本しゃぶり

骨しゃぶりの本と何かを繋げるブログ

ゆる言語学ラジオというロバストなコンテンツ

ネットでは長く活動できた者が強い。
ではどうしたら長く活動できるのか。

頑強さを生み出す『ゆる言語学ラジオ』の振る舞いが参考になる。

ジャパンポッドキャストアワードでW受賞

このブログでも何度かネタにしている『ゆる言語学ラジオ』が、JAPAN PODCAST AWARDSの「ベストナレッジ賞」「リスナーズチョイス」を受賞した。

チャンネル登録者数が10万人を突破するなど勢いがあったので、何かしら受賞するだろうとは思っていた。だがダブル受賞するとは普通に凄い。この受賞をきっかけに人気をさらに伸ばして行くだろう。

なぜ『ゆる言語学ラジオ』はこれほどまでに強いのか。この手の話は各所で出てくるだろうが、俺も便乗しておこう。以前から気になっていた特徴について語ることで。

ネット発信者にありがちと逆

ネットでウケるコンテンツを発信する際に、ありがちな振る舞いがある。一つは「○○だ」と言い切る「断定表現」、もう一つは「誤りの無視」である。

世界は複雑なので、断定できることは少ない。「だいたいの場合においてこうしたほうがいい」ということはあっても、状況によっては違うこともある。だから断定しないのが正しい*1。しかし人はスッキリした「答え」を求めているので、断定した方がウケが良い*2。スターがたくさんついているコメントを見れば分かる。

そうやって断定していると、大ハズレすることもある。そういう時は簡単に誤りを認めない。認めたら認知的不協和が辛いし、自分の評判に傷がつく。だから誤りを認めず、解釈を塗り替える人は多い。そうすれば信念を貫き通せるし、ファンも離れない (と思いたい)

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ネット発信者にありがち

だが『ゆる言語学ラジオ』はこれと真逆の傾向が強くなってきている。

『ゆる言語学ラジオ』ではよく本題からそれて、関連する雑学について語ることがある。そういった雑学は準備してきたものではなく、記憶に頼ったものだ。だから内容の正しさに自信がない。すると「あいまいでーす」と正確性について白旗を揚げ、内容があやふやであることを宣言する。場合によっては誰かがコメント欄で補ってくれることを期待する始末。ナレッジ系(知識を提供するタイプ)の番組なのに。

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アジに「アジ」の名はふさわしくない【無限語源トーク2】#84 - YouTube

また誤りについても認め、訂正動画をあげることもいとわない。顕著な例は「日本語に主語はいらない」の件*3だが、個人的に好きなのは1周年記念回である。

タイトルの通り第一回を見直すのだが、懐かしむのではなく、ひたすらダメ出しをする。なんなら初回のタイトルまで否定していく。自分に対してなら気兼ねなく指摘できるというのは分かるが*4、ここまでするかと感心してしまう。

このように『ゆる言語学ラジオ』は「発信者ありがち」と真逆の傾向を持ちつつある。これは強みだと俺は考える。この逆張りによって『ゆる言語学ラジオ』はロバストネスを獲得し、発信を継続できるだろう。

ロバストネスとは

《Robustness / 頑強性》は生物学や情報工学、機械工学など様々な分野で使われる言葉なので、分野を指定せず「意味はこれだ」とするのは難しい。だがあえて一言でまとめるならば、「内乱および外乱に対して機能を維持できる性質」だろうか。

例えば「サバの背中の模様」はロバストである。

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Hans Hillewaert / CC BY-SA 4.0, Link をトリミング

サバに限らず動物の縞模様は、チューリング・パターンによって作られていると言われている*5。これは二つのフィードバックによってパターンが生じるというものだ。一つは「近距離に働く同色を増やすフィードバック」、もう一つは「遠距離に働く異色を増やすフィードバック」である。

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色素細胞が持つフィードバックのイメージ

このフィードバックによって色が決定されるため、キズ(外乱)などで部分的に色素細胞が死んだとしても、また同じような縞模様が復活する。ゆえに「サバの背中の模様」はロバストであると言えるだろう。この縞模様の原理について詳しく知りたい人や、縞の復元過程が気になる人は下記を読むといい。

以上のように外乱によるダメージから復元できる性質を持っているのなら、それはロバストネスがあると言える。別に復元でなくても構わない。例えばパリティビットのような誤りを検出する仕組みも、外乱に強いのでロバストネスがあると言える*6

