本しゃぶり

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最初の一歩を踏み出すという汎用的な技術

新しいことを始めるのは難しい。
特に最初の一歩を踏み出すことが。

それは技法を知らないためだ。

独学大全のジレンマ

ようやく『独学大全』を読み進めている。

発売してから連日のようにおすすめツイートが流れ*12020年みんながオススメしたスゴ本でも堂々たる1位に輝いただけはあって、確かに良い本だ。前著『アイデア大全』『問題解決大全』も読んでいたので、評判だけということはないだろうと思っていたが、読み始めてみたら前2冊より面白い。もうちょっと早く読み始めても良かったな、というのが正直なところだ。

なぜ高い評判を得ているのに、俺は手を出すのが遅れたのか。それは「厚さ」のせいである。ソフトカバー版は788ページ*2、紹介文で「独学の百科事典」と謳うだけのことはある。しかも『独学大全』は実態以上に「厚い本」というイメージが強い。

あまりの厚みにより、多くの人が比較写真を上げていた。そのため俺の中で『独学大全』のイメージはどんどん膨らみ、それは本というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、である*3。これまで本書に近い厚みの本は読破したことはあるし、俺が買うのはKindle版なので、本来ならば厚いことは大した問題ではない。しかし刻み込まれたイメージにより、つい二の足を踏んでしまったのだ。

このような問題を抱える人のため、ちゃんと『独学大全』は答えを用意している*4いかにして独学をスタートするべきか、と。しかし困ったことに、俺が躊躇しているのは『独学大全』を手に入れ、読み始めることである。そのため『解決』に到達することは決してない。これを「独学大全のジレンマ」と呼ぶ。

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つまりこういう状態

俺が幸運だったのは、解決法をこれまでの読書から知っていたことである。問題を認識し、対処法を知っているのなら後は実行するだけだ。そして『独学大全』を読み始め、ふと思う。この技法が使えるのは独学に限った話ではないな、と。

独学にしろ、最高にエッチな画像を作るにしろ*5、最も難しいのは最初の一歩を踏み出すことである。動き始めさえすれば勢いがつくので楽になるのだが、動き始めるまでに最も力を必要とする。一般的に静止摩擦力が動摩擦力よりも高いのは、人の行動においても言えるのだ。

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すじにくシチュー, CC0, via Wikimedia Commons, Link

最初の一歩を踏み出すのはかくも難しい。だがこれは普遍的な問題であるため、既に対処法は存在する。『独学大全』を買って読めば分かるが、俺と同じでジレンマに陥るだけだろう。しかし安心してほしい。本記事をここまで読んでいるということは、既に知るための一歩を踏み出している。このまま読み進め、新たな一歩を踏み出せるようになろう。

スモールステップで進む

高い山へ登る時、頂上を見ると意気消沈する。だが足もとを見つめて一歩ずつ歩けば、いつの間にか頂上に立つ。そう言ってドラえもんは「千里一歩はねぼうき」を取り出した*6

ドラえもんの道具になるほど、スモールステップで進むというのは新たに物事を始めるための基本技術である。最初の一歩が大変なら、大変と思わないほど一歩を小さくすればいいのだ。『独学大全』では、技法4「1/100プランニング」技法5「2ミニッツ・スターター」がそれに当たる。

「1/100プランニング」は目標を定量化し、その1/100だけ今すぐ実行というものである。1/100という値にこだわる必要はない。1/100でさえコストが高すぎると思うなら、1/1,000でも1/10,000でも構わない。重要なのは目標達成への道筋を数値で表し、具体的で定量的な行動に落とし込むことである。

ただし「1/100プランニング」は全体を把握し、分割することで頭を使うので、まだ最初の一歩としては大きい。そこで「2ミニッツ・スターター」が役に立つ。これは「まず2分だけ」手を付けるというものだ。2分間だけ手を動かし、時間が来たら好きにすればいい。そのまま作業を続けてもいいし、他の作業や休憩に移ってもいい。重要なのは何も考えず「まず2分だけ」やってみることだ。

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カップ麺ができるのを待つより短い時間だけやってみる

2分だけでもやる意味は2つある。1つはちょっとでも手を付けることで、分かることもあるということ。もう1つは課題が「未着手」から「未完成」に変わることで、勢いがつくことだ。この後者が特に重要である。

未完成で中断した作業は、つい続きをやりたくなってしまう。発見者にちなんでオヴシアンキーナー効果と呼ばれるこの効果はとても強力で、ビジネスでも活用されている。例えばスタンプカードだ。スタンプカードは作ったその場でスタンプを押してくれる。店によっては最初は2個押すこともある。これは最初から未完成状態にすることで、顧客に「既に進んでいる」と思われることを狙ったものだ。そしてそれが効果的であることは、研究で示されている*7

