本しゃぶり

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老後資金に1億円は多すぎるが、9億円残ると素晴らしい

多くの人は資産を残したまま死ぬ。
これを無駄と考える人もいれば、素晴らしいと捉える人もいる。

この違いはどこから生じるのか。

煽り立てるサイトのざんねんな矛盾

この記事がちょっと話題になっていた。

大した話ではないが、要点を紹介しよう。

  • 架空の女性エリザベスは退職時に資産が77万ドル (約1億円) あった
  • 彼女が85歳で亡くなった時、資産は13万ドル残っていた
  • これは彼女が現役で働いていた年収の2年半以上に相当する
  • つまり彼女は2年半以上も無駄に働いたと言える
  • こうならないよう、ゼロで死ぬことを目指せ

この記事の主張に対してどう思うだろうか。真っ先に「これは無駄ではなくマージンだろ」と思ってしまう。彼女が85歳で死に、13万ドル残ったのは結果論に過ぎない。もしあと5年長生きしていたらどうなるか。消費ペースが変わらなければ、老後資金は不足していたことになる。

では「退職時に資産1億円も貯めるのは無駄」と主張するダイヤモンド・オンラインが考える、老後資金の手本はいくらなのだろうか。答えは9億円である。

記事のタイトルは「9億円稼いだ」とあるが、これは正確な表現ではない。正しくは「9億円残した」だ。紹介されている「貧しい家の出の清掃員」ことロナルド・ジェームズ・リードは37歳から株式投資を始め、92歳で死んだ時の資産額は約800万ドルに達していたのである。これはそんな彼を手本に学べという記事だ。

ある時は「13万ドル余るのは無駄」と言い、またある時は「800万ドル残した人から学べ」と言う。いったいどちらが正しいのだろうか。両方の本を読み比べ、考えてみよう。

リソースは有効活用しろ

まずは「ゼロで死ね」と主張する『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』から取り上げる。

本書ではお金をリソースとみなしている。リソースであるのだから有効活用したほうが良い。では何をもって有効活用できたと言えるのか。それは「思い出」である。思い出を指標にした人生の最適化、これが本書の目指すところである。

それを踏まえた上で、13万ドル残したエリザベスの話をしよう。本書を読み進めれば分かるが、重要なのは13万ドルを残したという結果ではない。重要なのは思考プロセスである。なぜそれだけの老後資金を確保したのか、説明できることが重要なのだ。

もしエリザベスが以下のように考えていたのであれば、本書的には100点だ。

  • 65歳である私の平均余命は約20年なので*185歳まで生きると考える
  • 自分のリスク許容度を考えると、5%のマージンは確保しておきたい
  • ゆえに老後資金は今の消費ペースで89歳*2までの分は確保しておこう
  • もし健康状態が良く、想定より長生きしそうだったら消費ペースを落として対処すればいい

しかし多くの人は違う。将来に必要な額を計算すること無く、ただ漫然と恐れて貯蓄を続ける。実際そう読み取れる結果が、FRB(連邦準備制度理事会)の調査結果にも現れている。2016年のアメリカでは、世帯主の年齢の上昇とともに純資産も増加している。定年を過ぎても増加は止まらないわけだが、彼らは何のために金を増やし続けているのだろうか。

Jesse Bricker et al.. "Table 2: Family Median and Mean Net Worth, by Selected Characteristics of Families, 2013 and 2016 Surveys," Federal Reserve Bulletin 103 (2017): 13

もし本気で長生きのリスクに備えるのであれば、自力で資産を用意しようとする前に、保険商品を検討するべきだろう。想定より早く死んだ時に備える生命保険があるように、長寿リスクに備えたトンチン年金と呼ばれる金融商品がある*3。これは一定額を支払うことで、受給開始から生きている限り年金を受け取れるというものだ。もちろん早死したら損をすることになるが、ここで問題にしているのは長生きした場合の備えだ。それにこの問題は自己資金で頑張る場合も同じである。

