本しゃぶり

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文化史本は新たな視座をもたらすことに価値がある

俺の連載「文化史ぜんぶ読む」の価値は何か。
それは読者が新たな視座を獲得する機会を提供することにある。

文化史本を読んで世界の見方を変えろ。

無事に第2回も掲載されたわけだが

週プレの連載2回目が無事No.39&40号に掲載された。取り上げた本は『歯痛の文化史』である。最近、親知らずを抜くために歯医者に何度も行ったので*1、歯科医療の昔と今の比較を自らの体験も交えながら書いた。

連載告知は前回の本しゃぶりでがっつり書いた。

だが、後で一つ大事なことが抜けていたことに気がつく。それは連載テーマである『〇〇の文化史』(文化史本) をなぜ読むのか、だ。

前回も書いたように、この連載企画は俺が考えたものではなく、向こうから提案されたものである。俺はそれに即答する形で乗ったわけだが、ただ連載のチャンスをものにしたかっただけではない。この企画には価値があると思ったからである。

これまで本しゃぶりを続けていて、この手の文化史本は何度か使っている。『〇〇の文化史』に拘らず、特定テーマの歴史を書いた本も含めたらかなりの数になるだろう。実際、以前にこんなことを書いているくらいだ。

俺の記事だと「〇〇の文化史」「〇〇の世界史」というタイトルの本が使えることが多いのだが、
ブログ記事を書くための読書について - 本しゃぶり

なぜ文化史本は使えるのか。それは二度楽しめるからである。一度目は普通に本を読んでいる時。面白い話が豊富に含まれていることが多いためだ。二度目は本の知識を通して世界を見た時。これまで気に留めていなかった事柄が、新たな魅力深みを帯びて見える。この体験が得られるからこそ、文化史本は使えるのだ。

毎回一冊の文化史本を紹介するということは、それだけ読者に新たな体験を提供できることを意味する。これは間違いなく価値がある。そう思ったからこそ、連載すると即答したわけだ。

文化史本を読んでどう変わる

文化史本を読む理由は上記の通りなのだが、説明だけでは実感できない人もいるだろう。なので文化史本を読んで視点がどう変わるのか、俺の例を紹介する。連載1回目に取り上げた『尻叩きの文化史』の話をしよう。

本書を読み終えた時、俺はとあるアニメのワンシーンが頭に思い浮かんだ。それは2023年春アニメの『異世界召喚は二度目です』の第1話、主人公セツが異世界の剣士エルカの尻を叩いた場面だ。この尻叩きによりエルカは、目の前の見知らぬ青年がかつての上司であると気がつく*2

『異世界召喚は二度目です』第1話

アニメを見た時はこれをギャグシーンだと流してしまった。だが『尻叩きの文化史』を読み終えた今は違う。関係性を取り戻す手段に尻叩きを使ったのは、正しい選択だと断言する。

尻叩きは一方的な「支配と服従」の関係を象徴する行為だ。尻は背面にあるため無防備あり、攻撃を防ぐことも避けることもできない。さらに拘束がセットになればなおさらだ。ゆえに尻叩きの実行者と対象者は、対等ではなく一方的な関係となる。実際、尻叩きは「主人と奴隷」「教師と生徒」のような、上下関係が明確な間柄で行われやすい。

Adam Johann Braun (1748-1827), Public domain, via Wikimedia Commons, Link

このように尻叩きは強固に構築された「支配と服従」の関係で生じるからこそ、因果を逆転させて尻叩きによって関係を構築することも可能だ。本書では赤ん坊のロールプレイをしたい老人が、娼婦に自分の尻を滅多打ちするように求める逸話が紹介されている。これほどまで一方的な関係性を象徴するからこそ、尻叩きは躾や罰だけに留まらず、性的行為や儀式にも用いられるのだ。

尻叩きの知識を得た上で、改めて『異世界召喚は二度目です』の尻叩きについて考えてみよう。かつては「上司と部下」という上下関係があったがゆえに、尻叩きが行われていた。関係性が要因で、行為は結果である。それが当該シーンでは、尻叩きをしたことにより、上下関係を取り戻すことになった。ここでは行為が要因であり、関係性が結果である。まさに尻叩きの持つ象徴を上手く活用した表現だと言えるだろう。

