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バニシング排斥婦人会の誕生

団地という画一的な場所に多様性が求められる現代。
その矛盾がバニシング排斥婦人会を生んだ。

淫獄団地考察の第二弾。

A級人妻死闘編開幕

ついにA級人妻死闘編が始まった。もちろん『淫獄団地』の話である。

B級でも相当に迷惑な連中であったが、やはりA級 = バニシング排斥婦人会の危険度は「質」が違う。彼女たちはこれまでの変態人妻よりもランクが上であると、見ただけで分かる納得感がある。

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『淫獄団地』第8話(前編)

だがここで一つ疑問が生じる。なぜA級人妻は「バニシング排斥婦人会」なのか。「排斥」という要素が無くとも、彼女たちは十分に団地の平和を乱す危険人物である。団地住民の性癖(個人情報)を反社に売り飛ばし、リビドー・クロスによって警察沙汰を引き起こさせる。もちろん変態人妻の名に恥じず、それぞれ特殊性癖の持ち主だ。これだけでも普通に悪の幹部としてキャラが立っている。

にもかかわらず、ただの自治会ではなく「バニシング排斥婦人会」として彼女たちは現れた。なぜ「排斥」なのか。それは排斥こそ、現代の団地が抱える問題だからである。

本当にあった排斥運動

芝園団地。埼玉県川口市の西にある大規模団地だ。2010年、この芝園団地に「排外主義」を主張する集団が「侵略実態調査」と称して押し掛けた。

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English: Abasaa日本語: あばさー, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

彼らが芝園団地をターゲットにしたのは、住民に外国人が多いためである。芝園団地のある川口市芝園町の人口はおよそ5,000人付近で推移しているが、外国人の比率は増加の一途をたどってきた。外国人の人口は2003年に1,000人、2009年に2,000人に達し、2015年には日本人よりも多くなる*1。2021年11月1日現在は、日本人2,078人 (44.9%) に対して外国人2,546人 (55.1%) *2。そして外国人の大半が中国人となっている。

そうやって中国人が増える中で文化摩擦が生じてしまう。ゴミの分別や騒音問題などで、日本人住民から苦情の声が出るようになった。これに油を注ぐのが、ネット上で活動する差別主義者である。中国人住民に関してあることないこと騒ぎ立て、「治安が悪化した」とか好き放題に書き込む。また活動はネットだけにとどまらず、団地内へ差別的な張り紙や落書きまでする始末。その流れの極みが「侵略実態調査」というわけである。

芝園団地に限らず、他にも外国人住民の多い団地に対する差別的な記事や書き込みは多い。特に人口の多い中国人に対しては顕著で、「チャイナ団地」で検索すれば気分が悪くなるまで読むことができる。もちろん中国人以外でも、どこかの外国籍の住人が増えれば、何かしらの軋轢が生じている*3

変態人妻ではなく外国人に対してだが、団地が「排斥」という問題を抱えているのは確かなのだ。

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『淫獄団地』第8話(前編)

ここで「外国人に対する排斥の気運が生じるのは、団地に限った話ではないのでは?」と疑問を持つ者もいるだろう。確かにこれは団地に限った話ではない。だが「生じやすい」という点で、やはり団地は特別なのである。これを説明するには、やはり「経緯」を語らなくてはいけない。

画一化の罠

そもそも、なぜ団地は作られたのか。これについては既に別記事で語った。

高度経済成長が始まりである1955年、日本住宅公団が発足する。その任務は住宅難の激しい地域に、質が高い住宅を供給することである。そうすることで住宅市場を整備するとともに、中間層の育成し、都市の社会的・政治的安定化を目指したのである。


当時、最も重要視されたのは家族形成期の労働者であった。復興と経済成長の担い手となる彼らに質の高い住宅を供給することが、中間層の育成に繋がるためである。
なぜ淫獄団地の怪人は人妻なのか - 本しゃぶり

