本しゃぶり

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こづかい万歳の行動経済学

『こづかい万歳』の登場人物の行動は不合理に見える。
その一方で自分にも覚えがあるため親近感がわく。

吉本先生の振る舞いを行動経済学で解き明かす。

定額給付金の回

ステーション・バー*1を筆頭に、ちょくちょくTwitterをざわつかせるマンガ『こづかい万歳』。あの特別定額給付金回が無料になったので読んだ。

思わず「さすがプロだ」と関心してしまった。この回は、突発的な収入を手に入れた人の心理をよく描いている。読んでいて「この事例、行動経済学の本に書いてあったやつだ」となるのだ。冷静な第三者視点から見ると愚かに見えるが、当人からすると至極当然の選択。それが次々と繰り出される。

特に笑ってしまったのが著者・吉本先生の「欲しいものリスト」である。5位が「とらやの羊かん」で、贅沢に丸かじりしようと考えているのだ。

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

のび太でさえカップ麺を10個一気食いは、タイムマシンというバックアップシステムがあったからこそ決行したというのに*2、吉本先生は衝動に身を任せて突き進もうとしている。この作品はどこかおかしい人が次々登場するが、やはり先生自身もそうとうだ。

だが、羊かん丸かじりを吉本先生の特異性って事で全部片付けようとするのは、あまりにも乱暴だ。先生がこれをやろうとしたのは給付金の10万円が手に入ったからである。この10万円が他の形で手に入っていたのならどうだろうか。例えば、マンガの仕事を増やしたことで前年度より収入が10万円アップ、のように。おそらく羊かん丸かじりに使うおうとは思わなかっただろう。

なぜこのような事が起こりうるのか。それは人がお金を分類しているからである。

分類して統治する

古代ローマ皇帝のウェスパシアヌスは財政の健全化のため、公衆トイレの尿を繊維業者に販売することにした*3。尿で金を稼ぐというセコさに政敵や息子から反対を受けたが、ウェスパシアヌスは一蹴する。この銀貨が臭うか、と。尿まで販売してまで財政の健全化を目指す一方で、コロッセオという最高の投資*4を行ったウェスパシアヌスは、金というものをよく理解していたのだろう。

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Jolanta Dyr / CC BY-SA 3.0 PL, Link

しかし多くの人は、偉大なる皇帝ほど賢くはない。同じ10万円でも、その分類によって扱いを変えるのだ。

人は手持ちのお金を使いみちや収入源によって分類する。食費・交通費・交際費・臨時収入など。一度分類したら、人はその枠の中でお金を管理しようとする。まるで大きな組織が部門ごとに予算を割り振り、部門を越えた予算のやり取りを禁じるように。この振る舞いをシカゴ大学教授の行動経済学者リチャード・セイラー「心の会計」と呼んだ。

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Chatham House, London / CC BY, Link.jpg)

「心の会計」は時に不思議な現象を引き起こす。一つ例を挙げよう。

あなたはライブを見に行こうとしている。このライブの入場料は5,000円だ。ここで二つのパターンを考える。

  • パターン1:ライブの前売り券を無くしてしまった。ライブを見るためには5,000円払って新たにチケットを買う必要がある。
  • パターン2:5,000円チャージしてあったSuicaを無くしてしまった。ライブのチケットはこれから買う予定だ。

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5,000円相当を失う

それぞれのパターンで、ライブを見るために必要な費用はいくらになるだろうか。多くの人は、前売り券を失ったパターン1では1万円と考え、Suicaを失ったパターン2では5千円と考えるのではないだろうか。前売り券はライブのための予算から出しているのに対して、Suicaで失ったのは交通費というライブとは別の予算だからだ。そのためパターン1の場合は「このライブに1万円は高すぎる」と考え、行くのを諦めるかもしれない。

経済学的見地からすれば、どちらのパターンも本質的には同じである。ライブを見に行く予定の人が、5,000円相当のカードを失ったにすぎない。ライブに行くかどうは、失った媒体とは関係ないのだ。*5。単純にライブに5,000円払う価値と余裕があるか考えれば良い。