今となっては日常的ではない行為である尻叩きですら*3、こうやって以前と異なった視座で世界を見る機会があるのだ。もっと日常的なテーマならより機会は多くなる。文化史本を読めば読むほど世界が楽しくなると、実感が湧いてきたのではないか。

場所と時間に縛られない

文化史本を読んでいると世界がちょっと楽しくなるわけだが、こういう話をすると次のような意見を持つ人も出てくるだろう。

  • それ、本に限った話ではないよね
  • 博物館や美術館に行く方が実物を見た上で学べるので良い
  • お前が本を売りたいだけでは

これらの意見はもっともであるし、否定もしない。だが、下記のような話を念頭に置いてからもう一度考えてみてほしい。

文化を享受するには様々な手段があるが、環境によって持てる選択肢は違う。都市部に住んでいれば様々な博物館や展示にアクセスできるし、親ガチャに成功したら家庭教師がアリストテレスを呼べる*4。そういう選択肢を持っている人は本に拘らず、最適な手段を選ぶと良い。

だが俺のように地方在住だと、展示場所へ行くというのは、金も時間もかかる行為だ。もちろん俺が行ける範囲にも、博物館はそれなりにある。だが俺がわざわざ出かけようと思える展示ではないのも、また事実。ふらっと訪れることができるのであれば、とりあえず行ってみるのかもしれないが。

それに対して本は場所に縛られない。ネット通販の発達により、日本のほぼ全域で気軽に入手できる*5。電子書籍にいたってはネットが繋がってさえすれば読める*6。しかもコストも首都圏と地方で変わらないのだから嬉しい*7

また、本は手元に置いてからは時間も自由だ。読みたいと思ったその時にパッと手に取れ、寝る前の10分だけでも読むことができる。また、この特性は展示会に訪れる時にも役に立つ。本があれば好きなだけ時間をかけて予習・復習ができるので、展示をより深く味わえるわけだ。これは頻繁に様々な展示を見る人はもちろんのこと、滅多に行けない人も貴重な機会を十二分に活かすことになる。

以上のように本は展示と比較して、場所と時間に縛られないという強みがある。また、展示と組み合わせれば、より価値を引き出すことになる。そして紹介すれば俺に見返りもある*8。ゆえに本を勧めるというわけだ。

面白い文化史本の探し方

そろそろ文化史本を読みたくなってきたと思うが、ここで一つ課題が生じる。どうしたら面白い本を読めるか。文化史本は当たりが多いと感じているが、それでも面白くない本も存在する。しかも文化史本の中には定価が4,5千円することもあるわけで*9、お試しで買うにはちょっと気が引けるだろう。

最もおすすめの方法は、図書館を利用することである。この手の本は図書館に置いてあることが多い。気になった本をがあれば気軽に確認し、良さげなら借りて読めば良い。購入するのは手元に置く価値があると分かってからで十分だ。

できるならば、「これが面白い文化史本の見分け方だ」と書きたい。だが、実際に色々と読んでみても、買う前に面白い本を見分けるのは難しい。一応、これがあると面白い確率が高いと感じる要素はある。「テーマが身近」とか「古代ギリシアから始まっている」*10など。しかし該当しなくても面白い本はあるし、その逆もある。やはり読んでみないと実際のところは分からないのだ。

そうなると次に取るべき手は一つだ。既に本ではなく人を見つけるのである。世の中には文化史本を片っ端から読み面白かったものを紹介している人がいる*11。そういう人を見つけて紹介文を読み、気になった本を入手すればよい。その人と本の趣味が近ければ当たる確率は高くなるし、予めどんな本か知ることもできる。俺には使えない手だが*12、おすすめである。

せっかくだから、まだ記事にしていない文化史本で、面白いのを1冊挙げよう。『ヒゲの文化史』だ。

本書が当たりだと最初に思ったのは、第1章の書き出しを読んだ時だった。

文明は自然と闘っている。少なくとも顔の毛に関する限りこれは真実である。

ここからなぜヒトのオスの顔にはヒゲが生えるのかについて*13進化生物学の話が始まるのだ。「文化史」と名乗っておきながら、文明以前から話を始める。かつて『動物園の文化史』を読んだ時に「古代文明からではなく、狩猟採集時代から始めるのか」と感心した記憶があるが*14、本書はさらに前から始めるとは。これだけで他とは違うと思わされた。

