本しゃぶり

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破滅フラグを回避するには運動しかない

慢性的ストレスに悩まされる現代社会。
生き抜くために我々は何をしたらいいのか。

その答えを悪役令嬢カタリナ・クラエスから学ぶ。

なぜカタリナ・クラエスは破滅を回避できたのか

アニメ『はめふら』がきれいに終わった。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』12話

物語はこの先も続くが、まずはゲームで示された「カタリナ・クラエス破滅エンド」を回避したわけで、一つの区切りがついたと言える。

しかし振り返ってみると、カタリナはよく破滅を回避しきったものだと感心する。彼女にはいわゆるチート能力が無い。魔法は7年間消えても土ボコ一つ出すだけだし、身体も常識的な範囲で健康な程度。現代知識を生かしてマヨネーズを作ることさえしない。

カタリナが持つ唯一の強みは、ゲームの展開を知っていること。しかしそれさえも完璧とは言えない。なぜなら彼女は破滅ルートという「間違い」を知っているが、どうすれば幸せになるかという「正解」を知らないからだ。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

自らに訪れる破滅を知っているなら「覚悟」できるから「幸福」だ、と言う人もいるかもしれない。だがそれは強者の理論だ。カタリナが前世の記憶を取り戻してからジャッジメント・デイまで8年弱。どんなに努力をしても、その時が来るまで「回避した」と確信することは無い。しかもカタリナに破滅をもたらすのは魔王ではなく、婚約者や義弟といった周囲の人々である。そんな人間関係から生じる慢性的なストレス。むしろこれが破滅の要因となってもおかしくはなかった。

しかしカタリナは見事にこの難局を乗り切った。そこで本記事では彼女がいかにして破滅フラグを回避したのかを解説する。まずは彼女がどのような状況におかれていたのかを再確認するところからだ。

敵は身内にあり

「あなたは人間関係に大きな問題を抱えていますね」

バーナム効果を用いる占い師の常套句である。実際のところ問題は人間関係から生じることは多い。例えば日本の殺人事件における被疑者と被害者の関係を見てみよう。「平成30年の刑法犯に関する統計資料」*1によれば、平成30年の殺人事件の既遂検挙件数の内、およそ85%で被疑者と被害者との間に面識があった。さらに全体の半数以上は親族間で起きている。

この傾向は日本だけの話ではなく、ソルシエ王国でも変わらないようだ。先にも述べた通り、カタリナに破滅をもたらすのはジオルド王子を筆頭とした「身内」なのである。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

身内が主な「敵」となるのは、文明・文化が発達したからと言えるからだろう。外敵に襲われる確率が下がる一方なのに対し、長く一緒に過ごすことでトラブルが生じる確率はそうそう減らない。その結果、身内に襲われる確率が相対的に高まるのだ。

つまり「身内が主な敵」というのは、安全な環境にいるという喜ばしい状況と言えるかもしれない*2。しかし身内だからこそ厄介な問題がある。それは戦うことも逃げることも難しいということだ。

闘争・逃走反応

ヒトは「敵」と遭遇するという過剰なストレスを感じると、「闘争・逃走反応」と呼ばれる生理反応を示す。心拍数と血圧が上昇し、気管支は広がって筋肉に大量の酸素を送り込む準備が整う。分泌されたアドレナリンが筋紡錘に結合することで筋肉の静止張力が高まり、いつでも動ける状態となる。そして思考は目の前の外敵に一点集中。他のことは何も考えられない。一連の流れは無意識のうちに一瞬で行われる。全ては「敵」に対して「戦う」or「逃げる」ためである。ヒトはそうやって肉食獣から身を守ってきた。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』2話

ヒトは進化の過程で獲得したこの生理反応は、生存確率を高めるのに役立った。しかし身内が「敵」となった今ではどうだろうか。

あなたにとっての「敵」は何だろうか。いつも無理難題を言いつけ、ノルマを達成できないと罵倒する上司かもしれない。そんな上司があなたの目の前に立つと、闘争・逃走反応によってアドレナリンが放出される。日々の筋トレで鍛え上げた筋肉は限界まで張り詰め、殴り倒す準備は整った。

だが実際に殴り倒すわけにはいかない。逃げだすのも社会人として論外だ。闘争も逃走も封じられ、「忍耐」「対話」が求められる。そんな時は「興奮」より「冷静」であることが望ましい。現代において闘争・逃走反応はむしろ不都合な反応である場合が多いのだ。

加えてもう一つ「敵」が身内であることの問題がある。それはこの「敵」とは、今後も継続的に接するということだ。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』5話

