本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

ご注文はゼロ・トゥ・パン

『ごちうさ』に含まれているのは、かわいさだけではない。
本作にはビジネスで成功するための知識が存在する。

これは賛成できないかもしれないが、大切な真実だ。

10年分の経験値

『ご注文はうさぎですか?』は今年で10周年*1。これを記念して秋に原画展が開催される。最近そのイベントビジュアルが公開されたが、たしかに10年の重みを感じさせるだけの風格があった。

そんな彼女たちを見ていると、つい自分に問いかけたくなる。「この10年で自分は成長できたか」と。

答えはYes。なぜなら『ごちうさ』から多くのことを学んできたからだ。本作は勤労少女たちの物語であり、ビジネスへのヒントが多く詰まっている。この主張は賛成する人がほとんどいないかもしれないが、大切な真実である。

この真実に近づくためには、ちょっと異なる視点で作品を見る必要がある。ではどのような視点で見つめればいいのか。本記事では物語序盤の内容を中心に手本を示そう。

戦わないから生き残れる

喫茶店ラビットハウスで提供されているパンは、ココアの手によって作られている。それもただの労働力としてではなく、「ココア特製厚切りトースト」なる自らの名を冠したメニューを提供している*2。ここで一つ質問だ。なぜココアは若干15歳にして*3、このような立場となれたのだろうか。

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『ご注文はうさぎですか?』第2羽

ココアはパン作りにかける情熱こそ誰よりも持っている。しかし技術については特筆すべきものではない。現にココア製トーストを口にしたモカ姉は、ひと口で普通のもちもちだと見抜いていた*4。少なくともココアの実家であるベーカリー保登では、看板メニューを任せられない程度の実力だと言えよう。

そんなココアがパンを提供できた理由はただ一つ。職場が喫茶店であったからだ。パンの需要があり、生産設備も整っていながら*5、パンを作る者が他にいない。まさにココアにとってラビットハウスとは、青海ブルーオーシャンであったと言え、パンに関しては独占的立場を獲得したのだ。

ココアにとってラビットハウスがパン作りに最適だったのは偶然だが*6、彼女はその幸運を完璧に利用する。オーブンがあると知った次の休日には看板メニューの開発に着手*7夏にはパン祭りを開催するスピード感である*8

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『ご注文はうさぎですか?』第7羽

また、ラビットハウスを「自分のパンを提供する場所」という捉え方をしたのは、別の利益をココアにもたらす。それは甘兎庵の後継者である千夜と友好関係を結べたことである。互いを「喫茶店」と位置づけしたならば、限りある顧客を奪い合う競争相手だ。しかし「パン屋」と「甘味処」ならば違う。だからココアは千夜をパン作りに誘い、逆に甘兎庵からも学びを得ることができたのだ*9

対してココアと真逆なのがティッピーである*10。彼*11は喫茶店としてラビットハウスを立ち上げたが、場所が悪かった。喫茶店が密集しているため競争に苦しむことになったのである*12

過度な競争は人の精神状態をおかしくさせる。かのスティーブ・ジョブズはAndroidを憎んでおり、抹殺するためなら「水爆を使ってでもやる」と言っていた*13。また、コンフィニティ*14がX.com*15と競争していた際には、エンジニアの一人が実際に爆弾を設計したという*16。ココアがラビットハウスを喫茶店として捉え、周囲に対して競争心を燃やしていたら、甘兎庵に殴り込みなんて日常があったかもしれない*17

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『ご注文はうさぎですか?』第7羽

実際は前述したとおり、周囲の喫茶店関係者とも友好関係を築くに至った。これによってココアは、純粋にプロダクト開発に専念することが可能となったのである。

一歩踏み出しては君を見る

看板メニューとして「焼きうどんパン」を提案し、他にも次から次へと思いつきを実行するため、ココアは感覚的な人物だと思われやすい。だがそれは違う。ココアは計算のできる女である。自分の実力だと思いつき程度のパンでは、勝算は決して高くない。そう冷徹に見極める彼女は、「リーン」から始めた。

初対面のメグに試食として出したパンはバゲットとブール、すなわち「リーンなパン」*18である。リーンなパンは作り方や味がシンプルなだけに、技術や環境の影響が大きく出る。ゆえにココアは自分の作り方が適切か見極めるためにMVP*19を作成し、顧客の反応を伺うのである。

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『ご注文はうさぎですか?』第6羽

ココアは「検証」「フィードバック」を頻繁に行っている。チノとリゼにパンの試食を断られた時は、「ダイエット」もしくは「虫歯」という仮説を立て、甘くない低カロリーなパンを用意した*20。このようにして顧客の求めるパンを探っていくのである。

検証を重視する傾向は、看板メニュー開発にも見られる。ココアは出された案をふるいにかけず、全ての試作を作成した。新しいものが受け入れられるかは、頭で考えるよりも実際に作ってみた方が確実である。だから彼女は兎走な試作品開発(ラビット・プロトタイピング)*21を採用したのである。

