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2022年下半期に読んで面白かった本5選

2022年が終わった。
だから読んで面白かった本を紹介する。

【目次】

2022年下半期に読んだ本

去年は4月まで引っ張ることになったが、今年はさっさと書いてしまおう。俺は反省して対策を講じる人間なので。

2022年下半期に読み終えた本は52冊。上半期も52冊だったので、安定したペースで読めたと言える。年間で104冊は目標通りだ。

2022年の読了数

この52冊の中から特に良かった5冊を紹介しよう。

『防災アプリ 特務機関NERV』

あの地震速報で有名な特務機関NERVの本である。本書は創業者である石森氏が、どのようにしてゲヒルン株式会社*1を設立し、現在に至るまでに成長したかを追ったものだ。

元々は大学生のお遊びアカウントであると聞いていたが、NERVを始める前からただの大学生ではなかった。石森氏は、小学生の頃から自宅のPCを使ってレンタルサーバーサービスを行っている。高校生になると「セキュリティキャンプ2007」に参加し、翌年にはその技術を見込まれて、セキュリティキャンプのチューターとして参加するようになる。さらに、セキュリティキャンプの講師から情報発信を勧められ、CNET Japanのオフィシャルブロガーまでやっていた*2

そんな彼は東日本大震災をきっかけに、人生の方針を大きく変えることになる。防災情報の発信をライフワークにすることを決めたのだ。最初は実家がある石巻の情報をブログにまとめることから始める。次に電力危機が生じて「ヤシマ作戦」が盛り上がった時は、休眠状態だった特務機関NERVアカウントを使って節電を呼びかけた。

それから石森氏は、これらの経験をもとにゲヒルンを設立し、現在に至るまで防災情報を発信し続けている。高い技術力も重要だが、それ以上に防災情報発信にかけるモチベーションの高さこそが、特務機関NERVを成り立たせることがよく分かった。やはり何かを成し遂げる人というのは、ある種の狂気を持っているものなのかもしれない。

俺にはそんなモチベーションは無いので、せいぜいNERVのアプリを勧めておこう。立ち上がりがクソ速い天気アプリとして優秀。

『mRNAワクチンの衝撃 コロナ制圧と医療の未来』

本書は、新型コロナウイルス感染症に対する最新のmRNAワクチンをめぐる衝撃的な展開を追った本である。ワクチンの開発プロセスを徹底的に追い、その内実を明らかにする。

mRNAワクチンの技術が一般向けに詳しく書かれており、ワクチン知識が無くてもその凄さが分かる。だが俺はmRNAワクチンそのものよりも、無茶苦茶な日程に衝撃を受けた。

ワクチンの生産は、動物での有害性テスト、人間での臨床試験、および大規模生産の複数のステージを含む。ゆえに開発から摂取までには時間がかかる。全ワクチン開発プロジェクトの約60%は失敗していると言われ、開発から承認まで数年かかることも珍しくない。今回の新型コロナワクチンもWHOは治験完了まで18ヶ月はかかると考えていた。

にもかかわらず、ビオンテック社はCEOがコロナウィルスの存在を認識してから摂取開始まで1年も掛けずに成し遂げた。この納期短縮はmRNAワクチンの特徴によることも大きい。だがそれ以上に重要なのはCEOの意志である。

1月の時点で「9月より前に治験を開始することは不可能」と述べた担当者たちに対し、彼はなぜプロセスの各工程を加速できないのか、理由を説明してほしいと頼み、「もし物理法則の下では不可能だと説明できるのなら、私も受け入れよう」と返した。そしてありとあらゆる手を尽くし、4月には治験を開始したのである。

彼が納期短縮を実現したおかげで多くの人命が救われた。この納期短縮にかける手腕は見習いたい。そう思うと同時に、担当者になりたくない。そう思わせられる話であった。

『「修養」の日本近代 自分磨きの150年をたどる』

メタ自己啓発本で紹介した本。

上の記事では修養 (自己啓発) と宗教の関係について述べた。別のネタを紹介するのなら、やはり修養と教養の対立の話だろう。

自己啓発本やビジネス書の話が出ると、必ずと言っていいほど教養主義の人間が現れる。そんなクソみたいな本を読むくらいなら古典を読め、と。その風潮は100年前も同じだった。日本を率いるエリートたちは、一般大衆向けの通俗雑誌に書かれた修養論や処世術をバカにしていたのである。

