのマイクロファイナンスというと、1849年にラインラントで設立された信用協同組合があるが、マッチ売りの少女が死んだのは1845年より前である。

*3:デンマーク基本情報|北欧観光ガイド|阪急交通社 https://www.hankyu-travel.com/guide/northern-eur/d-country.php

*4:デンマーク コペンハーゲン日の出日の入り時間

*5:低体温症になると熱を生み出すために血液が筋肉へと向かうため、脳の血流が不足する。だから彼女は正常な判断ができなくなったのだ。

*6:これで当時のデンマークは年末年始はどこも休業とか言われたら笑える。