本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

当ブログではアフィリエイト広告を利用しています

マンション懸垂壁オナから始めるライフハック

人は運命のイタズラで道を踏み外すことがある。
だがその裏にはメカニズムが存在する。

感情の仕組みを理解して、人生をコントロールする術を授けよう。

高さ20mでの懸垂

こんなツイートが流れてきた。

読んだ時、思わず笑ってしまう。この人の自慰行為が命がけだからではない。「これ、本で読んだやつだ」となったからである。しかも複数のメカニズムが加藤少年に影響を及ぼしたように見受けられる。その結果、彼は性的快感を求めて命を危険に晒すようになったのだ。

人の感情は本人でさえ上手く説明できないほど複雑なものだが、一方で根源にあるメカニズムは意外に単純だ。仕組みを理解すれば、利用することもできる。感情をハックして成功を掴み取るのだ。

特殊性癖の作り方

人は時に奇妙な物事に性的興奮を覚える。加藤少年の場合それは「高さ」であり、また別の者にとっては「虫を体に這わせる」ことだった。

その性的倒錯の症例は、1986年の論文でフォーミコフィリアと呼称された*1。ラテン語の《蟻 / formica》とギリシャ語の《愛 / philia》を合わせた造語である。日本語では「昆虫性愛」と呼ばれ、虫が衣服や皮膚などを這うことに性的興奮を感じる。

論文に登場するスリランカに住む仏教徒の男性患者は、9歳の時に蟻を飼っていた。この頃からすでに蟻を自身の体に這わせて、くすぐったい感じを楽しんでいたという。時が経つに連れて彼の「遊び」は過激になり、自分の上を這う仲間にカタツムリやゴキブリも加わった。そして14歳のある日、彼はついに自慰行為に挑戦する。彼の身体には、いつものごとく蟻が這っていた。

f:id:honeshabri:20200921114709j:plain
Luis Miguel Bugallo Sánchez (Lmbuga Commons)(Lmbuga Galipedia) / CC BY-SA 2.5 ES, Link

人の脳は因果関係を作るのが得意だ。彼の脳は「蟻の刺激」「絶頂」を結びつけた。それから10年、彼は様々な昆虫を体に這わせながら自慰行為を繰り返すことになる。本人が幸せならそれでもいいが、彼自身もこの習慣に嫌悪感を覚えていたというから不憫だ。

この事例は加藤少年に共通するものがある。どちらも少年時代の出来事であり、精通で性癖が確定した。これは「刷り込み」の一種だと考えられる。若い時期の経験が性的嗜好を決めるというのは、人間以外でも確認されている現象なのだ。

《キンカチョウ / Taeniopygia guttata》という複雑な求愛の歌で有名な小鳥がいる。

f:id:honeshabri:20200921172420j:plain
Peripitus / CC BY-SA, Link

この鳥は歌を教育によって習得することで有名だが*2異性の好みも親鳥から学ぶようだ。オスは母親と似た色の嘴を持つメスを好み*3、メスは父親と同じ色の羽根を持つオスを好む*4というように。それも生まれつきというわけではなく、生後1年前後の数ヶ月という、限定された期間に接していた姿を理想とするのだ。

この性的刷り込みは時に種の壁を超えることもある。キース・ケンドリックらの研究では、ヤギとヒツジの親を交換して育成した*5。これによって雄ヤギの性癖は歪んでしまう。一緒に育った中にメスの子ヤギがいたとしても、彼は母親と同じ種であるメスのヒツジを好むようになったのである*6

f:id:honeshabri:20200921202436j:plain
性癖が歪んだ雄ヤギ

ちなみに逆もまたしかりで、母ヤギに育てられた雄ヒツジはメスのヤギを好むようになった。しかも大人になってから自分と同じ種の成長したメスと接していても、相変わらず異種姦を好んだ。ヤギやヒツジの場合、オスの性癖は非可逆なようで、成長後に矯正させるのは困難なのである*7。なお、歪んだのは性癖だけであって、攻撃性や摂食、発声などの様式は種固有のままであったという。

理想の異性として親 = 身近な成体を参考にするのは、遺伝子を伝える上で合理的だ。なぜなら親というものは成体まで成長でき、子孫を残すことができた成功者だからである*8。そのため親は環境に適応した形質を持っていると言え、親と似た異性を選べば遺伝子を残せる可能性が高い*9。かといって常に好みが上書きされると、新しく出会った個体がベストとなってしまう。だから好みを形成できるは一定の期間、すなわち臨界期があるのだろう。この、若い頃に見た異性の成体を理想とする刷り込みシステムは、シンプルかつ柔軟性がある優れたアルゴリズムなのだ。