断っておくと、『DIE WITH ZERO』ではトンチン年金を勧めているが、俺自身は推奨も否定もしない*4。ただ、こういった選択肢を考慮した上で自分にとっての最適解を探すべきであるとは思っている。

本書で問題としているのは、死ぬ時に金が残っていること自体ではない。漫然と将来金が不足することを恐れて何となく貯蓄に励む一方で、深く考えない出費も行ってしまう*5。そういう状態を問題としているのだ。リソースは有効活用するべきなのだから。

とはいえ、多くの日本人にとって本書は、別世界の話に思えるかもしれない。というのも、基本的にリッチな人を対象に書かれているからだ*6。著者自身もそうだが、例として登場したエリザベスのことを考えて欲しい。彼女が死ぬ時に残した財産は13万ドル、現在のレートなら日本円にして約1800万円だ。老後に2000万円必要という話ですらあんなに盛り上がったのに、1800万円も余らせる人がどれだけいるだろうか*7

選択肢を手に入れろ

次は9億円残したことを褒め称えた『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』である。

本書ではお金を選択肢とみなしている。お金があれば人生でコントロールできる領域が増える。だからお金を得ることは重要だし、持ち続けられることはもっと重要である。

お金が選択肢であることは、多くの人が素直に納得できるだろう。数日分のお金があれば、体調が悪い時に休むことができる。数カ月分のお金があれば、もっと良い仕事を探しやすい。お金があるということは今ある選択肢が増えるだけでなく、より良い選択肢が現れるまで待つこともできる。投資で勝つコツは、市場に残り続けることだ。

金があれば働くも休むも自分で選べる

ゆえに本書では、使う予定のない無目的な貯金を奨励する。そして常に選択肢を持っていられるようにするために、金を稼ぐこと以上に金を持ち続けることが重要というわけだ。この成功例として、9億円残したリードが登場する。

ガソリンスタンドの係員や自動車整備士、清掃員のパートタイムで働いていたリードは低収入である。支出もささやかで、冬には安全ピンを使わないと閉じられないコートを着ていたという。それくらい質素な生活を送っている。だが彼は人生をコントロールできていた。仕事を辞めたければいつでも辞められたし、年を取って健康が悪化したら病院に入ることもできた。そして最後は家族や友人など大切な人にお金を残し、さらには世話になった病院や図書館にも莫大な寄付をしている*8

一方、リードと対比して紹介されるのが、大富豪のリチャード・フスコーンだ。彼は大手金融機関メリルリンチのエグゼクティブに上り詰めたほどの人物で、莫大な資産を手に40代の若さで引退。月に9万ドル以上も維持費がかかる大豪邸に暮らしていた。しかし2008年の世界金融危機で、フスコーンは大打撃を受ける。結果、破産して無収入になった。

資産が増えても自分を見失わず、蓄財投資を継続する。そうしてこそ富を築け、それで自由を手にすることができるのだ。「ゼロで死ぬ」より「破滅回避」を重視するのが本書である。

2冊が重なるところ

以上のように、この2冊はお金に対するスタンスが異なる。『DIE WITH ZERO』は「攻めの本」だ。お金をリソースとみなし、いかに有効活用するかを考える。対して『サイコロジー・オブ・マネー』は「守りの本」だ。お金を選択肢とみなし、いかに維持し続けるかを考える。場合によっては逆の教えになっているものもあるが、基本的には両方の視点が必要なのだ。

これを踏まえた上で、2冊から矛盾なく引き出せる教えもある。ここでは3つ紹介しよう。

第一の教えは「時間こそが重要」である。『DIE WITH ZERO』は「思い出を作れ」と言い、「働きすぎることで時間を無駄にするな」と説く。リソースの有効活用を求めるのだから、究極のリソースである時間は最も重要である。一方『サイコロジー・オブ・マネー』は「人生のコントロール」を求めるのだから、お金以上に時間は重要である。また、幸福になりたければ、モノよりも有意義な時間を求めろ、とも述べている。