ヒトが闘争・逃走反応を獲得するに至ったストレスは、一時的なものであった。腹をすかせた肉食獣とは毎日必ず会うわけではない。一度危険な場所だと知ればヒトは避けるようになる。だからその窮地を脱することに全力を費やすのは合理的であった。

しかし現代の「敵」とは繰り返し継続的に会うことが多い。今日も明日も明後日も。なぜなら身内だからだ。そのためストレスは慢性的なものとなる。これが新たな弊害を引き起こす。

バカになってスイーツを求める

闘争・逃走反応で放出されるホルモンはアドレナリンだけではない。副腎皮質ホルモンのコルチゾールも放出され、ストレス反応の過程で様々な役割を果たす。

Calvero. / Public domain, Link

筋肉と脳を動かすには燃料 (グルコース) がいる。しかし燃料は有限で、際限なく使えるわけではない。そこでコルチゾールの出番だ。肝臓から大量のグルコースを出させると共に体のインスリン抵抗性を高める。これで闘争・逃走反応に必要な部位にのみ燃料を供給するのだ。

さらにコルチゾールは「次」に備えて燃料補給も開始する。タンパク質をグリコーゲンに変換し、脂肪として蓄え始めるのだ。しかし燃料を体内からかき集めるのにも限界がある。やはり燃料は「外」から調達するべきだ。したがってヒトはストレスを感じ、コルチゾールが多量に放出されると、エネルギー効率の高い食べ物が欲しくなる。糖分と脂肪が豊富なスイーツのような。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』OP

また、コルチゾールにる「効率化」は体だけではなく頭脳でも行われる。神経内分泌学者ブルース・マキューアンは、ラットの海馬にコルチゾール受容体があることを発見した。もちろんヒトの海馬にもコルチゾール受容体はある。これもまた「次」に備える役割を果たす。

コルチゾールが受容体に結びつきニューロン内の遺伝子を刺激すると、ニューロンを構成するタンパク質を増産させる。これでシナプスは太くなり、生存=ストレスと関係する記憶を保存するようになる。こうして「危険」を学習することで、そもそも「危険」に近づかない判断を下せる。真の護身とは、危険に近づかないことなのだ。

だが一つのことに集中するということは、他のことを切り捨てることでもある。ストレスと関係のない記憶を覚えにくくなり、既存の記憶へのアクセスも困難になるのだ。さらに脳全体が使える燃料の総量は一定である。だからストレスへの対応に特定の部位が活動すると、他の部位は活動できず思考能力が低下する。結果、学習能力に問題が生じてしまうのだ。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』8話

結局のところ、闘争・逃走反応は一時の窮地を脱するための生理反応である。700万年に及ぶ人類史*3の大部分はそれで正解だった。ストレスは一過性だったからである。しかし現代で問題となるのは慢性的なストレスだ。ここに進化とのミスマッチがある。

慢性的なストレスにさらされると、スイーツの摂取量が増えて肥満のリスクが高まり、頭も働かなくなる。さらに慢性的なストレスに苦しめられると、扁桃腺のニューロンの発火が活発になり、恐怖と不安に思考を支配される。マキューアンは「人間という生き物は、認知能力が蝕まれていても、不安だけは強くなる」と述べている。

以上の知識を踏まえた上でカタリナの言動を振り返ると、危険な兆候を多々発見できる。中でも危ないのが脳内会議だ。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

カタリナは記憶を取り戻してから審判の時までに累計19,800回の脳内会議を行っている。平均すると1日に約7回の計算となる*4。この8年弱、破滅という問題が頭から離れない状態で日々を過ごしてきたのだと推測できる。

こうなると、予言の自己成就となってもおかしくはなかった。慢性的なストレスにさらされ、扁桃体が暴走状態にあると、人は何でもないことでも不安に結びつけるようになる。それこそ周囲の人のちょっとした言動でさえ。疑心暗鬼になり、周囲を敵対視するようになれば、周囲は本当に敵となる。破滅する未来を知ってしまったからこそ、破滅してしまうわけだ。

しかしそうはならなかった。慢性的なストレスを感じる状況に置かれたにも関わらず、カタリナは相手のありのままの姿を見た。そうして良き人間関係を構築し、破滅フラグをへし折ったのである。なぜそんなことができたのか。それは頭だけでなく、体も動かしたからである。

運動というソリューション

カタリナは記憶を取り戻してから二つの運動を始めた。剣術農作業である。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

これは破滅に備えての行動だった。ジオルドから身を守るため、一人で生きていくため、と。最終的に破滅は訪れなかったため、一見すると無意味に終わったように見える。だが実際には無駄ではなかった。むしろこれで救われたと言っても過言ではない。

