気がついたら8月中旬になっていた。
今更ながら今年の上半期に読んだ中からおすすめの5冊を紹介する。
【目次】
2021年上半期に読んだ本
今年も今週のお題で「2021年上半期」があるかなと思っていたら、もうこんな時期。
まあ、お題があっても書けなかっただろう。今に至るまで書いていなかったのは、仕事が忙しくブクログへの登録が溜まりに溜まっていたためである。お盆休みにどこへも行かず、ひたすら読み終えた本を登録し続け、ようやく準備が整った。ということで2021年上半期に読み終えた中から良かった本を5冊紹介する。
2021年上半期に読み終えた本は55冊。去年は上半期が41冊で下半期が50冊なので、冊数だけで見るならばペースは上がっている。ページ数までは確認するつもりはないが、特に薄い本ばかり読んだ印象は無いので、単純にたくさん読めたと思っておこう。
冊数への言及はこれぐらいにしておき、紹介に移る。
『生命の歴史は繰り返すのか? 進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む』
進化の謎を実験で解き明かそうとする人たちの話。この手の本の良さは主張や結論よりも、様々な研究者たちの創意工夫を知れる点にある。
例えばグッピーの体色パターンを調べた研究がある。これでは自然観察から捕食者の分布と体色パターンに相関関係があることが分かった。グッピーは捕食者が多い場所ほど地味になる。しかし因果関係があるかは分からない。そこでプリンストン大学のジョン・エンドラーは、18m×7.6mの温室を大改造し、淵と滝が連なる人工渓流を作成した。こうして生息環境を再現して実験を行い、捕食者の有無で配色パターンが変わると、因果関係を示したのだ*1。
さらにエンドラーは温室というコントロールされた環境だけで満足せず、自然環境での実験も行っている。捕食者の多い淵で捕まえた地味なグッピーを、捕食者のいない淵に流したのだ。そして2年後に確認すると、温室での実験結果と同じく、配色パターンは派手になっていた。人工環境と自然環境の両方で実験したことで、仮説の正しさを示したのだ。
なお、エンドラーはこの研究のために、南米のトリニダード島に何度も訪れている。彼は手つかずの森林の中を流れる川に自分の足で向かい、生息している魚類やグッピーの形態を記録していった。5年間で53の渓流の113地点を訪れたという。
他の研究もグッピーに負けず劣らず頑張っている。シカネズミの保護色の実験では、野外で実験するために1.5m×3mの鉄板を大量に用意して、2週間かけて巨大な実験区画を作っている。この時、宗教的に保守の地元住民たちの協力を仰ぐ説明には「進化」という単語は使わないようにしたという。研究者はこういうところにも気を使わなくてはいけない。
テクノロジーの発達によって進化の研究は飛躍した。昔は外見でしか違いを判別できなかったが、近年は遺伝子解析技術が発達したことで、具体的にどの遺伝子が変化したかまで突き止められる。しかし、泥臭い作業が無くなったわけではない。優れた研究成果の背後には、研究者の創造性と努力が存在する。本書を読むとそう実感する。
『「運命」と「選択」の科学 脳はどこまで自由意志を許しているのか?』
最初に断っておくと、本書は出版社からもらったもの。ちゃんと俺好みの本を選択するのも凄いけど、それ以上にGoogle フォームから問い合わせて反応が無かったらTwitterのDMでも問い合わせたのが偉い。おかげでGoogle フォームのメール通知設定をミスっていたことに気がついた*2。検証するのは大事。
本書もまた遺伝子に関係する本だが、こちらが対象とするのは人間。遺伝的な運命に対し人はどこまで立ち向かえるのかを、最新の研究を元に探っていく。神経科学者である著者が、様々な専門家にインタビューする形で書かれている。
既に知っていることではあったが、やはり個人の努力には限界があると改めて思う。例えば体重に関しては70%が遺伝子による影響だと見積もられている。しかも残りの環境要因の中には、妊娠中・授乳中の母親の食事や、離乳時の食事も含まれる。これは環境要因であるとはいえ、本人のコントロール外であり、実質運命である。それでもなお、他人に対して「お前が肥満なのは努力が足りないからだ」と言えるだろうか。
自分ではコントロールできない「運命」が影響するのは、体型だけに留まらない。性格特性も幼少期までにおおよそ決まるため、物心がついてから自分で変えるのは難しい。また、強い信念を持つ保守派とリベラル派の脳スキャン画像を分析した研究によると、相対的に保守派は扁桃体の活動が強く、リベラル派は島皮質の活動が強いという*3*4。また別の研究では、保守・リベラル関係なく、自分の信念と反する証拠を見せられると、情動的な反応を示し、なんとかして信念を保とうとする働きが脳内で起きる。立場に関わらず、論理で信念を変えるのは困難なのだ。
こうした「思っている以上に運命の影響は大きい」というような話は他の本でも読んだことがあるが、本書の良いところは、「運命の先」についても書いているところである。科学技術の発達により、人は自分の遺伝子を調べられるようになった。では「悪い未来」であっても人は知りたいと思うのだろうか。
「覚悟」は「絶望」を吹き飛ばすと考えるタイプなら知りたいと思うだろう。しかし、本書で紹介される人々は簡単に割り切れず、知ることを後回しにしたり、あえて「知らない」選択をする。知らなければ問題ない可能性が残るが、知ってしまえば後戻りはできないからだ。知ることを先延ばしにした人の中には、神経科学者である著者自身も含まれる。もし「ハズレ」を引いたとしても対策を取れるのだから、合理的に考えれば「知る」一択である。だが知るための一歩を踏み出すことができない。