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オヴシアンキーナー効果

以上のように、ちょっとでも手を付けるというのは最初の一歩を踏み出す上で重要であり、その「ちょっと」が何をやるか明確であるとなおいい。なので「2ミニッツ・スターター」と「1/100プランニング」は組み合わせて使うといいだろう。最初に2分だけでも「目標の定量化」と「作業への落とし込み」を行う。そして作業内容が決まったら、2分だけ作業に着手するのだ。

しかし、たった2分だけでも「やる」と決断するのは困難である。特に重要でも緊急性は低い事柄ならなおさらだ。なので習慣化することが重要になる。

判断は先にして習慣化する

新しいことを続けるのは難しい。それは実行するのに決断が必要であり、そのたびに心的資源を消費するからだ。あるいは単純に忘れてしまう場合もある。他のことに認知能力を使ってしまい、存在が頭の中から消えてしまえば、できるわけがない。

だから新しいことを続けるためには、それを習慣化することが重要である。そこで『独学大全』では技法10「習慣レバレッジ」が登場する。これは既にある習慣の直前あるいは直後に、新しい習慣を行うというものだ。こうすることで、新たな習慣を0からではなく、既存の習慣をちょっと変更するだけで作ることができる。

ポイントは新しい習慣を負荷の軽い内容にするということ。そうすれば無理なく行えるため、習慣化しやすい。習慣化に成功したら負荷を上げていき、内容を充実させていく。

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俺が遺伝的アルゴリズムのために行った習慣レバレッジの例

この技法が優れているのは既存の習慣をアクション・トリガーとして使っていることだ。アクション・トリガーとは、行動に移すための「きっかけ」として設定する、心理的な計画である。ニューヨーク大学の心理学者ペーター・ゴルヴィツァーは、アクション・トリガーの価値は意思決定の「事前装填」にあると述べている。

人は判断するのに心的資源を消費する。困難な判断ならより多く消費し、認知能力は低下する。過酷な状況で即断するのは難しく、誤っていても楽な方へ流れてしまいがちである。だから余裕のあるうちに客観的な視点から判断を下しておき、その時が来たら反射的に行動するようにしておくのだ。

判断抜きに反射的な行動をとるために、アクション・トリガーと行動は具体的明確にするのが重要である。アクション・トリガーで最も有名な例は、使い方も含めて完璧なので参考にするといい。

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最も有名なアクショントリガー

幸いにも我々が必要としているのは過酷なシチュエーションでの指針ではなく、日常的に行う新たな習慣である。ゆえにそのトリガーも習慣であると、習慣の形で行動を起こす機会が生じるというわけだ。

使える習慣が無いのなら、リマインダーをセットするだけでも無いよりはマシである。経済学者のディーン・カーランらは、ペルーとフィリピンで貧しい人に対して、貯金を促すリマインダーの実験を行った*8。貯金は重要だが、緊急性は低い。貧しい人が貯金をできない理由の一つに、差し迫った課題に意識が向いてしまい、貯金が意識から抜けてしまうためであるとカーランらは考えた。そこで貯金について思い出させるため、貯金の目的と目標額を訊いた上で、毎月月末に貯金のリマインダーを送るようにした。結果、ただリマインダーを送っただけで貯金は6%増え目標金額の達成率が3%上昇したという。

ここでリマインダーとして人間を使うと、社会的な関係を利用した「縛り」の効果も得られて良い。これは技法13「ゲートキーパー」で解説されているが、本記事では掘り下げない。

以上のように、トリガーを設定し、反射的に行動することによって新しいことの習慣化を実現できる。一度行動を始めてしまえばオヴシアンキーナー効果によって、継続することができる。やる気スイッチは手動で押すものではない。自動で入るようにすべきなのだ。

俺の具体例

せっかくなので上記の知識を俺がどのように使っているか紹介しておこう。

まず『独学大全』の読み勧めるのには、「1/100プランニング」と「習慣レバレッジ」、それに技法7「グレー時間クレンジング」*9を使っている。こう書くとすごそうだが、大した話ではない。SiriによるKindle読み上げ*10を使って「ながら聞き」をしているだけである。

Kindle読み上げならば、他の作業をしながらでも内容を把握することができる。とはいえ頭を使う作業だと内容が頭に入ってこないので、単純作業と組み合わせるのが良い。俺の場合、主に通勤と筋トレがKindle読み上げの時間になっている。そこでちょっとずつ読み進め、現在83%まで来た。