筋肉と同様、ニューロンにも回復のメカニズムはあり、それは軽度のストレスで作用する。そして運動による刺激はストレスの一種だ。運動によって軽度のストレスがかかると、遺伝子が活性化してタンパク質が生成され、ニューロンが強化される。そうするとニューロンのストレス耐性の閾値が上がるのだ。

修復分子の線維芽細胞増殖因子 (FGF-2)*5血管内成長因子 (VEGF)*6 が生成されるのは脳内だけではない。運動による筋肉の収縮によっても生成される。そして血管を通じて脳に運ばれ、ニューロンを支援する。ちょっとしたストレスが、大きなストレスに立ち向かう準備となるのだ。

そのためか、運動をすることで知的能力が向上する研究結果がある。2007年に行われたある実験では、最大心拍数の60~70%で35分間走った人は、同じ時間動画を見ていただけの人に比べて認識の柔軟性が向上することが示された*7

また、運動すると筋肉の張力が緩むので、脳に不安をフィードバックする流れが断ち切られる。体が緩むと頭も緩むのだ。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』ED

精神の安定に関わる伝達物質であるセロトニンも、運動によって増加する。運動で生じた遊離脂肪酸はセロトニンの構成材料となるトリプトファンを脳に送り込む。脳由来神経栄養因子 (BDNF) も運動によって増え、これがまたセロトニンを増やすのだ。

他にもガンマアミノ酪酸 (GABA) もまた運動によって分泌される。これは脳の主要な抑制神経伝達物質で、脳で起きる強迫観念に駆られたフィードバックの連鎖を断ち切ってくれる。

カタリナは剣術と農作業という二つの運動を習慣的に行っていたことによって、これらの効用を得ていたのだろう。だからこそ不安に押しつぶされずに済んだのだ。

とはいえこれら二つの作業は、カタリナの場合だと単純な動作の繰り返しにすぎない*8。そこで最後に三つめの運動の価値について語っておきたい。ツリークライミングである。

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』1話

ツリークライミング = 木登りは落下しないために集中力を必要とする。次はどこに手足を置くか考え、同時にバランスをとり続けなければならない。このような運動は集中をコントロールする部位を活性化させる。そうすると思考がさまようことは減り、扁桃体をコントロールできるようになる。それは恐怖を克服することにつながる。

習慣的に運動をしていたからこそ、カタリナは破滅フラグからのストレスに対処でき、周囲の人達と良好な関係を築くことができた。彼女は運動で運命に打ち勝ったのである。

終わりに

健全なる精神は健全なる身体に宿るという言葉がある。インドアで体育会系に良いイメージを持ってないオタクは、ついこの言葉に反発したくなる。少なくとも俺はそうだった。しかし、人体の仕組みをしるほどに、その通りかもしれないと思うようになる。

つい一万年ほど前まで、ヒトは食べるためだけに1日8~16km歩かなければならなかったという。だから身体も神経もそれが前提のシステムとして構築されている。ゆえに楽しく幸福に過ごしたいと思うなら、ある程度の運動は必須となるのだ。困難に立ち向かう時はなおさらである。

『はめふら』は物語の形で、そのことを面白く教えてくれる作品だった。俺にはそう思えてならない。慢性的ストレスに悩まされている人ほど見るべき作品である。

参考書籍

二つ前の記事でも紹介した、運動することがいかに脳を発達させ、よりよい人生を送れるのかを解説した本。タイトルからも分かる通り、今回の記事は全て本書を元に書いている。

本記事ではストレスを中心に書いたが、他にも依存症や加齢などに対する運動の効果も本書では紹介されている。運動はあまり好きではないけど、やる価値が理屈として分かればやる気になるタイプの人におすすめ。

アニメと運動の記事

*1:犯罪情勢|警察庁Webサイト

*2:もちろん危険な環境かつ、身内が最も危険という場合もあるだろうが。

*3:サヘラントロプス・チャデンシスを人類史の開始とした場合。

*4:カタリナが記憶を取り戻したのは8歳の春で、7年後の15歳の春に魔法学園入学。1年生の終了時がジャッジメント・デイなので、脳内会議が行われた期間は8年弱となる。

*5:中枢神経系の発達期間における神経発生や軸成長で重要な役割を果たすと共に、成人における海馬内の神経形成にも深く関係している。

*6:体や脳で毛細血管を作る。これが血液・脳関門の透過性を変えることが、ニューロン新生に欠かせないのではないかと言われている。

*7:この実験では新聞紙のようなありふれたものについて、どんな使い方ができるか列挙させることで、認識の柔軟性を計測した。

*8:剣術は勢いだけしか評価されないと述べられているので、技工は大したことないのだろう。