ところが人は「心の会計」によって、全く別物として扱うことになる。吉本先生が羊かん丸かじりなんて大胆な発想ができたのも、心の会計によるものだろう。先生が心の会計を活用していることは、1話の時点ではっきりと分かる。お小遣いを目的別に分割し、その予算を使い切ろうという戦略なのだ*6

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第1話 | コミックDAYS

1話を見る限り、先生がというより、吉本家は家計のやりくりに心の会計を活用しているように見える。そんな吉本家にとって給付金はどのような存在か。既存の分類の外である特別だ。そうでなければ40万円を肴に宴会などしない*7

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

給付金は通常の勘定の外にある。だから気兼ねなく使えてしまう。これは心の会計を使うデメリットの一つだ。

心の会計を使うこと自体は必ずしも悪いことではない。理想は常に機会費用を考え、あらゆる可能性から最適な選択にお金を使うことだ。しかし人間には認知的限界がある。脳の情報保持・処理能力は限られているため、全てを考慮に入れることは実質的に不可能だ。だから分類を行い、その狭い枠組みの中で最適化を目指すのは現実的な方法である。

だが、給付金のように枠組みから外れていると、この方法は使えなくなる。予算を配分する心の会計は、通常の収入でルールを構築しており、臨時収入のルールは無いからだ*8。だから最適化がなされず、「悪銭身に付かず」という言葉があるように、臨時収入は浪費してしまいがちとなるわけだ。

さらに吉本先生の場合、給付金を40万円として考えたことで、さらに判定が甘くなってしまったと思われる。人は相対的に考えるからだ。

相対的に見て安い

吉本先生の欲しいJBLネックスピーカーは18,000円である*9。ここで一つ問題がある。なぜこの製品に18,000円の価値があり、買うべきだと言えるのだろうか。

「音もいいし、原稿描く時とか快適そう」と答える前にJBLネックスピーカーの本質的な価値を考えてもらいたい。「首に引っ掛けて音が聞こえる」という機能に払う費用は、いくらまでなら適正なのか。ちなみにAmazon's ChoiceであるIbestaのネックスピーカーは3,980円だ。

しかも「快適に音を聞く」となったらネックスピーカー以外にも選択肢はある。何かを選ぶことは、他の何かを手放すことである。機会費用を考えるのだ。ネックスピーカーではなく、イヤホン+クッションの方が「快適さ」では上かもしれない。そもそも「快適に音を聞く」より素晴らしいことが他にあるかもしれない。

もちろんこんなことを考えてはいられない。先に述べたように、認知的限界があるからだ。だから人は相対的に評価する。予算を配分する時のように、まず枠組みを作って絞り込む。その枠の中で比較を行い、価格や機能を相対的に評価することで判断するのだ。

枠は狭ければ狭いほど比較をしやすい。一番簡単のは一つに絞り込むことだ。以前より値上がりしているなら高いと判断し、値下がりしているなら安いので買い、である*10。KeepaによればJBLネックスピーカー (本体のみ) はAmazonだと元々19,323円。18,000円は安いので買うべき!というように。

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KeepaによるJBL SoundGear ウェアラブルネックスピーカーの価格推移

しかし価格変動を判断基準にするのも万能ではない。JBLネックスピーカーはかつてタイムセールで7,980円だったことがあるわけだが、そのセールを基準に今の価格を高いと判断すべきだろうか。それに価格が一定である場合はどうしたらいいのか。

この難問に対して人は、直前に出た数字を基準にする、という解決策を生み出した。それは何も同種の製品である必要はない。なんなら価格である必要もない。数値があるなら年号とか、旅券番号でも構わない。強いて言えば、数値の桁が対象と同じか近い方がいいだろう。