耳による読書は勝手に進むのも良い。一度スタートしてしまえばオヴシアンキーナー効果に頼るどころか、止めようとしない限り止まらない*11。『独学大全』には技法として耳による読書法は載っていないが、ざっくり内容を把握する方法として優れていると思う。少なくとも『独学大全』のAudible版が出るほどには。

学習以外では、掃除でも技法を活用している。掃除も学習と同じで、重要だが緊急性の低いタスクである。「一定以上汚れたらやる」だとやらなくなるのは目に見えているので、頭を空っぽにして時間が来たらやることにしている。

ホコリ落としと掃除機がけは、毎週土曜日9:45から行っている。これはPodcastの更新*12に合わせたものであり、つまり「習慣レバレッジ」を使っている。さらに忘れないよう、時間になったらEcho Dotが「掃除の時間です、Podcastでも聞きながら部屋をきれいにしましょう」と喋りだす。

掃除は好きな行為ではないが、やはり始めたらやる気が出てくる。アメリカで人気な整理整頓のプロであるマーラ・シリーは、「5分間お部屋レスキュー」という技法を提唱している。これは家の中で最も散らかっている場所へ行き、5分間だけ片付け・掃除を行うというものだ。やはり独学で有効な手法は他の分野でも使えるのである。

終わりに

新しく物事を始めるというのは難しいが、本記事で述べたとおり対処法は確立している。ここまで読んだということは技法を知ったのだから、後は行動に移すだけである。もちろん最初は小さな一歩で良い。『独学大全』を持っていない人は下のリンクから購入するところから始めよう。本記事を読めば分かる通り、紹介される技法は独学だけでなく、日常生活にも活用することができる。

既に『独学大全』を持っているという人は、さっさと読むがいい。やり方は全て書いてあるのだから。

そして『独学大全』を持っているだけでなく、読み終えた人に対しては言うべきことはない。既に行動に移しているはずなので。

参考書籍

本記事を書くのに参考にした本。

『独学大全』

まだ購入するか迷っているの?
2分やるから早く買え。

『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』

なぜ人は欠乏状態に陥るのかと、欠乏から抜け出すことの困難さを説明した本。タイトルは後半が本質で、「時間がない」は欠乏の一例に過ぎない。

本書を読むと欠乏のメカニズムと恐ろしさが良く分かる。一度欠乏状態になると抜け出すのは困難であるため、欠乏状態にならないのが肝心だ。それには突発的な出来事に対処するための余裕を持っている必要がある。そして早く行動に移すことは、欠乏から離れるのに有効である。

『スイッチ!』

自分や他人の行動を変化させるためにはどうしたらいいかを書いた本。

行動を変えるための仕組みや方法はいくつか紹介されているが、重要なのは「頭を使わせない」ということ。次にどうすればいいのか、どうしたらいいか分からない。そうなってしまうと人は考えるのを止め、考えなくてもできる行動を選択する。つまり今までと同じことを行うのだ。これを防ぐためには、次に何をすればいいのか明確にしてやるのが一番である。

新しいことの始め方を書いた記事

*1:読書猿 @kurubushi_rmをフォローしているので。

*2:Amazon商品ページより。

*3:大雑把すぎる印象は無い。むしろきめ細かいだろうと思っていた。実際そのとおりだった。

*4:なんなら問題提議としては序文から触れている。

*5:最高にエッチな画像が遺伝的アルゴリズムで生み出される様子を見て反省する日々

*6:てんとう虫コミックス・ドラえもんプラス第1巻 第22話『きらいなテストにガ~ンバ!』Amazon

*7:ある顧客グループには8個スタンプを貯めると無料になるカードが渡された。別の顧客グループには10個スタンプを貯めると無料になるカードが渡されたが、そのカードには既に2個スタンプされていた。どちらもスタンプを残り8個集める必要があるには変わりない。しかし8個のカードを受け取った顧客グループの達成率が19%だったのに対し、10個のカードの顧客グループの達成率は34%にもなったという。The Endowed Progress Effect: How Artificial Advancement Increases Effort

*8:Getting to the Top of Mind: How Reminders Increase Saving | NBER

*9:「ながら勉強法」をシステム化したもの。

*10:SiriによるKindle読み上げは少々内容が古くなっているが、この記事で紹介している。SiriというKindle読み聞かせお姉さん

*11:Siriによる読み上げだと画像が連続で来ると止まるけど。

*12:以前に俺が出たことのあるインテリ理屈ラジオ。更新時刻が掃除開始にちょうどいいので採用した。