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『ご注文はうさぎですか?』第2羽

ここまでココアが徹底して検証とフィードバックを行えるのは、顧客第一主義をとっているからだろう。ココアは仕事のやりがいを尋ねられた時、寝起きの身でありながら「お客様の笑顔です」と即答していた*22。いかにパンでお客様を喜ばせるか、そう考えているから自分本位にならず、検証とフィードバックに取り組めるのだろう。

これに対して不安なのがティッピーである。言動の端々から強いこだわりを感じ取れる。こういった人は、顧客よりも自分を優先しがちだ。極めつけは現ラビットハウス店主、タカヒロの発言である。彼はインタビューで「先代までにない、お客様の立場に立った接客を」と語っていた*23。かつて経営難だった店を救った者の言葉だけに重い。

そしてココアとティッピーの差は、商品開発や接客だけに留まらない。マーケティングにおいても対比が見て取れる。

「やかましい」くらいがちょうどいい

1年目のクリスマス、ココアらは限定パンケーキを用意し、店は普段からは考えられないほど大繁盛*24

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『ご注文はうさぎですか?』第11羽

その光景を見たティッピーはポツリと呟く。

「わしはもっと隠れ家的な静かな店を望んでいたんだがなぁ」

こいつ絶対に宣伝していない。

オタクはいい製品を作れば魔法のように販路が開かれると勘違いしがちである。何か新しく素晴らしいものを作っても、それを効果的に販売する方法を創り出せなければ、よいビジネスにはならない。成功するには優れた営業と販売が必須である。ティッピーはそれを理解していなかった。

しかもティッピーは店を始めるために借金をしている*25。初期コストやランニングコストが低ければ、口コミで店の評判が広まるのを待てたかもしれない。しかし実際は調子に乗って大きく始めてしまったことで*26、そんな猶予は無かった。しかも前述したとおり、店は競争の激しい立地にある。そのため彼は「いっそ、うさぎになれたらどんなに楽か…」*27とぼやくまで追い詰められたのである。

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『ご注文はうさぎですか?』第9羽

対してココアは天性の営業スキル保持者だ。相手のふところに一瞬で入り込み、何を求めているかを聞き出す。

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『ご注文はうさぎですか?』第9羽

一流のセールスは相手に売り込みだと悟らせない。ココアは初対面の相手でも気軽に世間話を始め、仲良くなった相手は吸い寄せられるかのようにラビットハウスを訪れる。まさに天与の才と言えるだろう。

ココアは1対1だけでなく、不特定多数を相手にした宣伝活動もおこたらない。「夏のパン祭り」はその典型例である。ラビットハウスでおいしいパンを食べられることを知ってもらうため、食べ放題を企画する。そして企画そのものを宣伝するためにチラシを自ら作成*28、公園で配布した*29。知ってもらうためには全力を尽くすのである。

このようにココアはパンとラビットハウスについて営業を重ねているが、最も売り込んでいるものは彼女自身である。ことあるごとに自分は「お姉ちゃん」だと吹聴し、ラビットハウスに「三姉妹喫茶」というラベリングを行う。その努力の結果、ついには雑誌掲載という形で既成事実化に成功することに*30

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『ご注文はうさぎですか??』第1羽

ここまで来るとラビットハウスの将来が心配になる。ココアの手によって店で自家製パンを食べられるのが当たり前となり、三姉妹喫茶なんてイメージまでついてしまった。生活水準と同じで、一度上がった評判は維持しなくてはいけない。できなければ客は元より減ってしまうためだ。この先、ラビットハウスはココア抜きでやっていけるのだろうか。

ココアは将来「木組みの家と石畳の街」でパン屋を開くことを前提の発言をしていたが*31、どうやって店舗を確保するつもりなのか。ここまで来てその答えが見えた。ラビットハウスは彼女がゼロからパン屋を生み出すための礎となるだろう。

終わりに

このように『ご注文はうさぎですか?』にはビジネスに使えるヒントが多く詰まっている。今回紹介したのはそのうちの一部にすぎない。脚注を見れば分かる通り、今回取り上げたネタの大半は原作だと3巻まで、アニメだと1期の内容である。2021年7月現在において、原作は既刊9巻、アニメは3期まで放映されている*32。これら全てを見たら、どれほどの学びがあるだろうか。この10年、『ごちうさ』に触れ続けてきた者とそうでない者の間には「圧倒的な差」があるに違いない。

なぜこれほどまでに『ごちうさ』はビジネスと親和性が高いのか。それは始めに述べたとおり、この作品は勤労少女たちの物語だからである。少女は大人と比べて立場が弱く、権力も持ち合わせていない。そんな少女たちが説得力のある形で活躍するためには、様々なお膳立てが必要だ。その「お膳立て」はもちろん大人にとっても有効である。だから参考になるのだろう。