そんなエリートの中にも、一般大衆に向けて修養論を書き続けた人物がいた。新渡戸稲造である。

Eclipse2009, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

新渡戸稲造は第一高等学校の校長にして東京帝国大学の教員という、正真正銘のエリートであり、エリートを育てる立場の人間である。彼は教え子たちに人格向上の大切さを説き、東西の古典を読むように勧めていた。大正時代の教養主義は、彼の影響を受けた人たちによって作られたと言える。

だが彼はエリートたちに教養主義を植え付けただけではない。彼は修養と処世をテーマにした文章を、通俗雑誌『実業之日本』に寄稿し続けたのである。彼は体調を崩すほどに多忙であったのに関わらず、編集顧問を引き受けるほど熱心に取り組んだ。

もちろん新渡戸のことを批判する同僚もいた。そんな一般大衆に構っていないで、本業であるエリート育成に集中するべきである、と。そんな周囲からの批判に対して彼は、読者から受け取った手紙を取り出し反論する。

自分のつまらない経験が、大勢の人の修養に資することに気づいた。自分の仕事が社会に何らかの貢献をしていることを思うと、今更やめるわけにはいかない。
大澤 絢子. 「修養」の日本近代 自分磨きの150年をたどる (NHKブックス) (Japanese Edition) (p.108). Kindle 版.

読者からの反応を知った新渡戸は、「日本の現状に鑑み、最も大切なことは大衆教育だ」と確信する。そして「どんな犠牲でも払う覚悟」でやっていると断言したのだった。

あの新渡戸稲造が修養や処世による大衆教育の重要性を説き、ここまで労力を費やしたのだ。俺も自信をもって自己啓発本を勧めよう。そう考えることにした。

『ヒトの目、驚異の進化 視覚革命が文明を生んだ』

本書は人間の視覚について、新しい視点を与えてくれる。人間の視覚にまつわる過去の定説を覆し、新しく挑戦的な4つの仮説を提示するのだ。いや、ここは本書に倣って「4つの能力」と言うべきか。人間の視覚は以下の能力を持っている。

  1. テレパシー
  2. 透視
  3. 未来予見
  4. 霊読(スピリット・リーディング)

普通のホモ・サピエンスにそんなことはできないだろと突っ込みたくなるが、読めば「そう言えるな」と納得してしまう。もちろんマンガの能力者のように、相手の考えを映像を見るがごとく読み取ったり、壁の向こう側を透視できたりなんてことは無理だ。それでも「能力」と呼びたくなるほどに、我々の視覚は上手くできている。

4つの中でも、俺は特に「透視」が印象に残った。これは両眼視の話である。ヒトはなぜ両目が正面に付いているのだろうか。

従来の仮説では、両眼視は「距離を正確に測る」ためにあるという。肉食獣は獲物との距離を、霊長類はそれ以外に飛び移る枝との距離を正確に把握するために両目を正面につけたのだ、と。俺は学校でそう習った。

両眼視することで立体視が可能となるのは事実だが、そのために広い視野を捨てる価値はあるのだろうか。著者はそこに疑問を投げかける。例えば一人称視点のゲームは実質的に単眼視となるが、それでも彼我との距離は分かる。視野内での大きさや運動視差により、検討がつくためだ。

そこで著者が代わりに挙げるのが透視である。人は片目が障害物で遮られていても、もう片方の目で見えていれば死角が無いように認知する。自分の鼻で死角が生じないのはこのためだ。これが草むら森の中では役に立つ。片方の目で見えていれば、障害物の向こう側を見ることができる。

マーク・チャンギージー. ヒトの目、驚異の進化 視覚革命が文明を生んだ (Kindle の位置No.1518). Kindle 版.

