オタクに優しいギャルに出会うにはどうしたらいいのか。
それは人間関係の投資家になることである。
黒い白鳥を見つけ方をここに記す。
オタクに優しいギャル
「オタクに優しいギャル」という概念がある。もちろんこの「オタク」とは、基本的に男性のオタクを指す。性別と趣味嗜好、自分と正反対に位置する存在なのに、偏見を持たず優しく接してくれるというギャップでオタクの心を掴んだのだ。
ヨッピーが黒ギャルとオタクの宅飲みをセッティングしたのは6年前のことである*1。だが2020年の現在でもオタクに優しいギャルは人気だ。いや、むしろ定着したと言っても良い。
最近はアニメでギャルっぽいキャラが出てくると「こいつ、オタクに優しいな」と言われがちだ。例えば今期のアニメだと『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の宮下愛がそれだろう。
確かに彼女はオタクっぽい後輩の天王寺と仲が良いが、アニメ内で男性オタクと接しているシーンは無い*2。にも関わらず、彼女を見たオタクはそろってこう思うのだ。彼女は (男性の) オタクにも優しいに違いない、と。ただそれが描写されていないだけなのだ。
一方でオタクにも優しいにギャルはフィクションであると主張する者もいる。アレは「巨乳エルフ」みたいなもので、実際には存在しないのだ、と。
この手の人達は大抵もっともらしいことを言う。物事をカテゴライズして考え、複雑な現実を単純化した型に当てはめる。それで自分は世界をよく分かっていると思い込んでいるのだ。きっと4象限マップとか持ち出して説明してくれるだろう。
彼らの言うことは一見すると説得力がある。それに経験が否定派の主張を裏付ける。オタクに優しいギャルと会ったことのある否定派はいない。そして肯定派も。少なくとも先のTogetterのような場でそのような発言を見たことは無い。
やはりオタクに優しいギャルは実在しないのだろうか。そう考えるのはまだ早い。存在する可能性があると示す証拠は無いが、存在する可能性は無いと示す証拠も無いのだから。しかし稀な存在であることに変わりはない。もし、あなたがオタクに優しいギャルの実在を望み、出会いたいと願うなら、まず本質を知らねばならない。彼女の本質はブラック・スワンであるということを。
ブラック・スワンが見つかる時
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」のフレーズ*3で有名な古代ローマの風刺詩人デキムス・ユニウス・ユウェナリスは、『風刺詩集Ⅵ』の中で「良い妻とは黒い白鳥のように稀な存在だ」と書いた*4。
ここからヨーロッパでは実在しない対象のことを《Black Swan / 黒い白鳥》と呼ぶようになり、無駄な努力のことを表す「黒い白鳥を探すようなものだ」という言い回しが生まれた。それからおよそ1500年後、現実の出来事によって「ブラック・スワン」の意味が変わってしまう。
1697年、オランダ人探検家ウィレム・ドゥ・ヴラミンは、オーストラリア西海岸を航海中に、川で黒い白鳥を見つけたのだ。存在しないことの象徴であるブラック・スワンは実在した。
現在ヨーロッパの文化圏において*5「全ての白鳥は白い」とは、経験に基づく誤った帰納の事例である。「これまで起きたことは無いから、これからも起こらないだろう」こう考えることは間違いであると、ブラック・スワンは教えてくれたのだ。なにせユウェナリスから数えて、1500年以上の間ありえないとされていた事がありえたのだから*6。
オタクに優しいギャルも同じだ。ユウェナリスは黒い白鳥がいないように、そんな女性はいないと言ったが、黒い白鳥は実在したのである。オタクに優しいギャルも見つかっていないだけかも知れない*7。賭けるなら存在する方に賭けるべきだ。
とはいえオタクに優しいギャルが実在したとしても、稀な存在であることに変わりはない。どうやったら見つけられるだろうか。
何を求めているのか
見つけるためには、まず対象を理解しなければいけない。オタクに優しいギャルはその名の通り、「オタクに優しい」と「ギャル」に分割できる。
先に「ギャル」の方を考える。狭義のギャルは絶滅したと言われているが*8、オタクのギャル判定はガバガバなので問題ない。派手なスタイルを好む若い*9女性ならギャルと呼べそうだ。冒頭で挙げた『虹ヶ咲』の宮下も、セシル*10ならギャルと認めないだろうが、ネットの反応を見る限りギャル判定されているのは明白である*11。恐竜が鳥類として生き残ったように、ギャルもまだ存在するのだ。