このような目的の下、郊外に大規模な集合住宅が建設され、似通った若い家族が入居したのである。つまり団地は建物も住民も画一化されていたのだ。これはコストの観点からは合理的であると言える*4。だが画一化されていることが後の時代に問題を生み出す。

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Syced, CC0, via Wikimedia Commons, Link

住人が画一化されているということは、人生のイベントも同じタイミングで起きるということである。子供が大きくなれば、団地の間取りは狭く感じる*5。その頃には貯金ができ、支払い能力も高まっているだろうから*6家やマンションを購入することで出ていくことになる。あるいは子供だけが独立して出る場合も多い。そうした子供は団地に戻ってこない。賃貸だから相続できないし、3世帯で住むには狭すぎるからだ。

団地を出ていく人がいるならば、新たに入ってくる人もいる。だがこの入れ替わりのバランスはしだいに崩れ、出る人数の方が多くなる。これは少子高齢化というのもあるが、相対的に団地の価値が低下したのも大きい。

団地が建設された当時と違って、住宅事情は改善されている。対して団地はどんどん古くなっていく。かつて団地は「最新のライフスタイルの象徴」であったが、いつしか「窮屈で古びた場所」へと変わっていった。そして団地は画一的に作られているので、団地全体が同時に古びていく。しかも団地によっては立地が郊外で不便なことも多い。入居者が減るのも当然だ。

一方で団地に残り続ける人たちもいた。子供が独立し、二人暮らしとなった夫婦にとって団地は決して悪いところではない。間取りはちょうどいいし、自分たちの人間関係はここにある。そして何より住み慣れている。こうして団地で古参の比率が増えていくのだ。

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『淫獄団地』第8話(前編)

日本の人口分布以上に少子高齢化が進み、団地では空き部屋が増えていく。だが捨てる神あれば拾う神ありというように、団地に新たな属性の入居者が現れた。それが外国人である。

限られた選択肢の最善手

かつて団地、すなわち日本住宅公団の賃貸住宅は日本人しか入居できなかった。しかし1980年代から永住資格を持っていれば入居できるようになり、1992年には中長期の在留資格があれば入居を認めるよう国が通達を出した*7

対して民間の賃貸住宅は、今でも外国人への貸し出しを渋ることが多い。「外国人は一律不可」という物件もあれば、「日本人の保証人」や「一定レベルの日本語能力」などの条件を求められることもある。大家の方にも言い分はあるのだろうが、外国人に対する入居差別であることには違いない。

そうすると自然に外国人が住める賃貸住宅は、UR*8団地が第一候補ということになる。しかもURの賃貸住宅が求める条件は他に一定の収入くらいで、保証人の必要が無いというのも良い。在留資格さえあれば入居できるというわけだ。

しかも団地という形態も、入居する外国人にとって都合が良かった。賃貸住宅を探す外国人は、20代や30代の独身もしくは夫婦が多い。夫婦なら小さな子どもがいる家庭も珍しくはない。つまり国籍こそ違えど、団地本来のターゲット層なのである。限られた選択肢である上に、物件として悪くない。団地に外国人が増えるのも当然の成り行きであった。

そしてマタイ効果ではないが、「外国人が住んでいる」ということ自体が、さらに外国人を呼び寄せる。誰だって仲間がいる方が心強い。そして外国人が増えると、その外国人を対象としたビジネスも生じる。するとさらに外国人にとっての魅力が上がり、入居する理由になる。上で紹介した芝園団地は、まさにこのフィードバックループが働いて中国人が増加した。

しかしこれで増えた新参は、団地の古参である日本人高齢者とは真逆の属性である。これが軋轢を生じさせる。

違いが排斥を生む

芝園団地の住民を単純化すると、以下のようなマトリクスで示すことができる。

若者 高齢者
日本人 古参
中国人 新参

このように古参と新参は国籍だけでなく世代までも違う。日本人同士ですら年齢が50も離れていたら交流が難しい。ここではさらに国籍も違うのだから、互いのことを理解するのが難しいのは当然だ。しかも相手のことを積極的に理解しようとしないのだから、溝は深いままとなる。

