一度貧困に陥るとそこから脱するのは難しい。
身元不明の魔族ならなおさらだ。
貧困魔族はどうするべきなのか。
最初の一歩に1クール
今期アニメで最も社会派と言えば、2クール目に入った『ジャヒー様はくじけない!』である。
魔界No.2の地位を謳歌していたジャヒー様は、魔法少女の襲撃を受けて人間界に飛ばされた。全てを失った彼女が、魔界復興を目指して奮闘する物語である。
本作が始まった当初、なぜコメディ系なのに2クールもやるのかと思った。しかし見続けるうちに理解する。この苦境から脱するのに1クールでは足りない、と。
築40年のボロアパートに住まい、居酒屋で非正規労働者として日銭を稼ぐ日々。一度レールから落ちてしまった彼女は、魔界復興どころか日々の食事すら満足に取れない状況に陥る。人間界におけるジャヒー様は、まさしく「貧困魔族」と呼べるだろう。
かつては魔界No.2の地位にまで上り詰めたジャヒー様が、なぜここまで苦境にあえぐことになったのか。どうしたら貧困魔族の名を返上することができるのか。
4つの資本
一般的に魔族の富は「4つの資本」から生み出される。その内訳は金銭や株式といった「金融資本」、自ら提供できる労働力を生む「人的資本」、周囲との関係性から得られる力を生む「社会資本」、そして魔族たらしめる力の源である「魔力資本」である。
ジャヒー様の悲劇は、魔法少女の襲来によって4つの資本を全て失ったことから始まる。魔界から飛ばれれた後、人間界に落ちた彼女は川から物語を始めることになった*1。
この時点におけるジャヒー様の資本を端的に示す。
- 金融資本:着の身着のままなので0
- 人的資本:小学生レベル (魔力消費で限定的に成人女性レベル)
- 社会資本:単独で人間界に落ちたので0
- 魔力資本:魔力を生み出す魔石は小粒が1個
壊滅的状態であるが、特に痛いのは魔力資本の喪失だ。
魔力さえあれば他の資本はどうにでもなる。魔力を武器に銀行を襲撃してもいいし、どこぞの富豪に催眠術をかけてもいい。魔力があれば大人の姿になり美貌も筋力も手に入るから、いくらでも働ける。そして圧倒的な力は権威さえも手に入れることができる。実際、魔界におけるジャヒー様の地位を保証していたのは、その膨大な魔力であった。
しかし魔力資本を失ったことで全ては逆転する。ジャヒー様は抜け出せない罠に陥った。
貧困魔族が陥る罠
生活するには金が必要である。だからジャヒー様は居酒屋でバイトすることにした。しかし、ちんまりかわいい姿のままでは働くことができない。そこで魔力を消費することで、大人の姿を取り戻す。
この状況を図解したものが以下である。
つまり金を稼ぐには魔力と時間が必要であることが分かる。ところがジャヒー様の持つ魔石はわずかであるため大人化には時間制限があり、それは労働時間を増やせないことを意味する。これは時間給で働く者にとって致命的な問題だ。
このためジャヒー様は貯蓄ができない。バイト代は家賃と食費で消えてしまう。ではどうすれば貯蓄できるようになるだろうか。
理想は魔力資本を増やすことである。魔力が増えれば長時間働くことができ、より多くの給与を得ることができる。これを実現するには、人間界に散った魔石を探し集める必要がある。これは部下のいない現状では、ジャヒー様自ら行うしかない。
ここでジャヒー様はジレンマに陥る。時間をバイトと魔石探索のどちらに割り振るべきかということに。
生活のためにはバイトが必須。バイトをしていると魔石探索の時間が減ってしまう。バイトの時間は魔力量で制限される。仮に魔石を見つけて魔力が増え、バイト時間を増やすことができたなら、魔石探索の時間はもっと減ってしまう……
そしてジャヒー様はこんなことをじっくり考えている余裕は無い。冷蔵庫は空で所持金はわずか306円。給料日は一週間先。まず考えるべきはどうしたら飢えずに済むか、である。
ではどうしたらこの状況から抜け出せるのか。ここでカギとなるのが、社会資本である。
低所得と社会資本
魔族にとって金も魔力もあればあるほどいい。しかし少ないからといって「貧困」とは限らない。低所得ながらもそれなりに充実した生活を送っている魔族は存在する。多魔市に在住のシャドウミストレス優子はそのいい例だろう。
シャミ子は金も魔力も乏しい低所得魔族である。父親が封印されたことで母と娘2人の母子家庭である彼女の家は、月4万円までしか生活費を使えない*2。それ以上に稼いでも、過ぎた分は運命レベルで失う呪いをかけられている*3。魔力の方に至っては微々たるもので、ドーピングによってようやく変身できるようになったレベルだ。
しかしシャミ子は低所得ゆえの苦労はありつつも、日々の生活に悲壮さは感じられない。それは彼女が良好な人間関係を構築しているからである。つまり立派な社会資本を持っているのだ。
この社会資本からシャミ子は様々な恩恵を受けている。PCにWi-Fi、牛肉にミカンといった直接的なものから、バイト先の紹介といった情報まで。シャミ子は社会資本によって他の不足する資本を補っていると言えよう。