しかしプログラムに脆弱性があるように、この刷り込みシステムも完璧ではない。加藤少年やフォーミコフィリアの患者は、システムの穴に落ちてしまったと言えるだろう。通常、男性が性的に興奮し射精に至る時、その性的刺激の源は女性である。立体か平面かに関わらずだ。なので大抵はこの仕組で問題ない。しかし稀に全く別の体験をしてしまう者たちがいる。システムは例外に弱い。加藤少年らは、システムが想定していない経験をしたために、このような性癖を獲得したのだろう。

ところが、加藤少年が落ちた穴はもう一つあった。それは、感情の認識システムである。

反応が先、意味は後

カナダのキャピラノ渓谷に有名な橋がある。高さ70m、長さ140mもあるこの橋そのものは知らなくても、ここで心理学者ドナルド・ダットンアーサー・アロンが行った実験の結果については聞いたことがあるはずだ。あの「吊り橋効果」の実験である*10

f:id:honeshabri:20200922145730j:plain
Markus Säynevirta / CC BY-SA, Link

吊り橋を渡る恐怖心で生じる心拍数の上昇を、目の前に立つ女性に対する好意*11と誤解する。これが吊り橋効果の概要である。しかしなぜダットンとアロンがこのような実験を行ったのか、その背景を知っている人は少ないのではないか。

人には感情があり、それに生理的反応が伴う。「悲しい」と「泣く」のように。では感情 (精神) と生理的反応 (身体) はどちらが先なのか。感覚としては精神が先身体が後である。悲しいから泣くというわけだ。この感覚的な常識に対して逆に考えたのが、アメリカの心理学の父ウィリアム・ジェームズである。彼は身体が先だとしたのだ。 泣くから悲しくなるのだ、と。

カール・ランゲの主張*12と合わせて「ジェームズ=ランゲ理論」と呼ばれるこの理論を、ジェームズはチャールズ・ダーウィンの実験から着想した。ダーウィンは「人には他人の感情を表情から読み取れる」ことに気が付き、それを実験で証明したのだ。この実験を知ったジェームズは、「自分自身についても表情から感情を読み取る」のではないかと考える。そこから「感情は表情などの身体的反応から生じる」と進めたのだ。

f:id:honeshabri:20200922170427j:plain
人はクマが怖いから逃げるのではなく、逃げ出すからクマが怖くなるのだ

ジェームズ=ランゲ理論は提唱されてから60年以上が経ったところで、ロチェスター大学のレアードによって実験される。被験者に様々な表情をしてもらい、その後にどのような気分だったかを確認したのだ。結果はジェームズ=ランゲ理論を裏付けた。表情によって感情が変化したのである。レアード以降、他の科学者たちもそれぞれの方法で証明していくことになる*13

だがジェームズ=ランゲ理論でも説明がつかない点がある。それは生理的反応のバリエーションが少ないということだった。感情には様々な種類がある。誰だって「恐怖」と「好意」は別の感情だと答えるだろう。だがどちらも心拍数の上昇という同じ生理的反応を示す。もし生理的反応が感情に先立つのであれば、感情に応じた異なる生理的反応でなければいけない。しかし、感情の種類に対して生理的反応はどれも似通っていたのである。

この謎に対して、前提を覆すことで解を示したのがアメリカの心理学者スタンレー・シャクターである。彼は生理的反応は大別して2種類しかないとした。「興奮」「鎮静」である。ベクトルはこの相反する2方向のみで、後は強度の違いだとしたのだ。

f:id:honeshabri:20200922195050j:plain:w360
シャクターの生理的反応モデル

では感情の種類はどこから来るのか。シャクターは認知を持ち出す。生理的反応に対し、認知が状況に応じて適切な感情をラベリングするのだ、と。

ジェームズの例にならってクマと遭遇したとしよう。そのとたん心拍数と血圧が上昇し、気管支は広がって筋肉に大量の酸素を送り込む準備が整う。分泌されたアドレナリンが筋紡錘に結合することで筋肉の静止張力が高まり、いつでも動ける状態となる。「闘争・逃走反応」と呼ばれる生理反応だ。こうして身体が興奮状態になったので、認知機能が動き出す。「なんで俺は興奮しているのだ」と。

