本しゃぶり

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読書の習慣は手段の目的化から始めよ

読書という行為に憧れがあるが、苦手意識を持っている。
そんな人はどうしたら読書ができるようになるか。

まずは数をこなすことを目標にしよう。

1年間に100冊読む増田

しばらく前にこの増田を読んだ。

ネットにおける1ヶ月前は「そんなのあったな」と呼ばれるぐらいには昔である。多くの人は忘れているだろうから要点を書いておこう。

  • 一昨年は8冊しか読まなかった増田が去年は100冊読めた
  • 読書習慣をつけるためにいろいろ工夫した
  • 工夫の一つとして年100冊を目標にした
  • 100冊読んで頭は良くならなかったが、読書の習慣はついた

増田の行った工夫は参考にできると思うので、読書量を増やしたいと考えている人は試すといい。少なくとも俺は似たことを実践している。ちょっと一般化してリスト化するとこうだろうか。

  • ためらわず購入する
  • どこでも読めるようにする
  • 日課と合わせて読む
  • 読書記録をつける
  • 年100冊を目標にする

そしてやはりと言うべきか、「年100冊」という数を目標にすることへの批判が見受けられた*1

手段の目的化は嫌われるが

批判としてありがちなのは「数は結果であって、目標とすべきではない」というもの。なぜこのような批判が生じるかと言えば、我々の中にいるホリエモンが囁くからである。

1年に100冊本を読むまでにやったこと(追記)

この増田に対する「立派」ってコメントを見た途端自分の心の中のホリエモンが「本は面白いから読むんだよバカ死ね」と暴れ出して焦った。ごめん。

2021/01/05 07:45

「読書は手段であって、目的ではない」。この主張は読書術系の記事に対するコメントでよく見かける。読書とは娯楽や学びのために行う「手段」であって、読書そのものを「目的」にするのは間違っている、と。

この主張には一理ある。「なぜ本を読むのか」と訊かれたら、最も多い答えは「娯楽」か「学び」のどちらかになるだろう*2。この場合に重要なのは読書という「行為」ではなく「本の中身」なのだから、確かに読書は手段としての意味合いが強い*3。だから手段を目的とするのは間違っていると言いたくなる気持ちも分かる。

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Hans Adolf Hornemann (1866–1916), Public domain, via Wikimedia Commons, Link

しかしこれは強者の理論だ。ここで言う「強者」とは、手段として読書を選択肢に入れられる者である。「暇な時間を潰したい」「新しいことを学びたい」そういう時に読書を選択肢として当然のごとく挙げられるならば、本は必要に応じて読めばいいだろう。

だが昔の増田のように年10冊も読まないような人*4ならどうだろうか。読書の優先順位は低く、手段として選ばれることは稀である。これは循環構造だ。読書量が少ないのは結果であると同時に原因でもある。使わないものは使えない。

手段とするには力がいる

手段として活用するためには、使いこなせるだけの能力が必要だ。これは読書に限った話ではない。手段となり得るもの全てに言えることだ。むしろ読書の場合、文字を読むだけなら誰でも可能だからこそ、この当たり前の事実を見逃してしまうのかもしれない。そして、能力を得るには練習が必要ということも。

分かりやすい例として英語を挙げよう。本来、英語を使うことは手段である。読書と同じく「娯楽」や「学び」のためとしての。さらに「表現」も目的に加えることができる。ざっくり言ってしまえば、英語とは「情報の入手あるいは発信」するためのツールの一つである。

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Judge Magazine, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

英語を使うことを目的とするのを良しとせず、手段としてのみ使おうとしたらどうなるか。現在の日本だと、まともに英語を使えるようにはならない。俺がそうだ。

俺は英語を手段としてしか使わない。英語しか情報源が無く、やむを得ず英語の文献を読むことはある。海外に行けば拙い英語を話すこともある。英語しか選択肢がないのであれば、頑張って英語を使おうとする。しかし、他に選択肢があるのであれば、俺にとって非効率な手段である英語の優先順位は大きく下がる。日本語に翻訳されているのに、なぜ英語で読む必要があるだろうか。

だから英語を使えない。英語を使えないから手段として優先順位が下がり、使う機会が少ないから使えるようにならない。完全に悪循環である。ここから抜け出すには、どこかで英語を使うことを目的とする必要がある。英語を使うために英語を使うのだ。

使うことを目的に量をこなす

トロイアの発掘で有名なハインリヒ・シュリーマンは、語学に堪能だったことでも有名で、自伝では15ヶ国語を使えたと書いている。

本当に15ヶ国語も使えたかはともかく、遺跡発見のために古代ギリシア語を学んだことは確かである。そんな彼が発見した、あらゆる言語の習得を容易にする方法は以下である*5

  • 非常に多く音読する
  • 決して翻訳しない
  • 毎日一時間あてる
  • つねに興味ある対象について作文を書く
  • 作文を教師の指導によって訂正する
  • 前日直されたものを暗記して、次の時間に暗誦する

教師の指導を受けるという点でシュリーマンは「質」も求めているが、それ以上に「量」をこなすことについて書いている。「毎日一時間」と聞くと大したことなさそうに思えるかもしれないが、彼は「時を盗んだ」と言うほどに、あらゆる瞬間を勉学のために利用した。英語取得するため日曜日は教会に2度も通って説教のシャドーイングをする。どんな使いっぱしりの時でも本を一冊持ち、待ち時間があれば暗記に努めた。そして半年で英語の基礎知識を自分のものとしたのである。

こうして量をこなし、スキルを自分のものとして初めて手段として使えるようになる。そして手段として使うようになっからこそ、新たに目的が生まれることもある。俺の場合、海外旅行がそれだった。