古参である日本人高齢者には、自分たちこそが団地の文化を作ってきたという自負がある。団地においては自分たちのルールが絶対であり、新参はそれに従うべきなのだ。郷に入っては郷に従え。ゆえにこちらから歩み寄る必要は無いと考える。

新参の中国人はどうなのか。彼らは古参と比べたら相手に歩み寄る気配が伺える*9。だが、結果としてはルールやマナーを破ってしまう。なぜなら教えられていないからだ。日本と中国ではルールも習慣も違う。どのように振る舞えばいいか、教わらなければ分からない

当初はURの受け入れ支援も貧弱で、きめ細やかな対応ができていたとは言えない。古参も、新参に自ら関わろうとはしない。そうして新参がルールを破ると、「なぜルールを守らない」と初手から怒りの反応を示す。そうなれば対立してしまうのも当然だ。

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『淫獄団地』第9話

当然ながらこれで排斥運動を行うほどには、古参の団地住民は排外的ではない。しかし中国人の新参に対して否定的な感情を抱いてしまうのもまた事実。そしてこの否定的な感情が外部の差別主義者に利用され、排斥運動につながるのだ。

つまり団地の画一性と日本の賃貸住宅事情によって、団地の住民構成は二極化しやすい。そして両者が分断状態にあると、文化摩擦によって排斥の気運が生じるのである。

だが団地もこの問題を放置しているわけではない。解決への動きは確かに始まっている。

「第三者」という触媒

2018年、芝園団地自治会は「多様な文化の共生の推進」を行ったということで「2017年度国際交流基金地球市民賞」を受賞した。また、同年には県が主催する「埼玉グローバル賞」も受賞している*10

かつては排外主義者のターゲットにまでなった芝園団地が、なぜ受賞するまでに至れたのか。それは古参の日本人住民でもなければ、新参の中国人住民でもない、第三者の存在が大きい。

現在の芝園団地は、自治会と外部学生団体「芝園かけはしプロジェクト」が協働し、日本人と外国人の共生に向けて様々な取り組みを行っている。その中心となる人物が、自治会の事務局長である岡崎氏である。日本人と外国人の関係について考えるようになった彼は、研究の一環として芝園団地に入居し、外国人住民との間に抱える問題に取り組んだ。その成果の一部が外国人自治会役員の誕生であり、先に挙げた受賞である。

そんな岡崎氏は、芝園団地において変わった存在である。それは若い日本人であることだ。2014年に入居した当時、自治会役員は80代2名、70代2名、60代1名、50代1名、そして30代前半の岡崎氏。彼はちょうど団地に抜けていた枠に収まる存在である。

若者 高齢者
日本人 岡崎氏 古参
中国人 新参

年齢か国籍か、何かしら共通点があると交流がしやすい。岡崎氏は自分以外にもそんな存在を増やそうと、国際交流に関心のある大学生に目を付けた。そうして発足したのが、上で挙げた外部学生団体「芝園かけはしプロジェクト」である。

また、岡崎氏や学生には余計な「しがらみ」が無い。これも日本人住民と外国人住民の架け橋となり、多文化共生を進める上でプラスに働く。第三者は対立する両者が交流するための触媒として機能するものだ。

こうした団地の取り組みを学ぶと、現在のヨシダは危うく見える。彼は変態人妻に立ち向かうために「力」を欲し、また新たな憂国商事の製品を手に取った。

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『淫獄団地』第9話

これまで「力」は目の前の問題解決には役立っていても、それで根本的な問題解決には至っていない。変態人妻は一度メモリブレイクしても、何事も無かったかのように復活するためである。しかも倒すと目をつけられるのだから、戦えば戦うほどにヨシダは厄介な状況に追い込まれてしまう。

ゆえに団地に平和をもたらすために必要なのは、変態人妻との対立ではない。対話と理解によって共生の道を探ることである。

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『淫獄団地』第7話(前編)