次は「オタクに優しい」だ。非オタクからすると「オタクに優しいって何をしてもらいたいんだよ」となるだろうが、そう難しく考えなくてよい。オタクはちょろいので、ちょっと親切にされるだけで「この人、優しいな」となるからだ。例えば落とした消しゴムを拾ってくれるとか、オタクがカラオケでアニソンを歌ったら「この曲知ってる。妹が好きなアニメのやつだ*12」と引かずにコメントしてくれる程度で十分である。
さらに言えば、「オタクに優しい」と言っても、あまねくオタクに優しくある必要は無い。結局のところ本当に求められているのは「オタク (である自分) に優しい」なのである。ならば話は簡単だ。人から親切に接してもらいたいならば、まずオタクである自分が人に対して親切に接することだ。Give & Takeである。
関係に投資する
人には返報性の原理がある。他者から施しを受けたのなら、何か「お返し」をしないといけない気持ちになるのだ。オタクである自分がギャルに親切に接すれば、お返しで親切に接してもらえる。オタクに優しいギャルは作れるのだ。
とはいえ話はそう簡単ではない。これまで人間関係や身なりに投資をしてこなかったオタクは、好感度がマイナスでスタートの恐れがあるからだ。求めているのがちょっとした親切でも、得るまでの道のりは遠い。マイナスを打ち消す程の親切を、どうやったら与えられるだろうか。それは投資家のように振る舞うことだ。
親切の与え方はコストパフォーマンス (親切を行う側の支払いに対して、受ける側が得る価値) によって3つに分けられる。労働者、専門家、そして投資家である。
労働者 | 専門家 | 投資家 | |
---|---|---|---|
行い | 代役、パシリ | 製作 | 助言、紹介 |
提供 | 労力 | 専門技術 | 情報 |
コストパフォーマンス | およそ1 | 数倍 | 桁が違う |
関数 | 線形 | 線形 | 非線形で凸 |
複製 | 不可能 | 不可能 | 可能 |
労働者の親切とは、相手の代わりに自分が働くことである。昼食のパンを買ってくるとか、会議で使う資料のコピーを取るとか、そういった行為だ。どちらがやっても出力は変わらないことを、相手のためにやってあげるのだ。
専門家の親切とは、相手より自分が得意な行為を提供することだ。SNSのアイコンに使うイラストを描くとか、手紙の代筆*13などが挙げられる。相手がやるより自分がやった方が上手くできるし、労力も少なくて済む。だが労力が必要なことには変わりない。
先の2つに対し、投資家の親切は全く別物だ。提供するのは情報である。ちょっとしたアドバイスや、知り合いに紹介するといったことだ。こういった親切は労力はほとんど必要ないが、効果は計り知れない。ビル・フェルナンデスは16歳の時、友達のスティーブ・ジョブズに「きっと気が合うだろう」とスティーブ・ウォズニアックを紹介した。このちょっとした親切は、その労力に対して生じた価値は何倍になったと言えるだろうか。
従って親切に振る舞うなら、なるべく投資家の親切を心掛けるべきだ。そうすればゼロみたいなコストで、相手に大きな価値を与えられる可能性がある。別に毎回大当たりする必要は無い。労働者や専門家の親切と違って自分の身を擦り減らさなくて済むのだから、気軽に何度もやればいいのだ。そのうち刺さる時が来る。きっと大きなリターンを得られるだろう*14。ギャルから優しくされることも夢ではない。
オタクに優しいギャルに出会いたい一心でここまで読んだオタクは、きっとこう思うだろう。「親切にしたくても、そもそも身の回りにギャルがいないのだが」と。ならば人に頼れ。ブラック・スワンに会いたいなら、アボリジニに頼むのが一番だ。
連鎖反応の力
2009年、米防衛高等研究計画局 (DARPA) はARPANet誕生40周年を祝し、DARPA Network Challengeを開催した。全米10箇所に全長2mの赤い気球を秘密裏に打ち上げ、その全ての位置を最初に特定したチームが勝ちというイベントである。優勝賞金は4万ドル。打ち上げ期間は最大1週間とした。しかし開始から9時間も経たないうちに全て特定したチームが現れた。
勝利したMITのチームがとった戦略は「ねずみ講」だった。
- 気球を1個見つけてMITのチームに報告した人物Aには2,000ドルが与えられる
- MITのサイトを通じて人物Aにイベントを教えた人物Bには半額の1,000ドルが与えられる
- 同様に人物Bにイベントを教えた人物Cにはさらに半額の500ドルが与えられる
- 以降も同様に続く
この戦略が優れている点は、MITのチームに協力した全ての人が気球を探す必要は無いということだ。家から一歩も出ること無く連鎖に加わり、気球探しに協力できる。多くの人は地元の友人にイベントを紹介したが、中には遠方に住む知り合いに紹介した人達もいた。その人達もまた新たな知り合いに紹介する。この紹介の連鎖反応により、ネットワークはまたたく間に広がり、気球は全て発見されたのである。