こんなことを言われると「バカにしているのか」と反応する人もいるかもしれない。しかし、実際に人は直前に出た数字を判断に利用しているのだ。

1974年にエイモス・トベルスキーダニエル・カーネマンは一つの実験を行った*11。まず大学生にルーレットを回してもらう。このルーレットには細工がしてあり、1065しか出ないようになっている。そして次の質問をした。

  • 問1:国連加盟国のうちアフリカ諸国の占める割合はルーレットの値% (ルーレットの値が10なら10%) より多いか少ないか?
  • 問2:国連加盟国のうちアフリカ諸国が実際に占める割合は何パーセントか?*12

学生はルーレットが細工されていることを知らないため、自分が出した値はランダムだと思っている。なので普通に考えたら、そのランダムな値は問2に答える上で何の意味も無いはずだ。しかし結果は違った。問2の回答の平均値はルーレットの値に影響を受けたのである。

ルーレットで10を出した学生の平均値は25%だった。それに対し、65を出した学生の平均値は45%となったのである。

このように、決定が全く無関係なものごとから影響を受けてしまう傾向をアンカリングと呼ぶ。最初の数値がアンカー (基準点) となって、結論が引っ張られてしまうのだ。

吉本先生の場合、欲しいものリストを作った時のアンカーは自分の給付金である10万円だった。だから2万円もしないネックスピーカーは割安に見えたのだ。しかし、いざ給付金の使いみちを考える時、このアンカーは上書きされることになる。

妻の交渉術

吉本家の給付金会議の様子をもう一度思い出してもらいたい。目の前に40万円が置いてある。

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

一家分をまとめたことで、アンカーは40万円に引き上げられた。この状態で妻は「畳の張り替えに10万円」を使いたいと切り出し、間髪入れず「インターホンの買い替えに2万」を提示したのである。

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

これが平時なら吉本先生はもう少し考えたかもしれない。畳の張替えに10万円は適正なのか、他にもっといい使い方があるのではないか、と。しかしこの時のアンカーは40万円である。畳の張替えは10万円なので、相対的に見て安い。ましてやインターホン2万円なんて誤差である。うろたえながらも、すんなり受け入れた。

妻の賢いところは高いものから提示したことである。一つ前に提示した品目の価格がアンカーとなる場合、新たに提示される品目の費用は常にアンカー以下となる。相対的に見て安いので、受け入れやすい。給付金残額がアンカーである場合も、残額に対する費用の比率は畳が最も大きく、以降は小さくなるため気にならない。

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妻の提示した品目と費用

こうしてジワジワと品目を追加して残額が減ったところで、子供2人分の20万円は子供の貯金に回すと切り出した。これは人間の心理を見事に突いた技だ。

あえて最初に子供の分も下ろすことで、アンカーを高く設定する。アンカーが高いため、提示する品目はすんなり通る。そして最後に子供のためと大義名分を持ち出し、20万円を引っ込める。あまりにも鮮やかな手腕に、吉本先生の円グラフもバグるほどだ*13

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

しかもこれで使いみちが全て家や子供のためなのだから、本当にしっかりした人だ。

こうやって書いていると、吉本先生が愚かに見えてしまうが、このままで終わりはしなかった。吉本先生は最後に正解を選択するのである。

幸福を買え

吉本先生が給付金で何か買いたいと察した妻は、特別ボーナス1ヶ月分として給付金から21,000円を差し出した。妻の献身的な態度に感化された先生は、その特別ボーナスの中から5千円を一家の外食に使ったのである。

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定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~ - 吉本浩二 / 第11話 | コミックDAYS

自らの幸せのために金を使うとするならば、この選択は正しい。ウィスコンシン大学マディソン校のトーマス・ディレア教授たちは、50歳以上の人の支出について追跡調査を行い、支出選択幸福度の関連を調べた。それによれば重要だったのは旅行や映画といったレジャーにまつわる消費であった。逆に住宅費やアルコールといった「物質」に費やす金は、人生の満足度に影響を与えなかったのだ。