クマを危険だと認識したなら、認知は恐怖を選択し、一刻も早く逃げ出したくなる。しかしあなたが、クマを獲物だと認識したならどうだろう。その興奮はポジティブな高ぶりであり、いかにして仕留めるかと、倒す用意を整える。

f:id:honeshabri:20200922202351j:plain
認知はポジティブに解釈した

ダットンとアロンが吊り橋で確かめたかったのは正にこれであった。「恐怖」も「ときめき (好意)」も生理的反応は興奮である。もしシャクターの説が正しいならば、認知が誤作動を起こし、恐怖による反応を好意と解釈するかもしれない。結果は知っての通りである。

この吊り橋実験はシャクターの説を確かめる数ある実験の一つに過ぎない。シャクター自身も、被験者にアドレナリンを注射するという直接的な方法で興奮状態を引き起こし、自説の通りの反応を示すか実験している。またクレイグ・アンダーソンらの研究によれば、気温が上昇すると暴力行動の可能性が増えるという*14。これは暑さによる心拍数の上昇を怒りだと勘違いし、暴力行為を起こした可能性がある*15

話を壁オナに戻そう。多くの人が容易に連想できたように、加藤少年の場合も、恐怖による心臓の高鳴りを性的興奮と勘違いした可能性が高い。本来であれば認知がここまで派手にバグることは無いだろう。しかしタイミングが悪かった。精通という、虫を体に這わせることさえも性的興奮に結び付けられる程に判定がガバガバな時に高いところにいたのだ。高さに性的興奮を覚えるのも仕方ないだろう。

このような認知のバグも、使いようによっては便利なものだ。感情を操作できるのだから。

感情の仕組みをハックする

シャクターの理論を整理しよう。感情は生理的反応を認知することで決定される。生理的反応は興奮鎮静である。つまり、生理的反応か認知のどちらかをコントロールすれば、望み通りの感情を得られるというわけだ。

まず真っ先に思いつくのは、吊り橋効果をそのまま使うということだろう。デートをするならば、なるべく心拍数を高めるプランにするべきだ。テーマパークに行きジェットコースターに乗るというのは悪くない*16。しかし待っている間に心拍数が低下するリスクがある。なるべく空いているところにして、園内を駆け回るのがいいだろう。映画デートならば、心拍数が上がるかどうか予め確認しておくことを勧める*17

次の活用方法としては、心を鎮める方法だ。怒りを感じた時、物に八つ当たりする人がいる。のび太が枕に当たり散らした時、ドラえもんは「腹が立った時にはね、少なくともこれぐらいのことしなくちゃ!!」と椅子を窓にぶん投げていたが*18、これは間違いである。そんなことをしたら心拍数が上がってより怒りが増すリスクがある。こういう時は素数を数えるなり九字を切るなりして心拍数を下げることを目指すべきだ。実際、アンガーマネジメントではまず6秒数えるように教えている*19

とはいえ生理的反応を抑え込むというのは難しい。なので生理的反応はそのままに、認知を変えるという手もある。

ハーバード・ビジネススクールの准教授アリソン・ウッド・ブルックスは学生たちに多くの人の前でスピーチをしてもらった。緊張する学生たちに対して、ブルックスはある一言を声に出すように伝える。グループAには「私は落ち着いています」と言わせ、グループBには「私は興奮しています」と言わせたのだ。

f:id:honeshabri:20200922220128j:plain
ブルックスの実験

結果は歴然だった。「私は興奮しています」と言ったグループBの学生のスピーチは、グループAの学生のものよりも説得力が17%高く自信は15%高いと評価されたのだ。人前で話すという「恐怖」が、やる気による「興奮」へとすり替えられたことで、パフォーマンスが向上したのだ*20

人は物事の善し悪しを、自分の感情で判断する。つまり感情をコントロールできるということは、人生をコントロールできるようなものである。この技術こそ、ライフハックと呼ぶにふさわしいだろう。

終わりに

加藤少年の事例からは様々なことを語れる。本記事では、このブログのメイン読者 (20・30代の男性) に向けの内容として本人のためのライフハックを語った。この知識は汎用性が高いので、今後の人生に役立つと思う。

だが一方で元のツイートにも書いてあるとおり、最も重要なのは性教育かもしれない。フォーミコフィリアの患者も、その裏には他の少年たちとの性的な行為が父親の怒りに触れ、殴られたという事件があった。論文では、この父親から受けた処罰のトラウマから、人ではなく虫を相手にするようになったと考察している。