連鎖反応を使ってネットワークを構築できれば、このように全米各地に散らばった10個の気球さえもすぐに見つけ出すことができる。ましてや人間であるギャルを見つけ出し、関わりを持つことなど容易いと思わないだろうか。
こう言うと記憶力の弱い人は「いや、俺にはギャル一人に4,000ドルも懸賞金を出せないのだが」と言い出す。ちょっと前に読んだことを思い出してほしい。お前が差し出すのはお金でも労力でもない。情報である。それでも大規模で有用なネットワークは構築できる。
2011年に『フォーチュン』誌は大規模な調査を行い、アメリカで最も人脈づくりがうまい人物を選出した*15。SNS上でフォーチュンが選んだ非常に有力な640人と、一番多くコネクションを持つ人物を探したのである。LinkedInで誰よりも有力者たちとコネクションを持ったその人物こそ、パンダの異名を持つ男、アダム・リフキン (Adam Rifkin) である。
リフキンのLinkedInでの繋がりは、LinkedInのCEOジェフ・ウェイナーよりも広範囲で強力なものだった。いかにして彼はこのネットワークを構築したのか。
「僕のネットワークは少しずつ広がっていったものなんです。実際、毎日コツコツと『小さな親切』を積み重ねて、何年もかかりました」とリフキンは説明する。「自分とつながっている人たちの生活をちょっとでもよくしたいという思いからです」
アダム・グラント. GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1030-1033). Kindle 版.
リフキンはシャイで引きこもりがちなオタクではあったが、昔から誰かのために何かしてあげようとするタイプだった。
リフキンがある駆け出しロックバンドのファンサイトを運営していた時のことである。「本物のパンクロックとは何たるかを教えてやる」という内容のメールが来た。「パンクロック」でリフキンのサイトがトップになるのが気に入らないらしい。気のいいリフキンはサイトに、メールに載っていたお勧めパンク・バンドのページを作った。
このクソリプみたいなメールの差出人はエキサイトの設立者の一人、グレアム・スペンサーである。数年後リフキンがシリコンバレーに来た際、スペンサーはお礼としてベンチャーキャピタリストを紹介してくれた。なお、リフキンが運営していたファンサイトのバンドはグリーンデイである*16。
ある程度の立場を得た後も、リフキンは親切に振る舞うことをやめなかった。2005年にはジョイス・パークと組んで、ビジネスに特化した交流ネットワーク「106 miles」を立ち上げた。
106 milesの会合では、多くの起業家たちがアドバイスを求めてリフキンに殺到する。初対面の相手に対してリフキンは、20分程度かけて相手の話をじっくり聞く。そして仕事を見つけてやったり、各社の共同創設者に紹介してやったり、アドバイスをするのだ。多くの人々に求められるリフキンの行う親切は、正に投資家の親切そのものである。こうして親切を与えるたびに新しい繋がりを生み出し、ネットワークは成長するのである*17。
イエスは「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになる」と言った*18。この教えは投資の教えだ。持っているだけではダメで、投資してこそ豊かになるのである*19。
ネットワークも同じだ。投資し、連鎖反応が起きることで広がっていく。ここで使う通貨は情報である。もう一度、自分が何を求めていたのか思い出すといい。そう、ギャルの情報である。有用な情報を人に与えることで、自分も人から情報を受け取るのだ。そうすればいつかはギャルにたどり着ける。
そしてギャルにたどり着いたら、親切にしてあげよう。そうすれば相手だってこちらを仲間だと認識してくれるだろう。隣人とは同じ属性を持つ人のことではなく、親切にしてくれる人のことなのだから。
終わりに
オタクに優しいギャルのことについて語ると、まるで夢物語について話しているように見られる。だが、マーシャル・D・ティーチも言っているように、人の夢は終わらない。かつてヨーロッパで「ブラック・スワンは実在する」と言った者は笑われただろうが、今は違う。ブラック・スワンは確かに実在するのだ。
とはいえ簡単な話ではない。ブラック・スワンは稀な存在であるため、見つかるまでは実在する確証を得られないためだ。だからこそ大切なのは『ギャルに向かおうとする意志』だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回はギャルが逃げたとしても、 いつかはたどり着く。
参考書籍
この記事を書くのに使った本。オタクに優しいギャルに会いたいなら読もう。
『ブラック・スワン』