また、ブリティッシュコロンビア大学の心理学准教授エリザベス・ダンの研究チームは、学生に5ドルもしくは20ドルの現金を渡して使いみちを指定した。グループAには自分のために使うよう指定し、グループBには他人のために使うようにと。その結果、金額に関係なく、グループBの他人のために使った方が幸福度が高かったという。

吉本先生はもともと給付金を全て、自分のための物質に使おうと考えていた。だが最終的に他人 (家族) のためのレジャーに使ったのだ*14。これは吉本先生本人の幸福度を高めると共に、家族の幸福度も高める選択である。まさしくハッピーエンドだ。

ちなみに、ジョナサン・レバブピート・マグロウによると、お金を入手した方法にうしろめたさを感じている人は、その一部を慈善活動に寄付することが多いそうだ*15。入手したお金の一部を「良いこと」に使うことで、精神的なロンダリングを行うのだ。そうすれば残額を気兼ねなく使うことができる、と。ジョナサンとピートはこれを気持ちの会計(エモーショナル アカウンティング)と呼んだ。

終わりに

このように行動経済学を知っていると『こづかい万歳』の内容を深く理解することができる。ただ、それは吉本先生が単純だからというわけではない。俺のような素人でも分かるほどに、自身の行動や内面を深く観察し、的確に表現しているからだ。だから『こづかい万歳』はこれだけネットで話題になるのだろう。

なお、ついでに俺の給付金の使いみちを書こうと思ったが、「これに使った」という認識は特に無い。なぜならお金は数値という認識なので、分類していないからである。

参考書籍

本記事を書くのに参考にした本。これを読めばお金の使い方が上手くなるかもしれない。

『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇-』

今回は本書がネタ元となっている。人がなぜ不合理なお金の使い方をしてしまうのか、行動経済学で解説する本。いかにもありそうな架空のお金にまつわるエピソードがあり、その裏にある人間の特性を解説していく。「こう振る舞うべき」というより「このように振る舞ってしまうから気をつけよう」という感じなので、読めばお金の失敗を避けられるようになるだろう。

『「幸せをお金で買う」5つの授業』

お金と幸福の話は本書から。タイトルの通り、いかにして「幸せをお金で買う」か、そのことを様々な研究を取り上げながら説明していく。人間は本書の方針と逆をやりがちなので、正解を知っておくといい。

お金の話の記事

週末にまたタイムセール祭りがあるので、まだ読んだことのない人は今読むべき。

*1:ステーション・バーとは (ステーションバーとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

*2:『ドラえもん プラス』1巻などに収録されている『ぼくを止めるのび太』より。おじさんからお小遣いをもらったのび太は、貯金と合わせて長年の夢であるカップ麺10個一気食いに挑戦した。のび太は、この選択が間違っていた時はタイムマシンで過去に戻り、カップ麺ではなくプラモデルを買うように自分を説得するつもりだった。

*3:羊毛に含まれている油分を抜くのに人の尿が使われていた。

*4:建設開始から2,000年近く経った現在でも、その残骸を見るために世界中から人が集まってくる。

*5:俺はこのことを理解していたので、コロッセオの入場券を買い直した。詳細は右の記事に書いた。ストライクウィッチーズ2 聖地巡礼『俺のロマーニャ』 - 本しゃぶり

*6:その割には初日でお菓子に615円も使っているのが面白い。単純計算なら、お菓子に割り当てられているのは1日あたり300円ちょっとでは。

*7:しかもこの後に半分の20万円は子供の貯金に回すのだから、マジで40万円全額下ろす意味は無い。だが、後述するように、これは妻の作戦かもしれない。

*8:予め臨時収入のルールを決めているのなら話は別だが。

*9:作中の価格。本体のみだと本記事執筆時点ではAmazonで15,000円。

*10:俺はこの方法でKindle本を積み上げた。

*11:Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases | Science

*12:正解は23%である。1970年代時点では。

*13:面積全体で40万円なので、子供の貯金20万円は円の半分を占めていないとおかしい。

*14:全額ではないが。

*15:(PDF) Emotional Accounting: How Feelings About Money Influence Consumer Choice