ざっくりとロバストネスについて説明したところで、これをコンテンツに当てはめたらどうなるか考えてみよう。

ロバストなコンテンツ

「ロバストなコンテンツ」とはどんなものだろうか。「コンテンツ」と一口に言っても様々であるため、ここでは『ゆる言語学ラジオ』のように「本などから得た知識を加工し、ネットで発信する」形態を中心に考えてみる。

ロバストネスについて考える時に大事なのは、何を内乱・外乱と想定するかだ。対策は何を想定するかによって異なる。コンテンツの場合、特に重要なのは以下となるのではないか。

  • 内乱:情報源の品質バラツキ
  • 外乱:TwitterやYouTuberなどでのコメント

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コンテンツの内乱と外乱

内乱としては、情報源として参照する本などの品質バラツキが挙げられる。情報源から得た知識を何も考えず使うと、うっかりハズレを引いた時にそれで作ったコンテンツもダメになる。製造の分野で原材料の品質バラツキを考慮した設計・製造をするように、コンテンツ制作でも情報源が完璧でなくても機能する方法を考える必要がある。

外乱はやはりコメントだろう。良くも悪くもコンテンツ制作者はコメントの影響を受けやすい。特に批判的なコメントは、主張の正誤に関わらず制作者を疲弊させかねない。実際、俺もブログに付いた1年分のブコメを一気読みしたことがあったが*7、とても疲れた。

ではこれらに対し、『ゆる言語学ラジオ』の特徴がどのようにロバストネスとして機能しているのか説明していこう。

ゆる言語学ラジオのロバストネス (対内乱)

まず「あいまいでーす」から始めよう。この宣言が重要なのは、コンテンツをモジュール化し、部分的な誤りが全体に影響しない構造となることである。

もしコンテンツ全体が、同程度の信頼性があるかのように提供されていたらどうだろうか。ある部分に誤りがあったと判明した場合、他の部分にも誤りがあるのではないかと疑いの目で見られてしまうからだ*8。せっかく本題はいろいろ本を読んで勉強した上で語っているのに。

ここで「あいまいでーす」と宣言すると、信頼性の低い範囲が限定される。すると視聴者は「そこだけ注意すればいい」と分かり、必要に応じて自分で調べ、検証することができる。これで記憶という最も品質バラツキの多い情報源も活用できるわけだ。

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「あいまいでーす」の意義

とはいえ何でもかんでも「あいまいでーす」で済ませてはコンテンツが成り立たない。そこで『ゆる言語学ラジオ』では、本職の言語学者などで構成された「監修チャンネル」からフィードバックもらい、制作・発信を行っている*9。これこそ内乱に対するロバストネスとして最適解だろう。個人で同様のことができる人は限られていると思うが。

そこでもう一つのフィードバックだ。こちらは普通の人でも使える話である。コメント欄だ。

ゆる言語学ラジオのロバストネス (対外乱)

外乱の難しいところは、自分でコントロールできる要素が少ないことである。したがって外乱を撲滅しようとすると失敗する*10。それにもしアリストテレスの『ニコマコス倫理学』のごとく、予防線を多重に張ったところで、やっかいなコメントは飛んでくるのだ。ゆえに外乱は「ある」前提で対処するべきだ。

『ゆる言語学ラジオ』はコメントを補足追加情報として活用し、コンテンツの価値上昇に寄与させることで、対処に成功した。例えば最新回である#108*11は赤ちゃんの学習に関する話なのだが*12、コメント欄では機械学習の事例が評価上位にあり*13、本編と合わせて読むと面白い。

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論理的に解けない難問「ガヴァガイ問題」を赤ちゃんは解く【赤ちゃんの言語習得2】#108 - YouTube のコメント欄より

大事なのは、単にコメントが多いことが再生数に繋がっているのではない。建設的なコメント*14が上位となり、価値を生み出していることである。

こういったボランティア集団の知識を活用するというのは、運用できれば強力な武器となる。例えばイギリスのオックスフォード大学出版局が刊行している『オックスフォード英語辞典 (OED)』は、1857年の編纂当初から用例の収集にボランティアを活用している*15。偉大な仕事を成し遂げるには、多くの人の頭と手が必要なのだ。

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Dan (mrpolyonymous on Flickr), CC BY 2.0, via Wikimedia Commons, Link

コメント欄がこうなったのは、元々は意図したものではなさそうだ*16。しかしこの傾向を積極的に押し進めたのは意図してのことである*17。そして動画でもたびたび「コメント欄に詳しい人がいた」と言及することで、より建設的なコメントをしようとするモチベーションを与えている。