「ブラック・スワン」という言葉は本記事で書いた通り『風刺詩集Ⅵ』からだが、「ブラック・スワン理論」は本書から生まれた言葉だ。金融危機や自然災害など、「起こるわけがない」と思われていたことほど、非常に強い衝撃を与えてしまう。本書における「ブラック・スワン」とはそういった現象を指す。なぜ人々はブラック・スワンを理解できないのか、どうしたらブラック・スワンを利用できるのかについて書かれている。
ジャンルを指定しなければブラック・スワンはそれなりの頻度で起きるので、いつ読んでも予言の書のように思えてしまう。
『GIVE & TAKE』
人は大きく3つに分けられる。人に与えることに優先するギバー、人から受け取ることを優先するテイカー、そして受け取りと与えのバランスを重視するマッチャーである。この本では、これからの時代はギバーが成功すると主張する。ただしテイカーの食い物にされなければだが。
親切の話は本書から。インターネットの発達によって、人々の評判は瞬時に共有され、経歴として残るようになった。ギバーは他人からの評判が良いため、ポジティブな評価が積み重なり、ネットワークは広がっていく。そのため多くの仲間を獲得し、成功する。
『LOONSHOTS』
DARPA Network Challengeの話は本書で知った。ルーンショット (革新的で高難易度なイノベーション) を生み出せる組織はどのようなものか、相転移の観点から解き明かす本。目的こそビジネスにおける組織論であるが、その背後にある原理が通じる領域は幅広い。ある閾値を越えたら振る舞いが別物になるというのは、人間の集団にも当てはまるのだ。
主張や方針については、上で紹介した『ブラック・スワン』のナシーブ・ニコラス・タレブが言うところのバーベル戦略に通じるものがある。なのでセットで読むといい感じ。
人間関係の記事
*1:黒ギャルとオタクが宅飲みしたら意外と相性が良かったことが判明 | CHINTAI情報局
*2:5話時点。
*3:本来の意味は「(もし神に祈るなら) 健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」である。現代での使われ方は、近代に軍国主義を進めることを目的に変質させられた解釈である。
*4:こんなことを現代で書いたら炎上してもおかしくないが、彼が活動したのは『テルマエ・ロマエ』のちょっと前である。
*5:コクチョウの生息地であるオーストラリア、すなわちアボリジニの文化圏においては違った意味を持つ。人がコクチョウになってしまう伝承がある程度には、身近な存在だからだ。
*6:もちろんこれはヨーロッパ人視点の話である。アボリジニからしてみれば、黒い白鳥がいることは当たり前のことだ。
*7:ただし巨乳エルフは実在しない。エルフは定義からして架空の種族なので。
*8:「ギャルは絶滅」渋谷109のセシルが下した決断 一世を風靡したギャルブランドは今 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
*9:基本的には10代後半だが、ここでは深く追求しない。
*10:ギャルブランドの一つ。
*11:【4話まとめ】ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 「あゆぴょん」「オタクに優しいギャル」「ソロアイドル」 | アニメレーダー
*12:オタクに優しいギャルは面倒見が良く、弟や妹のいる確率が高いとされる。
*13:劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン見てきた。涙腺を集中的に狙う作りでずるいよね。
*14:Appleに入社したフェルナンデスに自社株購入権を与えられていたら、この例はもっときれいに締められていたのだが。もっとも、「二人を引き合わせた」という行動に対しては十分大きなリターンを得たと言えるし、ウォズニアックから株を分けてもらえたのだから良しとしよう。
*15:Fortune’s best networker | Fortune
*16:リフキンのファンサイトはあまりにも人気となったため、後にグリーンデイの公式サイトとなった。
*17:ただし、現在のリフキンは親切であろうとはしているが、ネットワークを広げることに力を注いではいない。一度関係を構築したが、最近疎遠になった人と連絡することに時間を使っているという。
*18:マタイによる福音書25:29口語訳
*19:与えられたお金で商売をした者は倍に増やすことができたが、地中に埋めていた愚か者は全く増やすことができなかったという話なので。愚か者は「せめて銀行に預けておけ」と怒られる。タンス預金する人はきっと聖書を読んだことが無いのだろう。