人はエゴや感情によって判断を誤る。
他人のことならば冷静に判断しやすい。
徳に従うならば物事を他人事として捉えよ。
2023年にやりたいこと
今年は何をやるか。真っ先に挙げることは「歯医者に行く」である。
別に何か問題があるのではない。歯科健診を受けようというのだ。そのうち行こうと思いつつ、ずっと後回しにしてきた。それで気がついたら10年以上も歯医者に行っていなかった。
行こうと思ったきっかけは、先月に「定期的な歯科検診を受けるべき」という記事を偶然読んだからである*1。歯に限った話ではないが、問題は早期発見して対処したほうが軽く済む。予防できればもっと良い。そして歯の状態はQOLに直結するので、きちんと管理したほうが幸福度は増すのだ、と。
そこで俺は考えた。歯科検診に行かない理由はあるか、と。睡眠*2や体重管理*3 などと健康に関する記事を書いておいて、歯に関しては注意を払わないのはおかしい。もしこれが自分のことではなく、他人の話ならばどうだろう。あれだけ健康に気を使っていると書いているのに、歯科検診には行かないという。そんな主張を読んだら「こいつバカか? 行くべきだろ」とブコメするはずだ。
俺は言行一致を心がけている人間である。なので2023年から歯科検診を受けることにした。もちろん既に予約は完了している*4。
とはいえ歯医者に行くことは、俺が2023年にやりたいことの結果の一つでしかない。真にやりたいことのは、自分事を他人事のように捉える思考法を身につけることである。
他人事のように捉える
他人事のように捉えるとはどういうことか。それは自分自身が抱える問題やトラブルを、自分の問題ではなく、他人から見た問題として捉えることを指す。これにより、自分のエゴや感情的な反応を抑制しやすくなり、冷静に対処することができる。
この思考法で成功した有名な例は「インテルが半導体メモリ事業から撤退した話」だ。
1980年代前半、インテルは苦境に陥っていた。ずっと事業の中核を成していた半導体メモリ事業が、日本メーカーの攻勢により赤字となっていたのだ。客観的に考えたら撤退すべきである。しかしインテルの首脳陣はなかなか決断できなかった。表向きの理由は二つ。メモリ事業が技術開発の推進力であることと、完全な製品ラインを揃える方針であることだ。だが何よりも、主力事業で敗けたことを認めることのできないプライドが邪魔していた。
ある日のこと、共同創業者のアンディ・グローブはゴードン・ムーアと「他人ならどうするか」と話し合い、インテルの方針を決めた。
『僕らがクビになり取締役会が新しいCEOを連れて来たら、そいつは何をするだろう?』。ゴードンは即座に答えた。『メモリ事業から撤退するだろうな』。私は信じられない面もちで彼を見て、こう言った。『じゃあ、僕らが一度会社を辞め、戻ってきたつもりになってそれをやればいいんじゃないか』
マイケル・マローン. インテル 世界で最も重要な会社の産業史 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.7826-7829). Kindle 版.
しがらみや思い入れの無い他人ならば、過去のことを気にせず「これから」のことだけを考えられる。グローブらは他人の視点で考えたことで、正しい決断を下せたわけだ。
この他人事として捉える思考法は昔からあるもので、ストア哲学でも使われている。古代ローマの哲学者エピクテトスは、他人に起きた時と同じような態度をとらねばならないと述べている*5。
さらにエピクテトスは続けて、家族が亡くなった場合も同様と述べる。他人の話ならば「人間の運命ですよ」と言わない人はない*6、だから自分の家族が亡くなった場合も「なんて私は不幸なんだ」と嘆くな、と。
さすがにここまで徹底するのは難しいと思うが、物事を冷静に捉える助けとなるのは間違いない。最初は難しくても、繰り返し訓練すれば自然とできるようになるはずだ。
実践するために
訓練すればいいと言っても、具体的にどうすればいいだろうか。
まずやるべき行為としては、やはり説明することだ。なぜそのような判断を下すのか、その理由や状況を明確な言葉にする。ノートに書き出してもいいし、口に出してもいい。いったん外に出すことで、客観的な視点で捉え直すことができる。
俺は歯医者に行かない理由を書き出そうとし、「めんどくさい」以外の理由が思いつかず行くことを決めた。グローブのように人と話すのはもっといい。人に説明するならばちゃんと考える必要があるし、相手によってはまさしく他人事なので冷静な意見をもらえるかもしれない。
続いて精神的な観点としては、アイデンティティに注意するべきだ。人は自分のアイデンティティに関係することは主観的に見てしまい、否定意見に対しては反対ありきで考える。