こう建設的なコメントが目立つと、謝罪や訂正も行いやすい。『ゆる言語学ラジオ』で自ら誤りを指摘できるのは、スピーカーである二人が誠実であるのが大きいだろうが、コメント欄の雰囲気もあるのではないだろうか。

終わりに

こうやって『ゆる言語学ラジオ』のロバストネスについて考えてみると、このチャンネルは「良いコンテンツ」を作ったという以上に「良いコミュニティ」を作ることができたからこそ、ここまで成功できたのではないかと思う。JAPAN PODCAST AWARDSで「リスナーズチョイス」を受賞したことが、それを物語っている。そして「ベストナレッジ賞」も同様だ。

『ゆる言語学ラジオ』でも言及されたことのある本『無知の科学』では「知能は特定の個人ではなく、コミュニティの中に存在する」と主張している。人は集団で考えることで、特定の個人の力に頼るよりも優れた結果を出せるのである、と。ゆえに優れたリーダーとはコミュニティを盛りたて、その内に宿る知識を活用し、最も専門能力が高いメンバーに責任を委譲できる人だとも。

かつて村作りビジネスに失敗した人*18新たにコミュニティを作って成功したと思うと、なかなか感慨深い。

参考書籍

この記事を書くのに参考にした本。

『反脆弱性』

本質本として紹介したこともある*19、『ブラック・スワン』*20で有名なナシーム・ニコラス・タレブの本。まさに外乱を無くそうとするのではなく、むしろ外乱を糧とすることを目指せという話。少しくらいのストレスがあったほうが、むしろ健康にいいという。

『ゆる言語学ラジオ』の強みについて考えていた時、まっさきに思い出したのが本書だった。先の見えないVUCAの時代だからこそ、心に刻むべき教えが本書には記されている。

『知っているつもり 無知の科学』

「終わりに」に書いた通り、知能というのは個人ではなく集団に宿るという本。最初は本記事を書くために「誤り」に関して学ぶために読み返していたら「集団の知能」の話を見つけ、むしろこっちがメインだなとなった。本書の主張もこれがメインなのだが、忘れているものだな。

とはいえ「集団の知能」に関する話は後半で、前半は「人はなぜ知識の錯覚を起こすのか」についてページを割いている。これもなかなか面白いので、割と用例*21向けではないかと思う。

『教養悪口本』

俺は人気に便乗するタイプなのですり寄るよ。もちろん本書はこの記事でちゃんと参考にしている。

ゆる言語学ラジオ関係の記事

*1:思わず断定してしまった。これを「断定のパラドックス」と呼ぼう。

*2:だからここでも断定している。この先もきっと断定が続く。

*3:標準語にするべき方言"おささる"の話と、アカデミズムに対する二次創作の話#25 - YouTube

*4:俺もやったことがあるので。9割の人が知らない再現性の危機 - 本しゃぶり

*5:チューリングマシンやチューリング・テストで有名な数学者アラン・チューリングが提唱したのでこう呼ばれる。

*6:パリティビットは複数同時に誤りがあると機能しないのだが。ロバストネスにも程度がある。

*7:ブコメお便りコーナーの時間です - 本しゃぶり

*8:俺にとって行動経済学がそういったジャンルになりつつあるから困る。

*9:監修チャンネル設立の経緯などについては#76が詳しい。「無意識の学習」を証明する実験とは?【第二言語習得論3】#76 - YouTube

*10:「警察おことわり」とするとか。

*11:2022/03/21 記事執筆時点。

*12:論理的に解けない難問「ガヴァガイ問題」を赤ちゃんは解く【赤ちゃんの言語習得2】#108 - YouTube

*13:2022/03/21 21:45に確認。

*14:「建設的なコメント」とは文字数が多いことではないʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ

*15:世界初の大型辞書は、殺人犯のお陰で完成した【オックスフォード英語大辞典1】#50 - YouTube

*16:#25でコメント欄の文化に驚いているので。

*17:それこそ#25で、そう語っている。

*18:ぼくは村作りビジネスをやめる。そう決断するにいたった全経緯と教訓について

*19:「本質本」と呼べそうな本3冊 - 本しゃぶり

*20:ブラック・スワンについては以前この記事でがっつり書いた。オタクに優しいギャルというブラック・スワン - 本しゃぶり

*21:ゆる言語学ラジオリスナーのこと。