未来を知る手段が手に入ったとしても、未来を知るのは難しい。この話はなかなか示唆に富んで興味深かった。未来は自分の意志で知るのではなく、強制的に知らされる方がいいのかもしれない。
最後に本書の副題である「脳はどこまで自由意志を許しているのか?」について書いておこう。本書に登場する研究者は、自由意志を信じないと言っている。ただし自由意志が無いと考えると気が滅入るので、自由意志を信じることに大きな意味はある、と。著者も自由意志への信頼とは錯覚かもしれないが、社会と人生を円滑に動かすには必要なのだろうと締めている。実に正直でよろしい。
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
自分の間違いと向き合うことは神経科学的に困難である。だが失敗と向き合わなくては前進できない。そこで本書の出番だ。
人が失敗するメカニズムと、失敗を活かす組織のあり方について書いた本。どのような分野にせよ、検証とフィードバックの仕組みこそが進歩する上で重要だと分かる。逆に言えば検証されていないものは疑いの目を向けた方がいい。
本書はまず、医療業界と航空業界を比較するところから始める。医療業界は失敗を認めず、認めた場合は個人に責任が負わされる。そのため失敗は共有されず、同じ失敗があちこちの現場で繰り返し生じる。対して航空業界は、失敗の原因を仕組みに向ける。個人の判断ミスが直接の原因だったとしても、その背後には構造的要因があると考え、対策を講じ、水平展開される。だから航空業界は年々安全になっていく。失敗の原因は個人か仕組みか。その違いが、停滞する組織と進歩する組織の違いを生むのだ。
しかしこの手の事例集を読んでいると、仕組みもそうだがマインドセットもかなり重要だと感じる。「試行錯誤は重要か」と訊かれたら、多くの人は「重要だ」と答えるだろう。そして次に「成功するにはどうしたらいいか」と訊いたら、きっと学習に関する回答をするに違いない。常にこのマインドセットを持っていれば、失敗は非難したり隠したりするものではなく、検証するものとなるはずだ。
邦題は失敗を中心に据えているが、主張の本質は検証とフィードバックであるだろう。正しい答えを見つけるためには、検証とフィードバックを繰り返すしかないのだ。そして失敗は検証の結果にすぎない。しかし失敗を検証結果と捉えるには、フィードバックがあってこそだ。いかに検証とフィードバックがスムーズに行われる仕組みを構築するか。そこで次の本を読むべきだ。
『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』
心理的安全性の提唱者が書いた本。心理的安全性の重要性はGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」で有名になり、チームワークに関する様々なビジネス書などで紹介されている。しかしこれまでは又聞きのような形であったのに対し、ついに研究者本人による著書が出たというわけだ*5。
なぜ心理的安全性が重要なのかは、先に書いたとおり検証とフィードバックをスムーズに行うためである。正しい選択をするには、間違いに早く気がつく必要がある。しかし、心理的安全性が確保されていない組織では、上が間違いに気がつくのは遅れる。なぜなら人は口を閉ざすためだ。
問題を指摘して怒られるような環境では、余計なことを言わないのが合理的である。意見を言うと、組織にとって有益であるため、長期的に見れば得かもしれない。だがこれは不確実であるし、先のことだ。対して黙っていれば今この場で怒られないという確実なメリットがある。だから多くの人は余計なことを言わず口を閉ざす。そして問題の影響は時間とともに大きくなる。
本書で面白いのは「文化的に日本で心理的安全性をつくることはできないのでは」という疑問に対して答えていることである。実際、権力格差が大きい国は他国と比較して心理的安全性が低いらしい。しかし著者は「トヨタ生産方式を生み出せたのだから、やろうと思えばできる」と回答している*6。さらに「そのような文化圏で心理的安全性をつくることに成功したら、競争優位の源になるのでむしろチャンス」とまで。ここまで言われたら心理的安全性のつくることを目指さないわけにはいかない。
研究者本人が書いているだけあって、変な誤解が生じる余地が少ないのが良い。人々は「心理的安全性」という単語から勝手なイメージを作りがちだが、本来の意味は「率直に意見を言い合える組織風土」である。「心地よさ」や「感じ良さ」とは関係ない。そうやって明確に定義した上で、どのように調査したのか、どのように機能するのかを述べていく。これから心理的安全性について語るなら、必読の書と言えるだろう*7。
『三体Ⅱ 黒暗森林』
一つくらいはフィクションをということで、世界的大ヒット中華SFの第二部。第一部が「悪くはないが、すぐに続きが読みたいとも思わない」という感じだったので、第三部が出るまで放置していた。Kindle版ならそのうちセールになるだろうし、と。予想通り第三部が発売され、第二部がセールになったので買って読む。
第三部まで読んだ上での感想として、第二部が一番おもしろかった。今回は先が気になって一気に読み、セールを待たずして第三部も買って読む始末。これだけ面白いと分かっていたらもっと早く買っていたのだが、待ったおかげですぐに第三部を読めたので良しとしよう*8。