参考書籍

本記事を書く上で参考にした本。

『ゼロ・トゥ・ワン』

ビジネス関係はこの本を中心に書いた*33。Paypal創業者の一人ピーター・ティールがスタンフォード大学で行った起業の授業を元に書かれた本。逆張り思考な内容で、競争より独占、偶然より計画を重視する。この記事ではリーンな手法を重視したが、実は本書では「リーンであること」自体を否定はしていないけれども「リーンが全て」というような風潮には反旗を翻している。本書が他の起業系本と大きく異る点はここにある。

『パンの科学』

パンに関する知識は本書から。パンの作り方や特性について、科学の観点から解き明かしていく本。この手の本を読むと、ふだん何気なく食べている物について自分は何も知らないのだと気がつく。本記事を書くのにパンの知識はいらないだろと思いながら読み始めたが、「リーンなパン」という概念を知って読んだのは正しかったなと思った。あとイースト菌関係についてはもう少し盛り込みたかったが、無駄に記事が長くなるので泣く泣く削除。気になった人は本書を読んで。

『ご注文はうさぎですか?』

原作は1巻と2巻がKindle Unlimited対象*34

アニメは1-3期の全てがPrime Videoで無料視聴可能*35。ただし3期 (BLOOM) は「Primeでの配信は7 日以内に終了」となっているので、気になる人はすぐに見よう。

ごちうさ記事

やっぱり『ごちうさ』とビジネスの相性はいい。

*1:2021年1月発売のまんがタイムきららMAX3月号で10周年。「ご注文はうさぎですか?」連載10周年、今秋には展覧会の開催が決定 - コミックナタリー

*2:原作4巻、アニメ2期第5羽。

*3:「ココア特製厚切りトースト」が作中に登場したのは下宿2年目の春なので16歳となっているが、1年目にパン祭りを開催していることから15歳とした。

*4:原作4巻、アニメ2期第5羽。

*5:ティッピーが調子に乗って買った大きいオーブン。

*6:原作1巻で千夜とパン屋を訪れた際に「また(パンを)作りたいなぁ」と言い、ラビットハウスに設備があることを知ったのはその後である。やってきた時点ではパンを作れることを期待していなかったと読み取れる。

*7:原作1巻、アニメ1期第2羽。

*8:原作2巻、アニメ1期第7羽。リゼのセリフから夏だと確定できる。

*9:プロダクトへのネーミングなど。

*10:厳密にはティッピーはウサギの名前であるが、中身の名前は不明なため、本記事ではチノの祖父を形態に関わらずティッピーと呼称する。

*11:現在の肉体はメスのウサギであるが、本記事では中身の人間について語るため男性として扱う。

*12:原作2巻でのココアとメグの発言によれば、甘兎庵やフルール・ド・ラパン以外にも喫茶店があるようだ。

*13:Walter Isaacson著の伝記『Steve Jobs Ⅱ』より。

*14:ピーター・ティールらが設立したPayPalを作った会社。後にX.comと合併してPayPal社になる。

*15:イーロン・マスクらが設立した支払サービスの会社。後にコンフィニティと合併してPayPal社になる。

*16:『ゼロ・トゥ・ワン』より。

*17:実際にティッピーが殴り込みを仕掛けたが。

*18:パンの基本材料である「小麦粉」「水」「イースト」「塩」を中心に構成されたシンプルなパン。

*19:"Minimum Viable Pain" すなわち「実用最小限のパン」のこと。

*20:原作2巻。アニメ化はされず、代わりにドラマCD化された。

*21:兎が走るがごとく迅速に試作することを目的とした手法。かつてパンを作るためには発酵種を利用するしかなく、パンを作るためには何日もかける必要があった。そのため試作品の製作は、時間を要しコストも高くつくことから、仕様が定まってから行われていた。しかし1900年頃に工業製品の圧搾イーストが開発された結果、パン生地の発酵と膨張は短時間で完了し、全工程の所要時間も大幅に短縮される。そこで気軽に試作品を製作できるようになり、早い段階で試作品を作る手法としてラビット・プロトタイピングが登場したのである。[要検証]

*22:原作2巻。アニメで該当するのは1期第12羽だが、寝起きではなく完全に目覚めた状態で質問されていた。

*23:アニメ1期第12羽。原作には無い。

*24:原作3巻、アニメ1期11羽。

*25:原作2巻、アニメ1期9羽。

*26:使いもしない大きなオーブンはいらなかっただろ。

*27:原作2巻、アニメ1期9羽。

*28:この時のチラシにミスがあったことについては反省し、クリスマスイベントの招待カードを作成する際に活かされた。ここでもまた検証とフィードバックが機能している。

*29:この話は原作でもアニメでも、肝心のパン祭りの様子は一切描写せず、宣伝活動が中心となっていた。このことから営業の重要性とココアのスキルを示すために描かれた話だと言える。

*30:原作3巻、アニメ2期1羽。

*31:原作2巻。

*32:他に映画やOVAあり。

*33:これを読めば『ごちうさ』を読む必要ないなんてツッコミは受け付けない。

*34:2021/07/25現在。

*35:2021/07/25現在