ジャヒー様が貧困魔族から脱するカギはここにある。まず社会資本を増やすことに専念し、不足する金融資本を補うのだ。そうすれば生活に余裕が生じ、魔石探索に費やす時間も増やせる。
もちろん最初から人間界で暮らしていたシャミ子と違って、魔界出身のジャヒー様が社会資本は貧弱である。しかし運の良いことに母性の塊みたいな店長と出会うことができた。店長のおかげでバイト先と住居を手に入れたわけで、既にジャヒー様は人間界での社会資本を持っているし使ってもいるのである。これを更に活用する以外に手はない。
だがそのためにはジャヒー様は変わる必要がある。
カギはマインドセット
シャミ子は社会資本の恩恵を受けているが、これは一方的な関係ではない。彼女は他者に与えることもしている。例えば宿敵である魔法少女の具合が悪かった際には家まで送ってあげ、さらには看病までしてあげていた。こうした振る舞いが社会資本の増加に繋がり、生活を豊かにするのである。
対してジャヒ子はというと、風邪を引いた大家をここぞとばかりに嘲笑し、魔法少女が保健室で寝ていたらチャンスとばかりに襲いかかっていた。
ジャヒー様の問題はここにある。彼女は助け合いに対して否定的なのだ。これは逆方向、つまり自分が受け取る場合も同じだ。誰かに助けを求めたり甘えたりすることに対しても嫌悪感を持っている。だから徹底的に自助を貫こうとするのだ。これは下等な人間相手だけでなく、魔族の部下に対しても同じである。
ここまでジャヒー様が頑なに自助に拘るのは、その生い立ちが関係している。魔界では力こそが全て。他人に弱みを見せたらやられてしまう。そんな世界でジャヒー様は自らの力によってNo.2の座にまでのし上がった。つまり過去の成功体験によって、他人に頼ることを拒否しているのだ。
だが環境が変われば、取るべき戦略も変えるべきだ。資産が無い人が富を増やすなら、収入を増やすか支出を減らすしかない。今のジャヒー様は魔力の制限があるのだから、いかに支出を減らすかが重要である。ならば全力で店長に甘えるべきだ。具体的には衣食住を恵んでもらうのである。そうすれば必要な金銭は減り、時間と労力を労働から魔石探索に回すことができる。魔界復興のためならプライドは捨てろ。
もちろんこの選択にはリスクもある。他人に甘えることに慣れ、ぬるま湯生活に満足してしまっては魔界復興が遠のくだろう。タイトルも『ジャヒー様はくじけない!』から『ジャヒーちゃんドロップキック』に変わってしまう。このリスクをどうしたら回避できるか。
そこで「嘗胆」である。苦い肝を嘗めることで、魔界を滅ぼされた屈辱を忘れないようにするのだ。幸いにしてバイト先は居酒屋である。肝の一つくらい簡単に手に入るだろう。富国強兵に全力を尽くした上で、あえて一つ辛いことをする。これが正しい「臥薪嘗胆」だ。
なお、「臥薪」はおすすめしない。寝ても疲れが取れなくなるので。
終わりに
ジャヒー様は見た目が愛くるしいからコメディとして見ていられるが、その本質を考えると自分ならどうだと考えてしまう。
長年勤めて副社長にまで上り詰めたと思ったら、会社が倒産して無職になる。これまで仕事一筋で来たから、会社の外に人間関係は無い。肩書も財産も失い、生活のために居酒屋でバイトし、築40年のボロアパートに帰宅する。
主人公が中高年男性だったら哀れすぎて見ていられない。それくらい悲惨な状況である。どうしたらこのような状況に陥らずに済むだろうか。
やはり複数の資本を確保しておくことだろう。
参考書籍
本記事を書く上で参考にした本。
『幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』
金融資本・人的資本・社会資本の考え方は本書から*4。幸福になるための最終目標は人それぞれだが、その土台は共通であるという考えのもとに、3つの資本の組み合わせでどのような幸福が得られるかを解説する。このように基礎が整理されていると、自分に欠けているものは何か見えてくるので良い。問題が明確になっているのなら、半分は解決したも同然だからだ。
ただし人によってはこの本を読んでも救われないかもしれない。なぜなら仕事にしろ人間関係にしろ、最適な場所に行け、というのが本書の主張だからである。今この場で幸せになるための本ではない。
『最貧困女子』
貧困と低所得との違い、社会資本の有用性は本書から。低所得で人間関係も希薄な、セックスワークに従事する女性の実態を書いた本。
ジャヒー様はコメディなので貧困でも何となく生活できているが、実際の身寄りの無い貧困女性はセックスワークの社会に吸収される。本書で紹介される「最貧困女子」は、コミュニケーションと書類手続きが苦手な人たちである。つまり家族・友人からの支援も公的な支援も受けられない。かわいそうではあるが、読んでいて軽くイラッとする程度には「かわいくない」人である。
そんな彼女たちをどうしたら救えるのか、本書を読んでもそれは分からない。思っていた以上に貧困問題は根深い。