俺が第二部を好むのは、地球人類と三体文明の戦いの決着をつけたところにある。あれだけ無茶苦茶な戦力差・技術格差があると、どう頑張っても地球人類に勝ち目が無いように思える。そこを上手いこと説得力のある形でケリをつけるのだから偉い。何か手品を見せられたような気分にさせられる。おそらく三体人も俺と同じような感想を持ったことだろう。
しかし本作を読み終えると、一度ぐらいは言える機会はないかと考えてしまう。「わたしはあなたの
終わりに
前回 (2020年下半期まとめ) で、入浴中に読書をするようになったら読書量が増えた、と書いた。これは続いており、夏になって暑くなってからも湯船に浸かりながら読むことが多い。ただ注意すべきこととして、『三体』のように先が気になる本を読んでいると、風呂からあがるタイミングを見失う。風呂で読むのは、長時間読み続けられない本の方がいいかもしれない。
ところで最近こんな増田を見た。
曰く、ポピュラーサイエンス系の書籍はトンデモ本もあるので、読む前にはGoogle Scholarなどを使って専門家による書評を確認しろとのこと。しかも素人の書評に対するブコメに対しても、エビデンスを求める徹底さである。
正直に言えば、このような指摘は耳が痛い。俺も以前に本の紹介で失敗したことがあったので*9。加えて俺は、今回紹介したどの本の分野においても素人である。本の内容が正しいか見極める知識は無いし、本記事で書いた内容も的外れかもしれない。
そこで今回紹介したノンフィクションの4冊については*10、原題を記すと共に「書名 著者名」でGoogle Scholarしたリンクを貼っておいた。
- 生命の歴史は繰り返すのか? 進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む
- Improbable Destinies: Fate, Chance, and the Future of Evolution
- Improbable Destinies: Fate, Chance, and the Future... - Google Scholar
- 「運命」と「選択」の科学 脳はどこまで自由意志を許しているのか?
- The Science of Fate: Why Your Future is More Predictable Than You Think
- The Science of Fate: Why Your Future is More Predictable... - Google Scholar
- 失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織
- Black Box Thinking: The Surprising Truth about Success
- Black Box Thinking: The Surprising Truth about Success... - Google Scholar
- 恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす
- The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth
- The Fearless Organization: Creating Psychological... - Google Scholar
俺の紹介文におかしいところがあったら自分で調べ、ブコメなどで指摘してドヤろう。指摘に成功した人はスターが手に入り、俺は失敗から学習できる。ブコメは反論を受けにくいのだから*11、率直に意見を書き込めば良い。
そういうのが面倒な人は「どれも面白そうですね、参考になります」とでも書いておくのが無難だろう。
2020年下半期に読んで面白かった本
*1:捕食者がいない場合、グッピーのオスの体色パターンは派手になる。これはメスのグッピーが派手なオスを好むためだ。
*2:このミスのせいでブログ関係の問い合わせを2年以上も放置していた。中には良さげな案件もあったのだがガン無視。仕方ないね。
*3:別の研究によれば、この党派性によって脳の活動が異なるというのは非常に弱い証拠しかないため、話半分に聞いておいたほうが良いだろう。Sci-Hub | Physiology predicts ideology. Or does it? The current state of political psychophysiology research.
*4:当たり前のことではあるが、脳の特性だけで党派性が決まるというものではない。また、この研究は党派の優劣について決めるものでもない。
*5:チームが機能することについての著書は既にあったが
*6:トヨタと言えば、異常時に作業者がためらいなくラインを停止できるように、停止させた作業者にかける第一声は「ありがとう」らしい。まず異常を知らせてくれたことに礼を言う制度によって、誰でも心理的安全性をつくる振る舞いをさせるというわけだ。
*7:論文を既に読んでいるのであれば別にいいだろうけど。
*8:続きが気になるまま待たなくていいというものあるが、新刊を読むために既刊を読み直す必要がないのが良い。今回、第二部を読むにあたって第一部を最初から読み直した。これが第三部を読むために第一部と第二部を読み直そうと考えたら、面倒で第三部を読むのをやめていたかもしれない。
*10:小説である『三体』は別にいいだろう。なかには暗黒森林理論に正しさを求める人もいるかもしれないが、それは自分で調べよう。
*11:反論されないとは言っていない。