「透視」するためには、両目の間隔が障害物の幅よりも広い必要がある。そこで著者は319種の哺乳類について、体重 (≒身体サイズ) と生息環境の関係を調べた。その結果、葉が生い茂った環境に生息する種では、身体サイズが大きい種であるほど両眼視することが判明した。これは著者の仮説を裏付ける結果だ。

著者の唱える透視説が正しいかどうか俺には分からない。説明を聞いたらもっともらしいが、おそらく反対意見もあるだろう。本書の原著が発行されたのは2009年。もしかしたら既に否定されているかもしれない*3

だが正直なところ、本書で提唱される仮説が正しいかどうかは俺にとってあまり重要ではない。本書が良いと思ったのは、新たな視点を提供してくれたからである。俺は両眼視を立体視のためだと思い込んでいた。ところがまだ他にも仮説を提唱できる余地が残っていたわけである。

物事を多面的な視点から捉える重要性、そのことを俺は本書から学んだ。

『Anthro Vision 人類学的思考で視るビジネスと世界』

本書は人類学的手法がビジネスやその他の分野で有用であることを主張した本だ。つまり世間の思い込みをひっくり返す本であると言えよう。

世間では「役に立つ学問」と「役に立たない学問」があるとされる。ここで言う「役に立つ」とは狭い意味で、「金になる」と言い換えても良い。真の意味で価値があるかどうかという話ではなく、ビジネスに直結するかどうかという話だ。基本的には理系が使え、文系が使えないというような。

例えばこの記事では学問領域を就活のしやすさで5段階に分けている。これでも理系が上で文系が下だ。では文系の中でも人類学が含まれる人文科学はどうなのか。

第5列が、人文科学系が中心で、これは「一般教養」の世界で、最も実学から遠く、企業で直接役立つことはない。

企業で直接役立つことはない (断言)

もちろん学問の価値はビジネスで使えるかどうかで決まらない。だがビジネスで役立つに越したことはないのも、また事実。では人類学はその点でダメなのか。そんなことはない。人類学はビジネスでも役に立つのである。

人は所属する文化によって、価値観思考様式が異なる。それは民族間だけでなく、企業の中でも生じうる。会議を「決定したことを確認する場」と考える部族もあれば、「合意形成する場」だと考える部族もある。そして相手の価値観が分からなければ、説得するどころかコミュニケーションをとることさえ難しい

そこで人類学者の出番だ。本書ではゼネラル・モーターズインテルなど、様々なビジネスの現場に入り込んだ人類学者の話が紹介される。工場作業員たちの中に入って能率が上がらない理由を暴き出し、一般家庭を観察して顧客が本当に必要だったものを導き出す。バリューチェーンのあらゆる段階で、エスノグラフィーを始めとする人類学の手法が役立つのだ。

本書を読むと、昔ながらの「三現主義」は大事だと思わされるし、それには人類学の手法が有効だと分かる。俺もそうだが、最近はビッグデータを始め、数値や統計を重視することが多い。これはこれで重要ではあるのだが、データで分かるのは相関であって因果ではない。因果を知りたければこのような「中に入り込む手法」が有効なこともあるのだ。

本書を読むと、人文科学は企業で直接役に立つことが無いのではなく、企業が人文科学を使いこなせていないだけではないかと思う。一つの目的を完璧に遂行できるようにつくられたシステムは、他の目的にも転用は可能なのだから。

終わりに

今回は全てノンフィクションが選ばれた。元々俺はノンフィクションを多く読むので、確率的にノンフィクションが選ばれやすい。とはいえ全部となると、少々バランスが悪いように思える。2023年はもう少しフィクションを読むようにしようかと思う。

上半期に引き続き、下半期も終わってすぐにまとめ記事を作成することができた。これはやはりマガジンで読書感想文を書いているおかげだ。

なるべく面白かった本はマガジンで取り上げるようにしているので、他にもお勧めの本を知りたい人はnoteもフォローすると良い。金を払ってマガジンを購読しなくても、どの本を取り上げたかは分かるようにしているので。もちろん購読してくれる方が嬉しいが。そうすればもっと気軽に新しい本を購入できる。

2022年上半期に読んで面白かった本

*1:ゲヒルン株式会社

*2:石森 大貴さんのプロフィール - CNET Japan

*3:ちょっと検索した感じでは分からなかったので、知っている人がいたら教えて欲しい。