そして共生の真逆を実行するからこそ、バニシング排斥婦人会は『淫獄団地』の敵幹部集団としてふさわしい存在なのだ。

終わりに

かつて団地は、あるゆる要素を画一化することで高度経済成長を支え、一億総中流を生み出す源泉となった。だが皮肉にも、そんな画一化された空間が日本の多様性を受け止めることを求められている。当初と真逆の役割を果たそうとする歪みから、排斥は生じるのかもしれない。

前回の記事で、「団地妻のリノベーションに成功したのが『淫獄団地』である」と述べた。これまでの『淫獄団地』は「かつての団地」のイメージを上手く再構成し、物語に落とし込んできた。それがここに来て「今の団地」に焦点が当たりつつある。『淫獄団地』はどこまでも徹底して団地を中心に据えた作品であると言えるだろう。

参考書籍

本記事を書くのに参考にした本。

『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』

前回の団地記事でも使った、現代の団地を中心に書いた本。高齢者と外国人の増加という団地の問題に切り込んでいる。本書によれば団地に外国人住民が増えるのは日本だけではないようで、例としてフランスのパリ郊外にあるブランメニル団地の様子が紹介される。この団地はアフリカ系やアラブ系が多く、「テロリストの巣窟」なんてレッテルを貼られている。どこも似たような問題を抱えているようだ。

ちなみに著者は、理解しあうことができれば、外国人の増加は団地の未来にとってプラスではないかと主張している。住人の高齢化が進んだ現在、新しい人を入れるしかないからだ。団地が再生できるかは、異文化理解力に左右されるのかもしれない。

『芝園団地に住んでいます――住民の半分が外国人になったとき何が起きるか』

本稿でもがっつり取り上げた、芝園団地に住む新聞記者が団地の内情を書いた本。芝園団地の話は『団地と移民』にも出てくるが、やはり本書の方が詳しい。実際に団地で生活することで、日本人住民の抱える「モヤモヤ感」が見えてくる。

紹介したように、芝園団地は受賞するほどに共生に向けた取り組みを行い効果も出ているが、やはり課題はまだまだ残っている。ずっと住んでいるのに、いつのまにか自分たちの方が「よそ者」に思えてくる。そんな日本人住民のモヤモヤが消える日は来るのだろうか。ただ、高齢者が多いことを考えると、時間が解決するような気がしてならない。

『「隣近所の多文化共生」の課題─芝園団地の実態と実践から─』

本ではなくPDF形式のレポートだが、せっかくなので紹介。これは記事でも紹介した芝園団地で共生に向けて尽力している岡崎氏のレポートである。芝園団地の活動に興味はあるけど本をかうほどではないなという人は、これを読むといい。無料なので。

前回の淫獄団地記事

*1:かわぐちの人口第5表町丁字別人口/川口市ホームページ

*2:統計かわぐちの人口(冊子PDFファイル)/川口市ホームページ

*3:例えば日系ブラジル人の多い愛知県豊田市の保見団地では、1990年代に日本人住民および右翼関係者とブラジル人との対立が悪化、1999年には暴動寸前で機動隊が出動するほどの事態になっている。

*4:スケールメリットを活かせるため。最適な間取りは人生のステージによって異なるが、入居者が画一化されていれば間取りの種類は一つでよい。

*5:団地で採用された中で最も有名な間取り「51C型」は2DKである。

*6:これは高度経済成長の話なので。

*7:住総発第四五号. 平成四年四月八日

*8:独立行政法人都市再生機構のこと。日本住宅公団を前身とし、団地の管理や都市再生などを行う。ウルトラレアの略ではない。

*9:URの住民アンケートで「外国籍 (外国人の場合は日本国籍) の住民と交流や関わりを持ちたいか」という問いがあった。日本人住民の6割が否定的な回答をしたのに対し、外国人住民は8割が肯定的な回答をしたという。

*10:埼玉グローバル賞に芝園団地など1個人3団体 高齢者・中国人、共生の街 - 産経ニュース