親に対してキンカチョウのごとく理想の異性になることを求めるつもりはないが、子供が妙な性癖をこじらせないよう、変に抑圧しない方がいいだろうと言っておく。

参考書籍

本記事を書くのに参考にした本。

『性欲の科学』

いつもの本。ネタにしやすいので何度も使ってしまう。以前の記事で「たぶんこれからもお世話になるだろう」と書いたが*21、その通りだ。

『その科学があなたを変える』

『運のいい人の法則』でおなじみリチャード・ワイズマンの本。本記事で解説した「精神より身体が先立つ」という原理を本書では「アズイフ (のように) の法則」と呼んでいる。この法則を利用し、幸せであるかのように振る舞うことで幸せを感じろというのが趣旨だ。

これを読むと、ラブコメの展開は脳科学的に正しいのではないかと思ってしまう。なぜヒロインたちは主人公に惹かれるのか。それは恋人であるかのようなイベント次々にこなすからである。重要なのは主人公の資質ではなく、発生するイベントなのだ。本書ではこれを裏付ける実験も紹介されているので、説得力のある論だと思うがどうだろうか。

『ORIGINALS』

『GIVE & TAKE』の著者アダム・グラントの本。ブルックスによるスピーチの実験は本書で知った。新しいことに挑戦したいと思っている人に向けた自己啓発本。

性癖の記事

これも『性欲の科学』で書いた記事。

*1:Transcultural sexology: Formicophilia, a newly named paraphilia in a young buddhist male: Journal of Sex & Marital Therapy: Vol 12, No 2

*2:特集:鳥の歌(さえずり)の学習とコミュニケーションにおける脳のメカニズム - 理研BSIニュース No. 34(2006年12月号)- 独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター(理研BSI)

*3:Sexual imprinting and evolutionary processes in birds: A reassessment. - PsycNET

*4:Sexual imprinting on a novel trait in the dimorphic zebra finch: sexes differ - ScienceDirect

*5:Mothers determine sexual preferences | Nature

*6:これはヤギとヒツジが種は違えど交配できるからかもしれない。ヤギとヒツジの混合種はギープと呼ばれる。 ギープ - Wikipedia

*7:メスの性癖は可逆的なようで、最初の1年は親と同じオスを好むことがあっても、同じ種のオスと一緒に過ごしていくと同じ種を好むようになった。

*8:ここで言う「成功」とは、遺伝子を残せたかどうかで判断している。個体の幸福などは一切考慮していない。

*9:このルールに従う問題点は近親相姦のリスクがあることだ。なので種によっては別のルールを用意してこの問題を回避している。例えば霊長類はウズラやネズミと違って自分の親を認知することはできない。なので幼い時から近くにいた個体を近親者と仮定し、そのような個体を交配相手として避けるようにしている。幼なじみが敗北するのはこれによるものかもしれない。

*10:(PDF) Some Evidence for Heightened Sexual Attraction under Conditions of High Anxiety

*11:何をもって被験者は好意を抱いたと判断するのか。この実験では橋の向こうに立つ人物は調査員だと設定されていた。調査員は橋を渡り終えた被験者に対してアンケートを行った後、「研究について質問があったら電話して」と電話番号のメモを渡す。その晩、調査員に電話をした被験者は、調査員に好意を抱いたとみなされた。

*12:ジェームズと同時期にデンマークの心理学者カール・ランゲも身体が先と主張した。彼は末梢の血管活動に感情の徴候が見られると述べている。

*13:もっとも、再現実験が上手く行かないこともそれなりにあるが。 表情フィードバック仮説、ふたたび再現に失敗 | ギズモード・ジャパン

*14:(PDF) Hot years and serious and deadly assault: Empirical tests of the Heat Hypothesis

*15:この仮説を確かめるため、被験者同士で電気ショックを与えあうという実験が行われている。これによれば部屋の温度が高いほど攻撃性が増し、体が冷えていると攻撃性は低下したという。 (PDF) Temperature, aggression, and the negative affect escape model.

*16:(PDF) Love at First Fright: Partner Salience Moderates Roller-Coaster-Induced Excitation Transfer

*17:『レディ・プレイヤー1』観測史上最高値137bpmを記録 - 本しゃぶり

*18:『ドラえもん』てんとう虫コミックス44巻に収録。

*19:ピークはたった6秒? 怒りをコントロールして精神を落ち着かせよう | ライフハッカー[日本版]

*20:さらにブルックスは学生たちに「大勢の前で歌わせる」というさらなる試練を与え、「私は不安です」あるいは「私は興奮しています」そして無言のグループに振り分けた。結果は「興奮」が最も高く、「不安」が最低だった。

*21:巨乳の炎上に見る進化と文化のミスマッチ - 本しゃぶり