インテルは半導体メモリの会社であることをアイデンティティの一部にしていたために、メモリ市場から撤退すべき状況でもなかなか決断できなかった。あのポール・グレアムも、宗教や政治を例にアイデンティティの一部となる物事についての議論は難しいと述べ、アイデンティティは控えめにするべきだとしている*7。
一方で、「合理性」や「真実の追求」をアイデンティティの一部にできたならば、逆に物事を客観的に捉えることに役立つだろう。主観的に捉えることで誤りを犯すようであれば、それは自己同一性の危機となる。最初は自分事で考えてしまっても、すぐに他人事ならばどうかと思考が進むはずだ。
他人事として捉える最後のポイントは、余裕を持つことだ。人は追い込まれると集中する。これはプラスの効能もあるが、視野が狭くなるという点ではマイナスだ。焦っている人は目の前の問題を対処することで頭がいっぱいで、別の視点が入る余地は無い。今日中に書き上げなければいけない状況で、睡眠不足による健康への悪影響を気にするだろうか*8。
ゆえに物事を他人事として捉えようとするならば、まず時間の余裕を作るところから始めるべきだろう。そうして初めて、自分の考えを書き出したりすることができる。エピクテトスも言っていた。考える時間と猶予がいったん生じたら、もっと容易に自分自身に打ち克つことになるだろうから、と*9。
終わりに
岡目八目という言葉があるように、往々にして当事者よりも第三者の方が物事の真相や損失がよく分かるものである。本記事で紹介したインテルの逸話について俺は何年か前から知っており*10、この「他人だったらどうするか」という考えはたまに実践していた。特に会議などで自分の意見が否定された時はそうで、自分の意見に固執しないようにしてきた。
去年ストア哲学を学んだことで、より一層、この思考法は使えると考えるようになった。他人ならどうするか、自分が部外者ならどうするか、他人に対してならどう言うか。2023年はこの思考法をクセ付けたい。
この思考に偏りすぎるも良くないが*11、意識しなければ自分事として捉えるだろうし。
参考書籍
本記事を書くのに参考にした本を紹介する。
『マッピング思考』
優れた判断力を持っている人というのは、知識が多い人ではない。自分の間違いに気づき、死角を探し、仮定を検証し、軌道修正することができる人である。本書はそんな情報を見極めて最適解を導く思考、「マッピング思考」を説いたものだ。
この記事を書く上で一番参考にした本である。他人事として捉える思考法は、本書では「部外者テスト」と呼ばれており、インテルの逸話もこれで紹介されている。また、アイデンティティの話も本書から持ってきたものだ。
『エピクテトス 人生談義』
エピクテトスの名前が登場していることからも分かる通り、本記事におけるストア哲学の話は本書から持ってきている。『要録』が収録されているのは下巻の方。ストア哲学がどんなものか雰囲気が知りたい人は、先月書いた記事を読むといい。
『インテル 世界で最も重要な会社の産業史』
上述した通り、インテルの話は『マッピング思考』で紹介されているが、俺が知ったのは本書を読んでだった。
タイトルからインテルという会社を主軸にしているかと思いきや、実質的にアンディ・グローブの成功物語。彼の幼少期~青年期の話も書かれている。伝記のつもりで読めばなかなか楽しめる。
『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』
本しゃぶりではおなじみ、なぜ人は欠乏状態に陥るのかを説明した本。「余裕を持つ」のくだりは本書から。
一度欠乏状態になるとそれが新たな欠乏状態を引き起こすため、悪循環にハマる。しかも脳は目の前のことに集中してしまうため、長期的な視点で物事を考えるのが難しくなる。だから脱出できない。ゆえに欠乏状態にならないことを目指すのが重要で、本書を読んでから問題は早めに対応しようと心がけている*12。
他人事として捉えるのに役立つ記事
やはり俺は書き出すのが一番やりやすい。歯医者の件も日記に書きながら考えていた。
*1:俺が行くきっかけとなった記事とは別だが、歯科検診の価値はこれが参考になる。歯科健診が義務化!?歯科健診の重要性や費用など|姫路のきたみち歯科医院
*3:体重増加を食い止めるべく未来を攻略する - 本しゃぶり
*5:『要録』26
*6:これはエピクテトスはそう言っているのであって、俺の見解ではない。現代日本人なら言わない人はいるだろう。
*7:Keep Your Identity Small、日本語訳
*8:俺は気にした上でこの記事を書いている。正しい判断ができているとは限らないが。
*9:『要録』20
*10:ブクログの記録から考えるに2018年。
*11:偏りすぎると、自分自身の感情や思考を否定してしまうことになる。バランスが大事。
*12:できているとは言っていない。以前よりはだいぶマシにはなったが。