やってみて分かることもある

一般的に海外旅行そのものは手段である。見たいものがある、食べたいものがある。そういった目的を達成するためには海外へ行く必要があるからこそ、人は金と時間を費やして海外へ行く。しかし俺はまず「年に一度は海外へ行く」と決め*6、それから行き先と目的を決めていた。経験値を積むためである。

もともと俺が海外旅行に興味を持ったのは、中学生の頃に椎名誠やバックパッカーなどの旅行記にハマったのがきっかけである。俺もいつか海外を一人で旅行してみたい、そう思ってはいたが一人旅をすることなく20歳になっていた。英語ができるようになったら行こうと思っていたら、いつまで経っても英語ができないので行けないのである。そこで順番を逆にした。海外一人旅をしてから英語を学べばいい、と*7

英語もできず、経験も無いため、いきなり本で読んだような旅行をするのは難易度が高い。まずは「行って戻るだけ」の簡単な旅行から始めることにした*8。そこから少しずつ難易度を上げていく。そのため毎年一度は海外に行くことに決めたのである。

そして海外一人旅の3回目で死海に入るためにヨルダンへ行き、ついでにトランスフォーマーに登場したペトラ遺跡も訪れることにした。

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トランスフォーマー聖地巡礼

これで聖地巡礼の楽しさを知ったことで、以降の海外一人旅は全て聖地巡礼となった。ここで重要なのは、もともと聖地巡礼は「目的ではなかった」ということである。まず海外一人旅の回数をこなすことを目指し、実践している中で新たな目的を見つけたのだ。やらなければ見つからなかった。

それに数をこなし、経験値を積むことで新たな目的を掲げることもできる。俺の聖地巡礼記事で最も読まれたジョジョのイタリア聖地巡礼は、それまでの経験があったからこそ計画できた。世界の見え方は実力で変わるのである。

読書も同じである。本を読む習慣の無い人に、読書の価値がどれほど分かるだろうか。読書を楽しみ、読書を手段として有効活用するには、それなりの技術が必要である。

その技術を身に付ける第一歩として、数をこなすのは正しい。実際、数をこなした増田は趣味として読書を楽しめるようになり、知識を得る手段として本を読むようになった。ちゃんと元記事を読めていれば、「数を目標にするのは間違っている」なんて言えないはずだ。

終わりに

手段として使うためには、日頃から使うことを習慣とし、使い慣れていなければいけない。そのためには手段の目的化が必要な場合もある。能力を維持し、研ぎ澄ますために使う機会を積極的に作るのだ。

俺の場合、ブログはこれに当てはまる。書くことを習慣にしておかないと、ものすごく書きたいネタがあった時に書けなくなっている。俺の記事で最も読まれのは「恋柱の記事」*9だが、あの長さの記事をいきなり書くのは難しい。だから可能な限り毎週更新することを目指している。

だからこの2ヶ月、記事をほとんど書けなかったことに焦りがあった。なぜ社内論文の執筆は業務に含まれないのか。しかもあれだけ時間を使って書いた文章のPVが10に満たないのだから、救いようがない。

読書習慣を作るのに向いた本

自分も読書の習慣を身に着けたいが、何を読めばいいか分からない、そんな人はどうしたらいいか。ありがちな答えになるが、やはり自分の興味のある分野の本から始めるのがいいだろう。これが友人との会話で、相手が「おっぱい好き」と分かっていたら簡単だ。まず『乳房論』を勧める。

そして読んだ感想を聞き、その反応から次に勧める本を選ぶ。

逆に不特定多数に対してだと、具体的なタイトルを挙げるのは難しい。現在この記事を読んでいるあなたが、どのような人で何に興味を持っているのか、俺には分からないからだ。だから興味ではなく、難易度の観点で言おう。独立した話で構成され、一度に多く読む必要のない本を勧める。思い返せば、俺が子供の頃に読んだ本で児童向け以外だと、星新一のショートショートや『読むクスリ』があった。

読みたい本のジャンルが分からないなら、こういうのから始めるのも一つだろう。以下の記事ではそういった本をまとめてある。

*1:もっとも、この手の増田に対する反応としては珍しく、肯定的な意見も多数見受けられる。おそらく内容が他者への啓蒙ではなく、徹底して自己の成長記録についてのみ書いたからだろう。

*2:文化庁が行った平成30年度「国語に関する世論調査」によると、「読書をすることの良いところは何だと思うか」という問いに対し、1位は「新しい知識や情報を得られること」である。 平成30年度「国語に関する世論調査」の結果について | 文化庁

*3:逆に読書という「行為そのもの」に意味がある場合は、目的としての意味合いが強いと言える。例えばビブリオセラピー(読書療法)として本を読むならば、究極の目的は癒されることであるが、直接的な目的は読書と言って問題ないだろう。 日本読書療法学会 - 読書療法とは

*4:この読書量は決して特殊な例ではない。16歳以上の日本人が1ヶ月に読む冊数を尋ねると、0冊と解答した人が47.3%で、1,2冊が37.6%だからだ。昔の増田は読書量について普通の日本人だと言える。 平成30年度「国語に関する世論調査」の結果について | 文化庁

*5:俺はこれを文字通りブックマークし、満足した。

*6:新型コロナで達成できなくなったが。

*7:英語は今になっても学んでいない。

*8:もちろん観光もしたが、後の旅行に比べると行って戻るだけ。

*9:【鬼滅の刃】恋柱に注目するなら乳だけでなく下半身も見ろ - 本しゃぶり