第二の教えは「無駄金を使うな」である。節制を良しとする『サイコロジー・オブ・マネー』がこう主張するのは当然だ。そして『DIE WITH ZERO』も金を有効活用することを是としているのだから、無駄金は許さない。たとえそれが「体験」であったとしても、「思い出」とならなければ意味がない。著者は自身の失敗談として、味の違いが分からないのに高級レストランで食事をしたことを挙げている。

第三の教えは「健康に投資しろ」である。『DIE WITH ZERO』では直接的に述べている。長く健康でいることができたら、その分だけ思い出を多く作れるからだ。『サイコロジー・オブ・マネー』では直接触れられてはいないけれども、方針とは一致する。健康であると取れる選択肢が増えるし、幸せな時間を過ごすことができる。それに長生きする分だけ複利の力を活かせるのも良い。ウォーレン・バフェットの純資産の95%以上は、65歳以降に得られたものだ*9。バフェットは長命だからこそ神になれた*10

老後資金をいくら用意するかというのは大事な問いではあるが、まずはこの3つの教えに従うところから始めたらどうか。

終わりに

俺は『DIE WITH ZERO』は良い本であると思う。人はつい金を追い求めてしまうものだ。お金は大切だし、定量的に扱えるから分かりやすい。だが金は手段にすぎない。なぜただ生きていく以上に金が欲しいのか、改めて考えさせる機会を提供してくれる。

しかし、ダイヤモンド・オンラインの記事はクソだと思う。本を雑にちぎって使ったことで、前後の文脈が抜け落ち、浅はかな本であるかのように思われてしまう。少なくとも誰もが思うツッコミ「無駄ではなくマージンでは」に対する解が用意されていることを、ちゃんと記載しておくべきだ。

ということで、お金について考えようと思うなら、あんな記事ではなく本そのものを読むと良い。十分に稼いでいるのに節約しないと不安だったり、働きすぎていると感じている人は『DIE WITH ZERO』がおすすめだ。つい浪費してしまったり、お金のことで困っているのであれば『サイコロジー・オブ・マネー』が役に立つ。理想は両方を読んでバランスを取ることだ。

そして1冊だけで済ませたい人に対しては『私の財産告白』を勧める。Kindle Unlimitedなら無料。

本書がどんな内容か知りたければ、以下の記事を読むと良い。

*1:アメリカで最も平均余命が長いのはハワイで、2020年の調査では女性は22.7年。ハワイ市民は全米で最も長寿 CDCが2020年アメリカ国内の州別平均寿命を発表 - ESTA Online Center

*2:85*1.05=89.25

*3:トンチン年金ってどんな保険?【保険を比較・見直し・相談・学ぶ【Will Navi】

*4:まだトンチン年金の対象年齢ではないので、まともに検討していないためだ。

*5:例えば習慣でコーヒーを購入するとか。

*6:事例として登場する著者の友人は、仕事を辞めるタイミングが遅れ、資産が40億ドルに膨れ上がってしまった。さすがにこれは極端だと思ったのか、この直後に例え話としてエリザベスが登場する。実際の話が40億ドルで、架空の話が77万ドル。普通は逆だろ。

*7:2020年にMUFGが調査した日本の結果では、相続遺産の中央値は1,600万円である。1800万円余らせる人は結構いるかもしれない。退職前後世代が経験した資産承継に関する実態調査

*8:リードは図書館で投資についての知識を学んだ。それで図書館に120万ドルの寄付をしたのだから、図書館も投資に成功したと言えるだろう。

*9:『DIE WITH ZERO』の著者には内緒にしておこう。

*10:バフェットが噂通りの食事をしているなら、健康に投資しているとは言えないが。神だから長命なのかもしれない。