もちろん本書は出オチで終わらない。アレクサンドロス大王、イエス・キリスト、ルイ14世、エイブラハム・リンカーン、ジョン・レノン。様々な歴史上の有名人が登場しては、そのヒゲがどんな影響を与えたかについて語られる。剃り落としてツルツルの顎であるのもヒゲの一形態である。上で挙げた中だと、アレクサンドロス大王やルイ14世がそれにあたる。なぜ彼らはヒゲを生やすのが一般的な世界で剃り落としたのか。各人の判断の意義を知ると、俺もヒゲを剃るたびに「なぜヒゲを剃るのか」とつい考えてしまう*15

対象が西洋世界に限っているのが玉に瑕ではあるが、それでも間違いなく面白い一冊である。特にヒゲが生える人におすすめ。

終わりに

上で書いた「面白い文化史本の探し方」は、『スゴ本』に書かれていた内容と同じである。当初は自分で考えていたつもりだったのだが、途中で「これスゴ本そのままだな」と気がついた。読んでいたらそうなるのも仕方ない。

本書ではスゴ本 = 凄い本を「読前と読後で、自分が一変してしまうような衝撃や視座をもたらすようなやつ」と定義している。まさに良い文化史本はその視座を与えてくれる本だ。身の回りにあるものきっかけに読者を歴史の旅に連れ出し、戻ってきた時には以前とちょっと違った形で世界が見える。そんな体験は珍しい話ではないのだ。

俺が連載で実現したいのは、読者にそんな体験があることを伝えることである。

文化史本を使って書いた記事

本しゃぶりの記事で文化史本を使ったものだと以下がある。

*1:2023年に入ってから10回も歯医者に行っている。親知らずも3本抜いたし。10年以上も行っていなかったから仕方ない。

*2:少々ややこしい設定なので補足しておこう。須崎雪(セツ)はかつて異世界召喚されて勇者となり、その世界を救った。エルカはその当時の部下である。しかし異世界人はセツの圧倒的な力を恐れて、彼を元の世界に強制送還してしまう。元の世界で赤子から人生をやり直すことになったセツだが、高校生になったところでクラスごと同じ異世界に転移することに。セツは赤子から人生をやり直したことで、勇者として活躍していた頃とは姿が異なる。ゆえにエルカはその青年が誰か分からなかったのだが、尻叩きされたことでかつての上司だと気がつくのだった。

*3:俺は尻を叩くことも叩かれることも無いので。

*4:この件だけでもアレクサンドロスはチートすぎる。

*5:離島とかの状況までは知らない。

*6:クレカが無かったらどうするんだみたいなイチャモンは受け付けない。

*7:Amazonの場合、プライム会員かつAmazon.co.jpが発送するなら離島ですら無料となる。配送料について - Amazonカスタマーサービス

*8:もちろん俺はあなたが俺のアフィリンク以外から本を入手することを否定はしない。街の本屋で買ってもいいし、図書館で借りてもいい。俺をきっかけに読んでもらうだけでも嬉しいものだ。金が入ればなお嬉しいが。

*9:俺の手持ちの文化史本で一番安いのは税別1,400円で、平均はたぶん3千円弱になりそうだ。社会人ならともかく、学生だと気軽に買うにはちょっとハードルが高いかもしれない。

*10:古代メソポタミアから始まっているとなお良い。

*11:骨しゃぶり(@honeshabri)さん / X

*12:もっとも、俺も様々な人の紹介で文化史本を知ることが多いので、俺も使っているとも言えるわけだが。

*13:稀ではあるが、ヒトのメスにもヒゲが生えることはある。本書にはヒゲを生やした有名な女性も登場する。

*14:あまりにも感心したので、この記事で真似した。けものフレンズの歴史〈原始・古代編〉 - 本しゃぶり

*15:実際のところは「それが一般的だから」という最もつまらない理由なのだが。